たらちおの記 内田百閒集成 13 (ちくま文庫)

  • 筑摩書房 (2003年10月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480038937

みんなの感想まとめ

郷里への愛情が豊かに表現された随筆集であり、著者の独特な視点が魅力です。岡山を思う気持ちが詰まった作品には、時折ナンセンスでユーモラスなエピソードが散りばめられており、読者を楽しませます。例えば、洋服...

感想・レビュー・書評

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  • なにものにも拘泥しないことを是とした奇人才人が、同じ郷里に対して執着を見せてくれることがうれしい。

  • 郷里の随筆。

  • 古里・岡山を思う百間先生の情緒豊かな随筆集なのだけれど、中にはとんでもなくナンセンスな、どうでもいいことが書いてあって面白い。例えば、洋服のポケットについて。
    「どうせあるものだから、何でもかでも入れて、ふくらませる。著物の袂糞(たもとくそ)なら両袖しかないが、ポケットは幾つあるのか、数えて見ないとわからないが、そのおのおのの、どの底にも艾(もぐさ)の様な小さな毛むくじゃらの塊まりが出来て溜まる。不思議なのは、どのポケットの毛むくじゃらも、中に入れた物が何であろうと、みんな青味を帯びた灰色の一色である」
    実にどうでもいい。でも、…わかる!そういえば、ポケットのほこりって青灰色だったなと思う。「袂糞」なんて言葉があるのは初めて知った。

  • 他人事のような。

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著者プロフィール

内田百閒(うちだ・ひゃっけん)1889―1970
岡山県生まれ。本名・栄造。15歳のときに親友・堀野寛と出会い、堀野を通じて読書の趣味に目覚める。翌年、夏目漱石の『吾輩は猫である』上篇を読み、漱石に傾倒。19歳のころには俳句熱が高まって、俳諧一夜会や苦渋会という句会を結成。岡山近郊の百間川から俳号を「百間」とした。1910年、東京帝国大学文科大学へ入学。翌年2月に、静養中だった漱石を訪ねる。漱石の面会日「漱石山房」に出席するようになり、小宮豊隆、津田青楓、森田草平、芥川龍之介、久米正雄などと知り合う。以後、陸軍士官学校や法政大学で教鞭をとる。1920年には、作曲家・筝曲家の宮城道雄に知遇を得て親交が続く。同年、幼少期より寵愛を受けてきた祖母の竹が死去。1922年、はじめての著作集『冥途』を稲門堂書店より刊行。翌年、関東大震災に遭い、『冥途』の印刷紙型を焼失してしまう。1933年に三笠書房から『百鬼園随筆』を刊行してから、『冥途』の再劂版や第二創作集『旅順入城式』(岩波書店)、『百鬼園俳句帖』(三笠書房)などを刊行。その他、『贋作吾輩は猫である』(新潮社)、『ノラや』(文藝春秋社)など多数の書籍、作品を発表する。1965年には、これまでの功績を評価され芸術会員に推薦されながらも「いやだから、いやだ」とそれを辞退。それからも『麗らかや』『残夢三昧』(いずれも三笠書房)などを著す。多くの名筆を世に刻み、1971年4月20日に逝去。

「2023年 『シュークリーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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