柳田国男の読み方: もうひとつの民俗学は可能か (ちくま新書 7)

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  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480056078

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  • 34597

  • 1994年刊。著者は東北芸術工科大学助教授。

     「東西/南北考」他、柳田民俗学の批判的超克を試みている著者が奏でた、柳田への「愛」に満ちた葬送曲。それが本書と言えそうだ。

     元々柳田とは、彼の唱えた水田稲作の南西諸島からの伝播に関し、佐々木高明らの検討を見ると、水田遺構など考古学的に証明できておらず(むしろ、山東→朝鮮半島伝播の可能性が圧倒的。なお本書で南西諸島からのイモ・陸稲伝播の言及はあるが、弥生期の水田稲作のそれではない)、証拠への鋭敏性に欠けることから、個人的には殆ど関心の埒外であった。

     つまり、オーラル・ヒストリーや民具分析など民俗学的方法論に寄与した以外は関心事から外れていたが、著者の書であり、あとがきでの柳田の著者への影響と彼の関心の在り様に興味を引かれ本書を紐解いたのだが…。

     正直に言うと、ますます柳田に対する関心事がなくなったという読後感しか…。
     すなわち、柳田が証拠に対し鋭敏さを欠いていたのは、(本書に言う後期に顕著)彼が自分の見たいもの(日本像)だけを見ていただけで、見たくないもの(=自分の理論や感性に合わない現実)は考慮の埒外に置くという、研究者に有るまじき発想に由来していると気づかされたからだ。
     それは、山人論(アイヌ包含)を日本論から切り捨てたことに明快であるが、さらにいうと南西諸島に目を向けながら、朝鮮半島(当時は日本の植民地)に全く言及しない、できない点に一層顕著。

     かような仕儀に至ったのが、柳田に付された民俗学の大家という権威保全の動機に基づくのか、あるいは歴史研究(文献史学)からは傍流であり続けたことへのルサンチマンに由来するのか、さらには「血」「家族共同体」「神権主義的天皇制」が強調されるようになった時代背景に由来するのかは、本書からは窺い知ることはできない。

     その何れだとしても、そして、愛ある著者が、不都合な事実に頬っ被りした柳田をして、前期柳田を見れば別の可能性があったとか、転回(撤退を「転進」と言い換えるが如き)と装飾しようが、山人への訣れと綺麗事にしようとも、結局のところは、本書は、著者の意図に関わりなく、柳田の限界と問題点を益々露わにしてしまったのである。

     つまるところ、まぁ柳田の書を読むことがあれば(後期は勿論だが、前中期も)、注意すべき点を本書が示してくれた点が、個人的には良かったところとも。

  • 柳田國男を問い直す、といった内容。同じような話を、最近の民俗学会で聞いた。ちなみにこの本は1994年に出ています。これは一概に民俗学の停滞を示すとも言えないと思うのだけど、17前にすでに民俗学と柳田を分けて考えようとする風潮があったことは学史的には興味がある。柳田のテクストから像を結ぼうとする姿勢は正しいと思った。

  • 柳田国男は「民俗学」の創始者として知られている。だが著者は、柳田の思想の全体を「民俗学」という統一的なイメージで描き出すことなどできないと考える。本書は、「民俗学」を構築する以前の柳田がおぼつかない足取りで紡いでいった思索の軌跡をたどることで、「柳田民俗学」という統一像にいくつもの亀裂が走っていることを明らかにする試みだ。新書でありながら、たいへん刺激的な論考だと思う。

    著者は、明治四十年代から大正末年にかけての柳田の前期思想に注目している。この時期に書かれた『後狩詞記』と『遠野物語』の中心には、平地とは異なる時間に浸らされた「山」に対する関心が位置している。古代先住民の末裔である山人は、定住農耕の村の外部に漂泊しながら、平地で農耕を営む低住民と交渉をもっていた。

    このテーマをめぐって、柳田は南方熊楠と論争を戦わせている。南方が、かつては存在したが現在の日本には存在しない「原始人類」のようなものとして「山人」を理解していたのに対して、柳田は、敗残して山に入った先住民の末裔として「山人」を理解しており、しかも彼らは平地民と混淆しつつ現在の日本にも存在すると考えていた。こうした柳田の発想の根底には、現在の「日本人」が多くの種族の混成によって成っているという発想があることを著者は指摘している。

    だが、こうした柳田の発想は、後期の「一国民俗学」の形成によって閉ざされてしまうことになった。その転換点を、著者は『郷土研究』に連載された柳田の「巫女考」および「毛坊主考」に見いだしている。柳田は、「漂泊の民」の系譜をたどるこれらの研究を続けてゆく中で、被差別部落と天皇制にまつわるタブーが幾重にも絡みついていることに気づくことになった。「漂泊の民」の問題が孕んでいるあまりにも深い深淵をのぞき込んでしまった柳田は、そこから身を翻して「一国民俗学」の構築に向かったと著者はいう。

    こうして、表層の差異を超えて「日本」という名の一つの民族=文化が存在することを語る「民俗学」が生まれた。著者はこうした柳田の思索の軌跡をたどりながら、「民俗学」の構築へと向かった柳田が打ち捨てたものを拾いなおすことで、「もう一つの民俗学」の可能性をかいま見ることができるのではないかと主張している。

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著者プロフィール

1953年、東京生まれ。学習院大学教授。専攻は民俗学・日本文化論。
『岡本太郎の見た日本』でドゥマゴ文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)受賞。
『異人論序説』『排除の現象学』(ちくま学芸文庫)、『境界の発生』『東北学/忘れられた東北』(講談社学術文庫)、『岡本太郎の見た日本』『象徴天皇という物語』(岩波現代文庫)、『武蔵野をよむ』(岩波新書)、『性食考』『ナウシカ考』(岩波書店)、『民俗知は可能か』(春秋社)など著書多数。

「2023年 『災間に生かされて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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