ニーチェ入門 (ちくま新書)

著者 : 竹田青嗣
  • 筑摩書房 (1994年9月1日発売)
3.58
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480056085

作品紹介

ルサンチマンの泥沼のなかで「神」や「超越的な真理」に逃避するのか、あるいは「永遠回帰」という「聖なる虚言」に賭け、自らの生を大いに肯定するのか?二十世紀思想最大の震源地ニーチェの核心を果敢につかみ、その可能性を来世紀に向けて大胆に提示する、危険なほどに刺激的な入門書。

ニーチェ入門 (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 19世紀ドイツの思想家、F.ニーチェの解説書です。初版は1994年、良書が多いちくま新書のなかでもロングセラーではないでしょうか。とある講座の参考図書として挙げられていたのでこの度とりあえず読んでみた次第です。

    わたしのニーチェに対するイメージは非常にネガティブです。①どうみても優生思想(特に後期)であり、②『道徳の系譜学』以外は論考としての体をなしておらず、アフォリズムという非常に突っ込みにくい逃避的記述形式に閉じこもっていて、挙句の果てに③全体主義者や自己啓発屋といったうさんくさい連中に好き放題いじくり回され利用された、以上によりまったくもって相手をするに値しない妄言、という感じでしょうか。

    そんなわけで本書もどうせ我田引水して自説強化してドヤ顔するだけのつまらん本だろう、と考えていたのですが、さすがは竹田先生、肝心なところはきちんと本人の著作に基づいて、それでいて彼のややこしい言葉の渦が簡潔明瞭に整理されています。

    「ルサンチマン」という概念によって絶対的な価値・イデオロギーの根幹を切り崩す、その手法は竹田先生の整理に則って考えなおしてみると、実に鮮やかです。それもしつこいほど挑発的で、論破された相手の苦虫を嚙み潰したような顔が浮かぶようです。ここでは時代的な背景からキリスト教的道徳がやり玉に挙げられているわけですが、いわゆるイデオロギー一般を攻撃するやり方として普遍的に通用する、戦略的思考プロセスといえるでしょう。

    他方、単なる礼賛本ではなく、ニーチェの思想の問題点や弱いところ、どうにも救いようのないところも変にスルーすることなく書いてあります。P.137~の引用などは正直読むに堪えませんし、竹田先生もなんとかフォローしようと論を立てていますが、このあたりはどうにも溝が埋まりません。ただなんにせよ、そういう欠点についても書いてあることは評価したいです。

    ニーチェの思想は結局のところわたし個人にとっては参照点にすぎません。極端な方から考える、という発想手法を採る場合に、極北でクリアに輝く有用な星ではありますが、そこに向かって歩くことはありません。

    第4章で、竹田先生はニーチェの思想をこんなふうにまとめておられます。

    "ともあれ、「芸術」や「恋愛」という"愉楽""の体験はつねにある仕方で、わたしたちに生の本質を示唆するといえる。それはしばしば「宗教」とか「道徳」とか「真理」とかいった諸観念と激しく対立するようなものとして現われる。まさしくそのことによってそれは、人間の生が「超越的な根拠」などなくても可能であることを、逆に言えば、生の最も深い根拠は人間それ自身の内的な「力」にあると教えるのである"(P.225~)

    しかしわたしはまったく逆のことを考えます。これまでわたしが「芸術」や「恋愛」を通して獲得してきたもの、それは逆説的にも「人間の限界」の確信、超越的なものへの意志、そして目の前の一歩を踏み出す(踏み外す)勇気だった、と。

  • ニーチェさんは、実はちゃんと読んでいないんです。
    読んでみようかな、とも思ったんですが、あの手の本は、どうにも訳文が不満なことが多くて、しり込み。
    (村上春樹さんあたりがニーチェ翻訳してくれないかなあ…英語ではないから無理だけど)。

    と、いう訳で、こういう本をひとつ読んでみようか、と。

    読んでみたら、実に面白かったです。ニーチェ、けっこう好きでした。

    #

    ●「事実などは存在しない。ただ解釈だけが存在する」

    ●「真実とは、もっとも強力な解釈のこと」

    ニーチェさんはキリスト教が強い時代にあって、まずそれを疑った。
    そして、結局、宗教というものを、疑い抜いた。
    全ての「誰かが説いた価値」「誰かの語る正義」というのを疑い抜いて、
    理性的にニヒリズムに堕ちていく。
    ただ、それを、全然否定しない。
    ニヒリズムを貫いた向こう側。そこまでいかないと、宗教も、「正義」も、全ては「つらい浮世」「なぜおれは不幸?」「なぜおれはもっと認められない?」「成功しているやつらは狡いんだ」みたいな不平不満感情(ルサンチマン)に溺れてしまう。

    キリスト教も「貧しきは善」みたいな救済主張っていうのは、つまりこのルサンチマンにのっとっているだけだ。

    まあつまり、ニーチェさんは「だまされるな!」と叫ぶ訳です。

    ただ、その先に、どこに向かっていくのか?

    この先はもう、ほとんど、芸術というか、詩というか、文学というか。

    ●私たちの魂がたった一回だけでも、幸福のあまりふるえて響きをたてるなら。このただ一つの幸福があるためには、全永遠が必要だった。そして全永遠は、私たちが「YES」と肯定するこのたった一つの瞬間において、許可され、救済されていたのである。

    ●人間の苦悩に対して、不満と鬱屈から、「勝ち組は悪い奴だ」とルサンチマンを持つか。それとも、巨大な苦悩にもかかわらず、人生を肯定して、それに「YES」というのか。

    というような感じです。
    この手のニヒリズムの奥に奥にだけ芽吹けるようなロマンチズム?僕はけっこう好きでした。好みですが。

    #
    そこから先に、更に具体的に「超人」「力への意思」というような謎めいた思想がニーチェに去来します。
    ただこれは、本書の著者も書いていますが、解釈がすごくむつかしい。
    ぶっちゃけ、分からん(笑)。
    ただ、一部に言われるような「ナチスに繋がる選民思想」だったりはしないような気がする、というのが本書の立場。

    たしかに、もう正直ぜんぜんわからない何かの「ありよう」に向かって、矛盾を抱えながら、永遠に解けない謎を、果てしなく続く壁を、それと判りながら登り続けるのが人生であって、それにYESと叫ぶのであれば、そういうワカラナイ命題を投げつける理不尽が、ニーチェさん的にはアポロン的限界を破壊するディオニュソス的表現なのかもしれませんね。と、言いながらそれが自分でも分からなくなってきましたが...。




    以下、備忘録みたいに、メモ。





    ●ニーチェは、キリスト教の自己正当化の中に、後年のナチスやスターリンにつながる危機感を見つけていた。

    ●ニーチェの思想の柱「ルサンチマン批判」「一切の価値の転倒」「ニヒリズムの克服」。

    ●「自惚れや傲慢は、ルサンチマンの裏返しである」

    ●人間は苦悩を「哲学」「芸術」「宗教」でしか慰められない。らしい。

    ●ニーチェのギリシャ悲劇の研究。

    ●理性と整理整頓、光明と芸術のアポロン神。一方で酒の神、祝祭の狂騒や陶酔の神である、ディオニュソス。

    ●火を支配する、人間に火を与えたプロメテウス。

    ●ニーチェの語る「悲劇」。人間は欲望によって矛盾を生み出してしまう存在だが、その矛盾を引き受けつつなお生きようと欲する。それが「悲劇」。

    ●恋愛や芸術の体験は、苦しいけれどその苦しさがまた人間の生きる理由になる、ということを確信させる。

    ●自分が愛されたい、自分を認めて欲しい、という「自我」。これは「他者の承認」によってのみ可能。

    ●キリスト教のトリックは、「弱者=善」という図式によって、現実人生の不満=ルサンチマンを正当化して、現世がどうにもならないニヒリズムの上に載っている、という。

    ●「お前が苦しんでいるのはお前のせいだ」という責任のコペルニクス的転化から発生する禁欲主義。

    ●キリスト教の没落以降の「科学主義」も「真理への意思」を絶対善とする限り、実はキリスト教と変わらない。

    ●「人類の呪いは、苦悩の無意味ということであって、苦悩そのものではなかった」

    ●「何であれ一つの意味があるということは、何も意味がないよりはましである」

    ●「人間は何も欲しないよりは、むしろ虚無を欲する」

    ●「道徳性とは、個々人における群畜的本能」

    ●道徳が人間の弱さ、不安、恐怖から出ているのは事実。だがそれは別に道徳を無価値なものにはしない。

    ●ものごとの「起原」と「本質」はべつのもの。

    ●ルサンチマン人間=あいつは力がある。したがってあいつは悪い。

    ●真理は利益で証明される。



    ●性欲、陶酔、残酷、という三つの要素は、原初の芸術には強く見られる。

    ●「正義を言い立てる者こそ、最も警戒せよ」

  • 「力への意志」の概念がわからなかった。通勤時間に片手間で読むにはいささか手ごわかったです。キリスト教のルサンチマン的発展は面白かった。普遍的に「よい」こととされてきた協力関係を「隣人愛」とし、自然から超えた考えとすることで歪みが起きてしまったというのは「なるほど」と思った。

  • ニーチェの思想とは、何かを知るために、この本を読んだか、見事に裏切られた。書いているな内容が理解できない。
    キーワードは、ニヒリズム、ルサンチマン、キリスト教批判、永年回帰、、、意味不明。

    ニーチェ思想の大きな三つのはしらは、
    1、キリスト教および近代哲学の真理と道徳観かんねんへの批判
    2、ヨーロッパのニヒリズムについての根本的考察
    3、これまでのすべての価値の顛倒と、新しい価値の想像の思想。

    これまた、意味不明。
    ちなみに、ニヒリズムは人間の理想や価値における神なる超越的根拠の喪失を意味するらしい。

  •  ニーチェは嫌いでした。が、この本を読むと、こういう風に考えることもできるんだなあ、という感じでした。

     『ツァラトゥストラかく語りき』などを読むとわかるのですが、ニーチェという人は好感持てねえ・・・というタイプの人です。生理的な好悪を正面に持ち出して人を評価するのはいかがかと思いますが、しかたがありません。
     おそらくニーチェが好きでない人の大半は、嫌悪感でニーチェを挫折していると思います。

     ニーチェの言葉は難解すぎて、何を言っているのかさっぱりわからないところがあります。この本は、そんなニーチェの思想を削りだしてくれる便利な本です。もちろん、筆者から見たニーチェ像ではあるのですが、ニーチェの原書にひたすら当たり続けるよりも効率はよさそうです。

     ルサンチマン、はいわゆる格差社会・現代日本において重要なキーワードであると思います。ルサンチマンの構造がスッパリ書かれている本書は、現代日本においても重要でしょう。

  • フォトリーディング&高速リーディング。
    やっぱりニーチェは死んだ。

  • 落合陽一が落合信彦に「ニーチェを読んでないヤツとは話ができねえな」と言われた、という話を聞き、ニーチェを読んでみようと思った。

    が、いきなり「ツァラトゥストラ」なんかに手を出しても理解できないかも、と思い、この入門書を読むことにした。

    一言で感想を書くならば、
    「ニーチェすげぇ!」
    といったところ。

    著者の解釈が正しいのかどうかわからないが、自分がなんとなく考えていたことを言語化しているところがすごい。

    ルサンチマン思想の批判や、絶対的理念の否定など、よくわかる。
    そうだよね、と納得できるし、19世紀にこの思想を打ち出した感性が素晴らしすぎる。

    理解できる人は少ないかもしれないが、みなニーチェを読むべきだな、と思った。

    ということで、次は「ツァラトゥストラ」にチャレンジしようかな。

  • 十牛図、ユングの錬金術にも通じて一味違う哲学。ラクダ、ライオン、子供。整体の世界でも言われている身体は何でも知っている、最後に残るのは身体だけ。今まで超人思想を誤解してました。いつの世の中を切り取っても同じような金太郎飴的な世界観が見える。一休宗純も似たような考えだったかなという感じ。ルサンチマンとは努力しない弱者の言い訳、その克服にたどり着いた答えは身体。とは言え文明は身体を弱体化する方向に進みがちにも見えるし、身体の可能性を拡大しているようにも取れる。その振り幅が大きくなっているのかもしれない。超人と弱者を分けるのは永遠の小さな違い。プロ野球選手でもその小さな差で一流と二流に分かれるのだと、かつて野村克也氏の本でも読んだ次第です。

  • 20世紀最大の思想家と言われているニーチェに関して、初心者向けにわかりやすく解説している

  • ニーチェの解説書の中ではすごくわかりやすい内容だった。

    抜粋×要点 という形式でまとめられていて、何ゆえにそのような解釈となるのか、その論理がわかりやすい。

    しかし要点解説の中には「本当にそうか?」「いくら読んでもニーチェがそのように考えていたとは読み取れない」という個所もある。
    なので、本書をとっかかりにして実際にニーチェの著作を読み込む、そして自分の頭で考え、咀嚼することが大切だと思います。

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