ニーチェ入門 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
3.61
  • (69)
  • (107)
  • (191)
  • (9)
  • (3)
本棚登録 : 1350
レビュー : 100
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480056085

作品紹介・あらすじ

ルサンチマンの泥沼のなかで「神」や「超越的な真理」に逃避するのか、あるいは「永遠回帰」という「聖なる虚言」に賭け、自らの生を大いに肯定するのか?二十世紀思想最大の震源地ニーチェの核心を果敢につかみ、その可能性を来世紀に向けて大胆に提示する、危険なほどに刺激的な入門書。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 19世紀ドイツの思想家、F.ニーチェの解説書です。初版は1994年、良書が多いちくま新書のなかでもロングセラーではないでしょうか。とある講座の参考図書として挙げられていたのでこの度とりあえず読んでみた次第です。

    わたしのニーチェに対するイメージは非常にネガティブです。①どうみても優生思想(特に後期)であり、②『道徳の系譜学』以外は論考としての体をなしておらず、アフォリズムという非常に突っ込みにくい逃避的記述形式に閉じこもっていて、挙句の果てに③全体主義者や自己啓発屋といったうさんくさい連中に好き放題いじくり回され利用された、以上によりまったくもって相手をするに値しない妄言、という感じでしょうか。

    そんなわけで本書もどうせ我田引水して自説強化してドヤ顔するだけのつまらん本だろう、と考えていたのですが、さすがは竹田先生、肝心なところはきちんと本人の著作に基づいて、それでいて彼のややこしい言葉の渦が簡潔明瞭に整理されています。

    「ルサンチマン」という概念によって絶対的な価値・イデオロギーの根幹を切り崩す、その手法は竹田先生の整理に則って考えなおしてみると、実に鮮やかです。それもしつこいほど挑発的で、論破された相手の苦虫を嚙み潰したような顔が浮かぶようです。ここでは時代的な背景からキリスト教的道徳がやり玉に挙げられているわけですが、いわゆるイデオロギー一般を攻撃するやり方として普遍的に通用する、戦略的思考プロセスといえるでしょう。

    他方、単なる礼賛本ではなく、ニーチェの思想の問題点や弱いところ、どうにも救いようのないところも変にスルーすることなく書いてあります。P.137~の引用などは正直読むに堪えませんし、竹田先生もなんとかフォローしようと論を立てていますが、このあたりはどうにも溝が埋まりません。ただなんにせよ、そういう欠点についても書いてあることは評価したいです。

    ニーチェの思想は結局のところわたし個人にとっては参照点にすぎません。極端な方から考える、という発想手法を採る場合に、極北でクリアに輝く有用な星ではありますが、そこに向かって歩くことはありません。

    第4章で、竹田先生はニーチェの思想をこんなふうにまとめておられます。

    "ともあれ、「芸術」や「恋愛」という"愉楽""の体験はつねにある仕方で、わたしたちに生の本質を示唆するといえる。それはしばしば「宗教」とか「道徳」とか「真理」とかいった諸観念と激しく対立するようなものとして現われる。まさしくそのことによってそれは、人間の生が「超越的な根拠」などなくても可能であることを、逆に言えば、生の最も深い根拠は人間それ自身の内的な「力」にあると教えるのである"(P.225~)

    しかしわたしはまったく逆のことを考えます。これまでわたしが「芸術」や「恋愛」を通して獲得してきたもの、それは逆説的にも「人間の限界」の確信、超越的なものへの意志、そして目の前の一歩を踏み出す(踏み外す)勇気だった、と。

  • 『ニーチェ入門』竹田青嗣 1994初版 筑摩書房 2019.10.30

    ニーチェ・ルネッサンスが20世紀半ばにマルクス思想の没落と入れ替わるように復興する。それまでニーチェの思想は使い物にならなかった。戦争という今ある世界の危機的状況の打開のための回答を
    唯一マルクスだけが提示した。マルクスとニーチェは19世紀前半に君臨したヘーゲル哲学への反対者として位置づけられる点でライバル同士であったが、当時はマルクスの主張が圧勝だった。
    マルクス思想はところが没落する。国家の権力を死滅させるやり方が、極端な権力ゲームの社会を作ってしまった。ポスト・マルクスとして注目を浴びるニーチェ。彼の思想は権力的なもの、権力を作り上げる力学に
    対する強力なアンチテーゼとして読み直される。ポスト・モダニズムで思想でニーチェを重要視したのはフーコーやドゥルーズなど。

    はじめのニーチェ p.22
    ルターの宗教改革によって信仰は教会から個人の内面に移される。それによる内的な禁欲主義が強く出てくる。この禁欲主義にニーチェは批判の目を向ける。
    25歳でバーゼル大学の教授になった前後で出会った、ワーグナーとショーペンハウアーという彼にとっての神に会う。
    処女作の『悲劇の誕生』はギリシャ文化論だが、中身はワーグナー論だ。そして『反時代的考察』に「教育者としてのショーペンハウアー」という論文がある。
    ショーペンハウアーの『意志と表層としての世界』に大きな感銘を受ける。ワーグナーとはライプツィヒを訪れた彼と知り合い、哲学と音楽を語らう仲になる。
    『悲劇の誕生』と『反時代的考察』は2人の神に触発されて書いた青年ニーチェのロマン主義のかたちを如実に示す。
    ショーペンがニーチェに影響を与えた思想。表層と意志。ギャンブルのゲン担ぎなど運命を左右する原因を想像させる人間の性質。それを根本原因とよぶ。
    根本原因としての意志。意志とは「神」という表現をぼかしたなにか。汎神論と呼べる。人間の意志は生への意欲。
    意欲は欲望。これがある限り人間の生の本質は苦悩なのだが、理性によってこれを解決できない。ただ煩悩を捨てなければ苦悩から逃れられない。
    これは仏教的な考えと似ている。ショーペンの厭世哲学は新しさに欠けるが、ともあれニーチェは感動を覚える。
    『悲劇の誕生』で語られるプロメテウス。その作者アイスキュロスは文明を発展させるために争いや矛盾をはじめて是認した悲劇作家とニーチェは言う。
    プロメテウスが火を盗んだ罰として苦悩を被ることになるが、それを是認している。矛盾を抱えても生きようとする人間存在の本質がある。
    煩悩を消すのが仏教の考えだが、ニーチェはそれを否定する。欲望は否定されるべきでないとニーチェはこの苦しみが人間の生きる理由になると考えた。
    音楽だけが悲劇の本質の生きる意欲という意志を他者に伝えられる。

    『反時代的考察』について p.57
    青年はだれしもルソー的人間の要素を持っている。ロマン的な理想を追求したいと考えている。だが現実はうまくいかない。理想に舞い上がってもやがてはおちつく、これはゲーテ的な態度だ。
    ニーチェはなんとかロマン主義を肯定したく、ルソーでなくショーペンの哲学に活路を見出す。文化的戦略。既存の文化の概念に戦いを挑むことで人間のロマン性や理想を活かし続ける
    新しい可能性を与える。ニーチェは人間の目標はより高い人間の範例を生み出すことだと言う。ニーチェが目指すより高い人間の創出。これは人間をルサンチマンで平均化されることへの抵抗。
    また歴史の目標を人間以外に設定することへの対抗だ。後期の超人思想へとつながる。

    キリスト教批判 p.76
    キリスト教の人間観の本質はニヒリズム(虚無への意志)。そのわけは思想の根本にルサンチマン(弱者の反感)を隠しもつからだ。
    キリストの隣人愛は自分よりも他者を優先するという考えが自然の姿をゆがめているという。キリスト教の禁欲主義。
    ユダヤ民族こそは僧侶的民族であり、弱者こそが善人という考えを徹底する。

    道徳とルサンチマン p.98
    誰にとっても最大の関心毎は道徳に価値がありそうに見せることだった。汝の敵を愛せよというのも顚倒を意味する。まずは自分を愛し余裕があれば他者を愛するのが自然だ。

  •  ニーチェの名前をよく目にするようになったので、少しは知っておいた方がいいかと思い、本の帯にある「最も読まれている入門書です。」という言葉にひかれて買いました。

     さて、著者は、恐らく大変分かりやすくニーチェの思想を解説してくださっているのだと思いますが、残念ながら、私にはほとんど理解できませんでした。もちろん、まだ1回読み終わっただけですので、再度、再々度と読み直せば、もう少し私の理解が進むのかも知れません。しかし、予備知識のない身には、理解するには厳しい内容、というのが率直なところです。

     そもそも、ニーチェの時代と今の我々とではおかれている環境があまりにも違います。ですから、同じことを考えたとしても、受け止め方に相当違いがあるはずです。p.157に、こんなことが書かれていました。『ところで、現在のわたしたちにとっては、これがなぜそれほど戦慄すべきものであるか受け取りにくい面があるかもしれない。というのは、無宗教が常識になっている社会の現代人なら、誰でもうすうすは、「世界の外側」に「超越的な意味」など何も存在しないし、したがって「死んだらそれきり」であるという感覚をもっているからだ。』これは、「永遠回帰」について説明されている途中に出てくるものですが、キリスト教的な考え方が支配的な当時と、無宗教が常識になっている現代とでは、発想が違って当たり前だと思うのです。ですから、発想のベースが違うので、理解が難しいのです。多分。

     とはいえ、道徳に対する考察や、永遠回帰、あるいは美や芸術における「力の意志」という発想は、新しい視点に気付かされた瞬間もありました。これであきらめるのではなく、もう少し探究してみたい気分ではあります。せっかくの10連休ですので、普段は読むことがないであろう本に挑戦できたのは、よい収穫でした。

  • ニーチェさんは、実はちゃんと読んでいないんです。
    読んでみようかな、とも思ったんですが、あの手の本は、どうにも訳文が不満なことが多くて、しり込み。
    (村上春樹さんあたりがニーチェ翻訳してくれないかなあ…英語ではないから無理だけど)。

    と、いう訳で、こういう本をひとつ読んでみようか、と。

    読んでみたら、実に面白かったです。ニーチェ、けっこう好きでした。

    #

    ●「事実などは存在しない。ただ解釈だけが存在する」

    ●「真実とは、もっとも強力な解釈のこと」

    ニーチェさんはキリスト教が強い時代にあって、まずそれを疑った。
    そして、結局、宗教というものを、疑い抜いた。
    全ての「誰かが説いた価値」「誰かの語る正義」というのを疑い抜いて、
    理性的にニヒリズムに堕ちていく。
    ただ、それを、全然否定しない。
    ニヒリズムを貫いた向こう側。そこまでいかないと、宗教も、「正義」も、全ては「つらい浮世」「なぜおれは不幸?」「なぜおれはもっと認められない?」「成功しているやつらは狡いんだ」みたいな不平不満感情(ルサンチマン)に溺れてしまう。

    キリスト教も「貧しきは善」みたいな救済主張っていうのは、つまりこのルサンチマンにのっとっているだけだ。

    まあつまり、ニーチェさんは「だまされるな!」と叫ぶ訳です。

    ただ、その先に、どこに向かっていくのか?

    この先はもう、ほとんど、芸術というか、詩というか、文学というか。

    ●私たちの魂がたった一回だけでも、幸福のあまりふるえて響きをたてるなら。このただ一つの幸福があるためには、全永遠が必要だった。そして全永遠は、私たちが「YES」と肯定するこのたった一つの瞬間において、許可され、救済されていたのである。

    ●人間の苦悩に対して、不満と鬱屈から、「勝ち組は悪い奴だ」とルサンチマンを持つか。それとも、巨大な苦悩にもかかわらず、人生を肯定して、それに「YES」というのか。

    というような感じです。
    この手のニヒリズムの奥に奥にだけ芽吹けるようなロマンチズム?僕はけっこう好きでした。好みですが。

    #
    そこから先に、更に具体的に「超人」「力への意思」というような謎めいた思想がニーチェに去来します。
    ただこれは、本書の著者も書いていますが、解釈がすごくむつかしい。
    ぶっちゃけ、分からん(笑)。
    ただ、一部に言われるような「ナチスに繋がる選民思想」だったりはしないような気がする、というのが本書の立場。

    たしかに、もう正直ぜんぜんわからない何かの「ありよう」に向かって、矛盾を抱えながら、永遠に解けない謎を、果てしなく続く壁を、それと判りながら登り続けるのが人生であって、それにYESと叫ぶのであれば、そういうワカラナイ命題を投げつける理不尽が、ニーチェさん的にはアポロン的限界を破壊するディオニュソス的表現なのかもしれませんね。と、言いながらそれが自分でも分からなくなってきましたが...。




    以下、備忘録みたいに、メモ。





    ●ニーチェは、キリスト教の自己正当化の中に、後年のナチスやスターリンにつながる危機感を見つけていた。

    ●ニーチェの思想の柱「ルサンチマン批判」「一切の価値の転倒」「ニヒリズムの克服」。

    ●「自惚れや傲慢は、ルサンチマンの裏返しである」

    ●人間は苦悩を「哲学」「芸術」「宗教」でしか慰められない。らしい。

    ●ニーチェのギリシャ悲劇の研究。

    ●理性と整理整頓、光明と芸術のアポロン神。一方で酒の神、祝祭の狂騒や陶酔の神である、ディオニュソス。

    ●火を支配する、人間に火を与えたプロメテウス。

    ●ニーチェの語る「悲劇」。人間は欲望によって矛盾を生み出してしまう存在だが、その矛盾を引き受けつつなお生きようと欲する。それが「悲劇」。

    ●恋愛や芸術の体験は、苦しいけれどその苦しさがまた人間の生きる理由になる、ということを確信させる。

    ●自分が愛されたい、自分を認めて欲しい、という「自我」。これは「他者の承認」によってのみ可能。

    ●キリスト教のトリックは、「弱者=善」という図式によって、現実人生の不満=ルサンチマンを正当化して、現世がどうにもならないニヒリズムの上に載っている、という。

    ●「お前が苦しんでいるのはお前のせいだ」という責任のコペルニクス的転化から発生する禁欲主義。

    ●キリスト教の没落以降の「科学主義」も「真理への意思」を絶対善とする限り、実はキリスト教と変わらない。

    ●「人類の呪いは、苦悩の無意味ということであって、苦悩そのものではなかった」

    ●「何であれ一つの意味があるということは、何も意味がないよりはましである」

    ●「人間は何も欲しないよりは、むしろ虚無を欲する」

    ●「道徳性とは、個々人における群畜的本能」

    ●道徳が人間の弱さ、不安、恐怖から出ているのは事実。だがそれは別に道徳を無価値なものにはしない。

    ●ものごとの「起原」と「本質」はべつのもの。

    ●ルサンチマン人間=あいつは力がある。したがってあいつは悪い。

    ●真理は利益で証明される。



    ●性欲、陶酔、残酷、という三つの要素は、原初の芸術には強く見られる。

    ●「正義を言い立てる者こそ、最も警戒せよ」

  • ニーチェの思想とは、何かを知るために、この本を読んだか、見事に裏切られた。書いているな内容が理解できない。
    キーワードは、ニヒリズム、ルサンチマン、キリスト教批判、永年回帰、、、意味不明。

    ニーチェ思想の大きな三つのはしらは、
    1、キリスト教および近代哲学の真理と道徳観かんねんへの批判
    2、ヨーロッパのニヒリズムについての根本的考察
    3、これまでのすべての価値の顛倒と、新しい価値の想像の思想。

    これまた、意味不明。
    ちなみに、ニヒリズムは人間の理想や価値における神なる超越的根拠の喪失を意味するらしい。

    • Mocambiassoさん
      あたかもわかった気になって書いている他の人のレビューよりはるかに誠実だと思います。
      あたかもわかった気になって書いている他の人のレビューよりはるかに誠実だと思います。
      2011/11/25
  •  ニーチェは嫌いでした。が、この本を読むと、こういう風に考えることもできるんだなあ、という感じでした。

     『ツァラトゥストラかく語りき』などを読むとわかるのですが、ニーチェという人は好感持てねえ・・・というタイプの人です。生理的な好悪を正面に持ち出して人を評価するのはいかがかと思いますが、しかたがありません。
     おそらくニーチェが好きでない人の大半は、嫌悪感でニーチェを挫折していると思います。

     ニーチェの言葉は難解すぎて、何を言っているのかさっぱりわからないところがあります。この本は、そんなニーチェの思想を削りだしてくれる便利な本です。もちろん、筆者から見たニーチェ像ではあるのですが、ニーチェの原書にひたすら当たり続けるよりも効率はよさそうです。

     ルサンチマン、はいわゆる格差社会・現代日本において重要なキーワードであると思います。ルサンチマンの構造がスッパリ書かれている本書は、現代日本においても重要でしょう。

  • 本文と照らし合わせながら適宜参照

  • 「入門」と言いつつ、 #飲茶 さんの本を読んでいたからなんとか理解できた感じ。
    それまでの「絶対的に正しいものが存在する」という「真理への意志」を否定し、この世は自然の物理科学的法則に貫かれた機械仕掛けの天体運動に過ぎず、「何をやっても一切は決定されている」と断じる。だからこそ、「いつも無限の繰り返しとしてそう欲されるべきものとなるように行為」すべきだと説く。「なんのために」ではなく「いかに」生きるかを選ばなくてはならない、世界の「価値」はただ「力への意志」による解釈からのみ生じるのだと。

  • 【概略】
     キリスト教と近代哲学の「真理」と「道徳」観念を否定し、ニヒリズムを経過したのち、認識論に辿り着いた1800年代の哲学者・ニーチェ。そのニーチェの足跡と思想を入門書として書き上げた一冊。

    2020年02月20日 読了
    【書評】
     評価の☆2つは、完全に読者としての自分の力量不足がゆえに。
     もうこの「☆を何個つけるか?」というシステム、活用するのやめようかな?これって、「本の評価」じゃないもん。「読者としていかにそれぞれの本を楽しめる能力」を別視点で表したようなものだもの。自身の知識量と理解力の乏しさに凹むわ、まったく。
     「入門書」とあるのに、全然「入門感」を覚えることができなかったという(笑)ただ、色々な「感想」はある。
     一つ目は、巷で使われている「ルサンチマン」と、ニーチェが示している「ルサンチマン」には、若干の違いがあるのかなと感じたこと。なにかあるたびにルサンチマンルサンチマンと、ルサンチマンと言っておけば片付くのか?と、逆に語彙力の低さを示すリトマス試験紙じゃないかって感じてしまうぐらい目にするルサンチマン。キリスト教の考え方に関する批判から、(自分を含めた)多くの日本人がはまってしまう様々な「型」からの・・・から広がるのがルサンチマン、という理解をした。多分、現代はもうちょっと広い意味で使ってるのだろうなぁ。
     二つ目は、やはり人の思想は、その時の世情や、おかれた環境によって大きく変わるのだなぁ、それが天才と呼ばれるニーチェでもそうなのだなぁということ。社会学(?)という要素に非常に興味が。
     三つ目は、著者の熱が最終章の「認識」のところで俄然、熱を帯びたこと。読者として勝手に感じただけだからここは自信ないけど、それまでは淡々と物品を陳列してただけのようなリズムだったのが、認識論のところだけめちゃめちゃ熱さを。それは読者としての自分の興味とシンクロしたからなのか?それは、読者としてのレベルが一つ二つ上がらないとわからないことだ。
     残念なのは、ザロメとの恋の箇所をもっと掘り下げて読みたかった・・・というより、人間・ニーチェの苦悩をもっともっと知り、距離を縮めたかったことかな。
     何度も言うけど、☆2つは、読者・喜餅のレベルの低さがゆえ、だからね。

  • 竹田青嗣 「 ニーチェ 入門 」

    ニーチェの思想の特徴〜キリスト教批判、ルサンチマン批判、ニヒリズム、超人、永遠回帰〜を わかりやすく説明した本。

    ニーチェ=ナチズム=危険思想という先入観がなくなる。ニーチェ思想を ポストマルクス主義としてアプローチし、権力の解体を思想基盤としている点に、人間的で 現実的な思想性を感じた。

    「ツァラトゥストラ」「権力の意志」は読んでみたい

    ニーチェ思想=権力の解体
    *マルクス主義、キリスト教、ソクラテスを批判〜それらにより 知や認識が絶対化されると 権力を支える道具になる
    *ルサンチマン(弱者の心)の批判
    *ニヒリズムの克服→ ニヒリズム=神なる超越的根拠の喪失

    ニーチェのディオニュソス的人間観
    *秩序化、形式化された世界にカオスを賦活
    *生の是認=人間は 欲望の本性(生への意志)によって 苦しみを作り出す〜この欲望以外に 人間の生の理由はありえない
    *文明は新しい矛盾をもたらしたが、否定すべきでない→人間存在の本質=矛盾を引き受けつつ生きようと欲すること
    *悲劇=矛盾に関わらず 人間は生を欲すること

    ニーチェの批判対象
    *マルクス主義=私的所有と自由市場の廃止→巨大な権力国家を作ってしまった
    *ソクラテス=知識と理性により思考→真理に達する→真理こそ ヨーロッパの形而上学を貫く最大の迷妄

    歴史の目標を人間以外のものにおくことへの抵抗
    *キリスト教=最後の審判、カント=永久平和、プラトン=イデア などが 歴史の目標〜実存しないものを目標とすることに抵抗
    *ニーチェの歴史の目標=より高い人間(種)の創出

    キリスト教批判
    *人間の理想の原型=キリスト教が作った→キリスト教の人間観=ニヒリズム(虚無への意志)
    *キリスト教は 自分を思うことは悪。まずは神、次に隣人を思う
    *神という超越的理想を向こう側に立て、自分の無価値を確かめる→生を否定する意志こそキリスト教のニヒリズムの本質

    「事実なるものはない、ただ解釈だけがある」
    *絶対的な見方、完全な観点は存在しない

    超人
    *キリスト教、哲学の人間のこれまでの理想には ルサンチマンを内包している→生の否定
    *神の死=人間的価値の抹消→ニヒリズム
    *ニヒリズムを徹底して ニヒリズムを克服するしかない=新しい価値の根拠、新しい価値の目標を打ち立てる
    *新しい価値の根拠=力への意志。新しい価値の目標=超人の創出

    ルサンチマン批判
    *平等主義、平均化思想→他人の幸福を妬む心性→隙さえあれば 自分が上に立ちたい社会→人間の凡庸化
    *弱者に必要なのは より高い人間の生き方をモデルとすること

    永遠回帰
    *永遠回帰の思想=無神論的宗教であり、物理学的形而上学
    *世界は同一の状態を永遠に反復している→世界は神によって創造されたとするキリスト教的世界観の否定
    *世界は始まりも終わりもなく、目的も意味もない。ただ存在しているだけ→ニヒリズムの徹底により 理想への回帰を封じる

全100件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1947年生まれ。早稲田大学名誉教授。早稲田大学政治経済学部卒業。明治学院大学国際学部教授、早稲田大学国際教養学部教授を経て現在、大学院大学至善館教授。哲学者、文芸批評家。
著書に 『現象学入門』(NHKブックス)、『欲望論』第1巻・第2巻(講談社)、『超解読! はじめてのフッサール『現象学の理念』』 『超解読! はじめてのカント『純粋理性批判』』(講談社現代新書)、『人間的自由の条件』(講談社学術文庫)、『ニーチェ入門』(ちくま新書)、『言語的思考へ』(径書房)、『哲学は資本主義を変えられるか』(角川ソフィア文庫)など。

「2020年 『哲学とは何か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

竹田青嗣の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三島由紀夫
遠藤 周作
ヘミングウェイ
ドストエフスキー
マックス ウェー...
有効な右矢印 無効な右矢印

ニーチェ入門 (ちくま新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×