レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書 265)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 730
感想 : 51
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480058652

作品紹介・あらすじ

若きレヴィ=ストロースに哲学の道を放棄させ、ブラジルの奥地へと駆り立てたものは何だったのか?彼の構造主義を中心とする思考は、現代思想にも深い影響を与え、西洋の自文化中心主義への反省と主体の解体をうながす大きな役割を果たした。本書は、レヴィ=ストロースの代表作『親族の基本構造』『野生の思考』『神話論理』をとりあげ、彼が未開社会の親族構造や神話研究から汲みあげた豊かな思考の可能性の核心を読み解く。しばしば誤解されがちな「構造主義」をホントに理解し、ポストコロニアル論にも活かすための新しいレヴィ=ストロース入門。

感想・レビュー・書評

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  • 小田亮著「レヴィ=ストロース入門(ちくまプリマ―新書)」(筑摩書房)
    2000年10月20日発行

    2021.10.5読了
    レヴィ=ストロース(1908-2009)は1962年にその著書「野生の思考」において、実存主義者ジャン=ポール・サルトル(1905-1980)を批判した。その五年後、ポスト構造主義を代表するジャック・デリタ(1930-2004)はその著書「グラマトロジーについて」において、レヴィ=ストロース批判を行った。サルトルもデリタも哲学者であるが、レヴィ=ストロースは文化人類学者であって哲学者ではない。レヴィ=ストロースはなぜサルトルを批判し、そして、デリタはなぜレヴィ=ストロースを批判したのか。ここ(第1章)を理解できれば、本書の真髄を理解できたと言って言い過ぎではあるまい。

     西洋哲学はこれまでずっと「主体」の呪いに囚われてきた。デカルト(1596-1650)から始まり、ニーチェ(1844-1900)によって本質主義・同一性の哲学が転覆させられるまで、「西洋=普遍」であることを前提としてきた。

    西洋哲学者が西洋文明という一つの社会だけを考察し続けた結果、西洋人は非西洋の諸社会や西洋内部の田舎や下層階級を文明化する使命があるという幻想に囚われ、多くの「未開」社会を植民地化してきた。その際の思想的支柱となったのが、「共同体からの解放」という物語である。

     しかし、この物語は、実際には様々な交通や開放性、異種混淆性を持っている共同体を、「閉鎖的で均質的な共同体」という概念に押し込んで、解放や開発の名のもとに均してしまうことを正当化する恐ろしい副作用がある。

     もともと哲学を専攻していたレヴィ=ストロースは、一つの社会だけを考察し続ける哲学を放棄して、人類学者へと向かった。ユダヤ人でもあったレヴィ=ストロースは、第二次世界大戦時にアメリカへ亡命していたことがあり、ジェノサイドの当事者でもあった。そうした経験も非西洋に向かわせた一因だったのかもしれない。

     レヴィ=ストロースが試みたのは、非西洋の諸社会の視点に立って、西洋社会を覆っていた「主体」の呪いを解くことであった。その呪いを解く方法として構造主義があり、その説明は「親族の基本構造」「神話論理」の読解を通して、第2章以降詳しく触れられている。レヴィ=ストロース自身は哲学的思考を基礎付けようとしたことはないと言っているが、一方で、「野生の思考」や「真正さの基準」という概念も提示している。そして、本書の狙いは、まさにこの「野生の思考」と「真正さの基準」を明らかにすることであった。

     したがって、本書は入門書でありながらやや難しい。橋爪大三郎著「はじめての構造主義」の方が易しい。後者は構造主義という方法論のみに焦点をあてているからであろう。  

     しかし、「レヴィ=ストロース」の入門書としてはやはり「野生の思考」に触れないわけにはいかないのであって、難しさとしては、渡辺公三著「レヴィ=ストロース-構造」と橋爪大三郎著「はじめての構造主義」との中間くらいだろうか。

     本書は、今まであまり取り上げられることのなかった「真正さの基準」を鍵概念として取り扱い、そこで働く「野生の思考」こそ現代において重要なものなのだと唱えている。そこをうまく説明できればいいのだが、残念ながらまだ自分の言葉で説明できない。ただ、一つだけ言うとしたら、共同体に多様性を認めるレヴィ=ストロースの考え方が好きだということだ。

    URL:https://id.ndl.go.jp/bib/000003010375

  • レヴィ=ストロースの入門書。構造主義はもちろん、人類学や神話の構造などの、具体的な話も書かれている。少々難しい感はありますが、興味があるなら読んでみても良いかもしれません。

  • 構造主義、ブリコラージュについて理解ができた、、気がする。幻想を超えて真正な社会を生きることが大事。コンビビアリティや中間技術とも通ずる。

  • 僕にはまだ早かった

  • レヴィストロース入門

  • 最強の哲学入門、寝ながらわかる構造主義を読んで、なんとなくレヴィ=ストロースの考え方が好きだなと思い、悲しき熱帯、100分で名著を経てこの本を読んだ。

    体系と構造の違いはよくわかった。
    主体を解体するとか、その辺はなんとなく理解できた。
    顔の見える関係性もわかりそうでわかってない。
    完全には理解できていない。整理したい。

    なんでレヴィ=ストロースが好きなのかがわかってきた。

  • いや、ほんと、理解したかったのだけど、全然意味が分からなかった、、、、

    上野千鶴子はじめ、いろんな人が、この人はすごいというので読んでみたのだが。。

    彼の功績の、今日的意味はが何なのかくらい、咀嚼して書いてくれたらよかったのに。筆者も専門的にすぎるのであろう。残念。。

  • ”レヴィ=ストロースは、哲学から構造主義、構造人類学へとテーマを移した、フランスの現代思想家、人類学者。
    著書に『野生の思考』『神話論理』『親族の基本構造』などがある。

    本書は、小田亮さんによる解説本。

    <読み取ったメッセージ>
    ●均質化や単一文化はあやうい。多様性が大事
    ●間接的コミュニケーションではなく、顔の見える関係での身体性・相互性のやりとり(真正な社会様式?)が大切

    <キーワード>
    構造主義、構造人類学、哲学の放棄、新生な社会、想像の共同体、〈顔〉の見える関係、「たった1つの社会のみを考慮する」ことの弊害、均質化によって文化の多様性・複数性が消滅

    <抄録(抜き書き)>
    ・人類学(アンソロポロジー)は「エントロピーの学(エントロポロジー)」でしかない

    ★レヴィ=ストロースが線を引いているのは、(略)国民国家のなかのネイション(国民あるいは民族)やエスニック・グループ(ネイションのなかの民族集団)などのように、間接的コミュニケーション(書物、写真、新聞、ラジオ、テレビなど)によって結ばれている大規模な共同体の非真正さと、個別の顔のみえる関係による小規模なローカル諸社会の真正さとおあいだである。(p.27)
     ※真正さの水準

    ・「単一文化、というのは無意味です。そのような社会はかつて存在したことがないからです。すべての文化は撹拌と、借用と、混合から生まれたものです。そして、そのテンポは違っているでしょうが、有史以来そのことは変わりません」 (p.33)

    ・真正な社会様式において、断片を思いもかけぬやり方で多様性を増大していくときにはたらいている思考こそ、レヴィ=ストロースのいう「野生の思考」であり、その他の文化の断片との対照によって自己の姿を創り出したり変えていくということは、神話の構造分析によって明らかになる神話的思考としての野生の思考の特徴なのである。(p.39)

    ★レヴィ=ストロースは、構造主義の〈構造〉をつぎのように定義している。「『構造』とは、要素と要素間の関係からなる全体であって、この関係は、一連の変形[変換]過程を通じて不変の特性を保持する」。(p.46)
     ※体系と構造の違い。

    ・要素も要素のあいだの関係もすべて変化しているにもかかわらず、そこに現れる「不変の関係」という不思議なものが〈構造〉ということになる。(p.48-49)

    ・レヴィ=ストロースにとって、構造人類学は、他社の理性に自己を開く方法だった。(p.75)
     ※ヤーコブソンの音素の三角形。レヴィ=ストロースの料理の三角形。これこそが構造!

    ・「基本構造」と呼ばれているのは、「あるタイプの親族との婚姻を規定づける体系であって、社会のあらゆるメンバーを親族あつかいしながら、それらを配偶可能なる人びとと配偶を禁じられた人びととの2つのカテゴリーに分別する体系」である。(p.78)
     ※交叉イトコ婚。『親族の基本構造』であつかったもの。自然から文化への移行。

    ★レヴィ=ストロースは、近代の思考が特定の時代と文化に特殊な思考であり、野生の思考こそ人類に普遍的な思考であることを、個々の諸事例に共通する論理的な構造を抽出することによって示した。(p.125)

    ・ブリコラージュは、(略)限られた持ち合わせの雑多な材料と道具を間に合わせで使って、目下の状況で必要なものを作ることを指している。(p.135)
     ※部品ではなく断片。「まだなにかの役に立つ」という原則によって集められ、保存された要素

    ・ブリコルールの用いる記号とエンジニアの用いる概念との違いの一つは、「概念が現実に対して全的に透明であろうとするのに対し、記号の力はこの現実の中に人間性のある厚味をもって入り込んでくることを容認し、さらにはそれを要求することさえあるという所にある」(『野生の思考』) (p.139)
     ※記号と概念。感性と理性

    ・この戦術という概念は(略)「自分にとって疎遠な力が決定した法によって編成された土地、他から押しつけられた土地でなんとかやっていかざるをえない」ような行動であり、「所有者の権力の監視のもとにおかれながら、なにかの情況が隙きをあたえてくれたら、ここぞとばかり、すかさず利用する」といったように、固定された固有の場所などもたず、真正な社会に生きるゆえに、融通の利く「弱者の技」としてのブリコラージュ的な機略を指している。(p.153-154)
     ※レヴィ=ストロースは、戦略よりも戦術推し。★意外! 理性よりも完成ってこと。

    ・こうした操作は、あらかじめ考えられた計画どおりに運びません。私の仲介で、神話がそれ自体で再構成するからであって、私はただ神話群が通りすぎていく場であろうと務めるだけです(p.206)
     ※神話の構造分析について。『構造主義との対話』より。

    ・真正な社会様態とは、すでに顔見知りの人びとからなる閉じられたローカリティとは異なる。それは、はじめて出会う人とのあいだの関係を〈顔〉のある関係として結ぶことだり、これからも出会うことのない人たちや死者との関係も〈顔〉のある関係として想像することを意味している。(p.230)

    ★私というものは、何かが起きる場所のように私自身には思えますが、『私が』どうするとか『私を』こうするとかいうことはありません。私たち各自が、ものごとの起こる交叉点のようなものです(p.235-236)
     ※p.206神話のページに出てくる。

    <きっかけ>
    2018年3月の人間塾課題図書。お題もあわせて考え中。”

  • 神話分析から主体の解体へ至る洞察が画期的。

  • 人類学への興味から、レヴィ=ストロースの興味へ。
    まだレヴィ=ストロースの本を読めていないので、1つの読み方であることを心にきちんと留めておく。著者自身も、他の人の一般的な読み方とは異なり、またレヴィ=ストロースへと偏っていると書いている。
    構造主義の理解が少しは深まった。
    人類学の意義は真正な社会を焦点に置くところとのこと そう考えると、人類学を自分の国でやるということへの違和感もなくなるかも

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著者プロフィール

1954年、新潟県生まれ。成城大学文芸学部教授。専攻は文化人類学。著書に『レヴィ=ストロース入門』(筑摩書房)、『構造人類学のフィールド』(世界思想社)など。

「2005年 『プロレスファンという装置』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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