人間はなぜ非人間的になれるのか (ちくま新書)

  • 筑摩書房 (2000年10月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480058676

みんなの感想まとめ

人間が非人間的な存在になりうるメカニズムを探求する本作は、自由と平等の名の下で形成された「人間」という概念が、実は歴史的な産物であることを示唆しています。18世紀の西欧に端を発するこの概念は、戦争や革...

感想・レビュー・書評

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  • 人間は、人間でありたいと願い、自由を手にし、それを万人が行使した結果群衆となる。群衆は歯車であり、機会的であり、代替可能であり、非人間的になれる環境となる。

  • 二十世紀の芸術の本。

  • 自由と平等のもとに権利と義務を果たす理性を持った普遍
    的「人間」というのはたかだか18世紀西欧に概念として造られたものであるにすぎない。そしてその後の歴史はアンチテーゼとしての「非人間」的な現象や行為との往復によって彩られ、戦争や革命、収容所が、主体的な個人のロンリネスの逃げ場としての全体主義によって起こったのをはじめ、無意識や無意味、未開への知的関心が「人間」世界を大幅に揺さぶってきたのだった。
    いまや、複製の大量消費の中に埋没させられている「人間」を解放するすべはあるのか?
    あらゆる領域を横断する統合知と臨床的知の双方向からのアプローチのジャンプ・アップに活路を見いだしたい。

  • @yonda4

    人はいつ、非人間的になるか。

    集団ヒステリーに陥った時。

  • [ 内容 ]
    「人間」とは、自由で平等な近代社会を作るための発明品だった。
    そして、それは理性的で主体性をもつ個人のはずだった。
    ところが、巨大化し機械化する都市の孤独のなかで、この人間たちは気づかされる。
    「理性と主体性のある「私」なんて嘘だったんだ!」このときから「人間」は「非人間的」な存在へと急速に劇的に変貌していった。
    「自由な個人」から「全体主義的な群衆」へ、「理性的な主体」から「無意識に操られる客体」へ。
    何がどうして起こったのか。
    壮大なスケールで描きだす「非人間」化の歴史。

    [ 目次 ]
    序章 アウシュビッツへの旅
    第1章 全体―個から全体へ
    第2章 無意味―アヴァンギャルドからファシズムへ
    第3章 未開―岡本太郎「太陽の塔」の謎
    第4章 無意識―理性から狂気へ
    終章 幼年期の終わりを越えて

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著者プロフィール

早稲田大学政治経済学部卒業。京都大学大学院文学研究科修士課程(フランス文学専攻)修了、パリ第三大学博士課程中退。専攻はフランス文学・思想、表象文化論。訳書にボードリヤール『消費社会の神話と構造』(共訳、紀伊國屋書店)、『ダダ・シュルレアリスム新訳詩集』(共訳、思潮社)、ヴュイヤール『その日の予定』(岩波書店)、エリボン『ランスへの帰郷』(みすず書房)、ソヴァージョ『ボードリヤールとモノへの情熱』(人文書院)など。早稲田大学名誉教授。

「2024年 『アヴリルの相続人 パリの少年探偵団2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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