戦争報道 (ちくま新書 387)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480059871

作品紹介・あらすじ

ジャーナリズムは、戦場の悲惨を世に訴える一方で、ときに率先して好戦論を喚起し、戦火に油を注ぐような役割も担ってきた。このような奇妙に歪んだ構図が生まれるのはなぜか?本書は、第二次世界大戦からベトナム戦争、そして9・11にいたる戦争報道のあゆみを、文学・映画からインターネットにまで射程を広げて丹念にたどることで、ジャーナリズムと戦争との危うい関係を浮き彫りにし、根底より問いなおす。

感想・レビュー・書評

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  • 戦争報道を入り口として、ジャーナリズム全般にわたる、あり方を問うている。戦争を取り上げているのは、題材として分かりやすいからだろうと思われる。現場で発生した事件取材者の編集を行う。マスメディアを通じて報道は多くの意図(政治・広告主)により、都合よい様に編集されて、私たちに届く。それは、私たちが、その情報により、コントロールされているかのような結果を生む。情報伝達機器は発達してきたが、作為者による囲い込みは変わらないだろう。インターネットにより、未来の姿に立ち返る可能性は見えてきたのだろうか?

    同盟通信社、敗戦後には解散になる。米国の情報統制
    BBCのジョージ・オーウェル、戦争中には検閲が行われていた。ベーシックイングリッシュ⇒ニュースピーク。言語の制限はそのまま、究極の検閲になる。
    ベトナム戦争とは何であったのか?映画、地獄の黙示録で描かれたものは、リアリズムであるのか?
    湾岸戦争以後、報道と宣伝の関連性が示される。報道管制、戦争広告代理店、ブティックプロパガンダ、テロ報道と報復。しかし、予定された侵略であったことが、発見される。その後には、ジャーナリズム批判、どれを信じるか?ビデオジャーナリスト、デジタル、インターネット、信頼。
    米国は戦争が好きである。自国産業、国益のために兵器や爆弾を売らなければならない。大統領自ら指揮し戦争を起こす。何のために?

    キーワード
    イエロージャーナリズム
    世界三大通信社
    宣伝 プロパガンダ 情報の送り手が自分の利益を最大化するために様々なコミュニケーションスキルを駆使すること。受けての利益を一切考慮しない。

  • 報道機関、ジャーナリストの質や力量が問われるのは戦争報道に関して。この視点を軸に、第二次世界大戦、ベトナム戦争とその後。9.11後に時代相を分けて分析。ただ、戦争関連報道の主体を、ナショナル・ニュース・エージェンシーから敏腕ジャーナリスト、媒体を新聞、テレビから小説や映画、インターネットまで、方法論もPR会社のそれと範囲と対象が広すぎて、焦点がぼやけているようにも感じた。結果、一つ一つは興味をそそる切り口なのだが、突っ込み不足のようにも。戦争PR会社やインターネット論は別書の方が良さげ。2003年刊。

  • メディアという単語が、何やらネガティブな表現のように感じるのは私だけだろうか。
    もちろん、メディアが我々に伝えてくれる情報は今や我々になくてはならないと感じている。
    しかし、メディアに情報を吹き込むのもまた人間であると感じる。

    ここまでは、従来からメディアについて感じていたこと。

    本書は、私が体験していない3つの報道を教えてくれた。
    第二次世界大戦・ベトナム戦争・湾岸戦争である。

    1984年の作者と戦争報道の関係に、納得した。

    地獄の黙示録、見たいと思いながら今に至っている。
    そろそろ見るかと。

  • 「ジャーナリストがその最も優れた資質を発揮できる舞台が戦争であるとすれば、ジャーナリストの人間としての存在はどのような意味を持つのか」(ディビット・ハルバースタム)
     読者や視聴者は、戦争で何が起きているか知りたがる。影響の及ぶ範囲やその程度も、交通事故や殺人事件などとは比べものにならないから、報道に対する要求はシビアになる。国民の知る権利を代理するジャーナリストがその責務を最もクリアカットに担えるのが戦争報道だろう。
    (中略)だからこそ、ハルバースタムの言うように、そうした活躍の場を得るジャーナリストとは何者なのか、改めて問いかける必要がある。戦争がジャーナリストを鍛えると言われるが、戦争によって鍛えられるジャーナリストとはそもそもどのような人間なのか問われるべきなのだ。
    (本書p.7-9)

     TVは放映時間中、何かの映像を放映し続けなければならないメディアだ。しかも他局との熾烈な視聴率競争に曝されており、視聴率の数字の僅かな上下がスポンサー収入に響くとあれば、どうしても刺激的な映像、多くの視聴者を魅了できる映像へと流れる。(中略)それらがすべてシーア派イスラム教徒ハイジャッカーの言い分を有利に見せる効果を担った映像であっても、そんなことは構っていられないのだ。
     そして、考えてみればベトナム戦争のTV報道もそうだったのだ。反戦のメッセージは、実は後からついてきたのに過ぎない。とにかく死体を映すこと。それは映像のインパクトから必要とされた要請だった。TVメディアとは主義主張の如何を問わず、魅力的な映像には食いつかずにいられないメディアなのだ。(中略)それを苦い経験を経て学んだ政府はTVメディアの性を逆手に取る、より効率的な映像メディア管制方法を確立する。それがドゥ・リュデール記者が命名した「パッケージ」「洪水による操作」という方法である。
     「パッケージ」とは報道メディアが飛びつきやすいように魅力的に構成された情報のこと。そして、そうした情報パッケージを洪水のように提供すれば、TVメディアはもはや自前の取材や検討を加えることは一切なくなり、そのパッケージに食いついて離れなくなる——。この方法論は(マイケル・)ディーバーの名を取ってディーバー・システムと呼ばれる。
    (本書p.147-151)

  • 正直筆者自体は何がいいたいのかがよくわからない。

  • 武田徹は、批評家を論じるのがうまい。ベトナム戦争の箇所が面白かった。

  • とりあえず88ページまで読んだ。

  • [ 内容 ]
    ジャーナリズムは、戦場の悲惨を世に訴える一方で、ときに率先して好戦論を喚起し、戦火に油を注ぐような役割も担ってきた。
    このような奇妙に歪んだ構図が生まれるのはなぜか?
    本書は、第二次世界大戦からベトナム戦争、そして9・11にいたる戦争報道のあゆみを、文学・映画からインターネットにまで射程を広げて丹念にたどることで、ジャーナリズムと戦争との危うい関係を浮き彫りにし、根底より問いなおす。

    [ 目次 ]
    第1章 第二次世界大戦中の戦争報道(同盟通信社―ナショナル・ニュース・エージェンシーを目指して;BBC時代のジョージ・オーウェル―『紅茶を受け皿で』の背景)
    第2章 ベトナム戦争の報道(ジャーナリズムと文学―ハルバースタム・岡村昭彦・開高健;ジャーナリズムと映画―『地獄の黙示録』という戦争報道)
    第3章 湾岸危機以後の戦争報道(「報道と宣伝」再論―PR会社の台頭;戦争報道とインターネット―信頼の失墜;ビデオ・ジャーナリストの挑戦―今ある戦争報道の先へ)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 3章1節を読むべし!

    [03.4.25]

  • 結構ややこしい、入り組んだことを書いているのに読みやすかった。
    いくつかの内容は既に知っていたけれど、共同、時事、電通の関係とか
    「地獄の黙示録」の解釈とかがかなり興味深かった。

    公共性=滅私奉公→奉公=報国という戦前における日本での図式もわりとしっくりきた。

    もっと英語勉強しようとおもった。

    自らの見識を広める為には海外のソースももっとみないとだよなぁ。

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著者プロフィール

昭和21 年、長野市に生まれ。
長野高校、早稲田大学を卒業後、信越放送(SBC)に入社。報道部記者を経て、ラジオを中心にディレクターやプロデューサーを務める。平成10 年に「つれづれ遊学舎」を設立して独立、現在はラジオパーソナリティー、フリーキャスターとして活躍。
主な出演番組は、「武田徹のつれづれ散歩道」「武田徹の『言葉はちから』」(いずれもSBC ラジオ)、「武田徹のラジオ熟年倶楽部」(FM ぜんこうじ)など。

「2022年 『武田徹つれづれ一徹人生』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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