意識とはなにか

  • 筑摩書房 (2003年10月1日発売)
3.14
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480061348

みんなの感想まとめ

意識の本質を探求する本作は、クオリアという感覚の概念を中心に展開され、言葉と感覚の関係性を深く考察しています。特に、日常生活における言葉の使い方や、他者との関係性が自己の同一性に与える影響についての洞...

感想・レビュー・書評

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  • クオリアの解説。感覚の説明を言葉で分かりやすく。
    <あるもの>が<あるもの>であること。なぞなぞのようだが、最も適した表現である。言葉とクオリア、言葉は共有できるが、クオリアは感覚であるので、共鳴か?共振か?
    感覚の揺らぎ=ファジーであること。
    「ふり」をする能力、感じでは振り、降り、
    ミラーニューロンとは、クオリアを伝える、行動である。同一の機能である。

  • ♠クオリアがゲシュタルト崩壊しそう
    ♠前半よりも中盤あたりからなんとか咀嚼できたかんじ。人に伝えるってなったら…うん……
    ♠「”本来の私”をAとすると他者との社会においてA'、A"、…と一日中「ふり」をしていて、それは”私”の相手の捉え方も同じ様である。だがそもそも主格である”A”が存在するかも不明。」
    ♠「私たちは日常生活で言葉の意味を明示的に問うことなく用いている。…いざとなれば意味を問うたときに記述が生成されることを可能にする形で〈私〉の中でさまざまな言葉がクオリアという形式をとって同一性を維持し続けている。」

  • 脳科学から哲学的な領域に入った茂木さんの意識論。やはりクオリアに関する記述も多く、理解しにくいきらいもあるが子供の「ふり」に関する考察や痛くて泣くという行為は母(他者)にみられることで意味を持ち、見られていなければ意味を持たないといったことから導かれる「自己という同一性とは他者との関係性によって生み出されるもの」という考え方は、面白い話だと思います
    これは、仏教で言うところの縁起の思想そのものだと思われ、最新の脳研究の知見を考察した茂木さんからも2500年まえの釈迦の思想が導かれる不思議が面白い。

  •  平易に記述されている中で、尋常ならざる難しさが垣間見えます。したがって、本の内容はよくわかっても、その内容の本質はほとんどわからない。上辺だけをなぞったという感じでしょうか。そして上辺だけをなぞるのは、現時点では致し方がないのでしょう。
     『クオリア入門』よりは、読みやすかったですね。

  • 意識が物質である脳からどのように生み出せれるのかにとても関心がある。それでこの本を読んだのだが。
     著者も書いてあるように,そのことに関して,今の段階で脳科学もまだ解明できていないようだ。
     そのせいだろうが,すっきりしない。

  • 以前、読んだことがあるようだが、内容は全く覚えていない。

    人間は日々、変化し続けている。
    しかしさまざまなクオリアが、劇的に変化していく私の中で、どういうのユニークさを維持しているからこそ、私は世界を、そして私自身を継続性の中に把握し続けることが出来る。

    意識やクオリアは、変化し続ける世界の中で、自己の同一性を確保するための方法である。
    意識の謎は解けないが、クオリアを感じることの意味は、同一性を維持しつつ、変化していくという脳の驚くべき能力である。

  • 例えば落合陽一みたいな人ってけっこう機能主義なのかな?

  • 主に認知に関する議論が多い。例えば、小鳥のさえずりや鮮やかな赤を、いかにして脳でユニークなもの(クオリア)として認識しているかという問いについて議論している。脳の解明はやはり難しく、1か0かではないところに科学らしくない科学といった印象を受ける。学問もヒトに近づけば近づくほど白黒はっきりできないものが多いように思う。もちろん共通言語として論理的に考えることはツールとして必要だが、世の中すべてを単純化して見てしまうことは、あらゆる弊害を生む気がする。もしかするとICTの限界はその辺りにあるのかも?

  • 最初のうちは、分かっていながらもなかなか言葉に出来ないことが、”クオリア”として表現されることで、スッキリした気分を味わえた。読み進むにつれて、同意反復が気になってくるというか、”クオリア”に関する解釈を、ひたすら言葉を変えて繰り返しているだけに思えて、だんだん辛くなってきました。もう少し厚みが欲しいというか、一冊の書として纏めるには薄いというか。正直、学術論文くらいの長さで纏まっていた方が、インパクトも高まると思うし、ニュアンスもより良く伝わったんじゃないか、と思えてしまいました。

  • 2015/7/26bookoffで購入。

  • 「クオリア」ということばが何度も登場する。本書のテーマになっていることばだ。しかし、どうもこの言葉の意味をうまく人に説明することができない。自分で使うこともできない。本書によると、クオリアとはもともとは「質」を表すラテン語で、心の中で感じるさまざまな質感を表すことばとして定着してきた。では「質感」とは何か。いろいろな具体例で説明がなされているが、私なりに解釈をすると、「苦い」ということば1つを取ってみても、コーヒーは苦くて好きになれないという人もいるだろうし、その苦さが好きだという人もいるだろう。同じことばでもそれぞれの人にとっての感じ方は違う。もっと言うと、赤いリンゴを見たとき、私とあなたで本当に同じ赤色を感じているのだろうか。それまでに生活してきた文化的な背景によっても感じ方は違ってくるのではないか。そういったそれぞれの意識の持ち方が「クオリア」となるのだろう。しかしそんなことを一々考えていたのでは話が進まない。だから皆が同じように感じているとして話を進めてしまう。ちょっと立ち止まって考えると、それは突然「難しい問題」として目の前に現れてしまう。それは哲学の問題だ。そんなことは科学としては扱えない。科学は客観的に数値で扱えるものしか扱わない。ところが、それが最近少し変わりつつあるのだそうだ。脳の研究者の中で「意識」ということを扱うのはタブー視(良いことではないと)されてきた。技術の進歩で、何かをしているとき、何かを感じているとき、脳の中のどこがはたらいているかを突きとめることが出きるようになってきた。人間の「意識」を科学として扱うことが出きるようになってきたというのだ。20世紀は物理学の時代だと言われた。21世紀は生物学の時代、特に脳研究の時代と考えられる。本書のテーマはしばらく大きく発展していくに違いない。しかし、今のところ私には、本書の内容はボヤーとしか感じることができない。ちょうど養老先生と本書の著者との対談が出版された。それも読みながらさらに考えてみたい。

  • うーん。内容がつかみづらい。読んでておもしろくなかった。結局クオリアってのがなんのか最後までわからなかった。

  • 異色の脳科学者である著者が、意識とは何かという問題を解決するための糸口を示そうとしています。

    著者は、チャルマーズにならって、「やさしい問題」と「むずかしい問題」を区別しています。本書での「やさしい問題」とは、クオリアなどの問題を、脳生理学であれ社会学であれ機能主義的な観点から説明することで解決できるものです。他方「むずかしい問題」では、たとえば現象学のような立場から、クオリアや「私」の固有性を突き詰めていくことが求められます。

    その上で著者は、「やさしい問題」と「むずかしい問題」を切り離すことなく、両者のつながりを見いだすことをめざします。著者は、ミラー・ニューロンの発見や他者理解における「心の理論」の重要性などに触れながら、私たちがさまざまな場面で「ふり」をする能力を駆使していることを明らかにします。そして、「むずかしい問題」として立ち現われてくるさまざまなクオリアを「やさしい問題」として処理することで私たちの社会生活が成り立っているのは、この「ふり」をする能力と関係しているのではないかという見通しが示されています。

    さらに、私たちの脳の中の電気的な布置状態は、一瞬たりともとどまることなくダイナミックに変容しつつあることに触れ、そのような脳のあり方にも関わらず、「私」が「私」であることや、「あるもの」が「あるもの」であることといった種々の「固有性」が成り立っていることが説明されなければならないと主張しています。そしてこのことが、「やさしい問題」が成り立つための前提だと論じられています。

    著者の「クオリア」という言葉の使い方に若干違和感を覚えるところがありますが、おおむね興味深く読みました。

  • 我思うゆえに我ありを科学的に説明してくれる。意識のふしぎさを改めて認識させてくれる本。

  • 人間はしょせんDNAから生成されているのでプログラミングで突き詰めていけば、人工知能は再現できるのではないか?と考えていたが、この本で、そんなに単純なことではないということが学べ、めちゃくちゃ参考になった。でも、弟と議論すると、それじゃできない理由としては弱いのでは?と納得させられなかったのが非常に悔しい。
    脳がプログラムで再現できない理由は以下である。
    ①ただの物質である脳から、どうして自意識が生まれるのか、については解明できていない。また、それは機能主義的なアプローチでは生まれない。
    ②優しい問題(青があおだということ)と難しい問題(あなたが感じている青と私が感じている青とは本当に同じなのか)について認知のレベルを頻繁に変えながらコミュニケーションをとるはプログラムでの再現は難しい
    ③人間は客観的情報と主観的情報から行動する。チェスで人間に勝てるプログラムは作れても、勝利したことで喜びを感じるプログラムはどう定義するのか?そもそも定義できるのか?
    ④プログラムでのデータの保持の仕方は固定だが、脳のデータの保持の仕方は環境からのフィードバックを受け、絶えず生成されることで保持されるため、データの同一性が担保できないから。

  • 120924 冒頭より
     脳を理解するという人類の試みは、実際絶望的と言ってもよいほどの壁にぶつかっている。脳科学の発達により、私たちの意識は脳の中の1000億個の神経細胞(ニューロン)の活動によって生み出されることがじょじょに分かってきているが、なぜ、脳の中の神経活動によって、私たちの意識が生み出されているのかが、皆目わからない。

    120929 あとがきより
     自分でも後あとまで心に残るものが書けた時というのは、書いている途中で、一体自分が何を書いているのかわからなくなった時であったように思う。

    ・・・この本を読んで思ったこと・・・茂木健一郎さんは、いったい何を書きたかったのか?そして、編集者の方は、この本に何が書かれているのか分かって出版に至ったのだろうか?また、なぜ「意識とはなにか」というタイトルがつけられたのだろうか?などの疑問であった。

     第6章の|コミュニケーションから生まれるもの の『一人の人間という「個」が、他者との関係性に依存して生みだされてくる。一つのパーソナリティが貫かれていると考えるよりは、関係性に応じて異なるパーソナリティが生み出されているという現象の方が本質的なのである』という部分は、、読みごたえのある内容だが、「意識とはなにか」というタイトルや全体の流れからは脱線している感じがしないでもなかった。

  • 「意識とはなにか」という問題について考察を深めている本ではなく、残念だった。クオリアについて著者の考えがつらつらと述べられているだけである。かといってクオリア論としても物足りない感がした。

    非常に中身の薄い一冊。

  • 意識とはなにか?茂木さんだったら答えてくれるか、と思っていたら…現代の科学で全てが説明できるわけではない、と科学者が言い切るのが良い。また、難しいこと「追究、突き詰めよう」としたり、「こういうことにしておこう」というのも、脳の大切なお仕事。何事もバランスなのです。だから、考えすぎると「バランスを崩す」のか。「時間」については、同じような体験をして ちょっと危ない時期があったので、あそこでやめてよかったな、と今更ながら思う。

  • 【出会い】
    なんとなく、Book offの100円コーナーで

    【概要】
    当たり前に存在していると思われる意識を持った<私>について、掘り下げる。

    【感想】
    読み終えても茂木氏が何をしている人なのか、今ひとつピンとこず・・・

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著者プロフィール

脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘教授。「クオリア」をキーワードに、脳と心の関係を探究しつづけている。1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。
著書『脳と仮想』(新潮社、第4回小林秀雄賞受賞)『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房、第12回桑原武夫学芸賞受賞)『脳とクオリア』(日経サイエンス社)『脳内現象』(NHK出版)『感動する脳』(PHP研究所)『ひらめき脳』(新潮社)ほか多数。

「2013年 『おぎ・もぎ対談 「個」育て論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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