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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480062215
みんなの感想まとめ
男のセクシュアリティに関する独自の視点を提供する本書は、射精後の空虚感や自分の身体への否定感といった根本的な問題を掘り下げています。著者は自らの体験を通じて、ミニスカートや制服、さらにはロリコンに対す...
感想・レビュー・書評
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「オレ、射精って実はあんまし気持ちよくないんだけど」から始まって、「ミニスカの下は白の綿パンでなきゃ」とか、「ロリペドの気持ちもわからんじゃないつーかオレもすこしそう思う」とか……そういう著者の「セクシュアリティ」をさらして語ることを通じて、オトコのとらわれとか、生き方不自由にしてる思いこみとか、そういうのに気づこうぜ、なんか変えてこーぜという本である。
で、自分についての考察を深め深めていったその結果、「ロリコンとは、少女の体に入れ替わってそのうえで精液ぶっかけてもっぺん母親ヌキで自分自身を産み直したい、ということである」というところまで著者は到達してるんですが……ロリコンの皆様、どうでしょうか?
「壁に卵」の例になるか、オトコのセクシュアリティについてなにか有益な話ができるようになるか……。留保はいっぱいつきながら、ここから考える本、として評価できるし、他に類のない一冊であることは間違いない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
【概要・粗筋】
男の不感症(=射精後の空虚感)をキーワードに、ミニスカや制服、少女たちに欲情する男性心理やメカニズムを筆者自らの体験・感覚に基づいて掘り下げた男のセクシュアリティ論。
【感想】
筆者が指摘する男のセクシュアリティにおけるふたつの根本問題である、射精後の空虚感・虚無感(これを不感症、または「感じない」とするのはしっくりこないけれど)と自分の身体への否定感については、とても共感できる。私自身同じような感覚を持っている。ミニスカ、制服、ロリコンに対する具体的な分析もさることながら、このふたつの問題を指摘しただけでもセクシュアリティ論として素晴らしい。
もっとも、本書は著者の自分語りという体裁をとっているので、細かい部分で共感できない部分がある。例えば、「とくにどの部分が一番汚いと感じるかというと、(中略)精液が出たあとのペニスの周辺である(P146)」は首肯できるけれど、汚いと感じる理由を思春期の射精に対する否定感と結びつけることには共感できない。
著者と私では異なるセクシュアリティを有するのであるから、共感できない部分があるのは当たり前であるから、細かいところで共感できなくても問題はない。けれども、本書に通底する男のセクシュアリティに対する否定意識は共感できないどころか反発すら感じる。この否定意識は「男の性行動はこれから変えていくことができるし、変えていかなければならない(P49)」と無根拠に云いきっていることからもわかる。このフェミニストへの迎合ともいえる筆者のバイアスは、見逃すことができない本書の瑕疵だと思う。 -
ゼミ論文のために必要かと思って
わざわざアマゾンで購入した本。
男らしくなろうとして、寝る前に筋トレして、平泳ぎが出来るようになった
ってのが本書の内容に関係なく、おもしろかった。
新書はおもしろい。自分が感じられないこと(小説とかだと、自分の感覚のひだひだでしかとらえられないことが、たくさんあるけど)を
感じさせてくれる。感じさせる、というより教えてくれる。
不快になんかならずに軽くすいすい読めた。
ちなみに私は、これを読む前から平泳ぎは一応出来る。
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著者の感覚には共感できないところもあったけれど、著者のここまで正直に自分を見つめてさらけ出す姿勢が美しいので、読後感としてはそこまで気にならなかった。
20年前の本だけれども、今の感覚で読むとすこし女性に気を遣いすぎというか、フェミニズムの人たちに配慮しすぎた言い方がちょっとまどろっこしいと思った。
男の人はかくも生きづらいなあと思うけれど、表世界(言葉で語られる世界)でまあそういう配慮をしなきゃいけないってことは、裏世界(動物的な感覚、本能)では男はなんだかんだ言ってやはり強者だよね、とも思う。 -
なぜ男はミニスカや少女の制服に欲情してしまうのか。異性愛者の男性である自分自身の性的欲望を一生懸命に分析してみせた本書は、時にドン引きさせたり爆笑をさそったりするが、けっしてキワモノというわけではない。男性の側からフェミニズムに真摯に応答しようとした男性性研究の初期の著作のひとつである。
実際、「不感症」が女の病気とされてきたように、女のセクシュアリティは問題にされてきても男のセクシュアリティは長らく語られず問題にされてこなかった。それを語り始めるにあたって、自分という一人称から始めるというアプローチは誠実で重要である。
もっとも、ひとのセクシュアリティの多様さというよりもアナキーがより認識されるようになってきた今日から見ると、本書の語りはあまりにも「男のセクシュアリティ」なる一枚岩的なものを、「女のセクシュアリティ」という、これまた一枚岩化したものとの対比において構築してしまっているように思われる。
実際、本書で最も価値ある記述といえるのは、著者が「男の」セクシュアリティ分析を離れて、本当の意味で自分自身の経験について語っているところだろう。彼は、精通という経験をどうしても肯定的に受け入れることができず、さらに第二次性徴を経て「男」的なものになっていく自身の身体を愛することができてこなかったと告白する。他方で、女の体を欲望すべき主体となるべき自分の身体が、他の男性によって欲望されることへの混乱。そして「男の体は汚い」という自己身体への否定的意識が、少女の身体にとって代わりたいという「性的な」欲望に変換されているのではないかと自己分析するのだ。
森岡氏自身は、このような自己意識においては容易に統制できない性的欲望を、社会構築だけで解けない、生物学的な性の作用だと認識しているが、その生物学的な欲望は必ずしも最初から男女によって非対称的に機能するわけではないことを認識することがむしろ重要ではないのだろうか。森岡氏の語りは、ジェンダーとセクシュアリティの社会的枠組みと身体、アイデンティティ、欲動にはこれほどのズレが生じるのであり、それを一致させることにはこれほどの努力が必要なのだということを示しているように読める。本書は、この時期のフェミニズムが主張していた社会構築論がきわめて性別二元的なものであったことも思い起こさせてくれるものだった。 -
押見修造が「おかえりアリス」のあとがきでこの本に触れていたので。
私には当然ながら射精の感覚は分からないわけだけど、幸福感よりも虚脱感、排泄に近い感覚ってのには結構驚いた。聞いたことはあったけど…
女性の快楽よりも喜びが少ないとは思えないけど、よく言われる「出すだけでしょ」みたいな気楽さは確かにないと思う。
あとは、ロリコン的な視線。少女アイドルやロリ漫画を読む身として、少女への欲望が自分の身体への嫌悪感に由来しており、少女に到達する媒体として精液や出産というものがあるという論には、やや単純である感は否めないが同意した。ジュニアアイドルやモー娘。の表象における隠蔽されたポルノ性(決して元気印ではない!)を指摘しているのも良かった。
ものすごい哲学的洞察があるわけでもないし、性欲を赤裸々に書いているだけに嫌悪感も抱いたものの「他人を欲望の単なる踏み台にしないような、多様なセックスのあり方」を目指すという結論に到達しているのはすごいことだと思う。全体的に実直な本だった。 -
「身体嫌悪からくる自己否定」はあまり自分には当てはまらない。むしろそこには自分に陶酔するナルシシズムがある。身体嫌悪があったとしても、それを産み直し(少女趣味、女体執着)という自己否定でははなく、自分の体がゴツゴツすること、毛が生えること、オスっぽさ、に耽美なるものを見出そうとすることで自分を肯定する経路がある気がする。筋トレなんかはそういうものの一種なんだろうか。男である自分の体に自分がうっとりできるか、どうかに分岐がある。それに仮に自分の体に自分でうっとりするようなナルシシズムがあったとしても、少女の内側に自分を託そうとする気持ちが無いわけではないとも思う。少女になりたかったけどなれなかった自分の分岐を持ったまま、男である自分の体にうっとりするような自己愛の形がある。
精通を機に身体嫌悪が芽生えて、自己否定的になった男性の死への欲動が、今の男の体を抜け出して女の体に乗り移りたい、乗り移って自分を愛したい、そしてその内側で新しい自分自身を産み直したい、という欲望に倒錯していく、という実感の話は面白かったけど、その自閉的な世界の出口が他者への優しさと、それによる思いやりのある関係性っていうのはちょっと雑な気がした。
今ある現実の出口のなさを、自閉的な世界の物語(女に生まれ変わりたい、カルト宗教、男らしさの性規範、陰謀論)に入ることでやり過ごすけど、そこからも脱出するためにもその物語を打ち破る別軸の物語が必要なのかなと思う。つまりその人のあり得たかもしれない可能性、分岐に立ち返ること、別の分岐を擬似的に経験するためのプレイ。演技、遊び、儀礼が必要なんじゃないかと思った。バーチャルではなく身体を伴ったプレイ。
多分その自己否定、自傷によって死にきらない程度に擬似的に死を享楽するプレイは言い換えれば依存症で、その一つにルサンチマン(現実で撃つ手がない相手を想像上で復讐しようとする思考が反復すること)も含まれる。それはその人にとって出口のない現実に対する一時的な出口になる。それが本当に自分や他者を滅してしまうレベルに行かないように制するバランスや倫理はどう身につければいいんだろう。
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エビデンスなんてどこ吹く風といった感じで、著者は主観から己の欲望や実体験をこれでもかと書きつけていく(むろん意図的・戦略的に)。したがって社会学あるいはフェミニズムの観点からすればツッコミどころ満載なのだけれど、ぼくはむしろその蛮勇にいかなる意味におけるイヤミもなく感服する。ここまで自分を晒し、かつ極論・暴論に陥ることなくこの世界にふたたび軟着陸する己の成熟・成長の過程を示すのはそのまま著者の人間力の表れでもあると思うのだ。古い本だが、本田透『電波男』『萌える男』とは別のかたちで男の苦しみを描いた実録文学
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同じことを考える人間の正直な言説に触れ感動しました。
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森岡氏自身の体験談なども含みながら制服の少女に性的に惹かれてしまうことや、ロリコンについて、射精についてなど色々と書かれていた。読みながら「女性からしてみれば恐ろしい思考だな」と思うものもチラホラあった。
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「猥談を大真面目に語る本」というと筆者に怒られるだろうか。中盤以降まではそんな印象があった。男の性欲を「生物的な観点で通りいっぺんで語りたくない」と言うだけあって、自らの嗜好や行動を赤裸々に語ることで深く分析している。
筆者によれば、男はみな女性と比べて不感症であり、「男とは汚いものだ」という思いが根底にあり、それが性欲やフェチズムに繋がっているとしている。時折「そうかなあ?」と思う箇所はあるが、男の性欲のメカニズムを皆頭ではわかっていても認めたくない、レベルまで掘り下げて語っており、分かりやすく納得してしまう所も多い。
後半は筆者のトラウマ的な話が生々しく語られここで更に引く読者もいるかも。しかし全体を通して、共感はせずとも理解はできる所が多い一冊だった。 -
どうして無意識に複雑な自分の欲求を満たそうとする心の動きができるのか不思議だった。(後半の自分を産みなおしたいというらへん)それを意識的に掘り下げるというのも本当にそんなことができるのかと疑問に思った。
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男性体と射精のメカニズム
うーんつくづく男と女ってのは肉体のつくりが違うんだなあ・・・ -
娯楽としてよんだほうがよい。
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とてもしっかりとした本。
自分をちゃんとみてる。 -
うーん、何だか思っていたより早く読み終わった。本の厚みのわりにいい紙を使っているのか、ページ数が少なかったというのもあるけれど、この本の言わんとするところを直視できずに読み飛ばしてしまった感もあり。本書では、イクとき感じているということになっているけど、実は「男は感じていないんじゃないか」と問題提起。そして、感じていることになっているのに、実際には感じていないから、ミニスカートやロリコン写真集みたいなものに執着する(つまり、感じるものを探している?)といったことを果敢にも自分を俎上に論じていく。正直なところ、著者のミニスカートやロリコン(らしきもの)が自分にある感じはしない(んだけど、そこは前述したように自己分析を避けている可能性があるし、より自分は倒錯してるかもしれないのでとりあえずおいておく)。
全体通すとよく理解できた気がしないんだけど、部分的にはいろいろとうなずけるところがあった。アイドル写真集などを例にロリコンが半ば公認されているかのような日本を憂うところとか。
常々、男ってほんと、「男とはこういうもんだ」っていうのに縛られて、生身の男は誰もそうじゃない「男らしさ」を追い求めて男ぶってると思っているので。自分たちだけでそういうことしてるならいいけど、「男とはこうあるもんだ」から転じて「女とはこうあるべきだ」って話にしちゃうから、なお始末悪い。ちょっと簡単にまとめすぎだけど、本書がいうとおり、自分と向き合って自分らしく生きる勇気をもつべき。 -
著者が、みずからの意識に問いかけて、男の性に関する意識の歪みを明らかにしようとした本です。
ミニスカートや制服、ロリコンといった現象を、外から考察するのではなく、そうしたものに惹かれる著者の意識のあり方に分け入っていくという形で議論が進められています。そして、男が自分自身の身体の汚らわしさから逃れるために、「もう一人の自分」としての少女の身体へと性欲を向けるのではないかという仮説に至っています。
こうした自分の意識の中の醜さを直視したところで、解決策がどこにもないのであれば、やりきれないではないか、という思いもあります。 -
図書館で憲法の本を探していたときに、たまたま目に留まり読むことにした本。
「男の不感症」というものを定義して、それに関する考察が大半を占めている。「男の不感症」というのは、射精の快感が大したものではないということ、マスターベーション後の空虚感や虚無感のことの2つを指す(32頁)。
制服、ロリコン、アイドルといったような切り口から「男の秘密」なるものを考察している。
・なぜ少女に性的なイタズラをしてしまうのか
・どうしてAVを見てしまうのか
・なぜ中高生を買春する教師が後を絶たないのか
等々の問題に、理屈付けを試みる著者独自の観点が面白かった。そうして著者が導き出したのは、「自らの肉体を汚いと感じている男」だった。
しかし残念なのは、著者も自ら言及しているが、「仮説が多い」という印象をどうしても拭えない点で、説得力に決定的に欠けるように思われる。確かに、著者が立てる仮説や結論に、大きな誤りがあるようには思えない。が、これは単に、自分個人の感覚の域を出ない判断だとも思う。いっそのこと、著書の自伝を読むという気持ちで臨んだ方がいいかもしれない。繰り返しになるが、「男の秘密」に対する、今までとは異なる物の見方を提供してくれている点は評価できると思う。
この点を考慮して星は3つにした。
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