「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 189
レビュー : 22
  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480063021

作品紹介・あらすじ

「分かりやすさ」という名の思考停止が蔓延している。知識人ですら、敵か味方かで「世界」を線引きする二項対立図式にハマり込んでいる。悪くすると、お互い対立する中で「敵」の思考法が分かるようになり、「敵」に似てきてしまう。こうした硬直した状況を捉え直す上で、アイロニカルな思考は役に立つ。アイロニーは、敵/味方で対峙する。"前線"から距離を置き、そこに潜む非合理な思い込みを明らかにする。本書はソクラテスやドイツ・ロマン派、デリダなどアイロニカルな思考の系譜を取り出し、「批評」の可能性を探る刺激的な一書である。

感想・レビュー・書評

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  • [ 内容 ]
    「分かりやすさ」という名の思考停止が蔓延している。
    知識人ですら、敵か味方かで「世界」を線引きする二項対立図式にハマり込んでいる。
    悪くすると、お互い対立する中で「敵」の思考法が分かるようになり、「敵」に似てきてしまう。
    こうした硬直した状況を捉え直す上で、アイロニカルな思考は役に立つ。
    アイロニーは、敵/味方で対峙する。
    “前線”から距離を置き、そこに潜む非合理な思い込みを明らかにする。
    本書はソクラテスやドイツ・ロマン派、デリダなどアイロニカルな思考の系譜を取り出し、「批評」の可能性を探る刺激的な一書である。

    [ 目次 ]
    序 カンタン系化するニッポンの思想
    第1章 「二項対立」とは何か?
    第2章 哲学に潜む「二項対立」の罠
    第3章 ドイツ・ロマン派の批評理論
    第4章 「アイロニー」をめぐるアイロニー

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    [ 参考となる書評 ]

  • アイロニー
    やさしさは求められていない

  • 「アイロニカルな批評」ということで、アイロニーそのものについて、最初から最後までじっくり書かれているのかと思ったらだいぶ違った。
    この辺りはこの著者のいつも通りという感じで、安心してページをめくることができる。

    しばらく二項対立の話が続き、二項対立というのはわかりやすさMAXなのだけど裏表の関係になる問題がある、というあたりでアイロニー臭が少し漂う程度。
    この二項対立や弁証法について、「この先に正しいものが存在する」という自身の正義を思い込みと指摘したり、「誰もが二項対立のどちらかの側に存在するはず」という根拠のない安心感を得たいとする衝動について、哲学/哲学史の視点から書かれていて、哲学が正直よくわかっていない自分が読んでもおもしろかった。心理学だとこのあたりは白黒思考とか防衛機制とかの(なんとなく科学的に思える)説明で終わってしまうので、ちょい物足りないと感じていたので満足できた。

    あと「過ぎ去りゆく自然の後を追いかけるものとしての芸術」というのはニールヤングを思い出したわ。

  • 「右」対「左」のような分かりやすい「二項対立」の図式に陥ってしまうのはどうしてなのか、そして、「批評」ないし「評論」と呼ばれる営みの役割はいったい何なのかという問題を考察している本です。

    もともと現代思想は、こうした二項対立の図式をズラす戦略を編み出してきました。二項対立の発祥は、プラトンがイデアの永遠性に基づいて提出した霊/肉二元論にまで遡ります。またヘーゲルは、「霊」すなわち主体と「肉」すなわち客体との対立が、弁証法的なプロセスを経て統合されると考えました。ところで、ヘーゲルの哲学においては、自己自身の哲学的理論体系と、当の体系が過去の諸体系とどのような相互関係にあるのかというメタ理論とが、明確に区別されることなく結びつけられていました。そのために、こうしたヘーゲルの哲学理論の中核にある「絶対精神」を批判する試みは、メタ理論の部分でヘーゲル哲学を補強する結果に陥ってしまうことになります。著者は、こうしたヘーゲルの弁証法的理論の呪縛を逃れようとする、ベンヤミン、アドルノ、デリダの試みを紹介しています。

    さらに著者は、ベンヤミンの『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』以降再評価されているドイツ・ロマン主義の「アイロニー」の戦略を紹介します。シュレーゲル兄弟やノヴァーリスは、文学的な創作活動をおこなう「主体」はみずからの「意図」を完全に把握することは不可能であるという立場から、主体の意図が作品の展開の中でズレてゆくことや、主体としての「私」の中にエクリチュールを介して他者の意図が入り込んでくることに着目しました。彼らは、そうした意図を超えたところで働く詩的想像力を、「超越論的ポエジー」もしくは「ロマン主義的ポエジー」と呼びます。そしてそれは、つねに「生成」の途上にあって「完結」することがないと考えられています。「批評」とは、まさに作品の「批評」という当の営みを通じて、詩的想像力の「生成」に加担する営みのことにほかなりません。著者は、こうしたドイツ・ロマン主義の「批評」概念に見られる、みずからの思想が事後の反省によって新たに捉えなおされる可能性に対して開かれているという意味での「アイロニー」のスタンスを見なおし、その可能性について語っています。

  • 【選書者コメント】右派だろうが左派だろうが、わかりやすい奴は信用できない。

  • 予想外に(?)骨太な西洋哲学史でした。
    現代思想をデカルトからかたりおこすのはよくありますが、(西欧の)二項対立的思考法のルーツをプラトン主義(!)にまでさかのぼる見かたというのは、私にとっては発見でした。

    それでも抜群によみやすい。
    いま同時に読んでいるほかの本とひびきあう部分もあって、愉悦につつまれる読書体験でありました。

  • 政治的な二項対立の焦点になっている問題に、アイロニカルな批評を試みれば、私のようにロクでもない目に遭うので、人に嫌われたくなければアイロニストになるな

    批評家というのかいろいろな考えを巡らせているのだということはわかりましたが、難しくて、なかなか理解には至りません。

  •  「二項対立」の概念の起源とそれを克服しようとした思想家と考え方を解説。分かりやすい喩えと明快な言い回し。哲学の重要問題の一つの「主客問題」と同等になるのだと。解決策の一つである「アイロニー」の説明。そして著者が論壇で苛立ち巻き添えを食ったエピソードを紹介。
     第一章の状況については自分も常々感じていたことだったので、読んでいてそのとおりと同感してしまった。
     ベンヤミンの意図やロマン主義批評の話はスリリングだった。新書でも実に楽しめた本。

  • 前半と後半の難易度の差が激しいが後半の哲学の流れを追った説明は大変参考になる。
    2ちゃんやブログの反応を気にした言い訳は蛇足。

  • 本の批評をするということはつまり、よいか、わるいか、で書かなければならないということであり、したがって、この本を批評するということはできないのである。

    この本は、そのような「二項対立図式」を批判し、自身の立場である「アイロニスト」を押し出してかかれたものである。

    つまり彼も、鳥瞰図のように世界を見ては、それにちょんちょんとつつきをいれるだけで、自分は攻撃されないようなしくみになっているのである。

    ある種の逃げを行っているのである。

    著者自身は、うまく逃げたり、やる気ないそぶりをしてやるとこだけちゃんとやる、みたいな現代人を嫌っているというのに、やはり逃げるのか。罠にはめようとしているのか。と思ってしまいちょっと失望するのである。

    前半の解説書としての部分はいいと思います。
    無知の人にもわかりやすく凝縮されてるよ。

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著者プロフィール

1963年生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。金沢大学法学類教授。専門は法哲学、政治思想史、ドイツ文学。著書に『集中講義!日本の現代思想』『集中講義!アメリカ現代思想』(NHKブックス)『悪と全体主義』(NHK出版新書)『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『今こそアーレントを読みなおす』(講談社現代新書)『マルクス入門講義』(作品社)など多数。

「2020年 『現代哲学の最前線』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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