思考の補助線 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 549
レビュー : 65
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480064158

作品紹介・あらすじ

幾何学の問題で、たった一本の補助線を引くことが解決への道筋をひらくように、「思考の補助線」を引くことで、一見無関係なものごとの間に脈絡がつき、そこに気づかなかった風景がみえてくる。この世界の謎に向き合う新たな視座を得ることができる-。「知のデフレ」現象が進む日本で、ときに怒りを爆発させながらも、「本当のこと」を知るために探究をつづける著者の、情熱的な思索の過程が本書である。自由軽快に、そして粘り強く考えるヒントを、自らの一身を賭して示す。

感想・レビュー・書評

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  • すこし重めのエッセイという感じ。脳科学者の茂木氏がこの世界を見つめる視点への補助線を示してくれる。

    まえがきの中の文章が一つ印象に残った。
    「大事なのは、「何が正しいか」ということではなく、「何がしたいか」という情熱のほうなのではないかと思うようになった。」
    まさに今の日本では「何が正しいか」を表面的に追い求めるばかりで、じゃああなたは一体何がしたいのか、ということに対して明確に答えを出せない人が増えてきている気がする。
    単に知識を増やせばこの世界を知った気になれるかも知れない、しかしその先が無い。そんな人生は気を抜けば一瞬でまっさかさまに落ち込んでしまう気がする。

    とまあ、そういった感想がでてくるかどうかは知らないが、茂木さんの文章が好きならば読んでみてもよいだろう。

  • あらゆる分野での研究が日々進んでいて科学で説明できないことなんてないんじゃないかと思わせられる現代。
    でも、いくら科学その他の学術研究が進歩したとはいえ、人間の思考や感情が完全に解明されたとは言えない。時間や空間や個人のバックボーンといった条件をどれだけ揃えても、一人ひとりの人間の感じることや思考の内容は同一にはならない。
    これだけ科学で説明できることが多い世界で、説明のつかない人間の思考の曖昧さは、自明のものではなくむしろ驚くべきものだと茂木氏は言う。

    そこから様々な思考的アプローチで人間の本質を説こうとし、しかし結局はどのアプローチをしても曖昧なところに着地する印象を受けた。
    自分の理解力が著しく及んでいないこともあるが、氏はおそらく「あーでもないこーでもないと思考すること論ずることが人にとっての至上の贅沢」ということを本書を使って読者に示しているのではないだろうか。

    気に入った箇所引用。
    "哲学、思想、社会学、経済学、数学。あらゆる知のディシプリンにおいて、不用意に淫すると堕してしまう罠は至る所にある。ここで言う「罠」とは、つまり、世界の多様性を正しく見ることができなくなるということである。とりわけ、「普遍性」の概念を不用意に立ててしまつことの中に、人間を怠惰にするトラップが仕掛けられている。"

    =====
    個人的な話。
    社会の法則を知るために、具体的な人間の行動を抽象度を上げることで一般化しようとしてきた自分にとって、抽象化・一般化された数式から人間を理解しようとする本書のアプローチは新鮮で面白く、それでも解明できない人の思考というものはやはりたまらなく魅力的だと感じた。
    社会学的アプローチと数学的アプローチの違い、のようなイメージ。

  • 知のデフレからの脱却にむけて学問への情熱の補助線。
    専門性と総合性のバランス。
    全部をよんでぼんやりしたらつながるかなという印象、だけど、結局どういうことなんだろう?
    C0200

  • 「何を好き好んで著者の愚痴に付き合わなければならないのか」、この一言に尽きます。
    本書の半分以上は著者の愚痴で構成されていて、しかも要領を得ない。何が言いたいのかよくわかりません。
    「世界のすべてを引き受ける」と言っていますが、イマイチ分からない。知のことを言っているのだと思いますが、それでも、「世界のすべてを引き受ける知がほしいんだ!」それだけしか言っていません。あとは日頃の不満をぶちまけているだけで、読んでいて辟易しました。
    僕の評価はCにします。

  • 本書は1つの事がまとめられたわけではなくPR誌「ちくま」への2年間の投稿作を集めた作品なのでひどい言い方をすればまとまりはない。また思想家とその考えの例、著者名とその代表作など人物+例が非常に多く時々わかるものがあったが、人物や実績を知らないがため内容が全く頭に入ってこないことが多かった。

  • 多分に叙情的な表現があって新鮮。熱意と試みについての著者の決意表明であって、私にすぐ何がどうというのではないが、知性に刺激を受けたと思う。所々、ぐっと感動したところもあった。私は要は、人の熱意と知性の鋭さと希望的な可能性に心を打たれるらしい。

  • [ 内容 ]
    幾何学の問題で、たった一本の補助線を引くことが解決への道筋をひらくように、「思考の補助線」を引くことで、一見無関係なものごとの間に脈絡がつき、そこに気づかなかった風景がみえてくる。
    この世界の謎に向き合う新たな視座を得ることができる―。
    「知のデフレ」現象が進む日本で、ときに怒りを爆発させながらも、「本当のこと」を知るために探究をつづける著者の、情熱的な思索の過程が本書である。
    自由軽快に、そして粘り強く考えるヒントを、自らの一身を賭して示す。

    [ 目次 ]
    序 内なる情熱
    世界をその中心で統べるもの
    「曖昧さ」の芸術
    世界は「意識」を必要としない?
    言語の恐ろしさ
    ニーチェとカツ丼
    「個性」を支えるパラドックス
    現実と仮想の際にて
    「みんないい」という覚悟
    登攀の一歩〔ほか〕

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • TVにもよく登場する茂木健一郎の思考というより思想を記述した一冊。

    彼が言うところの蛸壺的な専門化が進む最先端科学も確かにあるだろうけど、かといって彼がジェネラリスト志向で全てにおいて正しく把握してるかというと甚だ疑問。
    また、簡単なことをあえて難しい言葉で表現しているような印象を受けた。

  • 限りある生の中にある人間にとって、自由に考えるという夢はおそらくは叶わない。制約を引き受けてこそ、ささやかな自由が得られる。ならば制約だらけの海にヤケクソになって飛び込もう

    世の中は根拠のないことだらけ。頭で考えて悩んでも仕方ない。信じてみよう

  • 『クオリア』という問題を考える上での 茂木氏の心構えというか
    クオリアへの闘争宣言 序論 というべきものなのだろう。
    コンペイトウのような ゴツゴツした ツノが生えていて
    そのツノのぶつかっている 部分が おもしろい。

    ツノのぶつかっているのは・・
    知というものの軽薄化。
    科学者の制約とルールの枠を飛び越えない旧態依然さ。
    学問に突き進むべき情熱の希薄さ。
    世界を引き受ける 勇気を持たない輩たち。

    クオリア問題の 『天下統一』を 成し遂げていくための
    受難(passion)と情熱(passion)がほとばしり・・・・
    モギ的言葉の じゅうたん爆撃みたいで・・・心地よい。
    『言葉』の 縦横無尽さが まるで義経の八艘とびのようである。

    モギ本をいくつか読んでいると 
    おなじような 『モギ話』がでてくる・・・・
    モーツアルトの明るさとは?
    夏目漱石の批評性とは?
    湯川秀樹の教養とは?
    その 『モギ話』を うまく活用して 展開する。
    茂木氏の 編集能力が うまいというべきなのだろう

    茂木氏は言う
    『昨今の人々は分かりやすいものばかりを求めるようになった。
    難解な本を読んだり、
    真剣に粘り強く本質的なことを考えたりしなくなった。
    「インテリ」という言葉が死語になった。
    日本におけるそんな「知のデフレ」現象に私は怒りを覚え、
    不特定多数の人々が集う公の場ではともかく、
    親しい知人や仲間たちの間では
    「ふざけんじゃねえ」と噴火を繰り返してきた』

    知識層なるものが 特権ではなくなってきている。
    インターネットの急速な進展による 
    知識を取り入れる方法が簡便になったことによって
    『知のデフレ』が起こっている。
    クオリアというような問題も 
    ブログやこのような『新書』で 
    入り口までは入れるようになったことはありがたいことである。


    茂木氏は言う
    『大切なのは、「何が正しいか」ということではなく、
    「何がしたいか」という情熱のほうなのではないか
    と思うようになった。
    難しいことに取り組む「インテリ」になること自体が
    重要なのではない。
    問題は、それがどのような情熱によって
    支えられているかということである。』

    『まえがき』の 1ページの中に 十分に 
    知へいざなう 地雷の仕掛けができている。

    茂木氏は言う
    『子どものように問いかける気持ちが学問から失われている』

    なぜ その問題に取り組むのか?
    なぜ そのことを考えるのか?

    そのような素朴な質問が 専門性や科学性 のなかで
    拒絶され 窒息させられている 現実を 素直に見つめる。
    それを突き破るには・・・
    『学問への情熱』に他ならない。

    茂木氏は言う
    『情熱は、結局は生きるということに由来する。
    生きるとは 行き交うことである。
    出会うことである。
    幅広く眺めることである。
    そして、ときには ルールを無視することである。』

    情熱の源泉が ニンゲンが生きることである・・・
    うれしいこと、たのしいこと、あいすること、不条理なこと
    それをすべて 引き受けながら 生きていくこと。
    『わからないこと』に どう 自分の補助線を引くのか?
    ニンゲンだけの 楽しみである。

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著者プロフィール

1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士、脳科学者。

「2020年 『眠れなくなるほど面白い 図解 脳の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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