ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 595
感想 : 81
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480065117

作品紹介・あらすじ

毎年、十万人近い高校生が中退している。彼らの多くは貧しい家庭に育ち、まともに勉強する機会など与えられず、とりあえず底辺校に入学し、やめていく。アルバイトですら、高卒以上の学歴を求められる現在、高校中退者にはほとんど仕事がなく、彼らは社会の底辺で生きていくことになる。いま、貧しい家庭からさらなる貧困が再生産されているのだ。もはや「高校中退」を語らずして貧困問題を語ることはできない。

感想・レビュー・書評

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  • 今回の本はドキュメント

    僕は今週から学習ボランティアに参加させていただいてます。
    「経済格差」を「教育格差」にしない
    というライフワークに向けてようやく1歩目を踏み出したところです。

    いろいろと本を読んで知る中で一番感じるのは「親の格差」です。
    本書では経済的問題のみならず「文化資源のなさ」「心理的孤立」が大きな問題としてあげられています。
    いわゆる昔は経済的には困窮していても文化的、精神的に高尚な家庭はたくさんありました。
    僕の友人でも奨学金を受けながら大成した子もたくさんいます。
    しかし今は経済格差が全ての格差の根本になりつつあります。

    本書に「親の期待格差」という言葉があります。
    親自身がすでにいろいろや意味での教育を受けていないことで自分にできないことは子供にもできないと考えてしまう。
    そして刹那的に「今が良ければいい」「自分さえ良ければいい」となってしまいます。
    親が子供に期待しないとすればどんな社会になるんやろうと思います。

    今般の虐待事件をひくまでもなく子供と男を比べて男を取るという選択は本書の中にも枚挙に暇がないところです。
    期待されないだけでなく「握っていた手を離される」絶望感は如何許りかと思います。

    僕自身これから実践していく中でいろんな子供達に出会うことと思います。
    その時に頼れる大人になりたいなぁと思います。

  • どんな親の元に生まれたとしても、すべての子どもに、良質な教育を受けられる権利がある、と私は考えていて、そういう社会に少しでも近づくよう、自分ができることをしたい、と思っているけど、想像を絶する底辺の現実に気が遠くなりつつも、この悲惨な貧困の連鎖を断ち切るのは、お金じゃない、教育だ、という思いは改めて強く感じました。微力ながら知恵をしぼりたいです。

  • 『ルポ 若者ホームレス』の、その前を読んでいるようだった。毎年、10万人近い高校生が中退しているという。そして、著者は「高校を中退した若者たちの貧困の実態を伝えること」「日本社会の低層に沈んでいる若者たちの嘆き、うめき、悲しみ、なかなか聞こえてこない助けを求める声を、彼らに代わって社会に伝えること」(p.14)がこの本の役割だという。第一部は高校中退の現実を描き、第二部ではその背景を探っている。

    「中退した若者たち」の話は、読んでてきつい。「中退したら仕事がなかった」「親しい友だちがやめると、ポロポロ続けてやめていく」「夢などない」―どれが鶏でどれが卵かわからんくらい、学力の低さ、貧しさ、暴力、生活能力のなさ、大人からの期待のなさ、そういったものが絡まりあって、中退に至っている。そして、高校中退は「人生の分岐点」になってもいる。

    ▼子どもが教育から排除されれば、その後に続く人生の可能性が奪われる。貧困は子どもたちから、学ぶこと、働くこと、人とつながること、食べるなど日常生活に関することまでも、その意欲を失わせている。彼らから話を聞いていくと、ほとんどの若者たちが、経済的な貧困にとどまらず、関係性の貧困、文化創造の貧困など生きる希望を維持できない「生の貧困」に陥っている。それが親の世代から続いている。(p.185)

    中学校からの「成績なし」や、入試の面接に欠席でも、入学できる高校。中退は、こうした"底辺校"に集中している。

    私は、同期生のほとんど全員が当然のように大学へ進む高校へ通った。自分たち自身、それぞれに将来への期待や希望があったと思う。近いところでは「こんなことが勉強できる大学へ行きたい」、先のことでは「こんな仕事をしたい」というような。そして、そうした将来は努力すれば手に入るのだという雰囲気は十二分にあったし、親や先生など周りの大人からも、その方向での期待の目があったと思う。

    進学について、遠方への仕送りはとてもできないが、国公立なら大学の学費は出してやれると親からは言われた。何もかもが選べたわけではないけれど、私には「選べる」経験があったのだと思う。そのことを、ほとんど当たり前に思っていたのだと、今はわかる。

    ▼「貧しいということは何もできないことです」「何も選べないんですよ。服も子どもの教育も、何も選べないんですよ。つらいのは子どもたちに何もしてあげられないことです。(p.133)

    そう話す久子さんは、夫の暴力やギャンブルから逃れて離婚、高校生2人と小学生1人の3人の男の子を育てるシングルマザー。夫とのトラブルと厳しい生活に精神的に病むようになり、精神科に通院中、生活保護で暮らしているが、生活はぎりぎりで、最大の悩みは子どもたちの教育費。

    自分が勤めて稼ぐようになって、あらためて教育費の負担の大きさを感じるようになった。高校の授業料はいったん無償になったものの、義務教育もそれ以降の学校も、教科書などの教材費や行事の参加費、修学旅行の積立金など、お金はあれこれとかかる。大学の授業料は毎年のように上がって、国公立といえども私に子どもがいたらとても払えないような額になっている。

    私は、学校を終わるまでの途中で、授業料免除や貸与だけれど奨学金を受けることができて、こういう制度があればお金があまりなくても勉強できると思った。でも、その頼みの綱も、予算は限られていて、当たらないことも多くなっているというし、返済のことを考えると奨学金を借りるのも難しいという。私も学校を終わったとき、数百万の借金ができていた。

    教育費の私的負担の理屈は、「教育を受けた恩恵は、その個人が享受するから」という受益者負担なのだろうが、この理屈でつくられた教育の場では、そこにとどまる若者も、そこから排除されていく若者も、「共にこの社会を生きるどうし、この社会は自分たちのもの」という感覚は育てにくいやろうなと思う。

    『現代の貧困』では、貧困対策は貧困な人たちの権利を守るだけでなく、社会統合や連帯という面を持っている、と強調していた。それは、貧困と富裕、下流と上流といった社会の分裂を防ぎ、同じ社会に生きる人と人とがつながって「私たちの社会」を築いていく際の、もっとも大切な基礎となるもの。

    人間は他者と共同し、共感し、互いに励まし合う資質をもつもの、教育は「将来の社会の担い手」を育てるものだと、著者はいう。『We』173号で、李国本修慈さんは「学校をつくりたい」と話していた。「誰にも等しくある存在価値を認める文化や思想」を軸にすえたその学校構想のことを、この『高校中退』のドキュメントを読みながら思った。

  • 高校中退後の若者が社会とのつながりをなくし、貧困に陥ることに焦点を当てている。問題提起として示唆に富む書。教育と福祉が手を結ぶことの重要性を指摘している点も興味深い。単語の用法の不統一(DV、虐待の定義など)、文体の不一致等が気になったが、これは編集側の仕事か。

    近年、貧困をはじめとする子どもと家族をめぐる問題が社会的な関心を集めつつあるのは望ましいことと思う。けれども、対人援助専門職がそれぞれに「ここぞわれらの出番!」と主張して、一種の縄張り争いの様相を呈してきている感が否めない。このようなことは本末転倒で、あってはならないことと心得て、子どもや家族の困難を軽減するために、隣接領域の専門職がうまく手を取り合っていく方向性に目を向けなければならないと思う。自分の研究においても、福祉領域の固有性を、他の領域と手を組むことでより効果的に発揮できるような方法を考えていきたい。

  • 376-A
    小論文・進路コーナー

  • 小学校低学年レベルの学力のまま放置され、掛け算の「九九」が言えないどころか数字の1から100までが数えられない、あるいはアルファベットすら書けず英語を学ぶなど夢物語の高校生...。全国の高校中退数は2001年に10万人を切り、最近では年間5万人台で推移しているものの、また不登校者もほぼ同数の規模となっている。「勉強が分からない」というだけでなく、「経済的事情」・「親による育児放棄」・「学校内での人間関係」などその理由は広範囲に及んでおり、彼らは「高校中退」の肩書きで社会の底辺を生きて行くことになる。元高校教諭で、若者の貧困や自立支援問題を研究する著者が、渦中の高校生たちと向き合いその実態をレポート。高校生の貧困は単なる教育問題に留まらないとし、社会福祉による支援の必要性を訴える。

  •  先日読んだ夜間高校のルポ『若者たち』の類書といえる1冊。高校を中退していった若者たちの姿を追い、そこから日本の貧困問題を浮き彫りにしたものである。

     『若者たち』に比べると、かなり評論寄り。聞き取り調査でつかんだ事実とそれをふまえた論評・分析が、おおむね半々の割合になっているのだ。

     開巻劈頭の一行にいきなり「高校中退者のほとんどは日本社会の最下層で生きる若者たちである」とあり、「そこまで言い切るか」と驚く。だが、通読すればこの言葉に誇張がないことがわかる。
     たとえば――。

    《中退していく生徒の親の多くは子どもの退学をあまり引きとめない。私の聞き取り調査でも、多くの親から「どうせやめるなら、早くやめてほしい」という言葉がよく聞かれたのは、この「すべて公立」という最も安上がりのコースでさえ、(年収)四○○万円以下世帯の親にとっては、負担し続けることがむずかしくなっているからだ。》

    《高校を中退した生徒は、小学校低学年程度の学力にとどまっていることが多く、小学二年生で学んだはずの算数の九九ができない生徒、アルファベットが書けない生徒はめずらしくない。》
      
     「中退した若者たちの親もまた貧困の中で育ってきた。日本の貧困は特定の階層に固定化している」と著者がいうとおり、「格差社会」が流行語になるはるか以前から、日本はもうとっくに格差社会なのである。

     登場する中退者の多くが「この先どうなってしまうのだろう」と不安になる暮らしぶりだが、ただ1人、居酒屋の店長として立派に働いている「哲」という若者の事例のみが、明るい希望を感じさせる。
     では、「哲」はほかの中退者とどこが違ったのか? 著者は、「子どもがより良く育ってほしいと願う親と彼を支える兄たちの存在」「身近に生徒に寄り添っていこうとする教師がいたこと」の2つを要因として挙げる。
     親から子への貧困の連鎖――それを断ち切るには、周囲の「経済的レベルだけではないサポート」と学ぶ意欲を育む環境が不可欠なのである。

     本書は、高校中退者たちを通して日本の教育の底辺を見つめてきた著者が、独自の視点から展開した教育論、教育改革論としても読みごたえがある。
     印象に残った一節を引こう。

    《中等教育の役割は、社会に安定した中間層を形成することだったが、現在の新自由主義化した教育政策は、逆に中間層の解体を進め、貧困層を拡大している。「教育は国家にとって安くつく防衛手段」といったのは、一八世紀のイギリスの政治家エドモンド・バークだが、いまの大阪府では子どもたちの貧困は主要な政策課題になっていない。社会全体で救われ、守られた子どもたちは将来、社会のために働き、尽くす大人に必ず育つ。教育とはそれを信じることによって成立する人間の営為である。》

     終章には、子どもたちを貧困の連鎖から救うための改革案も提示されている。

  • 日本では総ての子を持つ親に我が子に教育を受けさせる義務がある。
    つまり、総ての日本人は教育を受ける権利を持つこの国で、充分な教育を受けていないものは(親が義務を放棄したような劣悪なか環境で育たない限りは)バカになるのは自己責任なのだ。

    そんなバカは飯喰うなと考えていたけれど、バカに育てられてしまう人生がごく普通にあるのだ、今の日本で。

    98%が高校へ入学する今の日本では、多くの高校中退者は人間らしい生活を選択することが出来ない。

    貧すれば鈍するというけれど、今日の夕食に何を食べるかさえ選択できない状況ではどう生きるかの選択肢などない。

    それが如何に悲惨な状況か。
    元埼玉県立高校教諭が克明に綴ったドキュメントである本書が教えてくれる。

    自由主義の口車にのって、教育までを市場のゲームに委ねてしまった結果がこれだ。

    教育とは本当に大事だな、と改めて思う。
    本が読めること(リテラシーがあること)のありがたさを再認識した。

  • ある程度想像していたが、これほどひどいとは思っていなかった。99ができない高校生、親からも学校からも社会からも愛されたことがない若者は、学校からこぼれ落ち、社会からも外れていく。こうした若者が毎年10パーセント以上生まれている。このまま続けば、社会が崩壊するのは時間の問題。社会不安の原因もこういう人たちになるのだろう。こういう人たちが社会不安の原因から、社会の担い手へ生まれ変わっていかない限り、日本の未来はないと強く感じた。解決市内限り、世界の三流国以下だろう。少数の金持ちだけが、無駄に金を持つ、世界のどこかの国と同じになってしまう。解決には絶望に近い感じがあるが、社会として、政府として、所得の再分配をこういう層に振り向けていく必要を強く感じた。ただし、子供手当のようなお金ではなく、バウチャーのような子供に必ず渡る形の政策が必要だろう。高校無償化も一つの手段と思う。



  • mmsn01-

    【要約】


    【ノート】
    ・新書がベスト

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著者プロフィール

元埼玉県立高校教諭。現在、NPO法人さいたまユースサポートネット代表、全国子どもの貧困・教育支援団体協議会代表幹事、明治大学講師。「子ども・家庭・学校」に関するコラムを朝日新聞に「まなぶ」「はぐくむ」シリーズで5年にわたって連載している。
主な著作 『日の丸・君が代と子どもたち』(岩波書店)、『ドキュメント高校中退』(筑摩書房)、『若者の貧困・居場所・セカンドチャンス』(編著、太郎次郎社エディタス)、『ここまで進んだ!格差と貧困』(共著、新日本出版社)、『続・移行支援としての高校教育』(共著、福村出版)

「2018年 『前川喜平 教育のなかのマイノリティを語る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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