教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 634
感想 : 51
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480065230

作品紹介・あらすじ

一九九〇年代に、若者の仕事は大きく変貌した。非正規社員の増加、不安定な雇用、劣悪な賃金…。なぜ若年労働者ばかりが、過酷な就労環境に甘んじなければならないのか。それは、戦後日本において「教育の職業的意義」が軽視され、学校で職業能力を形成する機会が失われてきたことと密接な関係がある。本書では、教育学、社会学、運動論のさまざまな議論を整理しながら、"適応"と"抵抗"の両面を備えた「教育の職業的意義」をさぐっていく。「柔軟な専門性」という原理によって、遮断された教育と社会とにもういちど架橋し、教育という一隅から日本社会の再編に取り組む。

感想・レビュー・書評

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  • 表題から自分がイメージした内容では無くて、読んでて内容が全然入ってきませんでした。
    不完全な現状を憂えていて、こういう風に考えられないだろうか、っていう意見ぽいことが書かれているのですが、何かが欠落しているように思います。
    現実が色々な事象がからみあっての今なのに、それに対しての意見としては視点が少なすぎます。

  • 10 学ぶことと働くことはどのような関係にあるのか[上原慎一先生] 2

    【ブックガイドのコメント】
    「やや強引な論理展開が気になるが、職業教育の意義を強調する好著である。」
    (『ともに生きるための教育学へのレッスン40』183ページ)

    【北大ではここにあります(北海道大学蔵書目録へのリンク先)】
    https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2001458855

  • 戦後日本において教育の職業的意義が軽視され、学校で職業能力の形成機会が失われてきたとし、“柔軟な専門性”の原理を通じ、教育と社会の再接続を提案する。

  • ・未就業者で就業経験のないものに強要するキャリア教育はそれは「為政者の願望」であるといのは重要な指摘。未就業者である若者に「仕事人としての自分なりの目標」を強いるのは暴力以外の何物でもない。
    ・ある職業に必要な能力を習得させるという発想の手前が必要ではないか。将来どの職業についたとしてもグローバル化した世界の中のコノ国(どこの国であっても、国民国家システムが作動しているうちは)で生きる以上、必要となる知識・技能・態度を義務教育期間内に国家は授けるべき

  • 本書はかなり真面目にアカデミックに多くのデータを取り上げ、それらの数値に基づいて著者の考えを感情的にならずに述べられている。
    冒頭に「あらかじめ予測される反論に対する回答」みたいなのを出しているので、ちょっとずるい気もするが、これもアリだろう。
    若者が社会に対する「適応」「反抗」を身につけることの必要性、また現状のキャリア教育の問題点を指摘している。
    「大企業の学卒者一括採用」の弊害についても他国との比較も交え、わかりやすく解説されていたのが印象深い。

    もったいないところは本のタイトルで、あえて今風の「なぜ〜のか?」とか「〜力」を使わなかったと思うが、あまりに地味なタイトルのため、注目されにくい面は否めない。
    せっかくいいことが書かれているので、もうひとつ工夫してもよかったのではないか。

  • 圧倒的な資料で自論が展開されるので説得力が非常にある。問題提起にはなる。そして「柔軟な専門性」を身につけるというのは良く分かるが、具体的方策についてはやはり曖昧で解決策が見えない。

  • 2009年刊行。
    著者は東京大学大学院教育学研究科教授。

     教育、中でも後期中等教育や高等教育が、その後の就業において如何なる意義を有しているか、如何なる効能を持ち得る、そして現に持っているのか?。また問題点はないか、あるとすればその対策は?。
     この問題意識は、教育の役割と機能と深く関わるものでありつつ、政権の思惑や国々の史的変遷・経済状況などにも関わってくる。
     本書は戦後高度成長期に妥当した教育と労働環境との接続性は回復不可能であることを所与の前提として、近代初期からの史的比較、諸外国との比較、他説への反論。これらを踏まえて現代の問題点と処方箋を解説する。

     処方箋の結論を言うと、専門高校の量的拡充に帰着するという何ともガックリくるレベルであり、現実の専門高校がその機能を果たしていないこと、それゆえに公的教育機関から外れた専門学校(〇原簿記云々や〇調理師云々)が、就職予備校的な機能を有する現実を等閑視していて、「流石」東大の先生と哀しくなってきてしまうほど。

     もとより、史的展開、諸外国と比較はまあまあなのだが、ただ本書である必然はない。教育史・比較労働経済の書を紐解けばもっと詳しく知りうることもできそうな気が…。
     現実との接続性を重視するなら、
    ➀ 卒業後10年内くらいの卒業生がカリキュラム・アドバイザーとして、当該高校の具体的カリキュラム策定に参画できる、
    ➁ 資格試験にも対応可能な授業を、通常カリキュラムに加えて展開できるか
    とは思う。

     その一方で、これは職業的「適応」の極北であり、著者がもう一方の価値として重視する、違法不当な現実職場への「抵抗」の極小化を齎すだろうなとの危惧も大いに沸きあがる。

     はてさてどうしたものかなぁ…。

  • 同著者の「社会を結びなおす」に続いて読了。教育の職業的意義についてわかりやすく自分の論を述べていて、その論に非常に共感させられた。学校が現実社会の変化を捉え、未来の社会を形成していく人間にその変化の世界の中で不当な処遇に適切に<抵抗>する力と仕事ができるための<適用>する力をつけることが不可欠だという点は同意だなぁ。

  • 請求記号:SS/375.6/H84
    選書コメント:
    今では当たり前のように言われるのが、非正規従業員の増加、不安定な雇用です。特に若年層へのしわ寄せが懸念されますが、著者は日本の学校教育が職業能力を養う機会を一貫して持たなかったことと、密接な関係があると言います。であるとすると皆さんは、この議論を無視できるでしょうか。学生はあと数年で仕事に就くというのに、仕事に関する情報をこれまでどれだけ得られたか、考えさせられる著作です。
    (環境創造学部環境創造学科 小湊 浩二 准教授)

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著者プロフィール

東京大学大学院教育学研究科教授

「2005年 『若者と仕事 「学校経由の就職」を超えて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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