現代語訳 武士道 (ちくま新書)

  • 筑摩書房
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本棚登録 : 1186
感想 : 99
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480065650

作品紹介・あらすじ

日本人は、宗教なしに道徳をどう学ぶのか-こうした外国人の疑問を受け英文で書かれた本書は、世界的ベストセラーとなった。私たちの道徳観を支えている「武士道」の源泉を、神道、仏教、儒教のなかに探り、欧米思想との比較によってそれが普遍性をもつ思想であることを鮮やかに示す。「武士道」の本質をなす義、仁、礼、信、名誉などの美徳は、日本人の心から永久に失われてしまったのか?日本文化論の嚆矢たる一冊を、第一人者による清新かつ平明な現代語訳と解説で甦らせる。

感想・レビュー・書評

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  • 1900年に英語で出版された『武士道』は、日清戦争に勝利して国際的地位を上げようとしていた日本という国が、その文化と精神性を世界でほとんど理解されていなかったことから、新渡戸が危機感をもって世界に発信する目的で出版されたものである。英題は”Bushido: The Soul of Japan”。1905年の日露戦争の講和条件についてのポーツマスでの交渉の前に、仲介役の米国に対して日本の道徳的な先進性を示すためにもこの本は使われたと言われる。時は下って、セオドア・ルーズベルトやJ.F.ケネディといった米国大統領もこの本を読んだと言われているし、代表的日本論である『菊と刀』を書いたルース・ベネディクトもこの本の影響を受けていると言われている。ベネディクトの『菊と刀』における罪の文化と恥の文化の比較は、信や名誉を論じた『武士道』の章を読めばその影響のほどは明らかであるように思われる。旧五千円札の肖像にも使われた新渡戸稲造だが、そのゆえんを示す本である。

    なお、新渡戸は『代表的日本人』の内村鑑三と同じく札幌農学校に学び、キリスト者となった。序文にもある通り、この本を書くきっかけが、海外の学者に日本に宗教教育がないのにいかにして道徳教育が授けられるのかと問われたからだという。今でこそ無宗教であるといってもおそらく少なくともビジネス社会では受け入れられるが、それこそ20年前のアメリカにおいては無宗教であることは道徳教育の観点からも何らかの説明が必要なことであったようだ。

    『武士道』に書かれた規範が生まれたのは、太平の世が長く続いた江戸時代である。その意味でも、「武士道」の道徳や精神性は平時における日本人の精神性を表していると言える。「武士道」は、仏教や神道、孔子や孟子の思想、朱子学、陽明学などの精神をよく継承をしているが、どこかに明文化されているものではなく、それだけにいっそう日本人の内面に刻み込まれた規範として承知され行動を拘束するものであったとされる。

    本書は全十七章から成り、「道徳体系としての武士道」「武士道の源泉」「義」「勇気」「仁」「礼」「信と誠」「名誉」「武士の教育」「克己」「切腹と敵討の精度」「刀、武士の魂」「女性の教育と地位」「武士道の影響」「武士道はまだ生きているか」「武士道の未来」といった章からなっている。各章の終わりには次の章のテーマが触れられており、そのため全体の流れもよく練られた感じを出すことに成功している。この本を非母国語である英語で書いたという事実は、明治期の知識人の行動と能力の高さを示すものであり、素直に感服するところである。

    同時期に読んだマキャベリの『君主論』と比べるとよくわかるが、「武士道」の内容は為政者の戦略や思想としては、明らかにナイーブであり、性善説によって立ちすぎである。「敵に塩を送る」という諺のもとにもなった上杉謙信が敵である武田信玄に塩を送ったことを勇気や仁の心を示す高貴な模範であるということからも『君主論』の内容との明確な違いがよくわかる。また、「武士道」のロジックは、周りや相手も基本的には同じ考えを持ち、さらに周りとの関係性が継続することが前提である。このことから、同質性と閉鎖性がひとつの特徴でもあると言われる日本人の心性に思ったよりも影響を与えているのかもしれないとも思う。

    また、武士道が金銭ひいては商業を卑しきものとして低く見ていたことも、武士階級自体にも悲惨な影響を及ぼしたし、日本人がビジネス上であっても他者との交渉が比較的苦手と言われることにも影響をしていると言える。新渡戸自身も「現代には、金権支配がなんと急速に蔓延してしまったのだろうか」と嘆くあたり、金銭から距離を置くことを嗜みとして美徳であるという感覚を共有していたことがわかる。近代においても倹約が美徳とされていたのは自分の子供の頃の教育環境として空気のようにそこにあった。このことは日本の国際競争力の観点からはあまり好ましくないようにも思われるのだ。

    本書の内容のうち、海外においては特に、幼い兄弟の切腹の描写と家臣の子供が幼君主の身代わりとなったことを両親が誇りとする話が欧米からはグロテスクだと感じると言われるらしい。ときに忠義が生命よりも大事だとされたハラキリの文化を持つ国であるという認識は、新渡戸がそう意図しなかったにせよ、太平洋戦争終盤において米国が日本の徹底抗戦を想定し、結果として核兵器を使用する根拠にも使われたとも言われる。

    新渡戸稲造は、当時において武士道の内容を海外に伝えるにおいて、その知性や語学力(奥さんがアメリカ人であった)からしてもっとも適切な人物であったと言えるが、日本文化研究者であったわけではなく、その内容についても批判されるところがあるという。しかしながら、その歴史的影響について考えると内容そのもの以上の意義があると思われる。もちろん、内容についても疑義がある箇所があるにせよ当時として十分に考慮されたものとなっており、日本人である自分にもいい意味でも悪い意味でも相当に当てはまるところがあると感じるのである。先の切腹や身代わりの話にしても、それが正当であるとは思わないが、そこには「わかる」という感想を持つことができる。日本以外で育った人にもどう感じるのか聞いてみたいものである。



    たとえば、「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉がある。持っておきたい心意気でもある。

    新渡戸は、「武士道の余命の日々はすでにカウントされている」と言う。それでも、「その力は、この地上から滅び去ることはないだろう」とも宣言する。どんなものでも同じことなのかもしれないが、武士道に関しても、場面によってまだまだ十分に規範とすべきものもあるだろうが、場面によっては当てはめるべきではないところもあるだろう。それにしても、江戸時代を通して明治期までの道徳・倫理を拘束していた規範は、想定しているよりも多くのところに影響を与えているかもしれない。その意味でもいまだ興味深く読むことができる本。古典も悪くない。

  • 名著。
    「日本の学校で宗教教育がない。それでは道徳教育はどうやって授けるのですか」。この質問に答えるべく書かれたのが本書だ。新渡戸稲造は、自分の正邪善悪の観念を形作る様々な要素を分析し、それらの観念は「武士道」に基づくものだと気がついた。
    武士道には源泉がある。
    ・仏教
    ・神道
    ・儒学
    いわゆる宗教であるとか、孟子・孔子の教えに連なる部分がおおいことが説明される。
    そして、武士道を分解していくと、以下の項目に分けられる。
    ・義
    ・勇気
    ・仁
    ・礼
    ・信と誠
    ・名誉
    ・忠義

    生命は主君につかえるための手段として考えられ、理想的ありかたは名誉におかれていた。
    また武士において特筆すべきは、切腹と敵討ちだ。これの文化は海外においては説明を要する風習である。

    現在、武士道というものは実用性を失っている。しかし、完全に滅びたわけではなく、この後の世界にも残っていくだろう。

  • グローバル化が進む中で、国家そのものの意義が問われ始めた時代。一方で、個人主義等に代表されるアメリカ的価値規範のような単一の価値観によって生まれる世界は果たして人々の生活を本当に豊かにするのだろうか。私は、各国のアイデンティティが折り重なってこそ、豊かな未来が築かれると信じたい。

    著者が本書の中で指摘したように、開国以降『劣等国と見下されることを容認できない名誉』から日本は発展してきた。しかし、その帰結が第二次世界大戦を生んだことをきっかけに、西洋的価値観を帯びた憲法を軸に、物質的豊かさを追求した空白の50年間を我々日本人は生きてきた。語弊を招くことは承知で申すと、そういった状況下で起きた東日本大震災は、自然が我々に警笛を鳴らしてくれた結果かもしれない。今こそ忘れかけた武士道を中心に、日本人のアイデンティティを再構築する時が来たのだと思う。

  • 今、覚悟がたらぬリーダーに「武士道」を《赤松正雄の読書録ブログ》

     先の大戦でひとたび日本は滅んだ。蒙古襲来にも倒れず、ペリー来航始め列強の挑発をも凌いだのに、徹底的な敗北を喫したのである。で、それ以来、僅かな歳月の間に、懸命の努力の末、国家再建はなった。だが今、何かがおかしい。国破れて山河あり、国起ち上がって人心荒廃す、とでも言うしかない風景が現出している。なぜだろうか。新渡戸稲造『武士道』を読んで、その答えが分かった。

     この書物は、長く気になりながら読まずにいた。それが、テレビで放映(NHK「100分de名著」シリーズ)されたのをきっかけにテキスト共々取り組んだ。昭和20年生まれの私などの世代は、生命は地球よりも重いとの信念で生きてきた。どんなことがあっても生きて生きて生き抜くということでもある。名誉を重んじ、忠義のために命を投げ出し、切腹をも厭わぬなどといった立ち振る舞いは、遥か彼方の歴史上の事として棚上げしてきた。

     今、目の前に展開する無責任そのものの各界指導者たちのありようは、さすがの私も目を覆いたくなるばかり。切腹をせよとは言わぬまでも、生きる価値なし、さっさと隠居しないか、と怒鳴りたくもなる。新渡戸稲造は、ある時、彼が尊敬する外国人老教授から、「日本の学校教育に宗教教育がないのなら、道徳教育は子どもたちにどうやって授けられるのか」と繰り返して強く問われた。その衝撃から、彼は武士道こそ日本の道徳源だとの結論を出した。

     「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」(『葉隠』)との言葉に代表されるように、武士道は、戦時下における国民の覚悟としてかなり偏向的受けとめ方がなされてきた。そうした極端な形ではなく、もっと自然なリーダー論の中核とすべきではないか。忘れられた日本人の美徳を復興させるカギであり、男の覚悟の決め方の指南の書だと素直に思う。

     戦前の反動としてあらゆる価値観が逆転してとらえられてきた。「戦後民主主義」のもとで人生を費やしてきた私など命の深いところで巣食っている価値観は、いささか武士道と趣きを異にしている。武士道を何も一方的に礼賛するつもりはないが、いかにも武士、侍がいなくなったといわれていることが今の“日本沈没”と歎かれる事態と深く関わっているように思われる。

    • gayan2さん
      赤松さま

      突然失礼します。
      西影寛子の息子である、長屋智揮です。
      本棚を拝見しましたが、僕も「日本人としての生き方」に関心があり、日本人と...
      赤松さま

      突然失礼します。
      西影寛子の息子である、長屋智揮です。
      本棚を拝見しましたが、僕も「日本人としての生き方」に関心があり、日本人として生まれた以上それを大切に生きていきたいと思います。

      またお話出来る機会がありましたら、こういったテーマに関してお話できたらと思います。
      2012/06/05
  • 日本人の価値観、美意識、礼儀のルーツ

    武士道があったからこそ築きあげられた文化を誇りに思うし、西洋的価値観が当たり前の今だからこそ大切にしたい精神

  • む、むずすぎる。。。根性で読んだけど内容の2割も入ってない

  • 余談ではあるが、最近1860年前後に興味がある。
    小松帯刀に興味を持ち始めたのがその発端である。

    これについて書き始めると本書の感想から外れてしまうのでやめておくが、その中で文久2年(1862年)あたりに特に興味を持ち始めていたところで、新戸部がまさにその年に生まれたのだというところでさらに興味を増した。歴史というのはこの連鎖がたまらない。
    閑話休題。

    現代語訳者の山本氏が言うように、明治人である新渡戸の思想には確かに現代に馴染まない部分もあるのかもしれない。
    ただ、自分としてはほぼほぼ共感以外の何物もなかったと言えるぐらい、すんなりと入ってきた。

    歴史をどの時点で輪切りにしたとしても、必ずそこにはその前後での「差異」が存在していると思う。
    差異の中身(本書で言えば武士道とデモクラシー)には時代性はあるとしても、差異そのものに対する感じ方には時代性はないのだと思える。

    それが新渡戸が言う、生き続ける魂なのかもしれないが。

  • 武士道について日本人が論じた有名な古典『武士道』。グローバル化が進む世界の中で、日本人の起源はどこにあるのか知りたくて読んでみた。
    古典であるにもかかわらず現代語訳のおかげでスムーズに読み進められた。
    この本を読んでみて、武士道が既に失われてしまったこと、日本人は武士道を取り戻すべきだという原理主義に陥ってはいけないこと、桜や侘び寂びを愛でる心には武士道の残り香が残っていることなどを学んだ。古来の文化は、外国の文化と同じように、今の日本の文化を相対化するために有用である。

  • 分かりやすい言葉で読みやすかったです。
    キリスト教と言う厳しい縛りの無い日本でどうやって倫理や道徳を教えてきたのかが西欧に向けて解説されています。
    やや『武士すごい』的に感じてしまう箇所はありますが日本人の根底に流れているものを考える上で参考になる本でした。

  • 吉田松陰の言葉
    「かくすればかくなるものと知りながら
    やむにやまれぬ大和魂」
    この言葉は武士としての精神を代表する言葉だと思う。
    どうなるか分かっていたとしても、良いと思ったことは貫くという幕末の動乱の中から生まれた凄味のある言葉だ。
    切腹についても触れている。生きて恥じることより尊い死を選ぶ。今の時代には合わない考え方であるが、恥を好まないことが分かる。しかし、「生が死よりも怖ろしい場合には、あえて生きることが勇気なのだ。」という僧侶の言葉を読んで、なぜか肚落ちした。
    弱者への思いやりについても書かれていたが、これは敗者などの気持ちを慮ることだが、今の日本にも必要な心ではないだろうか。

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著者プロフィール

1862年南部藩士の子として生まれる。札幌農学校(現在の北海道大学)に学び、その後、アメリカ、ドイツで農政学等を研究。1899年、アメリカで静養中に本書を執筆。帰国後、第一高等学校校長などを歴任。1920年から26年まで国際連盟事務局次長を務め、国際平和に尽力した。辞任後は貴族院議員などを務め、33年逝去。

「2017年 『1分間武士道』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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