キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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レビュー : 622
  • Amazon.co.jp ・本 (314ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480065919

感想・レビュー・書評

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  • マスメディアが力を失ってきた要因を,ソーシャルメディアの登場ではなく人々の価値観の変化を基準に考察している.
    トピックとしては興味深いが,しばしば話が脱線してあらぬ方向へ行く.具体例を深く述べ過ぎるきらいがあり,本来なら半分くらいの分量で十分論旨は伝えられるのではないかと思う.
    メガネ好きの自分としては鯖江でメガネは買いたくなった.

  • つながりがどう情報に影響を及ぼすか?

    →エンゲージメントに必要なのは、コンテキストが共有される、つまり消費者が一定の積極性をもってそこに参加するような場を作っていくことが大切
    商品の機能や情報収集にも人と人のつながりが重要
    一次情報を発信することよりも、その意味や可能性、あなただけにとっての価値などコンテキストを付与できる存在が重要性を増してきている
    情報のフィルタリングするキュレーションの価値が高まっている

  • 気になっていた『キュレーション』について知ることができました。グローバリゼーションによって世の中がどんどん多様化していき、10年後にはまったく違う世界が待っていると佐々木氏は予想しています。既存の価値観に従って行動することが全て正しいとは限らないと感じました。自分自身の抱いている感覚や価値観に従って様々な事象を見極めていく力をつけたいです。

  • 著者はTwitter上でかなりの有名人。
    現在も朝のキュレーションを欠かさず行なっています。
    ID:@sasakitoshinao

    Twitterの朝のキュレーションは、Twitterのアカウントを所持し、それをもとに
    著者をフォローするだけで購読できる。
    無限大に広がり膨張し続けるかのような、Webの情報から、あれだこれだと
    キュレーションを行い、ツイートして届ける著者。
    そんな著者が書いた本は、正直いまいちだった。


    この本のタイトルもどこかぼやけて感じる。
    ・キュレーションの時代のこと
    ・「つながり」の情報革命が始まること
    の2つがテーマのように見えるが、実際に読み進めてみると
    話題があっちへこっちへ飛んだり、急に世界史の話が始まったり
    テーマや内容を説明するにあたって、話題がころころと変わり
    しかも、その説明がけっこう長くて詳しく書いてあったりする。

    例え話や説明なんて、さくっと終わらせて、
    テーマについて深く論じてほしかった。
    しかも、テーマについては解説や説明がほとんどで、その
    実態や仕組みについての話は、どうも浅かったように思う。
    解説や説明が丁寧なだけに、切り込んだあとの中身が物足りないと
    何のための本なのかが分からない。本の意義も読む意義も薄く思う。


    とはいえ、最近のWeb業界やその事情の説明は充実していて
    Web上の流行をさらっと追いかけたい人にはおすすめかも。
    または、ITに馴染めない、という人の入門書にはなりそう。
    ただ、それなりに知っていたり、すでにWebサービスを使ってるよ、
    という人からすれば、長い説明や解説に用はないと思う。

    私はキュレーションについて勉強ができると思って
    この本を買って読み進めたものの、深い勉強にはならなかった。

    「キュレーションってこういうことです。
     こんな例があるんです。こういう人が、こういう場所で
     こういうことについて、こういう行動をして、
     こういう結果が出ました。これは時代がこうでこうだから
     うまくいったんです。すごいですねえ、
     キュレーションですねえ、時代は変わったんですよ!
     みなさんっ!」

    みたいな論調だった。
    やはり、最近のIT事情とキュレーション入門書であって
    その実践や実態については、正直弱いと思う。


    ということで、Webやキュレーションの入門書としておすすめです。
    逆に、普段からWebサービスを使っている人には
    何を今更、という話が多いと思います。
    新しい単語も正直寒く感じました。人と情報の関わり方について
    たまに深いことも書いてあるんですが…

  • 震災直後はこの人の本や情報発信に刺激を受けたけど、先日のいわれのない喧嘩の売り方とかを見ているとただの社会不適合者なんじゃないかなと思えてしまう中、読了。
    ものすごい量の文章をかけるこのパワーはすごいと思うけど、本来の議論から外れたところに話を展開して無理やり戻してくるという展開で文字数を稼いでいるということが改めて明らかになったわけで。結局、内容はどこかで聞いてきた話を紡ぎ上げているってことがわかりました。まぁ確信犯でしょう。

  • 内田和成のブログでオススメされていて、読んだ一冊。
    所感としては、当時は新しかったのかもしれないが、今となってはけっこう当たり前だし、外れた予測も多いなぁ、と。
    ただ、自分が感じているインターネットの普及による情報革命を整理するためには、すごく役に立った。
    あと、映画産業が音楽産業が栄枯盛衰をどのように辿ったのか、についての解説は、一般論ではなく、非常に面白かったと思った。

  • いい意味で、雑多な本。人を視座とする情報流通について、多面的に見ている。つまるところ「こんな見方もあるんだよ」を提供するのがキュレーション。意味付けも伴いつつ。(((作品を選び、それらを何らかの方法で他者に見せる場を生み出す行為)))

  • ちくま新書だから、かは分からないが少し冗長に過ぎる。翔泳社とかから出せばよかったのでは。

  • 視座を提供する人がキュレーター(=学芸員)
    キュレーターが行う視座の提供がキュレーション

    サブカル、アウトサイダー
    端っこが主流と同じ高さになってきている

    商品から場へ

    ライフログ、分析には莫大な分析機が必要
    気持ち悪い、は法律に関係ない

  • 個々が情報をフィルタリングしその結果に価値をもたらす。
    それがソーシャルメディアにより加速しマスメディアというものが弱体化していく。
    そしてネットが普及したことによりムラ社会のように情報が偏向したりせず、ゆらぎをもたせることができる社会が生まれるとのこと。

    どう考えても著者のキュレーションという考えはネットありきじゃないと成り立たないと思わざるをえないのに、例として上げるものの多くがネットの利用はあまり関係ないものが多く、説得力にかけた。

    またネット無しでのキュレーションというものであれば、例に挙げられたとおり、多くの人が大小はあれどしてきたことなのでは・・・と。

    どういう結論をつけたかったのかイマイチ自分には見えなかった。

  • キュレーションとは何かを知るためには良い本です。

    キュレーターとは、美術館や博物館などにいる学芸員のことで、
    世の中にある物品からその展示会のコンセプトにあわせて物品をチョイスし展示会を作る人のこと。
    (他にも業務があると思うがこの本ではそのような意味で書いてある)

    こういった作業をする人がメディア空間でも存在するという。
    世の中に多数ある情報からビオトープにあわせて情報を投下する人。

    そういったメディア空間で起きているキュレーションという現象を
    4sq、Twitterといったソーシャルメディアを例にあげながら解説している。

    筆者独特の専門用語とおしゃれな例は好き嫌いがわかれるところかもしれない。

    ◇本の内容から自分が実行してみる事
     ・ニュースを喜んでみてくれる人のビオトープを探してみる。そこへ投下する方法は?
     ・ニュースは自由に情報をとれるアンビエント状態にある。アンビエントが進化したら何になるのか考えてみる
     ・ニュースが人を介して広める施策はあるか考える
     ・キーワード検索以外での検索結果は何があるだろう?(この本ではライフログがあげられている)
     ・特定のニュースで求めらているものを考える。そして、その求められているものとはちょっと違うノイズはなんだろう?どのくらいのノイズが心地良いだろう?
     ・ニュースで一つのコンテキストをつくったら、それが日本のインターネットシーンと接続できる手段は何だろう?

  • 情報をまとめて編集する。
    NAVERまとめとかの考え方。
    途中で読むのやめた。

  • 「過剰な情報は、情報がないのと同じ」というのは、別に新しい概念っではない。サイモン・アンド・ガーファンクルが「Sound of Silence」で訴えたのもそういうこと。
    筆者はますます氾濫する情報に対して「キュレーション」という言葉を充てて、どうすべきか?を指摘している。
    そもそも「キュレーション」とは、収集・分類という意味であって、筆者がそこに「意味付け、コンテキスト化」まで追加した点については、異論がある。「意味付け」に価値がある(筆者の主張はそこ)なら、キュレーションという言葉は使うべきではないだろう。誤解が生じる。
    ついでに、“価値”とは何か?という点について、誤解が生じるような書き方なのも気になる。ま、細かいことは読んでもらうとして、流行の切り口なのか知らんが、全体的に浮薄な気がする。

  • 言ってる事はその通りだが、twitterをやってる人なら感覚的に理解していることだと思う。事例ばかりで言いたいことだけまとめたら数ページで終わりそう。

  • 著者のことは、この本で述べられているキュレーターの様な方からのブログ等で知り、この本売れ行きが上位にランクしていることで読んでみた。溢れるカタカナ言葉やアメリカでの流行や起こっていることのレポート。新書でファッションの無いホットドッグプレスが出てきたのかと思った。
    同誌マスメディアが力を持っていた時のファッション情報紙で、意味が分からなかったカタカナの言葉が溢れ、アメリカでは、東京ではこういうモノが流行っているという情報を発信していた。初めは憧憬と畏怖で見ていたが、どうもおかしいってことに気づいていく。ファッション等はやはり細分化されるものであるので、一冊ですべてという訳には行かなかったのであろう。
    マスメディアの論調で今後は個々のつながり...って言われても...。

  • キュレーションの時代 ー 「つながり」の情報革命が始まる ー 私も4桁の記事を毎日チェック続けていた時期もあるが、最近は興味のある分野で同様なことをしつつ情報発信してる方の視座にチェックインする事で代用する事が増えた。キュレーターの重要性は今後増すばかり。

  • 久々に頭に入ってくる内容ではない本。
    結局何が大事なのかいまいちピンと来なかった。

  • まだ知識の浅い私には、いまいち分からなかった。

    途中の事例が多すぎて、最終的に言いたいことが掴めなかった。

  • 読み終わってから一週間ほどして、読書会。

    こまった、何も頭に残っていない。

    そんな時に思い出すのは、『読んでいない本について堂々と語る方法』*1である。

    彼がその書籍の中で著したのは、読んでいない本について簡単にかたる方法ではない。

    そもそも、読むとは何か、それについて述べるとはどういうことか、だ。

    本の中で出てくる多くの人物は、本を(精密には)読んでいなくても、その関係性を知ることで、語ることを可能にしている。

    そういう話が他にもある。

    マングェルの『図書館 愛書家の楽園』*2に出てくる図書館司書*3は、本を読まない((少なくとも目次以上には))。

    彼もまた、書物と書物の関係性の中で提供すべき本を知る。

    その時、中身を読んでいてはかえって妨げになる。

    キュレーションとはそう言うことではないかと思うのだ。

    本来は、一つの「モノ」でしかないはずの作品を、立体的な網目の中に位置づける。

    そして、提供するときにはそれらを一つの切り口から切り取って見せる。

    もちろん、一つ一つのものに対する「審美眼」は必要だろう。

    しかし、それは、アドホックに対象を紹介することではありえないはずだ。

    では、佐々木氏がわざわざ本を書くほどの"新しい現象としての"キュレーションは如何にして可能なのだろうか。

    直接に書いてあった記憶はないが、ストーリーとして描くことは難しくない。

    "オープン"で"フラット"な情報流通の場(インターネット)が登場することで、

    世の中には大量の情報があふれることとなった。

    また、そこには様々な(情報の)圏域が現れることになる。

    常人には「すべての」情報に目を通すことが不可能になるので、

    多くの情報(それは各圏域に特化したものかもしれない)に目を通し、

    有益と思われるものについて、付加的な情報を与えながらまとめていく「キュレーター」が新たな役割を担う。

    それは"水平的な"キュレーションと呼べるのかもしれない。

    素晴らしいことだ。

    しかし、彼らの存在もまた"オープン"で"フラット"なものではないのか。

    だとすれば、私たちにはキュレーターのキュレーターが必要になってしまう*4。

    そうではない。佐々木氏が文中で挙げる例が「著名人」であったことに象徴されるように、

    少数者が権威を帯びるのではないか。

    それでは、いままで、マスメディアがになってきた役割を少数個人が代替する(あるいは経路が追加される)だけではないか。*5

    それは果たして私たちの望む未来と言えるのだろうか。

    例えば、彼は、個人に対する信頼を情報の真贋を見極めよ、という。

    個々の情報自体は裏が取れないが、今までその人物が発信してきた情報とその検証された真贋から人の信頼性を判断することは可能だというのだ。

    一面真理をつく。しかし、一面ナンセンスである。

    その人(新聞社・放送局)が発信したものだから大丈夫だ(すべて嘘だ)というのは、

    「マスゴミは」、「アカヒは」、といって、思考停止する某巨大掲示板住民*6と変わりがない。

    「情報を批判的に見る」というのは、そう簡単なことではない。

    それは「リテラシー」が文字を読むことのみならず「行間を読む」ことを要求するのと同じ程度には高度なことを要求する。

    確かにこの本は眼に見える範囲のことを様々な例示(と必要とも思われない新語)をうまく(時に詐術的に)使いながら、

    世界をモデル化することには成功している。

    私たちはそれを「神話」と呼ぶのではないか*7。

    そういう意味で私はこの本の描かれ方にも不満がある。

    しかし、そうした中であえてこの本に、

    そしてこの本が持ち上げられているという状況に、意味を見出すのなら、

    それは「独創」の相対化の極北に吹く風を感じることにあるのではないだろうか*8。

    その風を心地良く感じるにはまだ私は若すぎるようだ。*9

    *1:http://www.amazon.co.jp/%E8%AA%AD%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E5%A0%82%E3%80%85%E3%81%A8%E8%AA%9E%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95-%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/4480837167

    *2:http://www.amazon.co.jp/%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8-%E6%84%9B%E6%9B%B8%E5%AE%B6%E3%81%AE%E6%A5%BD%E5%9C%92-%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A7%E3%83%AB/dp/4560026378

    *3:本来何に登場する人か失念したので

    *4:読書会ではあえて挙げなかったけど、2chnaviとかは近い気もする

    *5:マスメディア(ジャーナリズム)の本質は情報を速報することでも何でもなく、「選別する」ことだと考えています

    *6:あ、僕がそうでないとはいいませんw

    *7:雷がおちるのはゼウスが投げたからだ、というのと同じように

    *8:うまく言語化できない。そして、逃げた。

    *9:あまりにひどいレビューだと思って一日寝かせたが何も思い浮かばなかった。ご批判お待ちしております。

著者プロフィール

佐々木 俊尚(ささき としなお)
1961年生まれ、兵庫県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。記者として勤めたあと、1999年『月刊アスキー』の編集部デスクに転身。2003年退職後、主にIT分野やメディア業界に関わるフリージャーナリストとして活躍。大学非常勤講師なども担当している。
代表作として、2010年度大川出版賞を受賞した『電子書籍の衝撃 -本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』、『キュレーションの時代』など。近年は『家めしこそ、最高のごちそうである。』といった自宅料理についての著作もある。

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