昭和戦前期の政党政治 二大政党制はなぜ挫折したのか (ちくま新書)

  • 筑摩書房 (2012年10月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480066879

みんなの感想まとめ

テーマは昭和戦前期の政党政治であり、現代の政治状況との類似点や教訓を考察する内容が魅力です。選挙前のタイミングで読むことで、過去の政党政治の力学が現代にも通じることを実感し、ただの歴史ではなく、現在の...

感想・レビュー・書評

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  • 選挙前なので、昭和の二大政党に関する文献を読んだ。その一冊が本書。もう一冊は井上寿一氏が最近出した本。これについては次に読む予定。
    それはいいとして感想であるが、現在と状況がかなり似ていると感じた。たとえば行財政改革を行ったり、あるいはマスコミが扇動的な報道を行ったり(これは現在の方が幾分かマシに思えるが)するところは現代と類似しているといえよう。ただその一方で状況が全く異なるものもある。具体的には天皇を政治シンボルとして使うことや軍部の存在というものが挙げられよう。
    史料に基づき、詳細な分析がなされているところに好感が持てる。また、現代の議論に使える論点や主張もあるので、二大政党を考えるにおいて、大いに参考になるだろう。
    筆者の見解が最後に述べられているが、これについては全く同感であり、自分も気を付けないとと思った。

  • 普通選挙制度が政党政治に与えた光と影が詳しく書かれている。戦前の政党は汚職や不正といったイメージが付きまとうが、実際の事例が多く描写されていて実感が持てた。
    政党政治が潰えた理由の大きな要因のひとつに政治の劇場化やメディアの政党政治観を挙げており、今でも政党政治を続ける上で避けて通れない問題となっていることは考えさせられる。
    政党政治には権力闘争の面があるのが当たり前であり、できるだけ寛容であるべきだという著者の意見には目から鱗が落ちた思いがした。政治においては最小悪を選択し続けることも大切な選択肢だと感じた。

  • ふむ

  • 政党政治8年間のうち、3党期が3年で2大政党期が5年続いた時期についての考察。なぜ政党政治が続かなかったのかという視点からの考察になっているが、現代でも全く根付かない2大政党制が戦前になぜ5年も続いたのか?という点が気になるところ。
    逆に言えば、戦前の続かなかった理由を検証すれば、現代においてはそれらの理由がさらに「強化」されているということになるのかもしれないが。「既存政党批判」の「第3極探し」なんてのは、さらに強まっているようにも思えるし。

  • 民主主義への可能性をもっていた政党政治がなぜ崩壊したのか?

    それは単純に軍部のせいというわけでもなく、政党自身の問題、それを選挙で選んだ人々、マスメディア、そして天皇周辺の勢力のさまざまな動きのなかで生じたこと。

    もちろん、背景には世界大恐慌というのがあるわけだけど。

    未熟な政党政治の問題を批判しているうちに、民主主義自体の価値がさがっていって、より純粋に国をよくしようとしている軍部に国民の期待がうごいていく。

    そして、そのイメージとして、天皇が使われていき、反対陣営の議論を封じ込めていく。

    で、満州事変によって、世論は大喝采をおくり、その勢いをもって、急速に陸軍が政治の中心になってしまうという構造。

    う〜ん、これって今でもやっていそう。なんかちょっと暗い気持ちになった。

  • 2015.02.27 池田信夫氏のブログより。

  •  筆者は、この時期の政党政治の問題点として、1)疑獄事件の頻発と無節度、それによる政党政治の評価の低下、2)買収・議事妨害・乱闘による国会の混乱、国会の威信の低下、3)政党による官僚支配、地域の政党化・分極化と中立化・統合化欲求の昂進、4)「劇場型政治」と、第三極(軍部やら新体制やら)を求めるマスメディアや世論、の4点を総括している。
     現代の視点からすると「政治主導」や世論・マスメディアは正義、と無条件で思いがちで、これらが大衆デモクラシーの弊害などと軽々しく言うのも若干の抵抗がある。それでも、政治が大衆化された故のこれらの問題点により政党政治が終わってしまう過程が描かれていた。「『政策論争』を訴える若槻の主張はまぎれもない『正論』なのだが、それだけでは政治的に敗北するのが大衆デモクラシーというものなのである」という記述、ここ数年何かと話題になっているポピュリズムにも繋がる。
     政友会が政権批判のために普通選挙法案を不成立とさせる陰謀まで図ったり、朴烈怪写真事件のような事件を政権批判に使ったり(天皇の政治利用でもある)、大分県では駐在所やら公共事業やらやくざまでも民政党・政友会系に分かれていたり、という個々の具体例には驚くばかりだ。
     一方、日本の戦後処理過程で、戦前との連続性は、軍国主義の払拭の不徹底というような否定的な意味で捉えられることが多かったように思う。しかし本書では、戦前、天皇・宮中グループと密接に結びついていた浜口・若槻・幣原が国際主義・民主主義勢力として米国側に印象付けられていたことが、天皇制存続や穏やかな占領政策に繋がった、と言及されている。

  • 次の部分が印象的でした。

    ロンドン条約時の「統帥権干犯問題」を取り上げて、政党人自らが自らの首を絞めたと主張する人が多く、それは間違いではない。しかし、政治シンボルの操作が最も重要な政治課題となる大衆デモクラシー状況への洞察なしに、そのことだけ問題にしても、現代に生きる反省には結びつかないであろう。

  • 男子普通選挙とともに訪れた本格的政党政治の時代は、わずか8年で終焉を迎えた。待望久しかった政党政治が瞬く間に信頼を失い、逆にそれほど信望の厚くなかった軍部が急に支持されるようになったのはなぜか。宮中やメディアといった議会外の存在、大衆社会下におけるシンボルとしての天皇、二大政党による行き過ぎた地方支配など、従来の政治史研究では見過ごされてきた歴史社会学的要因を追究する。現代日本の劇場型政治と二大政党制混迷の原型を、昭和戦前期に探る試み。(2012年刊)
    ・はじめに
    ・第1章 護憲三派と政党政治の新生―政友会の分裂から第二次加藤高明内閣まで
    ・第2章 「劇場型政治」の開始―第一次若槻礼次郎内閣
    ・第3章 天皇・非政党勢力・メディア―田中義一内閣
    ・第4章 ロンドン軍縮会議という岐路―浜口雄幸内閣
    ・第5章 満州事変と政党政治の危機―第二次若槻内閣
    ・第6章 政党政治の終焉―犬養毅内閣
    ・まとめ
    ・あとがき

    本書は、昭和戦前期の本格的政党政治の時代を分析したものである。原敬暗殺後、後継の高橋是清内閣が行き詰まり内閣は総辞職、加藤友三郎、山本権兵衛、清浦奎吾と非政党内閣が続く。1924年に政友会が分裂。第十五回総選挙の結果、大命は憲政会総裁加藤高明に降下する。以後、若槻、田中、浜口、若槻、犬養と二大政党制が機能したが、犬養亡きあと、斎藤実(海軍軍人)への大命降下となり政党政治が終焉するまでを論じている。
    これまでは、政党の汚職や党利党略により争いが激化し、軍部に付け入る隙を与え、政党政治が自滅したものと理解していたが、本書を読むと、事情はより複雑であることがわかる。
    当時の社会的な背景としては、普通選挙を導入したことにより、政策論争だけではなく、政治シンボルの操作が最も重要な政治課題となる劇場型政治が始まる。それが政権交代を実現するための手段として意図的に用いられていく事がわかる。(朴烈怪写真事件、不戦条約問題、統帥権干犯問題、天皇機関説問題)
    また、この時期、軍人の社会的地位が著しく低下していた事も無視できないという。背景には行財政整理にともなう軍縮がある。政府はマスメディア(新聞)の後押しを受けて軍縮を進めるが、この時期の政党側の軍人軽視傾向が軍部台頭の真因であったという。
    満州事変後、マスメディア(新聞)世論は、事変前と変わって大旋回する。戦争報道によって大きく部数を伸ばした新聞は、新聞経営の立場を優先させ軍部台頭の片棒を担ぎ、政党政治の崩壊に手を貸すこととなる。
    いくつか興味深い点がある。元老西園寺公望の加藤高明の高評価、ロンドン海軍軍縮問題を巡る考察(条約批准には成功したものの、政党外勢力への政党政治の依存の危険性)、最後の元老が果たした超法規的役割や宮中勢力による天皇の輔弼(天皇の宮中の満州某重大事件の処理を巡って天皇は田中首相を叱責するが、これは個人的意思で偶発的に行ったわけではなく、宮中のアドヴァイザーのアドヴァイスを受けつつ行ったことだという。)など、戦前期の政治を理解する上で参考になった。

    著者は当時のマスコミについても厳しい見方をしているが、現在に至っても本質に変わりはないのではないか。社会の木鐸たる見識もなく劇場型の報道に終始する現状をみると既視感を感じずにはいられなかった。

  • 二大政党だからという訳では無い様に読めました。

  • 「二大政党制はなぜ挫折したのか」というテーマに興味を引かれて読んでみたのだが、内容が詳細過ぎて時代背景を理解していない人には分かりにくい。さらに文献の引用が多用されているので、文章として読み進めようとするとつかえてしまう。
    当時の理解を深めるためのきっかけとしては良いと思う。

  •  1930年代の日本については興味があり、本書を手にとってみたが実にわかりにくい。
     「昭和戦前期の政党政治の崩壊の原因を本格的に解明する」という著者の意気込みはわかるし、内容も歴史的事実を詳細に掘り起こしているのだが、この当時の風景が見えるようには思えなかった。
     なぜかと考えてみると、「政友会」や「民政党」の詳細な歴史的事実は克明に追っているのだが、その政党の「理念」や「支持基盤」、「文化」や「人間」への言及があまりないように思える。
     時代が違うと、当時当たり前であったことも、理解できなくなることが多い。そのためにその時代でおきたことを「読み解く」ことが欠かせないのだが、本書はそれが足らないのではないのだろうか。
     歴史的事実のみを追いかけても、「教科書」的な面白みの無い「歴史書」にしかならないと言っては失礼か。
     しかし、この時代の「政治」を克明に知ることはできる本ではあると思った。

  • 2012年発行。1925年5月から憲政会・政友会・政友本党の三党時代。1927年6月、憲政会と政友本党が合流して民政党の成立、二大政党政治の始まり。わずか8年間の本格的政党政治の時代。若槻(憲政会)、田中(政友会)、浜口(民政党)、若槻(民政党)、犬養(政友会)。

  • 昭和戦前期における二大政党の成立と崩壊を扱った歴史書。戦前のこの時期は、日本史でも流されることが多いので詳らかに読んだのは初めて。非常に興味深かったし、天皇のシンボル的利用やメディアの弊害など今日的課題にもつながっている、素晴らしい新書。

  • メモ
    東京財団のプロジェクト
    民主党のプロジェクト

  • この前、陸軍もの読んだので・・・
    その流れでチェック・・・

    大正末期、政党政治が日本で花開く・・・
    加藤高明内閣から約8年間は政党政治が続く・・・
    そして昭和初期、政党政治が没落し、軍部が力で権力を握り、日本を戦争へと引きずり込んでいく・・・
    何でだろう?
    やっぱり悪い軍部がいけないの?
    いやいや、そんなに単純じゃあございません・・・

    加藤高明<1><2>内閣から・・・
    若槻礼次郎<1>、田中義一、浜口雄幸、若槻礼次郎<2>、犬養毅と歴代内閣の経過と評価を辿りながら、政党政治がどう変遷して没落していったかを確認できる・・・

    劇場型政治ってのは戦前から存在し・・・
    マスコミは煽るし、主張もコロッと変えるし、政党批判ばっかするし・・・
    国民も政策で政党を選ぶのではなく・・・
    政策なんかより、人気や、スキャンダル、その時の空気によって政党を選ぶし・・・
    政党も疑獄だの、議員の買収だの、分裂したり、くっついたり、悪いことして暴露し合って、妨害はするは、乱闘はするわ、だし・・・
    政友会派と民政党派で日本中どこも割れちゃうし・・・
    まぁ、今とそんなに変わっておりません・・・
    今と違うのは、それらに天皇や元老、宮中などが、さらに絡むことですね・・・
    それがまた一層ややっこしくするのだけど・・・

    結局・・・
    政党、政治家自身が政党政治というものを貶め・・・
    国民やマスコミ、宮中ががむしろ、政党よりは期待できる、と言う感じで、軍部や近衛文麿や大政翼賛会などを迎え入れていくことになるという・・・
    なんとも、ええ・・・

    これ・・・
    今の平成ジャパンだって・・・
    政党が全然当てにならない状況が続いていれば・・・
    どうなることやら?という思いを抱かずにはいられないでしょうに・・・
    軍はないけどさ・・・
    ただ・・・
    何かやってくれそうな人なりグループが出てきた時に、簡単に乗っかっちゃうとか、出てくるよね・・・
    そういうの怖いよね・・・

    著者としては・・・
    自由で民主主義的な政治とは議会政治であり、議会政治とは政党政治である。政党政治は政党が自らの政策を実現するために、それを選挙民に訴え、反対党と政争を行いまた合従連衡を行う政治である。それは自派の政策を実現するために、他派と不可避的に闘争・競争を行う。ところが、日本社会ではこれらをすべて「党利党略」として忌避し批判する傾向が強いのである。
    買収や不正な政治資金の融通などはもってのほかだが、選挙で当選するために、また反対党との競争に勝つために政党が様々な方策を用いるのは当然のことであり、そのことにできるだけ寛容でなければ政党政治は維持できない。この観点が未成熟である。
    となっている・・・

    ボクたちも、そもそも政党政治ってーのはこういうもんだ、と学び、クールになり、政党と向き合っていかないといけんのかもしれませんなぁ・・・

  • 筒井清忠『昭和戦前期の政党政治 ─二大政党制はなぜ挫折したのか』ちくま新書、読了。本格的な政党政治はなぜ8年で終焉したのか。著者は「劇場政治」と政党の危機意識の欠如に病巣を見出す。政党への不信と昭和維新への渇望は政党自ら生み出したといってよい。本書の指摘は決して過去の話ではない。

  • 昭和初期に、政友会と民政党を2大政党とする政党政治が始まる。が、その後わずか8年で政党政治は崩壊。軍部が台頭して、戦争を始めて昭和20年に敗戦。この間、日本は失敗し続けるわけだが、なぜ、かくも短期間に政党政治から軍部の暴走&破局に至るようになったかは、教科書的知識だけではイマイチ分かりにくい。あの陸軍だって最初からメチャクチャ乱暴だったわけではない(陸軍悪玉論は表層的に過ぎると自分は思う)。

    この本は、このわずかな期間に軍部の台頭を許してしまった理由を、政局、世論、マスメディア、軍部の動きの4点から詳細に説明している。

    ポイントを抜き書きすると・・・。政党政治は、情実人事、賄賂の横行、政局がらみのスキャンダル合戦で、早急に国民の信頼を失い自滅する。一方、軍部は軍縮のあおりで肩身が狭く、国民の支持も低かったが、政党政治に代わる実力集団として、国民が歓呼で迎えたこと。同様に近衛新体制も歓迎された。そして、メディア(新聞)が、部数を伸ばさんがため、政局やスキャンダルを煽りに煽ったこと。

    個人的には、最近、浜口雄幸、高橋是清など昭和戦前期の政治家ものを頻繁に読んでおり、彼らの裏の顔が見えて興味深い内容だった。また、現在にも十分参考になる内容と思っている。政党の堕落は、民主党に重なる。軍部や近衛は、近頃はやり(でもないか)の「第三極」。メディアの暴走はネット。この先日本が進む道は過去の轍を踏まないように願いたいもんだがさて。

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著者プロフィール

筒井 清忠(つつい・きよただ):1948年生まれ。帝京大学学術顧問。東京財団主席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。著書に『昭和戦前期の政党政治』『天皇・コロナ・ポピュリズム』(以上、ちくま新書)、編著に『昭和史講義』『昭和史講義2』『昭和史講義3』『昭和史講義【軍人篇】』『昭和史講義【戦前文化人篇】』『昭和史講義【戦後篇】(上・下)』『昭和史講義【戦後文化篇】(上・下)』『明治史講義【人物篇】』『大正史講義』『大正史講義【文化篇】』(以上、ちくま新書)など。

「2026年 『昭和十年代の陸軍と政治』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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