学力幻想 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480067197

感想・レビュー・書評

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  • 324円購入2014-03-31

  • 学力を論じる際の罠のところまでは良かったと思うけど、その後の提言みたいなのはあんまりピンと来なかった。うーん。

    書き口が一般向けではないという前評判から敬遠していたのだけど、教育学徒的にはそこまででもなかった(そりゃそうか)

  • 「借」(大学の図書館)。

    学力論争の理論的問題を整理した一冊。
    子ども中心主義やポピュリズムといった学力論争の根底にあるものをわかりやすく解説している。
    学力について興味のある人や、教育関係者は特に一読する価値あり。

  • 学力ってなに?そもそも教育って?
    戦後民主的な教育を行うため、学校のカリキュラムに国が統制的に関与することを極力避けており、「学習指導要領(試案)」によって、学校で教えるべきガイドラインが示されるにとどまっていた。
    1958年になり系統的な教科教育を中心として全国一律に法的拘束力を及ぼしうる、「学習指導要領」が誕生した。
    これが長年にわたって日本の教育の基本であったが、バブル崩壊がおきた90年ごろに見直しが図られた。基軸は「学力観の見直し」であり、「ゆとり教育」と呼ばれるもの。この頃同時に55年体制も崩壊している。
    政治や社会が変化して、今までとは違う学力をつけるべきじゃないの?となったが、そもそも学力ってなに?のとことで共通認識がなかったから、今になって学力が低下しちゃったからゆとり教育はだめだ〜やめだ〜、となってるんじゃないか。見直すならここのとこちゃんと振り返ってからじゃないとまた同んなじことになるよ、ということか。
    教育には「学び」と「教え」の側面がある。学びは、学習を共同体でのアイデンティティ形成、あくまでも同質な共同体への同一化をめざすという社会性を持つ。一方で、教えは、異質な文化に出会い、認め、関わり合うという公共性を持つ。これらが混同されるとまずいんじゃないか。ということ。
    あとは子どもが大人になって社会で生きて行く上で必要なスキルを身につけられるようなカリキュラム作りが必要で、そのためには地域の市民の教育への参加や教師自身がいち市民、いち生活者としての視点を持って教育に臨むことが必要。
    あと、全国学力テストの結果を公表するとかなんとか言ってるが、ここに出てくる2001年ブッシュ政権下で作られ、オバマ政権が見直しをした「一人の子どもも落ちこぼれさせない(置き去りにさせない)法律」みたいなことになるのかしらん。

  • 教育問題は本質が見えず、議論が錯綜することが多い。それだけ人間教育の価値観は様々であるし、教育そのものが難しいものだと思う。

    本書は、教育史の重要人物を登場させながら、ハンナ・アーレント、バーンスティンを引用しながら、「子ども中心主義の罠」と「ポピュリズムの罠」の2つの視点を中心に、教育議論が噛み合わない理由を明らかにしようとした本だと思った。特に日本の学校教育の当たり前の世界には、実は様々な固定概念があると気づかされた。

    しかし、新書にしては言葉や書き方が難しすぎると思った。教育問題などをもう少し具体的に書くなど、より具体的な事例があるとわかりやすいと思った。読み手を選ぶと思う。

  • つかめたようなつかめてないような。
    一回読んでみてフワフワしてる感じ。

    地域や学校、市民というような、より教育現場にちかい者が教育カリキュラムの決定に携わるべきだ。という教育の新しい視座を与えようとしてるにも関わらず、この本の内容が、とても市民向けに書かれたような内容でないところに、なぜ?と思わずにはいられない。

    しかし、教育というあやふやなものの背後には、その当時の国の目指す思想が絡んでいるという点を気付かせようとしたのは、よかったと思う。

  • メリトクラシーが万能でなくなった現在、教育にどう対峙することが可能なのかを問うている、のだと思う。
    教育政治学を創生しようとする立場からはできないのだろうが、教育が万能ではないことを認められないのだろうか。

    それはともかく、いかんせん、分かりにくい。読み解くには深いリテラシーが必要みたいだ。
    編集者を罵ってやりたい。
    専門家の知見を一般に伝えるのが新書の役割ではなかったのか。これは文部官僚にでも読ませたいのだろうか。出版の意図が分からない。
    あまりに読みにくいので、リビングに放り出していたところ、かみさんの目に止まった。
    「あっ、重夫ちゃんだぁ」
    著者は、かみさんの小学校の同級生なんだそうな。
    びっくり。

  • いわゆる「ゆとり教育」からの教育改革にあたって、何故これほどまでにその教育方針が否定されてきたのだろう、その求めるところはどうして達成できなかったと判断されたのだろうと常々疑問に思ってきた。そもそもその教育を受けた世代からも「ゆとり世代」として自ら否定する発言も少なからずみられるのは、少々行き過ぎた反省なのではないかと感じていた。
    今回も自分自身の問いかけの答えが得られたというすっきり感はなかったものの、教育行政の難しさの一端はみることができたと思う。

  • 難しいので、ちょっとお休み…

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著者プロフィール

小玉 重夫(こだま しげお) 
1960年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)(東京大学)。慶應義塾大学教職課程センター助教授、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授などを経て、
現在 東京大学大学院教育学研究科教授

主著
『教育改革と公共性――ボウルズ=ギンタスからハンナ・アレントヘ』(東京大学出版会、1999)、『シティズンシップの教育思想』(白澤社、2003)、『教育思想史で読む現代教育』(共著、勁草書房、2013)、『難民と市民の間で――ハンナ・アレント『人間の条件』を読み直す』(現代書館、2013)、『学力幻想』(筑摩書房、2013)、「カリキュラム・イノベーション――新しい学びの創造へ向けて』(共著、東京大学出版会、2015)

「2016年 『教育政治学を拓く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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