日本の雇用と中高年 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480067739

感想・レビュー・書評

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  • 労働・雇用のシリーズインプット。紙の本に到達しました。

    主張は同じなので早く読めるようになった。
    状況の評価、ということになるのだろうな。。

  • 雇用システムと社会保障システムが表裏一体であることがよくわかった。
    六十五才継続雇用、成果主義などの流れの中で、社会保障システムをしっかり再構築する必要があると感じた。

  • ジョブ型とメンバーシップ型に雇用観を整理。
    日本はメンバーシップ型。
    なので上級管理職は育てやすい。
    しかし専門技能になりにくい。

  • 若者が割りを食っている、というが実は中高年はもっと大変なんだぞ!という話か。
    確かに、同世代が無職の現状は厳しいな、と。

    こうなったのは無意味な拡張主義と、特に会社に尽くすことを良しとして企業慣習ってことかしら。
    ユニクロのような地域社員にして、やる気を引き出せるかどうかと。

  • やはり社会保障の問題がとてつもなく大きいと、田舎で暮らしていて感じる。親の貧しさで子供の未来が狭くなってしまうのは悲しい。この人の本、他も読んでみよう。

  • 結論は「中高年ジョブ型正社員で途中からノンエリートという選択肢を」という事のようだが、ノンエリートって高度なスキルを必要としない言わば誰でも出来る仕事なので、仮にコスト500万で同等としても、企業は中高年のオッサンよりも若い派遣の女性を選択する。「ノンエリートは派遣の仕事」でドンドンクビになる。結局、派遣法がザルで常用代替しまくりだから、そこの厳格運用を徹底しないとダメ。昨今議論されている、限定正社員(これがジョブ型でしょ?)が受け皿になって、中高年からのチェンジってのが出来るのか否か。また「あなたはこれから、ノンエリートで給与の3~4割減です」って提示に素直に納得できるのか?という疑問もある。
    あと労働市場の年齢差別は、いろいろ理想論を言ってもダメ。履歴書の生年月日記載を禁止する法律を作らないとなくならないだろう。

  • たしか、新聞の書評でみかけて読んでみたいと思い、近所の本屋にあるかとみ見にいったら、ちくま新書の並びの中でこのタイトルは抜けていて(どなたかが購入されたのか)、それでちょっと待って図書館で借りて読む。

    さいごのほうに、わずかばかり「中高年女性の居場所」という小見出しがたてられている。この小見出し部分に女性の話は尽きていて、この本でずーっと出てくる「若者と中高年」というのは、基本的に若いあんちゃんたちとおっさんたちの話なんやなーと、思う。

    まあ、それはそうとして、構造的な視点が必要だ、という著者の話は、なかなかおもしろかった。"日本型の雇用のあり方"はおっさんたちばかりが既得権で得をして、若いもんは損をしてるという…という類いの話は不毛であると。

    この損得問題は、著者に言わせればこういうことだ。

    ▼…日本型雇用システムとは、スキルの乏しい若者にとって有利である半面、長年働いてきた中高年にとって大変厳しい仕組みです。不況になるたびに中高年をターゲットにしたリストラが繰り返され、いったん離職した中高年の再就職はきわめて困難です。しかしながら、その中高年いじめをもたらしているのは、年齢に基づいて昇進昇格するために中高年ほど人件費がかさんでいってしまう年功序列型処遇制度であり、その中にとどまっている限り、中高年ほど得をしているように見えてしまうのです。(p.171)

    著者は、「若者(正確には「若い中高年」)にしても中高年にしても、運悪くこぼれ落ちた者が著しく不利益を蒙ってしまうような構造自体に着目し、その人々の再挑戦がやりやすくなるためには何をどのようにしていったらいいのか、という構造的な観点が不可欠です」(p.17)と述べる。

    序章の14〜19ページが、この本のダイジェストになっていて、とりあえずここを読めば著者の主張のキモは「わかる」のだけど、いったいどういう時代に何がどうなって、今こうなってるのか、というのは、やはり全体を読んだほうがおもしろい。

    たとえば、経営側が「職務給」(職務に応じた賃金)を唱道し、政府も職務給の導入を方針としていたが、1960年代後半に、事態はまったく逆の方向に=「職能給」に変わっていったというところ。その転換を明確に宣言したのが『能力主義管理 その理論と実践』という報告書で、著者はこれを「「能力」を体力、適性、知識、経験、性格、意欲からなるものとして、極めて属人的に考えている点において、明確にそれまでの職務中心主義を捨てたと見てよいでしょう」(p.47)と指摘する。

    「仕事」に注目していた職務給から、「人」に焦点をあてた「職能給」への転換。
    ▼職務遂行能力はあくまでも潜在能力の評価であって、実際に従事している職務とは切り離されているので、企業が労働者をどんな職務につける場合でも障害にはなりません。逆にいえば、賃金制度が職能給という形に落ち着いたことで、職務の限定なき雇用契約という在り方が確立したともいえます。(pp.47-48)

    そして、能力なのだ、知的熟練なのだ、労働力の価値が高いのだと言うようになって、問題意識が消えていった、という話がまた興味深いものだった。

    経営側や政府が「職務給」を言うのに対し、働く側は「それでは生活できない」と反論してきた。年功賃金は、(おっさん一人の稼ぎで妻子を養える、という意味での)生計をたてられる賃金=生活給の色合いが濃いものだったはずだ。ところが、1970年代以降、日本型雇用ブラボーの時代がやってきて、それが、"生計費をまかなう生活給"という年功賃金の原点を隠していくことになった。

    ▼1970年代以降に労働経済学で主流となっていった知的熟練論では、そもそも中高年が高賃金となっているのは生計費をまかなうためなどという外在的理由ではなく、労働力そのものが高度化し、高い価値のものになっているからだと、正当か理由が入れ替わってしまっていたのです。(中略)しかし、好況期にはそのロジックを信じている振りをしている企業であっても、いざ不況期になれば、「変化や異常に対処する知的熟練という面倒な技能を身につけ」たはずの中高年労働者が真っ先にリストラの矛先になるのが現実でした。(中略)企業からそれだけの値打ちがないと放擲されてしまった中高年労働者は、本人の能力が低かったからそういう目に遭うのだという形で問題が個人化されてしまい、生計費がかかる中高年労働者の共通の問題としてそれを訴える道筋が奪われてしまうという結果になってしまうのです。(pp.232-233)

    著者のみるところ、それはアカデミズム、ひいては政策にも影響を与えた。
    ▼こうした流れは、アカデミズムにも大きな影響を与えました。現役労働者の生活保障はすべて企業内で解決されるべき「労働問題」であるとされてしまったことが、それまで存在していた広義の「社会政策」という問題意識自体を希薄にしたのです。(中略)近年、社会政策分野で福祉と労働のリンケージが問題になりつつあるのは、この状況を反映しています。(p.238)

    「中高年女性の居場所」で述べられている、「女性正社員は会社にとってどんな存在だったか」のところを読んで、母たちの世代で裁判を起こした人などはこういう女性観と闘ってきたのやなーと思った。とくに、女子の結婚退職制などを正当化してきた企業の主張が、あらためて読むとスゴイ。そこのところを、著者がコンパクトにまとめている。

    ▼…男女差別的労務管理を疑うことなき前提とし、にもかかわらず「男女同一賃金の原則に徹し」!「成績査定により生ずる差を除けば、年齢を問わず男女同一の賃金を支給してきた」ために、長期金属の女子職員の方が男子職員よりも高給となってしまうという「不合理」が生じてしまうことのないよう、結婚退職制を導入したというわけです。男女差別的労務管理と男女同一年功同一賃金を組み合わせると、こういう論理的帰結に至るという典型例とも言えます。(pp.217-218)

    本題としては、著者は欧米風の「ジョブ型労働社会」、つまりは、職務に応じた賃金というタイプの評価や処遇をやっていくほうがよいんじゃないかと主張している。それが「中高年問題」への処方箋だろうと。本文を読んでいると、なんとなーく分かったような、そうかなあという気にもなる。だが、これとても、どうかすると、かつて均等法導入後に広がったコース別人事のように、「ジョブ型」と「これまでどおり年功型」がどこかの線で切り分けられて、「はずれた人コース」と「あたりの人コース」みたいにならんともかぎらんのちゃうかと思ったりもした。

    そして、中高年女性は、この本を読んでいても、どこか「飛び地」感があって、「ジョブ型」になったとして、どうかなーと考えた。とりあえず、この著者の本はもう一冊くらい読んでみたい。

    (8/27了)

  • ・日本型雇用制度…1970年代までは批判の対象であった。欧米型と同様に、メンバーシップ型から職務型への給与体系への変更が求められていた。
     ←日本の高度成長と相まって日本型雇用制度が賞賛されるようになった。
     =本来は生活消費のあり方に付随した生活給だったのが、いつの間にか「年功序列型能力ー年を経るごとに能力が高まる」に解釈されるようになる。
     →中高年をターゲットにした解雇・リストラが進む(先任権思想が進んだ欧米型ジョブ型雇用とは設計思想から違っている)

    ・日本では雇用政策がちぐはぐ=メンバーシップ型からジョブ型への移行が模索されるが、一向に進まない。

  • 日本の雇用、働き方が欧米とかくも違うことをはじめて知った。恥ずかしい限り。職を極めるのではなく、会社に養って貰うような価値観を自分ももっていたことを気付かされた。外資は冷たい、といった印象も浅はかだった。著者の主眼はジョブ型への社会の転換にあるのだが、期せずして価値観の変換まで促された。

    ・終身雇用慣行というのは、企業の側にとって、あくまで「首を切れない」という制度ではなくて、むしろ「首を切らないようにする」制度で、従業員の側にとっては、絶対に「首を切られない」制度ではなくて、あくまで「首を切られないようにする」制度
    ・年金の支給開始年齢と退職年齢とは密接な関係がある。
    ・今日に至るまで高齢者雇用政策は年金政策の従属変数
    ・教育システムが「入社」のためのものに純化すればするほど、職業教育訓練の社会的評価は下落する
    ・日本以外では、管理職は若いうちから管理職、非管理職は中高年になっても非管理職というのが普通。
    ・3つのミドル。年齢、管理職、階級。
    ・日本型雇用システムは、スキルの乏しい若者にとって有利である反面、長年働いてきた中高年にとって大変厳しい仕組み。
    ・欧米の成果給はその基本に職務(ジョブ)が明確に存在する。
    ・職務無限定がデフォルトの日本のメンバーシップ型正社員に、彼は企画業務、彼は非企画業務などという職務区分は存在しない。みななにがしか企画し、ルーチン業務をする。
    ・ホワイトカラーは「考えること」がひとつの重要な仕事:経団連
    ・年功賃金は生活給(教育や介護、老後の備え)

  • 労働問題を戦後からの流れで追って整理せてくれる本。60年代までの、ジョブ型を目指す流れと、70年代以降のジャパン型終身雇用の礼賛。うーん、根が深い。
    結局のところ、外部の労働市場がない以上そんなに変わりようがない。系列をもう少し緩くした企業連合を志向するか、でなければcroud soursingに委ねるか?

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著者プロフィール

*2008.11.17現在労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門

「2013年 『福祉と労働・雇用』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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