織田信長 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480067890

感想・レビュー・書評

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  • 最近は歴史の研究が進んでいる様で、学会内の発表で終わらせるのではなく、書籍化して多くの人が知ることができるようになっていることは歴史好きの私にとっては嬉しい限りです。

    この本のテーマは織田信長です、革命児とか日本全国の統一の野望の持ち主であると学校でも教わってきましたし、数多くのテレビドラマもそのような人物像で描かれてきました。

    しかしこの本では、そうでは無くて別の姿があり得ると解説しています。人物像は信長が死んでからかなり経過してから決まったのだとされることを聞いたことがある私にとって、その具体的な姿を想像することがこの本でできたように思います。

    以下は気になったポイントです。

    ・1575年、信長は参内して大納言、右大将に任官された、無官の信長をいきなり大納言にするわけにもいかず、朝廷では前年に遡ってまず参議に任じたことにして、この年にさせたものとされている。この年に首尾良く「公家」になったものと思われ、この前後より、家臣たちは「殿様」という信長への呼称を改め「上様」と呼ぶようになった(p68)

    ・将軍足利義昭については、織田信長は将軍の権威を少なくとも否定しようとはしなかったし、天皇の権威についても同様に見ることができる。巷で言われているのとは逆に、信長は伝統的権威を蔑ろにするどころか、かなり気を遣っていたと思われる(p95)

    ・ルイスフロイスの報告書によれば、日本全土は56の国に分かれているが、その中で最も主要なものは日本の君主国を構成する五畿内の5つの王国である。それは、山城・大和・摂津・河内・和泉であり、その君主を「天下の主君」と呼ぶことが記されている。すなわち「天下」とは、京都を含む五畿内のことと認識されている(p108)

    ・織田信長は、足利義昭を主君として立て、自らは人臣として天皇を立てるというスタンスに徹していたと見た方が良い(p119)

    ・織田信長が諸大名との共存を目指し合議のもとに天下のありようを決めると宣言しているのは、従来の信長像に照らせば違和感があるかもしれないが、このような天下人の姿は当時の人々にはさして違和感のあるものではなかった(p198)

    ・佐久間信盛は、恥をそそぐために一戦するか、高野山へ剃髪・隠遁するかの選択肢のうち後者を選んだ、形式的には織田信長は信盛に最後の機会を与えた。信長は家臣への扱いを問題にしていて、細心の配慮を心掛けていたを見るべきようにも思える(p216)

    2021年5月2日作成

  • 時代を先取りし、伝統的権威にとらわれず「天下統一」を目指した「革命児」という信長のイメージをくつがえそうとする一書。

    「天下布武」が、武力による天下統一をめざす宣言ではなく、「天下」=五畿に、将軍による支配を打ち立てること、とする。そのことと関連して、信長はつねに将軍や天皇の権威を尊重し、他大名や自分の配下に対しても、調整を常としていた「常識人」であったとする。世評や身分を気にする存在であった、という側面も強調されている。さらに、キリスト教への優遇も言われるほどでなく、逆に仏教への弾圧もそれほどでもない。信長のイメージをことごとく塗り替える叙述はとても面白かった。

  • 天才でも革命的政治家でもない信長像を掘り下げる。天皇や将軍や世評に気を遣いまくったからこそ支持者も多かったと思えば不思議な話でもないがメディアでの信長像を植え付けられているので違和感を感じる。
    畿内を天下と見る考えも当時からしてみれば妥当だが今川義元を倒して東に向かわず京都を目指したところは戦略家として卓越してたのではなかろうか。

  • 2012年池上信長論を受けて、信長の行動原理を再検証。ゼミでの研究成果と明記してあるだけあって、最新研究のレビューともなっている。
     そして、信長の行動がいかに「普通であるか」を説明するという流れはもはや研究者のスタンダードな潮流なのだという事も良くわかる本。
     とはいえ、だからこそ信長の「アリの一穴」と秀吉以降の中世-近世の断絶が見えやすくなっているとも言える。

  • 信長は従来語られてきたような(自らが天皇に取って代わる野望を抱いた)稀代の異端児ではなく、天皇、室町将軍家を重視した、当時における常識をわきまえた武将であった。
    その旗印である「天下布武」の天下とは京都を含む近畿5国のことで、天下布武とは武力をもって近畿5国を平定した信長の治世の下、天皇家、将軍家に祭祀、政を執り行って頂くことであり、決して武力を以って全国制覇することを意味しない。
    毛利攻めも武田勝頼との長篠の戦も、国境の勢力争いに過ぎなかった。
    比叡山焼討ち、キリスト教庇護、本願寺との対立等あるが、信長は宗教に対して特段の思い入れがあるわけではなかった。

    マルクス・唯物弁証法的史観を背景として、アウトへ―ベンの象徴としての信長が語られてきたということか。
    本書と流れを同じくする書籍も複数出版されているとのことで、今後は歴史の解釈が修正されるかも知れない。

  •  織田信長は、革命家とか天才とかのイメージが世間にはあるが、実際はそうではないことを古文書から解読し説明した本である。
     大学教授で専門家の筆者は、豊富な文書類をいつどのような状況で書かれたかを示しながら、織田信長は足利将軍や天皇を敬い、庶民の世評を気にする常識的で有能な政治家であると世評とは逆さとも言える評価をする。
     とくに天下布武が野心の表れとの世評に対し、天下は日本全国ではなく畿内を示しているとの指摘や、分国拡大は国境紛争の結果に過ぎないとか、いろいろと目新しく感じた。
     ただ、前にも述べたとか後で記すようになどと、行ったり来たりするところが、ややくどいというかもう少し整理して書いてほしかったところだ。
     しかし、古文書が新たに発掘されたわけでもなさそうなのに、なぜ解釈がこうも違ってくるのか、いつまでも研究されているのかが不思議に思える。すべての関連資料を総合した決定版は、無理な願いなのだろうか。
     

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著者プロフィール

1949年東京都生まれ。東京大学文学部卒、1983年同大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。日本中世史専攻。高知大学人文学部教授、東洋大学文学部教授を経て東洋大学名誉教授。主な著書に『織田信長』(ちくま新書)、『島原の乱――キリシタン信仰と武装蜂起』(講談社学術文庫)、『一向一揆と石山合戦』(吉川弘文館)、『宗教で読む戦国時代』(講談社選書メチエ)、『戦国と宗教』(岩波新書)など多数がある。

「2021年 『戦国乱世を生きる力』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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