LGBTを読みとく ─クィア・スタディーズ入門 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480069436

作品紹介・あらすじ

最近よく見かける「LGBT」という言葉。メディアなどでも取り上げられ、この言葉からレズビアン、ゲイの当事者を思い浮かべる人も増えている。しかし、それはセクシュアルマイノリティのほんの一握りの姿に過ぎない。バイセクシュアルやトランスジェンダーについてはほとんど言及されず、それらの言葉ではくくることができない性のかたちがあることも見逃されている。「LGBT」を手掛かりとして、多様な性のありかたを知る方法を学ぶための一冊。

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  • 本書は、クィア・スタディーズという新しい学問が蓄積してきた概念や知識を用いて、性の多様性やセクシュアルマイノリティに対する差別など、性にまつわる現代的な問題を考察していこうとする。2017年。

    著者が本書冒頭で強調するのは、セクシュアルマイノリティの問題を考察するうえで重要なのは「良心」や「道徳」ではなく「知識」である、という点である。性の問題というのは、誰にとっても最も身近にあり、かつ多くの者の心身をその内側から衝き動かす強い力をもったものであるため、誰もが性について何某かを語ることができるしまた語りたがってしまうものであるのだが、それゆえに性に関する語りは個々人のさまざまな予断や偏見が入り込んだものになってしまいがちである。そうした主観的な偏りを極力排して客観的に問題に向き合うためにこそ、学問という厳密な手続きに則って蓄積されてきた「知識」に基づく議論が重要である、ということだろう。と同時に、クィア・スタディーズはセクシュアルマイノリティ当事者らによる社会運動の歴史的な蓄積の上に成り立っているものでもあるため、そうした「歴史」を参照することも重要であるとされる。

    マジョリティとは誰か。それは「何が「普通」であり、何が「普通」でないか」を決定することができる者のこと。マジョリティは、自己の諸属性を「普通」と規定することで、「普通」でない者を外部化=他者化=異物化する。この権力にこそマジョリティの特権性があるのであり、暴力性がある。そしてマイノリティとは、マジョリティから「普通」を強要される者であり、「普通」でないことを以て排除される者のこと。このように「普通」という観念によって作動する暴力が「差別」というものの一般形であろう。

    以下、本書で取り上げられた諸概念について、本書読了後に自分で調べてみたものも含め、いくつか要約やメモを書き留めておく。

    □ 身体的性/性自認/性的指向/性表現

    【身体的性】とは、身体の解剖学的差異に基づく性のこと。【性自認】とは、自分の性をどのように認識しているのかに基づく自己認識上の性のこと(「自分は女である/男である/(その他)である」)。【性的指向】とは、性愛がどのような対象に向かうのかに基づく区別のこと(ヘテロセクシュアル/ホモセクシュアル/バイセクシュアル/パンセクシュアル/アセクシュアル/(その他))。【性表現】とは、外見や言動を通してどのような性を表現するのかに基づく区別のこと(「自分は女性的に/男性的に/(その他)的に自己表現する」)。

    一般に「普通」=マジョリティとされてきた「身体的性/性自認/性的指向/性表現」の組合せは、「男/男/女/男」か「女/女/男/女」のみであった。というよりも、そもそもこの四つの区別がそれぞれ独立な組合せをとり得るという認識がなかった(「身体的に男なら、当然、性自認も性表現も男であり、性愛の対象は女である」)。この四つの性の区別の組合せが上記二つに固定されているとは限らないという認識が重要なのであり、そうした認識が可能になったからこそ身体的性以外の区別が考えられるようになったといえる。

    LGBについて整理してみれば、【レズビアン(L)】は「不問/女/女/不問」(身体的性と性表現は不問。則ち、レズビアンの身体の解剖学的特徴が女性的であるとは限らないし、また外見や言動が男性的であるとも限らない)。【ゲイ(G)】は「不問/男/男/不問」。【バイセクシュアル(B)】は「不問/不問/男女/不問」。ここで注意すべきは、四つの性の区別において上記二つの「普通」の組合せ以外は全てセクシュアルマイノリティといい得るのであり、それはLGBTの四類型に収まりきるものではない、ということ。

    □ トランスジェンダー

    【広義トランスジェンダー(T)】とは、身体的性に基づいて外部から割り当てられる性別(「あなたは男である/女である」)またはそれに基づいて強要される性規範=ジェンダー(「あなたは男だから男らしくあるべきだ/女だから女らしくあるべきだ」)と、性自認(「自分は女である/男である/(その他)である」)または自身の性表現(「自分は女性的に/男性的に/(その他)的に自己表現する」)とが異なっていることに違和を覚え、それを一致させようとする人々のこと。広義トランスジェンダーの下位カテゴリーとして、身体的性が性自認と異なる人々のことを【トランスセクシュアル】、身体的性に基づいて割り当てられる容姿や服装に関する性規範が自身の性表現と異なる人々のことを【トランスヴェスタイト(クロスドレッサー)】と呼ぶ。広義トランスジェンダーのうち、トランスセクシュアルにもトランスヴェスタイトにも当てはまらない人々を【狭義トランスジェンダー】と呼ぶ。

    【性同一性障害(GID)】とは、身体的性が性自認と異なっており、かつ外科的手術(性的適合手術)によってその一致を望む状態を指す医学用語であり、トランスセクシュアルの下位カテゴリーであるといえる。ただし、トランスジェンダーの当事者が、必ずしも自身の状態を「障害」「病理」として捉えているわけではないことに注意。

    最近SNS上で議論となっているトランスジェンダー排除(そこにはフェミニストも加わっているらしい)の問題を考える基本的な視座が得られたような気がする。自分のなかにもトランスジェンダーの傾向がなくはないという気もしてくる。

    □ クィア・スタディーズの基本的視座

    【差異に基づく連帯の志向】。個々の多様なマイノリティがその多様さを抑圧されることなく多様なまま連帯していくことを志向する。個々の多様なマイノリティが多様なまま肯定される社会を目指していく。

    【否定的な価値づけの積極的な引き受けによる価値転倒】。抑圧者によって否定的なイメージを付与されている語彙を敢えて自らに用いることで、自分たちのイメージを自分たちで定義する力を取り戻そうとする。

    【アイデンティティの両義性や流動性に対する着目】。マイノリティはマイノリティとしてのアイデンティティをもつことで、自らが置かれた状況を自覚することができ、同じ境遇の者たちとコミュニティを形成することができ、以て力のある政治運動を展開することができる。しかし、固定化したアイデンティティに縛られてしまうと、そのアイデンティティ自体が抑圧に転化してしまうという危険性に自覚的であろうとする。

    □ クィア・スタディーズの基本概念

    【パフォーマティヴィティ(performative)】行為が反復されることによって生じてくる最大公約数的な意味は、あたかもはじめからある本質のように見えてくる。と同時に、反復がズレや綻びを生むことによって最大公約数的な意味は変化し得る。則ち、不変的な本質に見えるジェンダーやセックスも、実は可変的な構築物である、ということ。「セックスは、つねにすでにジェンダーなのだ」。オースティンの言語行為論をデリダが批判した議論を、バトラーがジェンダーに応用した。

    【ホモソーシャル(homosocial)】

    【ヘテロノーマティヴィティ(heteronormativity)】身体的性と性自認が一致する人々によって「普通」に営まれる異性愛(恋愛、結婚、出産、子育て)のみが社会的に正しい性愛の在り方である、とする思想を批判的に捉えたもの。ホモフォビアやヘテロセクシズムを深化させた概念。

    【新しいホモノーマティヴィティ(homonormativity)】社会変革を志向せず、差別的で抑圧的なヘテロノーマティヴィティに無批判なまま、裕福な消費者として市場に阿り、新自由主義のなかで有利なポジションを獲得しようとする同性愛者の在り方を批判的に捉えたもの。セクシュアルマイノリティのあいだに分断を生み、「差異に基づく連帯」を否定するものとして批判される。

    【ホモナショナリズム(homonationalism)】社会変革を志向せず、差別的で抑圧的なヘテロノーマティヴィティに無批判なまま、体制順応的なナショナリストとして体制に阿り、国家のなかで有利なポジションを獲得しようとする同性愛者の在り方を批判的に捉えたもの。

  • LGBTについて、理解したいからこそ、この本を手にしました。

    たしかに、LGBTの歴史や知らない用語の意味は知れました。
    しかし、理解したように思い込む危険性をこの本から教わりました。

    私はこの本を読み、他人のことはわからない。わからないからこそ、わかろうと努力し続けることが大切だと感じました。

  • 仕事の関係で読みましたが、基本的な知識を得るにはちょうどよい内容でした。
    漠然としたイメージしかありませんでしたが、頭の中を整理しながら、読むことができました。
    しかし、外国の小説で登場人物が途中でわからなくなるように、横文字の分類に苦戦し、中々読み進みませんでした。

  • 性に関する議論は、概念の分類や問題の背景、新たな課題などが入り組んでいるため、一見するととても難解な分野であるように思える。一方で、一定の理解を示すことが求められているようにも思える分野である。だからなのか、差別をしていないことを標榜するための無知な「LGBT」言説があふれている。
    本書は「何が偏見なのか自分はわかっていないかもしれない」という不安を抱えた人の、「もっときちんと知りたい」という欲求にまさに答えてくれる。バトラーを読んで挫折しかけていた私にとっては、本当にありがたかった。読みやすい。
    今後、巻末の読書案内にたくさん助けられると思う。

    クィア・スタディーズに入門することはできない、なぜならクィア・スタディーズの内実をどこかに位置づけることこそが、先人達が批判してきたことだからだ。

  • 【書誌情報】
    著者:森山 至貴[もりやま のりたか](1982-) 社会学者(クィア・スタディーズ)、作曲家。
    シリーズ:ちくま新書
    定価:本体800円+税
    Cコード:0236
    整理番号:1242
    刊行日: 2017/03/06
    判型:新書判
    ページ数:240
    ISBN:978-4-480-06943-6
    JANコード:9784480069436

    最近よく見かける「LGBT」という言葉。メディアなどでも取り上げられ、この言葉からレズビアン、ゲイの当事者を思い浮かべる人も増えている。しかし、それはセクシュアルマイノリティのほんの一握りの姿に過ぎない。バイセクシュアルやトランスジェンダーについてはほとんど言及されず、それらの言葉ではくくることができない性のかたちがあることも見逃されている。「LGBT」を手掛かりとして、多様な性のありかたを知る方法を学ぶための一冊。
    https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480069436/

    【簡易目次】
    第1章 良心ではなく知識が必要な理由
    第2章 「LGBT」とは何を、誰を指しているのか
    第3章 レズビアン/ゲイの歴史
    第4章 トランスジェンダーの誤解をとく
    第5章 クィア・スタディーズの誕生
    第6章 五つの基本概念
    第7章 日本社会をクィアに読みとく
    第8章 「入門編」の先へ


    【目次】
    はじめに

    第一章 良心ではなく知識が必要な理由 
    「普通」という暴力/「良心」や「道徳」ではなく、なぜ知識が必要か/無知を手放さない、という欺瞞/「LGBT」とまとめることの過ち/「良心的」であれば「普通」を押しつけないのか/知ったかぶりの問題性/この程度まで知ってほしい基準/蓄積の強みを活かす/多様な性について知ることの魅力

    第二章 「LGBT」とは何を、誰を指しているのか 
    同性愛への誤解を解く/「生物学的に正しくない」はどこが間違っているか/レズビアン・ゲイという表現/バイセクシュアルとは何か/トランスジェンダーとは何か/トランスセクシュアル・トランスジェンダー・トランスヴェスタイト/「LGBT」を理解することから漏れてしまうもの/歴史から学ぶべき

    第三章 レズビアン/ゲイの歴史 
    「同性愛」はいつうまれたか/同性愛はいかに問題にされてきたのか/社会に取り入るという戦略/ゲイ解放運動/「エス」から「レズビアン」へ/「男の絆」から「男性同性愛」へ/「同性愛(者)は大昔から存在した」論の間違い/本当に同性愛(者)だけのだけの運動だったのか

    第四章 トランスジェンダーの誤解をとく
    どこまでさかのぼればよいのか?/同性愛者゠トランスヴェスタイト?/トランスセクシュアルという概念/フェミニズムの負の反応/ゲイ解放運動の誤謬/トランスジェンダーの普及/日本のトランスジェンダー概念史/まだクィア・スタディーズ前史である

    第五章 クィア・スタディーズの誕生 
    HIV/AIDSによってゲイが直面した問題/日本社会とHIV/AIDS/構造主義とポスト構造主義/デリダとフーコー/こうしてクィア・スタディーズは生まれた/クィア・スタディーズの視座/何がクィア・スタディーズに含まれるか

    第六章 五つの基本概念 
    専門用語は役に立つ/言語は綻びによってこそ可能になる/「男らしさ」「女らしさ」もパフォーマティヴ/バトラーとクィア・スタディーズの重なり/「男同士の絆」を問題化する/ホモソーシャルが女性を介する意味/ホモフォビアヘテロセクシズムヘテロノーマティヴィティ/よき消費者である同性愛者/同性愛者とナショナリズムの関係/基礎編は終了

    第七章 日本社会をクィアに読みとく
    本当に「同性婚」は可能になったのか/セクシュアルマイノリティへの差別を許さず、かつ同性婚を支持しないという選択肢/同性婚は平等な制度なのか/結婚か生活上のニーズか/パートナーシップ制度それ自体の意義/性同一性障害を問いなおす/性別違和を使う/金とセクシュアルマイノリティ/ゲイとトランスジェンダーの格差

    第八章 「入門編」の先へ 
    本書を振り返る/「けれども」を理解するために/「なんでもあり」ではなぜいけないのか/より深く知るために/「下ごしらえ」の重要性/軌道修正の能力・知ることの魅力 

    読書案内
    おわりに
    参考文献

  • 「LGBTの入門書」というよりも「LGBTを読み解くツールとしてのクィアスタディの入門書」。

    LGBT、という名前そのものが、4つの言葉の頭文字を取ったものであることからもわかるように、LGBT(やそれらを含むセクシャルマイノリティ)を語るとき、いろんな言葉が出てくる。
    そんな言葉そのものについての説明だけでなく、その言葉がどういう背景があってできた言葉なのか、またその背景がどう変わってきたのか含めて説明してくれる一冊。

    入門書なので、そこまで難しいことは書いてない。でも、それが理解できたのか、と言われると正直疑問な本でもある。
    ただ、LGBTというよりも性差やそれにまつわる社会問題を考えるとき、なんとなくモヤモヤしていただけのものを、うまく説明できるかもしれない言葉と考え方がすでにあるのかもしれない、ということは理解できた。
    少なくとも、ネットでそういう言葉が出てきたとき「ほんとにそういう理解でいいのかな?」と思ったら、この本を読み返せばいいかも、というくらいには。

    複数の性の人間が同じ生活圏で生きることが当たり前になった以上、性差についてまがりなりにちゃんと考えないとトラブルになるのは当たり前のこと。
    それを考えるための一助となる一冊でした。

  • 入門書として、こぶりでいい。読書案内も便利。歴史だいじ。でもぜんぶに首肯しにくい。ま、それもまた、いいことだなあ、と。

  • 分かりやすくキャッチーな図説ではなく、一定の読み応えのある(けど初心者向けな)書籍を探していたところ、当事者の知人に勧められて手に取った一冊。(求めていた粒度どんぴしゃりだった!知人に感謝……!)

    少し砕けた印象の語り口で、多少難解な記述(六章とか……)も大学の講義を聴く感覚でスルスルと流し読みできます。
    ところどころ、「おおっ!」っと唸ってしまうような、心にズバンと響いてくるような、絶妙な記述があるので、そういったものを探しつつ、読み物として、知的好奇心をくすぐる本として、気楽に読むにも向いている本だと思います。

  • 「良い新書は大学1セメスター分の講義である」

    最近の口癖。講義をベースに書かれている新書もあるのだから当たり前といえば当たり前である。

    読みやすいのに重要な点がちゃんと抑えられていて、復習を提供してくれると同時に、いつでも戻って参照できる基本が詰まっていた。巻末読書ガイドも丁寧でありがたい。こういう本に出会えるかが学びでは重要なのかもしれない。

  • ★2023年度貸出ランキング第16位★

    【本学OPACへのリンク☟】
    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/592205

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著者プロフィール

作曲家、社会学者。1982年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得満期退学。第22回朝日作曲賞受賞。第13・18・20回朝日作曲賞佳作受賞。大学院生時代には東京大学コーロ・ソーノ合唱団の学生ピアニストとして松本望氏の合唱組曲『むすばれるものたち』の初演に携わった。作品はBRAIN MUSIC、音楽之友社、教育芸術社、Pana Musica、カワイ出版から出版されている。現在、早稲田大学文学学術院准教授。社会学者として大学での研究、教育もおこなっている。

「2023年 『混声合唱とピアノ連弾のための組曲 いつか必ず光は』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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