情報生産者になる (ちくま新書)

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  • 筑摩書房 (2018年9月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784480071675

作品紹介・あらすじ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アウトプットした人だけにたどりつける世界がある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・情報が溢れかえる現代において、「新たな知」をいかに発信するか?数々の人材を輩出した「東大上野ゼミ」伝説のメソッド、公開!論文・レポートはこれ1冊でOK!多くの東大生が学んだ知的生産の教科書、4万部突破!!「わたしは情報生産者でもありますが、情報生産者を育てる立場にも立ってきました。上野ゼミの受講生たちから贈られるうれしいことばのひとつに、こんなものがありました。「上野センセは、わたしたちの中からまだ見ぬものを生み出してくれるお産婆さんみたいな存在なのよ」と。そのとおり、「まだ見ぬもの」は、もともとその人のなかに存在しています。(中略)グッド・ラック。あなたがほんとうに世に送り出したい情報を生産するために、本書がお役に立つことを願ってやみません。」(「Ⅵ 読者に届ける」より抜粋)

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

現代において「新たな知」を発信する方法を学べる本書は、特に論文やレポート作成において役立つ知的生産のメソッドを提供しています。著者は、数々の人材を輩出した「東大上野ゼミ」の指導者であり、受講生たちから...

感想・レビュー・書評

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  • 女性のラスボスと巷のどこかに書いてあったような上野千鶴子、の論文の書き方の本である。私の大学卒業論文執筆はかなり厳しめの男性指導教諭の工学部研究室であったので、書いた卒論には自信があるけれども、この本で書かれている社会学の論文執筆方法も大体同じようなものであった。

    アウトプットした人だけにたどりつける世界がある、と帯に書いてある。さらに続けて、情報が溢れかえる現代において「新たな知」をいかに発信するか?数々の人材を輩出した「東大上野ゼミ」伝説のメソッド公開!多くの東大生が学んだ知的生産の教科書。論文・レポートこれ1冊でOK!また、知的生産のエッセンスをこの1冊に凝縮!! とある。

    この本は大学で論文特に卒業論文レベルを真面目に書く人のための本で、そこに上野千鶴子という厳しい大御所の先生はどのように指導しているのかというのが気になったことと、またこぼれ話が聞きたくて読んでみた。得られることは色々あったが、これから情報生産するために論文を書く予定はないし、一度論文を書いてかなり大変な作業であったので、今後特別なことがない限り、卒業論文レベルの論文は書くことはないと思うので、この書物は追体験に過ぎなかった。ただ、卒業論文レベルの論文にも程度の差がかなりあったし、私が書いたのも20年以上前の話だ。論文の書き方の基本は変わってない。論文を書くことが仕事の人もいるのだと思うと、論文を書くことに見切りをつけることもない。

  • If you don’t speak out, you don’t exist!
    で、発言をしないと自分の講義では欠席扱いの上野先生。社会科学における研究論文とは、どのように書いていけば良いか。先ずは問いを立てること。自明性の世界で思考停止をしている人には、疑問や違和感のようなノイズは発生しない。問いは何だって良い。剽窃はするな。アダルトビデオの文化史を書いた学生がいて、そのオリジナリティは高く評価するという上野先生。

    インタビューの仕方について。

    インタビューは議論や反論の場ではない。相手の言うことに同意できなくても相槌を打ちましょう。相槌は同意ではありません。相手をよりよく理解するようにしましょう。何が大事な話かは、話し手自身が決めます。調査の主題と一見関係なさそうなことを相手が話し出しても、遮らないようにしましょう。

    このスタンスは中々難しい。流石、自ら言っていたが、だてに教職に長く就いてないと。

  •  この本を学生の時に読んでいたら、挑戦しがいがありそうだと真剣に研究者を目指したか、こりゃ無理だとますます尻尾巻いて逃げる方向に拍車がかかったか、体の向きがどっちに傾いたかはちょっとわからない。けど、研究って、論文ってなに?状態で五里霧中の四苦八苦だったあのころに、こんなに明晰でしかも自信たっぷりなノウハウ本に出会っていたら、ありがたく吸収しただろうことは確実!と思った。
     とはいえ、同じようなことは先生も先輩も言ってくれてた気がするが、みんな優しかった⋯。私は何より土台がゆるゆるなのでそこから⋯。

     備忘メモ。
    ・ノイズから問いは発生する。
    ・答えの出る問い、手に負える問い、検証のためのデータアクセスが可能な問いを立てる。
    ・問いとは常に「わたしの問い」。論文の中立性、客観性など神話に過ぎない。
    ・(引用)主観的な問いに、経験的な根拠を示して、有無を言わせぬ結論に導くのが、経験研究というものです。
    ・(引用)質的データを徹底的に帰納分析し、データそのものに語らせる⋯⋯エビデンスにもとづいた経験科学として質的データを有効利用することができれば、たとえどんなに事例数が少なかろうが、それをもとに、確実にこれだけのことは言えると主張できるはずなのです。
    ・KJ法の説明のなかに、「曼荼羅図」が出てきた!
    ・概念(concept)の語源は「孕む」。

  • 読みたいと思いつつ、先延ばしになっていた本をやっと読む。380ページと新書にしてはやや厚いが、書き方の指南だけあって、読みやすく、構成も抜群で、情報が頭に入りやすい。
    流石です。

    KJ法の発展型である「うえの式質的分析法」が詳しく説明されていて、昔書いた卒論とやり方が同じなので懐かしかった。卒論で行ったマトリックス法はいいやり方だったのだなーと感慨深い。

    それにしても、お礼の仕方やら、コメントへの返し方やら、ホントに微に入り細に入り、教えてくれて、上野千鶴子って情の深い人だ。(こんなこと書くとメチャクチャ叱られそう笑)

    書くこと、書きたいこと、書くべきことの責任を負うことの面白さも知ることができた。

    一度ちゃんと知りたかった論文の書き方を知ることができた満足感で読後の充実度すごく高い。

  • 情報生産技術及び大学教育スキルが詰まった良書。女性学、当事者研究、構築主義やフーコーの言説等、社会学の入門書としても秀逸で、上野先生上野ゼミ出身者の研究書・論文のアドバルーンにもなっており、上野先生が書き手として、そして教育者として世に文章や学生を送り出した後の責任も自覚しながら執筆されていることが伝わってくる。紹介されるジェンダー研究や当事者研究を本格的に読んで学びたくなる。『論文の教室』の書籍案内からたどり着いたが、論文執筆スキルとして研究方法データ集積・分析(調査)方法やコメント方法が特に専門的。 

    ジェンダーについてちゃんとした専門書を読んだことがなかったため、なぜLGBTQと性を多様としながら、『女性学』なるものがあるのか不思議だった。しかし本書を読んで「女性」を自認する女性たちの当事者研究だったのか!と目から鱗。上野先生が社会学雑誌への投稿ではなく自ら雑誌を創刊して論文投稿した話を含め、「女性学」から出た問題提起や作り出された概念(+それにより生み出された現象)が現代のジェンダー意識として常識化=公共財化していることの意味を痛感。脱構築やジェンダーという切り口の面白さを実感することができる。上野先生のゼミ生になりたくなること間違いなし。本書の正統読者は大学に所属する論文執筆者だが、50歳以上の生涯学習大学でのゼミのエピソードが含まれていることからも、本書は情報生産したい、あるいは生産者から消費者に情報を届けたい、全ての意欲ある読者が満足する内容だと思う。

  • 『情報生産者になる』上野千鶴子氏

    1.購読動機
    上野さん執筆の記事を通じて、
    ①どんな授業なのか?
    ②どんな思考なのか?
    を知りたかったことからです。
    そして、さらに
    ③情報消費→生産の変化に必要なことは何か学ぶためです。

    2.結論
    ①なぜ情報生産者なのか?
    ずばり、そちらの方が楽しいからと記載あります。
    ②どの分野で目指すのか?
    自己の関心があること。
    情報にリーチできること。
    解決できる、回答に辿りつけること。

    3.最後に
    8割は、論文を書くに関することです。
    しかし、上野氏がタイトルに情報生産者になるを選択したにはわけがあります。
    それは、長年、学生にそのテーマで教えつづけた自負、そして今社会に必要とされるスキルだからです。
    本。比較的に読むほうです。
    こちらの書籍の日本語は『綺麗でした。』
    それは、書き手上野氏が読み手を意識して執筆していることが後書きからも読み取れます。

  • 論文を書く段階ごとに内容が進んでいくので必要な時に必要な箇所を再度読んで参考にしたい

  • 研究のしかたをきわめて具体的にノウハウ開示してくれている本。すみっコぐらしの中高年でももしかしたら今からでも情報を生産できる人間になれるんじゃないかと、目がひらかれる思い。
    ちゃんと勉強してこなかった自分にとってとてもためになった。

    P009 もはや勉強ではなく学問(学んで問う)ことが必要です。つまり正解のある問いではなく、まだ答えのない問いを立て、自らその問いに答えなければなりません。それが研究(問いを極める)というものです。

    P016 情報とは、システムとシステムの境界に生まれます。複数のシステムに股をかけたり、システムの周辺に位置したりすることは、情報生産性を高めます。

    P022 その分野で何が問われてきてどこまでが明らかにされているかというreview essayは研究の前段階にすぎません。

    P023 情報が相手に伝わらない責任は、もっぱら情報生産者にあります。もし誤解を生むとしたら、その責任も専ら情報生産者にあります。その点で研究という情報生産の特徴は、詩や文学のような多義性を許さない、という点にあります。

    P025 わたしは学問を、伝達可能な知の共有材と定義しています【中略】わたしは研究者を、アーチストよりはアルチザンだと考えています。 

    P037 情報生産者が立てる問いは、第一に答えの出る問いです。(×「人生に生きる意味はあるか?」〇「どんな時に人は生きる意味を感じるか?」)

    P065 批判はいつでも、後から来た者(late comer)の特権だからです。

    P077 「キミの研究の仮説は?」と聞かれてうまく答えられなかったら「仮説生成型です」と答えればよいのです。

    P093 時代区分を60年代、70年代、80年代というように十進法で区分するのは最低です。時代区分には画期となるepoch-making指標indexを用います。

    P102 問題が問題になるのは、現状に満足できない誰かが、それを問題と言い立てるからにほかなりません。ですから問題には必ず「宛先addresse」があります。

    P124 「孤独死」に先立つ「孤立生」は家族のいないシングル男性問題とも言えますが、他人と交わらない、助けを求めないのは彼らの選択でもあるので、当事者が問題とみなさないことに「解決」が必要かどうかはわかりません。そうなれば、「孤独死」はますます「死ぬ側」の問題ではなく、迷惑をかけられる周囲、すなわち死なれる側の問題だ、ということになるでしょう。

    P138 参与観察とは、その場に入り込んで同じような経験をしながら、観察の結果得られたデータをもとに記述する方法を言います。

    P149 研究の時間とエネルギーの配分から言えば、研究計画書からデータ・コレクションまでがほぼ半分、残りの半分は分析と論文執筆に充てる、つまり情報のインプットに1/2、アウトプットに1/2くらいのつもりでいたほうがよいでしょう。

    P136 言語情報には、1)語(Word)2)言説(discourse)3)物語(narative)の3つの次元があります。【中略】言語情報とは言説の集合、それを文脈化して物語を紡ぐのが「論文を書くということだといってもかまいません。なぜなら論文とは言語作品だからです。

    P170 のちに脱文脈化するために、情報をユニットに分解すること。これを情報ユニットの生産と言います。【中略】1時間半から2時間の面接調査で生産される情報ユニット数は100から150、話が弾んで情報量が多いなと思っても200が限度です。

    P193 およそ100から150ユニットの情報処理の結果、得られるグループ数の経験則はなぜだか20から30内に収まります。おそらくそれが、目と手で情報処理する人間の身体的限界なのかもしれません。
    経験則とは面白いもので、なぜそうなるかはよくわからないが、何度やっても結果的にそうなる、という傾向のことを言います。社会学にはインフォーマルグループについての小集団研究がありますが、なぜだかその最大サイズは15人、それを越すと集団は二つに分解する傾向がある、とわかっています。

    P240 研究のアウトプットとは、根拠に基づいて発見を示すことですから、基本は結論先取り、AはBである、なぜならば・・という書き方をします。【中略】論文のコミュニケーション技術とは説得の技術であって、共感の技術ではありません。

    P287 「しろうとにわからないことは、くろうとにもわからない」説明不足や論理の飛躍、過度な一般化などは、どんな読者にも見抜けます。

    P291 内在的コメントと外在的コメントとを区別するのが役に立ちます。【中略】外在的コメントには「あれがない」「これが触れられていない」というものがありますが、いちいちまともに取り合う必要はありません。「あれがない」とは、翻訳すれば「オレの知りたいことが書かれていない」と同義のことが多く、それってあなたの問いでしょ、あなたの問いに私が答える責任はない、と言い放てばそれでよい。裏返しに言えば、コメンテーターとは、まず論者の立てた問いを共有したうえで、その問いの射程の中で、よりよい答えを出すお手伝いをする役割です。

    P297 コメントは、コメントする側と受ける側、両方に立つことが大事です。

    P300 ディフェンス力とは、自分の主張を通すためのスキルです。適切なコメントならありがたく採用したらよいし、そうでなければ反論し、場合によっては突っぱねる・・当たり前のことです。これもまた場数を踏むことによって培われる能力です。

    P361 読者には正統な読者と非正統な読者とがいます。正統な読者とは、その人に充てて読んでもらいたいストライクゾーンど真ん中の読者。非正統な読者とは、直接宛先にしたわけではないがたまたま立ち聞きした読者のことです。正統な読者がどんなに少数派でも、読者の宛先が鮮明に見えているほど、非正統な読者もまた「立ち聞き」から心を動かされる・・書物とはそういうものです。

    P368 無能なあなたもプロデューサーになれます。有能な誰かを使う能力さえあれば。但し自分がほしいまだ見ぬものが何か、がわかっている必要があります。いわば夢を見る能力、それだけでなく夢を形にする能力と言ってもよいでしょうか。

    P370 最後にプロデューサーになることを追加したのは、情報生産者は、同時に自分自身のプロデューサーでもなければならないからです。

    P371 「まだ見ぬもの」とは、もともとその人の中に存在しています。それにかたちを与えてこの世に引き出すのが、教育者の役目です。

  • 必要に迫られて・・。
    論文を書く必要のある方。研究者のための本。
    なのか。

    ①オリジナリティとは何か。
    今までにどんな問いが出て、
    どんな答えが出たのかを知っていなければ、
    オリジナリティは出せない。
    そりゃそうだ。

    ②論文は結論先行型で。

    ③引用の仕方。
    他人の考えと自分の考えを区別し、
    その違いが分かるような書き方をする。
    すごい人のすごい論文なんか(先行研究のため)
    見ちゃうと、その文体などが乗り移っちゃう
    っていうの、分かるなあ。
    太宰治が好きで、太宰治みたいな
    文体になっちゃう、っていうのと
    同じかな。
    でも、論文においては
    文体がにているというだけで、
    考えや研究していることが違うのであるならば
    そこはよし、の範囲なのだろうか。
    よし、の範囲であってほしい。
    じゃないと全部借り物になってしまうではないか。

    音楽や小説など、芸術的なことは難しいよね。
    線引きできない。
    ミスチルが好きだったら、どうしたって
    作ったものもミスチルっぽくなっちゃいそうだもん。
    ああいう分野で新しいものを作っていく
    オリジナリティを出していく方々は
    本当にすごいと思う。

    論文は
    9割借り物
    1割オリジナル
    でよいといった人もいるそうだ。
    まあ、ほんのちょっと変えるだけでも、
    十分に研究としては通用すると思う、
    そのオリジナルな部分が
    本当にオリジナルでなければならないのだろうが。
    借り物、を自分の中で
    どこまで消化するかも
    大事だな。

  • いつぞやの東大入学式での祝辞が評判になって以来、いつかは上野千鶴子さんの著作を読まないとなあ、と思いつつ人気作品は図書館で待ち行列が長かったので、それ程待ちが長くなかった本作品から読んでみた。学会コミュニティにおける知的活動の何たるか、の雰囲気は良く分かった。社会人向け公開講座には興味があったけど、こんなに厳しいのだったら遠慮しとこうかな、と思うくらい厳しそう。。


    P029
    わたしは義務教育以降の国語の教科書の大半が、文学者の作品で占められていることにうんざりしています。散文のみならず韻文も含めて、どのようにも「解釈」し、「鑑賞」できる多義的な文章を、しかも文学青年くずれの国語教師が講じるのは、言語教育としてまちがっていると思います。

    P339
    「生きるのに、遠慮はいらないわよ」
    (末期ガンの高校教師山田泉さんへの言葉)

  • 大学教育の場での論文の書き方や、そのトピックを如何にして抽出するか。論文発表の場でのプレゼンの仕方までを網羅する。

    論文のトピックを選ぶときに、漠然としたもの曖昧としたものを選んではいけない。より具体的で、前例のないものが良いと言う。確かに、日本人や日本史、江戸なんていうタイトルは範囲も広いし、自分よりも優れた先行者が何人もいるかもしれない。

    一次情報に従った論文や根拠は、仕事でも大切だと思う。勿論、メタ情報や二次情報も立場によっては、どうしても取り組まなければならない課題があったなら必用になるだろう。それでも、一次情報に依るところは大いにあると思う。

    新しい付加価値を作り出していくって、大変だけどやりがいがあるのだろうと思う。著書のゼミは大変そうですが。

  • 4月から大学院に通うのだが、背筋が伸びるとともに実用的で事前に読むことができて良かった。自分が学部時代に師事したゼミと上野ゼミの雰囲気(輪読、ゼミ合宿、指導方法)が似ていて、懐かしく感じた。

  • アウトプットの方法をきちんと学んだ事がなかったので、タイトルに惹かれて手に取った。
    文系の研究や論文を舐めていた部分もあったが、反省。目から鱗だった。論理の整合性や概念の定義、自分の考え・他人の考えの差別化、問いへの答えになっているか等々、、上野ゼミは大変そうだが、こんなに鍛えられて羨ましい、とも思った。こんなに自分の知識を惜しみなく与え、全力で育てようとしてくれる教育者にはなかなか出会えない。

    この本を読んで印象に残ったのは、「問い」を立てること、批判的検討、情報の分析。
    ・問いを立てる
    情報はノイズから生まれる。当たり前のことも、知らないことも、ノイズにはならない。当たり前を当たり前にしない。知識をつけ、知らないことを減らす。常に異なる環境に身を置き、違和感、疑問を感じよう。問いが生まれたら、先行研究を検討し、既存の問いではないかを調べること。
    ・批判的検討
    筆者の論説には説得されてしまいがち。常に批判的に読もう。内在的コメント→論理の不一貫性、構成、説得力など、外在的コメント→欠けているもの、致命的なもの、あったほうが良い視点など
    ・情報の分析
    質的データの分析はKJ法で。脱文脈化→文脈化。言説を同じor違うで分け、ラベリング、矢印で物語化、接続詞をつけて構成する。

    今後研究して論文を書く機会はないかもしれないが、業務での問題抽出、解決において応用できるのでは?

  • 研究論文を書く人たちを主対象としているのはすぐに分かったが、いやきっとそれだけではないに違いないと手にしてみたら、その通り。上野ゼミでビシバシしごかれている疑似体験をしつつ、これは研究論文以外にも応用がきくだろうなと頷くところがあちこちに。これは仕事にも使える!と書くのが多分まっとうな社会人のやることなんだろうが、仕事以外のことへの応用ばかり思いついてしまう。我ながらまっとうだな、とひとりごつ年末。

  • 問いを立てることが情報生産の第一歩。
    当たり前が通じない環境で自分を磨きたいと思った。
    上野さんが言うように、情報を使うよりも情報を生産する方がもっと魅力的なことかもしれないと思った。

  • 論文のテーマ決めからインプット、アウトプット、そしてその出版までを書いた一冊。
    まだゼミにも入ってないから卒論のことを考えることは少ないが、文献が多くあれば書きやすいという認識は間違っていて、自分がパイオニアになって一次情報をもとに論文を仕上げるべきだとわかった。そのためにはcommon Themeであっても、切り口や着眼点を変えることが大切。

  • 上野千鶴子の教育歴と教育方法論はわかる。ただし著者個人の来歴と方法論とが、語りの中で分かち難く結びついており、それゆえに「透明な方法論の本」としては読み難い。上野千鶴子さんに言わせれば「そんなものあるわけがない」という一貫した姿勢を披露されるのであろうが、その一貫性は、あんちょこ本を書くのには必ずしも適していない。かつて遥洋子が書いた上野千鶴子教育本の方が、上野千鶴子の方法論の深いところを抽出できていたように思う。社会学教育を受けた人間にとっては基礎教養となる多くの参照も、それは上野千鶴子が社会学に詳しく、それらしいことを言いやすいから引かれているに留まっており、「それ参照してもいいけど、あまり議論の役に立ってないよ」「単にこの本が無意味に厚くなっていくだけだよ」と感じることが多々あった。普段ならば社会学的な言葉と上野さんの生涯とが緊密に連携しあって説得力を編み上げていくところが、この本のコンセプトを実現するにあたっては驚くほど機能していないのが無惨である。

    上野さんには、梅棹忠夫や川喜田二郎の名を出すのであれば、その二者の新書が長く読み継がれるだけの理由についても、自著を書き下ろすにあたって考えて欲しかった。私は日本語圏の中では相対的に上野千鶴子の社会学およびジェンダー論文脈について親和的な思考習慣を持っているほうだと自認しているけれども、それでもこの本は上野千鶴子の著作の中でも「駄本」の方に属すると思われる。

    ただし、時折出てくる学生の「自分だけの主題」を見出そうとする流れを報告するくだりは、やはり名物教員、素晴らしいものがあった。本全体の中の割合で言えばささやかな分量であるが、そうした事例を書き残せたと言う意味で世に出たこと自体は祝福したい。

  • 文章・論文などを書く時に参考になります

  • いつも学びを大切にしたいと考えていて、何か自分の研究になればと思い、今まで研究計画を立てようとするのだが、いざ机に付くと、今思っている事を言語化するのにどうしたものかと途方にくれる時が多々あった。もっと早くこの本に出会っていたら、きっと私は退職し、研究者として大学院に進んでいたんだろうな…。と読了後しみじみ思った本。アウトプット大全を読んだ後だからなおのこと思ったのかも。

  • タイトルからすると軽い内容かと思いきや、わりと本格的な研究に関する指南書だった。順序を追って説明してくれる。レポートや論文を書く前に読みたい一冊。

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著者プロフィール

東京大学名誉教授,NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長

「2024年 『挑戦するフェミニズム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

上野千鶴子の作品

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