- Amazon.co.jp ・本 (478ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480072634
作品紹介・あらすじ
シラバス、PDCA、KPI……。大学改革にまつわる政策は理不尽、理解不能なものばかり。なぜそういった改革案が続くのか? その複雑な構造をひもとく。
感想・レビュー・書評
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大学改革の目的は一体何だったのか?大学改革ということそのものが目的になった壮大な国を挙げての「改革ごっこ」の愚かさを著者は怒りを持って吠えている!という感じ。同感するところ多く、痛快な切り口に快哉を覚える。大学改革でシラバス、PDCA,KPI,「選択と集中」、ルーブリックなどの用語があたかも万能の小道具のように文科省が主張し、それを大学に補助金、検査、自己点検などの場面において強要している。しかし、シラバスは米国のものとは似ても似つかぬお仕着せの和製・画一化されたものであるし、PDCAもまた、日本の産業界で導入されたものが、果たして大学に有効なのか、マイナスなのではないかという検証も杜撰!日本の大学の低迷、迷走は正に文科省の誤った方向性にあることを痛感する。これから日本の大学は、そして若者は、未来の日本そのものがどうなるのか?と不安になる。グローバル大学を目指せという文科省の発破の一方で、大学の自由な改革を邪魔する行政という相互の不信感がある限り、有効な改革が出来るとは思えない。しかしこの本に関して言うと怒りのあまり些か筆が進みすぎ、で大部の新書になってしまい、しつこい感じが否めない。
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いやあおもしろかった。もう大学改革がどうとかこうとかより、いまの会社の状況がそのまま当てはまって、なんかモヤッと思っていたことを言語化していただいてスッキリした感じ。「事なかれ主義」、そしてどうせ言ってもムダだろうという「無力感」。どこにでもあるんだろうなあ。なんか反対意見でも言おうものなら「大人げない」「大人の事情だからしかたない」などなど。それでも立ち向かっていくのだあ、、、と思いつつ、「まあいいか」となってしまう日々。忙しさにかまけてしまううちに「おかしいな」と思ったことをつい忘れてしまう。その繰り返し。それから、もう一つ。とにかくカタカナ言葉やアルファベットの頭文字による略語が多い。PDCA、KPI、エビデンス、コンピテンシーほかにもいっぱいあるけど、本書に何度も登場するこういう言葉、我が社でもたびたび耳にする。「開化先生」的というのか。しかしだ、本書も説明にたくさん登場して、もうEBPMだかPBEMだか何が何だか。シラバスについてもいろいろ思いはあるが、アメリカ式が良いと決めてかかるのも「開化先生」的ではないのか。アメリカの大学がいいとか、フィンランドがいいとか、みんないいとこだけ見て、ちょっとした自分の経験からものを言ってるのではないのか。エビデンス、エビデンスってうるさい!それほんまにそうなん。一部だけちゃうん。などなど、ちょっと興奮して迷走してしまった。でも、ほんと「よくぞここまで言ってくれました」と著者に感謝です。でも、多くの人に読んでもらわないと意味がない。どんどん宣伝したいけど、私のTwitterの能力では、無理やなあ・・・
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30年におよぼうとする大学改革の掛け声にもかかわらず、いっこうにその実があがらないようにも見える大学改革について、その実態を批判的な観点から明らかにしている本です。
シラバスやPDCAサイクルの導入などの実例について検討をおこない、それらが「改革ごっこ」や「経営ごっこ」にすぎないということが、ていねいに説明されています。こうした著者の議論を読み進めていくと、「どっちを向いても茶番」という気持ちになってくるのですが、本書の後半で著者は、オーリン・クラップという社会学者による、社会を舞台に上演されるドラマの登場人物が「英雄」「悪漢」「馬鹿」の三種類に分類されるという説を紹介して、わかりやすい悪役を仕立てあげるドラマ的な大学改革の見かたそのものに反省の目を向けなければならないと論じています。こうした著者の議論にしたがうならば、「どっちを向いても茶番」といったような冷笑的な態度で大学改革の問題点を理解したような見かたに終始していることも、ほんとうの問題点をさぐり大学のあるべきすがたを追求しようとする姿勢とは相反するというべきなのでしょう。
本書には大学改革のあるべき方向性が具体的に示されているとはいえないのですが、むしろ「あるべき方向性」を性急に求める態度が、わかりやすいドラマ仕立ての改革案を生み出し、よりいっそう大学改革の迷走に拍車をかけることになるのかもしれません。必要なのは、問題をいっきょに解決するような斬新な解決策などではなく、個々の問題に対して個別的な対処をそのつど実行していくようなピースミール的な改良策であり、そのためには著者のように大学のあるべきすがたについて真剣に考えるスタッフが、それぞれの置かれている立場での活動をおこないやすくするようにサポートしていくことが、迂遠であっても正しい大学改革の道筋なのかもしれません。 -
実に精緻なデータの分析によって、いかに日本の高度教育が「大人の事情(=無理が通れば道理がひっこむ)」によって、さらには大学側の面従腹背によって混迷を極めてきたのかが語られ、本書が正に行なっているEBPM(Evidence-Based Policy Making)、そして過去の失敗から学ぶことの重要性が指摘される。
過去の失敗から学ぶには公文書の丹念な精査も必要となるわけだが、それが改竄されてしまうのがこの国の力量なわけで、暗い気分となる。
後書きでは新島襄の言葉が紹介される。
一国を維持するは、決して二三英雄の力に非す、実に一国を組織する教育あり、智識あり、品行ある人民の力に依らざる可からず、是等の人民は一国の良心とも謂うべき人々なり
教育なき国に良心は育たないのだろう。 -
指摘には首肯するところ多いものの、冗長。
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ボリューム抜群。
シラバスの形骸化、PDCAサイクルの濫用など、昨今の大学の問題点が書かれている。 -
シラバス、PDCAサイクル、エビデンスなどなど……実のない変化を追い続け、実がないのに結果を求められることのウンザリ感を余すことなく語り尽くした一冊。
PDCAサイクルまでは面白かったのだけど、何がウンザリってさあ……と止まらず進んでいってしまう所に、段々付いていけなくなった(笑)
まぁ、PDCAってそんなに強調するほど目新しいことか?と改めて言われると、そうですよね、とはなる。
責任の所在がハッキリしない、主体性のない人々の集まりが、教育に主体性を求めることの矛盾もね、この情勢の最中で見えてくることからも、ホントそうですよねー、って思う(笑)
けれど。
現場では、ウンザリしますわー、では終われないのでしょう。
先生も、生徒も、それらを軸にした多くの場所や人が、関わっているから。
決まったことに声を上げていくこともそうだけど、決まったことをどうやっていくかも、併せて考えていかざるを得ないんだろうな。