障害者差別を問いなおす (ちくま新書 1489)

  • 筑摩書房 (2020年4月8日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784480073013

作品紹介・あらすじ

「差別はいけない」。でも、なぜ「いけない」のかを言葉にする時、そこには独特の難しさがある。その理由を探るため差別されてきた人々の声を拾い上げる一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 書評『障害者差別を問いなおす』荒井裕樹著 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)
    https://dot.asahi.com/ent/publication/reviews/2020061900050.html

    Book Review:『障害者差別を問いなおす』 評者・新藤宗幸 | 週刊エコノミスト Online
    https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20200616/se1/00m/020/011000c

    筑摩書房 障害者差別を問いなおす / 荒井 裕樹 著
    http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073013/

  • 差別について考える時、いつも浮かぶ私の実体験がある。
    昔、3歳の娘と手を繋いで歩いていた時、向かいから黒人の方が歩いて来てすれ違った。娘は明らかに顔をしかめて通りすがり際にその方を避けて、ウェッ だったか なんだったか 侮辱的な反応をした。

    私は ただただ ビックリして 落ち着いて娘と話ができる場所で先ほどの行為がどれだけいけない事なのか 混乱しながらも一生懸命幼い彼女に説明した。

    3歳の娘はテレビ以外で見る初めての黒人が奇異に感じて反射的にそういった反応をしてしまったんだろう。「知らない」という事の恐ろしさ。そこから始まる差別的感情についてずっと考えていた。多くの差別は無知から始まっていると思う。障害者について考える時も私達は「知らない」からどう対応したらいいか分からないのだと思った。

    だから、住む世界を分けるのではなく、一緒の社会でと思っていた。ただ重度障害者のリアルを知らない私が理想を発言したって浅はかでただの馬鹿だ。

    紹介されている「しののめ」の詩に胸が詰まる。
    これぞ障害者のリアルな感情だと思った。健全者だって心を痛め人生がままならないことがあるけれど、やはり経験体験実感できない感情だ。そこにどうしても大きな深い分断がある。私はあなたに決してなれない。

    私達は対立する。しかし対立は、暴力を伴わなければ決して悪いことではない。違いと分断を自覚と理解をしながら対立して主張し合っていく事ではないかと思った。私も女という性というだけで実社会ではまだまだマイノリティだが、弱者側が大人しく我慢し続けた事で今の世の中がある。将来の子ども達の未来の為にきちんと主張し合っていく事が大事だと切に思っている。

  • 障害者、特に脳性まひの青い芝の会という団体が戦後、何のために、どういう行動を起こし、それが現代にどのようにつながっているのか、解説している本だ。

    新書で専門用語も使っていないので読みやすい

  • 青い芝の会と相模原事件を軸に、障害者差別や人権といったところを、考察しています。
    文学専門の方だからか、文章がとても適確で、読んでてスカッとします。
    内容もむずかしくないので、たくさんのいろんな人に読んでほしいなと思います。

    「障害者も同じ人間」この言葉がもたらす意味を、この言葉を発する時の本当の意味を、深く考えさせられました。

  • ※このレビューでは「障害」を「社会構造の側にある問題」と捉える考え方に沿い、「障害者」という表記をしています。


    昨今の社会的なトピックを目にするうちに個人的に学ぶ必要性を感じたことがあり手に取った本。

    障害者差別を問い直す、というタイトルだけれど、この本では「日本脳性マヒ者協会 青い芝の会」の活動が中心となっている。
    どれだけ差別問題に関心がある「つもり」で、自分は差別に加担しないように心がけている「つもり」でいても、彼らの語る「健全者」としてこれまでの人生を過ごしてきた私は、これまで無自覚に彼らに向けていた眼差しを彼ら自身の言葉によって自覚させられ突き返される。彼らの眼差しによって自分自身が障害者差別の当事者なのだと思い知らされる。背筋がひやりとする。「健全者」とは〈マイノリティの側からレッテルを貼り返すための言葉〉とは実に的確な表現だと思う…。

    正直彼らの活動や発言の全てに賛同することは難しい(特にジェンダー観と生殖に対する意識のあたりには全く同意しない)。けれど彼らの活動がなければ変わらなかったものも多かろうと思う。主張の根底にあるものは理解できる、という部分についても、そこまで極端な言葉、強硬な手段に訴えることはないじゃないかと思ってしまう面がある。ただそれはトーンポリシングにあたるのかも知れなくて、彼らだけの問題ではなく、そこまでさせた社会の側の問題とも言える。それでもなおやり方……という感情がつきまとう。難しい。

    一度目を通しただけでは明確に言葉にしてまとめられる気がしないので、マーカーを引いた場所から幾つか抜粋して並べておく。

    ・「マイノリティ」「マジョリティ」とは、その社会や共同体への帰属意識と違和感の濃淡の差を示す言葉
    ・「マジョリティ」とは「葛藤を伴うことなく、自分のことを『大きい主語』で語れる人」
    ・「マジョリティ」は、自分自身の価値観や考え方といった「個人的な見解」を「大きな主語」に溶かし込むことができてしまう。そうすることで、あたかも「一般的な見解」であるかのように語ることができる

    ↑上記3項はあらゆる差別に対して言えることだなと。

    ・障害者への「優しさ」や「思いやり」といった感情それ自体が「差別」
    ・あるいはこうした感情が「差別」を助長したり見えにくくしたりする
    ・青い芝の会は障害のある人とない人とが「仲良くする」「互いにわかり合う」といった考え方も拒絶した
    ・現状の社会において、両者の関係性が決して対等なものでない以上、障害者の側に「わかってもらうように努力すべき」「歩み寄って仲良くしてもらうために我慢すべき」といった圧力がかかることが明白だから

    ↑同時期に読んだ「いのちを選ばないで」の中に知的障害を持つ方に対する支援について「哀れみの政策ではなく彼らが生まれながらにして持っている人格発達の権利を徹底的に保障しなければならない(要約)」という言葉があって、通ずる部分があるなと思った。
    (本書の中にも〈恩恵を施す慈善的態度〉を批判するくだりがある)

    ・誰かに対し、「生きる意味」の証明作業を求めたり、そうした努力を課すこと自体、深刻な暴力である
    ・割り切れない事情を力任せに割り切って「解決」させるような発想は、弱い立場の人に我慢や沈黙を強いたり、そうした「解決」に馴染めない人たちを排除したりする方向へと進みかねない

    ↑差別が根強く残る現代社会を生きる当事者として、強く意識したい言葉

    立ち返って序章から
    ・私たちの社会は「障害者差別」を「解消」することを法律として掲げた
    ・議論し続けることを社会の約束事として共有した

    現代を生きるひとりひとりが当事者として考え、議論し続けるしかないのだと思う。その手がかりとして考えるヒントが本書には多くちりばめられている。

  • 『障害者差別を問いなおす』は、差別はいけないと誰もが思うけれど、なぜいけないのかを深く考えさせてくれる一冊。当事者の声を徹底的に伝え、差別的な言葉や考えがその人たちの「生きること」をどう侵害するかを具体的に示してくれる。読んでいると、自分の中に無意識に内面化していた差別意識と真正面から向き合わざるを得なくなり、胸にずしんと響く。社会の仕組みや文化だけでなく、自分自身の考え方を問い直すきっかけになり、読むほどに考えが整理される。障害のことをもっと知りたい、差別について深く考えたい人におすすめの一冊。

  • 自分の中の差別を痛快に指摘されました。
    生きる意味の証明、障害児を殺してしまう親への批判、愛と正義の否定を書いた行動網領の趣旨、とても新鮮であり、特に青い芝の会の弁論は昔のものであるはずなのに新鮮で現代の世論はそれを議論するのに追いつけてないと私は思っているので残念に感じました。
    車椅子の優先利用や名古屋城のエレベーターをつけるかつけないかで揉めてますがこの本を読んでから議論のスタートラインに立てる気がします。

  • 正直バスの問題では、過激だなぁ…とばかり思ってしまったが、「過激にならざるをえない」という社会の実際がある。「他人が他人を決めつけてはならない」当たり前のことなのに、守られない。
    障害者、ほかマイノリティに向ける「優しさ・愛情」自体が差別感情であることが、広く認識されるといいと思う。

  • 一言で言うとめちゃめちゃ考えさせられる本です。
    健常者の意見を聞いたあとに反発した障がい者の意見を聞くと納得する反面、頭がぐちゃぐちゃになります。
    あとがきで作者が述べていましたが、この本に障がい者差別にどう対応していくべきなのか答えは無いので結局自分で考えなければならない問題になります。
    正直しんどいです。3日くらいこの問題について考えふけってしまいそう。

    このような障がい者差別等の問題は様々な視点からの意見があり、一概に自分の個人的な意見や感想をこの場で安易に発言することはできないので興味ある人は是非ご自身で読んで欲しいと思います。

  • 主に脳性マヒの障害者差別について、「青い芝の会」の活動の歴史を紐解きながら’差別とは何か’を問う。
    障害者は可哀想という自分の意識がどうしても残ってしまう。私も差別意識とは無縁ではなかった。
    青い芝の会の抗議と国・自治体の態度を思うと胸が熱くなる。いや、「感動ポルノ」ではダメなのだ。

    車椅子でバス、優生保護法、出生前診断、健常者とは誰か、、、、

  • 身体障害者(身障者)による当事者運動の戦後日本の変遷を辿り、障害者差別について論じている。DEIと格好の良い横文字で、《誰もが暮らしやすい》社会を目指す現代日本の欺瞞をリベラルな視点から論じている。女性差別、部落差別など差別には根深い問題が潜むが、私見として障害者差別は介助の問題など本当の意味で綺麗事では済まない事が多い。私自身この問題にどう向き合えば良いのか、毎日苦慮の連続である。もしこの問題の解決策を求めているなら、本書は役には立たない。
    しかし本書の目指す読者は小生のような輩ではなく、障害者雇用などで差別について考える社会人、学生諸氏である。そういつた方方には良いきつかけになるのではないか。

  • すべての文章を覚えておきたい。視点がひっくり返るようなことばかり。何回も読もう。

  • ツイッター(現X)でおすすめされてたのをきっかけに読んだのだけど、とても面白かった。
    障害者差別の話だから、青い芝の会の話はあるだろうなと思ってたら全部青い芝の会の話だった。

    体を張ったすごい運動をしたことは知ってたけど、行動綱領や理念などはちゃんと知らなかった。障害者本人の視点から語られる差別、本当にまったくそんなこと考えもしなかった!みたいなことばかりだった。
    例えば、障害児の子育てに疲弊した親が子供を殺してしまった時、その親にばかり同情が集まり、殺された障害児のことは置き去りにされてしまっているとか。車椅子でバスに乗るために介助者が必要な時、それはその場に居合わせたすべての健全者が介助者であるという視点とか。確かにそうだなと思ったし、障害者と介助者というものを自分とはまったく関係ないものとして捉えていたけど、健全者というのは須くすべて介助者なんだっていうのはガーンと響いた。一気に自分ごとになった。

    どこか遠いところの、自分の知らない世界のこと、みたいに思ってたんだな。自分も。そして障害者差別というものをまるでわかってなかったんだな、と思い知らされた。正直一度読んだだけじゃそう思っただけで終わってしまって、全然身にならないなって感じる。
    何度も何度も読み直して、噛み締めないといけない本だと思った。

  • まさに“問い直す”と言った内容であると同時に障害者差別の入門書ともいうべき良書でした。

  • 荒井裕樹著『障害者差別を問いなおす(ちくま新書 ; 1489)』(筑摩書房)
    2020.4発行

    2024.9.30読了
     2016年4月1日に障害者差別解消法が施行された。私たちが生きるこの社会は、障害者差別を乗り越えるという目的に向かって一歩ずつ確実に歩みを進めているのだと思われていた。しかし、同年7月26日に相模原障害者施設殺傷事件が発生し、そのような認識が幻想にすぎなかったということが判明する。
     本書は、そのような混沌とした社会の中で、「障害者差別とは何か」を一から考え直すことを目的として執筆された。その方法として、筆者は「過去、この社会の中で、障害者本人たちが特定の言動や価値観を『差別』だと受け止めはじめた経緯について、具体的な事例を一つ一つ調べていく」手法を採用する。
     そこで、本書では、脳性マヒ者による運動団体「青い芝の会」の活動を取り上げて、「障害者差別が問われた原点」に迫っていく。

     「青い芝の会」は1957年に結成された障害者団体である。当時は障害者の親たちがわが子を収容するための入所施設建設を強く求めるような世情であったが、青い芝の会は障害者本人だけで結成された団体だった。同会は支部制度を採用しており、関東を中心に小さな支部がいくつか存在していたが、1969年にその後の障害者運動に衝撃を与えた支部が誕生する。それが青い芝の会神奈川連合会である。彼らは障害者差別に対する直接的な抗議運動を数多く繰り広げ、社会に大きな衝撃を与えた。
     彼らの行動綱領には次のような記述がある。
    ・われらは自らがCP者である事を自覚する
    ・われらは強烈な自己主張を行なう
    ・われらは愛と正義を否定する
    ・われらは問題解決の路を選ばない
    ・われらは健全者文明を否定する
     この行動綱領は1970年の実母による脳性マヒ児殺害事件を契機に作成された。彼らは実母の減刑反対運動を展開し、「障害者の親」を批判するというこれまでにないラディカルな批判を行なった。「障害者にはこうしてあげた方がよい」という親の〈愛と正義〉が障害者を抑圧していると訴え、さらには、〈施設〉も体よく障害者を社会から排除しようとする差別であるとして反対した。
     彼らは、健全者の〈恩恵を施す慈善的態度〉は必ずエスカレートしていき、最終的には障害者に制約を課すようになることを経験的に知っていた。いくつになっても赤ん坊扱いされ、一人前の人間として社会性を育む機会を奪う存在が〈親〉なのであり、まず克服するべきなのは、障害者自身に内在する赤ん坊性、つまり親の言うがままに従うこと、言い換えれば親に代表される常識化した差別意識に対して無批判に従属してしまう意識そのものだった。
     彼らはまず「自らの意思」を取り戻す必要があった。なぜなら、CP者は、「常に奪われた言葉と意識でしか物を見ることしかできないし、行動することもできない」からだ。奪われたものを取り戻すためには親から独立しなければならず、そのためには親に代表される健全者文明を否定しなければならなかった。
     彼らのとった行動は「過激」であるとして当時から批判の的に晒されていたが、現時点から振り返れば、こうした抗議行動がきっかけになって「障害者差別とは何か」について考えるための議論が大きく進んだことも事実である。その中には現在の論点を先取りしたものも少なくない。
     ところが、そうした約半世紀をかけて積み重ねてきた障害者運動の取り組みは、相模原障害者施設殺傷事件によって根底から破壊されてしまった。私たちの社会は再び「障害者差別が問われた原点」に立ち返って、これまでの障害者差別の歴史を再確認する必要性に迫られたのである。
     問題が複雑であればあるほど、即効的な解決を求めたくなるのが自然な人情かもしれないが、あまりに早急で短絡的な「解決」は、かえって我慢や沈黙を強いたり、そうした「解決」に馴染めない人を排除したりする方向へと進みかねない。
     複雑に入り組んだ問題に立ち向かうためには、遠回りに見えるようでも、一人ひとりが自分を主語にして考えていくしかないのである。

    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I030334125

  • 背ラベル:369.27-ア

  • 自分の家族の中での差別をも表に出して訴えたり、親による障害のある子の子殺しに対する減刑を求める動きに反対運動を行ったり、過激と見られるほどの主義主張を繰り返す著者の障害者当事者活動に、圧倒させられましたが、そこまでしないと現状は変わらないという事実がある以上、声高にならざるを得ないのだと感じました。

    「バス闘争」のように、バスで脳性マヒ者を見かけたら、自然に手を差し伸べられて、介護者の役割を果たせる自分でありたいと思いました。

  • 障害者差別の歴史を知る必要がある

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著者プロフィール

荒井祐樹(あらい・ゆうき)
二松学舎大学文学部教授。日本近現代文学・障害者文化論(マイノリティの自己表現活動)。著書『障害者差別を問いなおす』(筑摩書房、2020年)、『まとまらない言葉を生きる』(柏書房、2021年)などがある。2022年「第15回 池田晶子記念 わたくし、つまりNobody賞」受賞。

「2025年 『【新装版】ここから始める文学研究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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