文学部の逆襲 ――人文知が紡ぎ出す人類の「大きな物語」 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480074317

作品紹介・あらすじ

疲弊した資本主義と民主主義を刷新しAIが拓く新しい時代には、哲学や美学、歴史や芸術といった人文の知性こそが必要だ。人間の真の自由と幸福を描く物語とは。

感想・レビュー・書評

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  • 四章の構成がそのまま起承転結になっている。

    1.新自由主義経済によって格差は拡大の一途にあり大多数は貧しくなっている
    2.暴走する資本による買収で民主主義も民意を反映していない
    3.AIの発達は失業の危機をはらむ一方、人間を労働から解放する可能性をもつ
    4.人間にとって物語は必需であり、AI化時代に適合した新たな物語を紡ぐために人文学の力が求められる

    前半部、新自由主義経済がほとんどの人びとを貧困に陥れ、民主主義も機能不全をおこしているという現代の負の側面の説明に説得力を感じた。最近この手の本を読む機会が多くて新しさはなかったが、よくまとまっている。第三章もAIによる失業問題への懸念までは前半部にある悲観的な現状認識の延長にあたり、これも頷ける。続いての、AIが生産と消費を分離し人の生活が一気に豊かになる可能性があるという予測については、ここまでのネガティブな論調にくらべると裏付けにも乏しく強引にも思えるけれど、流れとしては不自然ではない。

    ここで終われば、行き過ぎた資本主義によって窮地に陥った人類をAIが救うというストーリーで納得できる。ただ、書名の由来にもなっている締めくくりの終章への接続がいまひとつ腑に落ちなかった。物語の普遍性や、人間が世界と自身を認知し、社会を動かすために物語が必要だという話には頷けるし、文学部をはじめとする人文系の学問を縮小・廃止せよという動きに反対する考えにも同意だ。しかし上記の第三章までの展開のあとに「文学部の逆襲」が据えられていることに、木に竹をつぐような違和感を覚えた。そのためか、結末部にある政府の人文系への冷遇にたいする憤りもややヒステリックに感じてしまった。第三章までの展開と第四章は違う場所で語られるべきだったのではないだろうか。

  •  第1章 資本主義の暴走
     新自由主義が格差を拡大し、多くの人間を豊かにしていないことを論じる。
     第2章 民主主義の機能不全
     "自由"と"平等"という2つの基本理念の相剋に対する歴史的社会実験であった〈資本主義〉対〈社会主義〉がソ連の崩壊により終わり、新自由主義の世界が現出した。そして資本による政治やメディアの買収により、政策決定機能が損なわれ、民主主義が機能不全に陥っている。

     ここまでの内容は、分配が大事など最近良く言われるようになっていることであるが、著者は簡潔、明瞭に論を進めている。

     第3章 AIによる歴史
     農耕、文字の発明、産業革命という技術革新に比肩する新技術としてAIを紹介し、大幅な生産性の向上と、産業構造の変化を予測する。
     著者は仕事の代替と失業問題について取り上げ、再分配がうまくいかなければ社会は安定しないと言う。

     第4章は、「文学部の逆襲」と本書のタイトルともなっている、まとめの章となる。
     私たちの生活や社会を規定しているものとして、物理的に規定する「テクノロジー」のほかに、「物語」があると著者は言う。
     そして、ポストモダンにおいて「Grand Narative:大きな物語」を描き出せておらず、混迷の中にあるが、一体どうなるのだろうか。
     ここから著者は、AI革命により生産性が飛躍的に高まり、かつ再分配の仕組みが確立されれば、アリストテレスの言う、ある営為を行うこと自体が究極の目的であるエウダイモニア(幸福の行為)、そしてホイジンガの言う「ホモ・ルーデンス」として、人間がより人間らしく生きられる世界が見えてくるとする。
     こうした大きな物語を創造するために、新たな時代を牽引するのは人文の知=文学部が大事なのだという主張、これがタイトルの由来になる。

     しかし、古代ギリシャにおいて奴隷制の下で華々しい文化が花開いたように、仮にAIにより生産性が向上し労働時間が短縮されたとしても、その果実は多くの一般人にまで均霑されるのだろうか。
     一部のものにしか財が行き渡らなければ経済は発展せず社会は安定しないと著者は言うが、何かAI万能論のように思えてならなかった。

  • タイトルに吸い寄せられるように手に取ってみたものの…期待したような人文知の深みのようなものは微塵もない。。著者の人文学の窮状や公権力による横暴への義憤には共感するところではあるけれど、序盤の資本主義、特に新自由主義の構造的欠陥を歴史的に論じるのは粗いとはいえ、よく言えば軽妙でさすがコンサルの人といったところなのだが、中盤でのAI賛美というか楽観論とのギャップに困惑。散々批判した新自由主義なり資本主義が仮にAI時代が来たとして手を拱いているだろうか。。そして、そこから人文知の有用性を説く件もあまりに雑。こんなレベルで通用するならコンサルってのはぬるい商売だなと。

  • 『文学部の逆襲』のタイトルだが、書店でパラパラとめくり、本書が大学関係者だけ向けに書かれたものでないことが分かった。
    資本主義が暴走し(1章)、民主主義が機能不全してる現代だが(2章)、AIがもたらすインパクトによって、労働から解放された人類が新しい物語を認知し始めるだろう(3章)。そのためには、真善美を生み出す文学部の逆襲が求められる(4章)といった起承転結。
    若干展開が強引だが、本書自体が一つの物語になっている。その意味でもタイトルは『21世紀のルネサンス』の方が相応しいと思った。

  • 資本主義と民主主義は、もう豊かさも希望ももたらさない。幸せな人生を生きるには、新しい時代を切り拓かねばならない。そのために必要なのは、「大きな物語」と解く書籍。

    現在の新自由主義経済の下では、大多数の人々が豊かさを得られていない。それを是正すべき政治も資本によって買収されており、民主主義は機能不全に陥っている。

    今の閉塞状況を打開する可能性があるのが、AI(人工知能)である。しかしAIは生産性を高めるが、その業務に携わる人間の職を奪う。そしてAIは人間の知的業務を代替するため、失業者は行き場がない「構造的失業」となる可能性が高い。

    一方、AIによる生産性の向上は、格差などの問題を解消する可能性も持つ。消費活動をしないAIが産出する富を人間に再分配すれば、労働は人間にとって必須の営みではなくなる。そしてAI時代は、少数の「経済的強者」が総取りできなくなる。

    「物語」は我々の生活や社会の仕組みを規定する。人の心を動かす物語には、「主人公が冒険の旅に出る→敵や難題に遭遇→これらに打ち勝つ→日常の世界に戻る」という共通パターンがある。古今東西、人は同じ物語に共感する。

    ある時代の人々が共有する、あるべき世の中の姿を含意した物語を「大きな物語」という。資本主義など、現代の大きな物語は機能不全に陥っているが、AI化時代に適合した新しい大きな物語が人々に共有されれば、人類は新しい時代へ進める。

    AIの活用と、再分配の仕組みが実現すれば、富の量や金を稼ぐ能力の価値は一気に低下する。労働から解放された人類が迎える新しい世界は、遊びによる文化と交流を楽しむ世の中であり、人間がより人間らしく生きる世界である。

  • 2022/1/20

    メモ
    ・消費税は新自由主義の典型例(消費の割合の多い貧困層を圧迫)
    ・日本企業はたびたび最高益を更新し内部留保を3倍以上に高めているが、労働者に還元されず非正規雇用が増加
    ・経済成長は厚い中産階級によって成立する。超富裕層は消費性向が低いので国民経済成長に寄与しない。
    ・自由と平等のバランス。自由に傾いて格差が生まれないように再配分(ミル)
    →結局経済が鈍化し、ハイエクとフリードマンが新自由主義を提唱(とはいえ、再配分は留保)
    ・ノーム・チョムスキー 脳のメカニズムに起因する情報処理回路によって数多ある言語にも共通の文法が存在

    ・物語 1世界と自信を認知する方法論 2集団の組織化 3社会を動かす 4普遍的パターンが存在 5共感を呼ぶ普遍性をもつ

  • 資本の暴走、民主主義の機能不全、これらが不可逆的に進行している世の中であることはそのとおりだろう。また、AIの技術が今後の社会構造を根本から変えていく要素があることも、きっとそのとおりだ。
    だが、AIが生み出す財やサービスを、人々は皆須らく享受し得るのか。人類の労働時間が減少し、余暇を楽しむ時間が本当に増えるのか。そんなことを実現するのはほんの一握りの富裕層ではないか。一方、多くの雇用不能な人々があふれ、ますます格差が広がることにつながらないか。
    ・・・結論に至る論旨はやや気になるものの、人文知が蔑ろにされているという主張そのものには全く同感。

  • 経済に関するトピック全体をこのような形でまとめてもらうと、大きな流れを把握するのが大変楽だと感じた.リーマン・ショックから以降に顕在化した格差の問題、企業優遇と庶民冷遇の流れがアベノミクスの成果となると、安倍晋三の評価はガタ落ちとなろうが、本書の最後に出てきたAIによる再分配政策がうまく軌道に乗れば、希望が持てるかな感じた.

  • タイトルと直接関係のある部分はほんの一部。それを把握した上で、その前提となる新しい資本主義の話やAIなどがメインで読みたい、そういった本をあまり読んでいない人にはいいと思う。

  • 「文学部の逆襲」という題が適当かは別として、古代、中世から近代資本主義の確立、新自由主義の罪、など人類が歩んできた道が分かりやすく書かれている。それが3分の2かな。
    AIが今の格差社会、世界が抱える歪みを解決する大きな力になるという捉え方は実感としては分かりづらいが、時代が、変わる時というのはそういうものなのかもしれない。
    経済的な豊かさだけが幸福なのではないという価値観はその通りだと思うし、人間としての豊かさは遊びにあるというのもわかる。

    自分が生きている間にパラダイムシフトはおきるのか?

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著者プロフィール

波頭 亮(はとう・りょう):1957年愛媛県生まれ。東京大学経済学部卒業。マッキンゼーを経て、88年㈱XEEDを設立し独立。戦略系コンサルティングの第一人者として活躍する一方で、明快で斬新なヴィジョンを提起するソシオエコノミストとしても注目される。著書に、『プロフェッショナル原論』『成熟日本への進路』『論理的思考のコアスキル』(以上ちくま新書)、『知識人の裏切り』(西部邁との対談、ちくま文庫)、『経営戦略概論』『戦略策定概論』『組織設計概論』『思考・論理・分析』『リーダーシップ構造論』(以上、産能大学出版部)、『AIとBIはいかに人間を変えるのか』(幻冬舎)ほか多数。

「2021年 『文学部の逆襲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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