- Amazon.co.jp ・本 (225ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480080080
感想・レビュー・書評
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私が持っているのは文庫ではない方だが、なかったので。
何と言ってもタイトルが「読みたい」と思わせる本。
全2作(『構造と力』『逃走論』)と比べて読みやすい。 -
所詮はドゥールズの二番煎じ
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「ニュー・アカデミズム」の旗手として一世を風靡した著者による、芸術、とくに音楽についてのエッセイを収録しています。
たびたび言及されているのは、やはりドゥルーズ=ガタリの議論です。著者は、「欲望する機械」を下敷きにしつつ、「私的体験のトポス」からできるだけ遠く離れ、「メタリックな音楽」を求めています。そのことは同時に、印象批評を超える批評言語をつくり出す試みでもあるはずです。ただ、現在から見ると、著者の議論のスタイルは1980年代という時代を感じさせるものであることは否定できません。
音楽以外のものをあつかった文章には、フェルメールおよびフランシス・ベーコンを論じたエッセイが収録されています。ベーコンにかんしては、ドゥルーズも『フランシス・ベーコン―感覚の論理学』の一書を著しており、当然著者の議論にもその影響を見ることができるのですが、本書における著者の議論は「意味から強度へ」というスローガンにそった、明快でやや図式的な解釈にとどまっているように感じました。 -
p.1992/6/25
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[ 内容 ]
〈交通〉の神ヘルメスの名のもとに、音楽や絵画をめぐりながら、〈意味〉と〈情念〉の罠をくぐり抜け、〈外〉へと軽やかに〈逃走〉する、20世紀末の思考の実験。
[ 目次 ]
リトゥルネッロ―〈ソン・メタリック〉の消息
戦争―ヘルメスの遊戯としての
シューマンを弾くバルト
最後のピアニスト―マウリツィオ・ポリーニを聴く
偉大なるもぐらの思い出―グレン・グールドを聴く
無声で呟かれる〈死〉―マラルメ/ブーレーズ/デリダを〈聴く〉
キノコの音楽―ジョン・ケージを聴く
少女になった少年になった少女の話
デルヴォー―あらゆる終りのあと永遠の黄昏の中にたたずむ
フェルメール 光の充溢
F・Bの肖像のための未完のエキス
[ 問題提起 ]
[ 結論 ]
[ コメント ]
[ 読了した日 ] -
音楽を主に取り扱っている。
シンセサイザーってものが新しくて歴史のないものって指摘とか、ポリーニやグールドへの言及は、俺も感じていたことだったので、やっぱりそう思うよねと。 -
〈交通〉の神ヘルメスの名のもとに、音楽や絵画をめぐりながら、〈意味〉と〈情念〉の罠をくぐり抜け、〈外〉へと軽やかに〈逃走〉する、20世紀末の思考の実験。
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いささかナルシシズムに陥っているような印象がある。雰囲気は良いのだが・・・