人間の条件 (ちくま学芸文庫)

制作 : Hannah Arendt  志水 速雄 
  • 筑摩書房
3.80
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本棚登録 : 1531
レビュー : 86
  • Amazon.co.jp ・本 (549ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480081568

作品紹介・あらすじ

条件づけられた人間が環境に働きかける内発的な能力、すなわち「人間の条件」の最も基本的要素となる活動力は、《労働》《仕事》《活動》の三側面から考察することができよう。ところが《労働》の優位のもと、《仕事》《活動》が人間的意味を失った近代以降、現代世界の危機が用意されることになったのである。こうした「人間の条件」の変貌は、遠くギリシアのポリスに源を発する「公的領域」の喪失と、国民国家の規模にまで肥大化した「私的領域」の支配をもたらすだろう。本書は、全体主義の現実的基盤となった大衆社会の思想的系譜を明らかにしようした、アレントの主著のひとつである。

感想・レビュー・書評

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  • ハンナ・アレントの代表的な書籍の一つです。彼女独自の理論である「活動(action)」という人間行為の原理と想定される概念が説明されています。
    「活動」は、対比として「労働(labor)」、包括概念として「仕事(work)」と併せて理解する必要があります。
    「活動」を一言で言うと、人間が言論や行動を通じて他者と交わり理解したうえで、それぞれの存在の共存を許しあう過程です。

    なにやら難しいですね。
    でも中身は小説タッチになっているので、読みやすい・・・というより新しい発見があるかもしれませんよ。

  •  人間の活動を分析した本。生命を維持するための労働。物による人の世界をつくり出すための製作。人と人のつながりをつくり出す活動。今まで一度たりとも考えたことがなかった視点から人間が分析されていた。
     差別や貧困、政治的腐敗、終わらない戦争等々なんと人類は愚かなのだろうと絶望していたが、この本を読むとそれが当たり前なのかなという気がしてきた。そして、その人間の本性は少しづつ変化しながら未来へと続いていくのだろうな。
     希望は持てないが多少冷静にはなれる本。

  • アーレントのいう「人間の条件」とはつまり、生命それ自体=生命を維持しなければならないということ、世界性=耐久性をもった人工的環境がなければならないということ、多数性=一人一人違った人間が共生しているということ、の3つである。
    そして人間はこの3つの条件に基づき、消費物を生産する「労働」、耐久財を製作する「仕事」、公的領域に出現して他者と関係を結ぶ「活動」を行っている。
    本書は、「労働」「仕事」「活動」それぞれの特性を、哲学史的背景とともに掘り下げながら、3つのうち何が最も重要だとみなされてきたかという、ヒエラルキーの変遷を記述するものである。
    アーレントの議論は時系列に沿って展開するわけではないが、あえて時系列に沿って整理すると次のようにいえると思う。

    古代ギリシアにおいて市民たちは、「労働」「仕事」を私的領域(家政)に属するものとして軽蔑した。自分たちはといえば、ポリスという公的領域において自らの卓越を表現する「活動」に余暇を費やした。【活動>仕事>労働】
    プラトンは、「知っている者=思考する支配者」と「行為する者=実行する被支配者」を二分する哲人政治を提唱し、「活動」=政治のもろさを「仕事」の確実性に置き換えようと試みた。【仕事>活動>労働】
    キリスト教は、個人の生命の不死を説き、生命を神聖視した。「労働」「仕事」「活動」のすべてが生命に従属するものと見なされ、均質化をもたらした。結果として、労働はかつてのように軽蔑されなくなり、むしろ奨励されるようになった。【労働≧仕事=活動】
    あらゆるものに「疑い」の目を向けたデカルトは、あの有名な「われ思う、ゆえにわれあり」という一つの真理を、自己の精神の内側に見出した。「デカルト以降」の近代人は、自己の外側を取り巻く世界のリアリティを失い、他者の存在や人間一般に対する関心は薄れた。【労働?仕事>活動】
    マルクスは「労働」こそが最高の価値であるとし、ニーチェは生命こそが人間のすべての力の根源であるとした。【労働>仕事>活動】
    そしてデカルト的懐疑によりかつての信仰は失われ、近代人は再び死すべき存在となった。が、世界は依然としてリアリティを欠いている。人間はいわば自己の精神の内部に幽閉された。その結果、唯一不死のものと見なされうるものとしては、「種としてのヒト」の生命だけが残った(種として永遠の循環を繰り返す動物と同じレベルに成り下がった)。

    アーレントは現代における「活動」の地位低下を嘆く。
    自由な「活動」を保証するということ。日本はどうか?
    市民参加を是とする政治制度、異なる意見を尊重する成熟した雰囲気、公的領域と私的領域の峻厳な区別……いずれも日本はまだまだ未熟と言わざるを得ない。
    党議拘束が存在する議会政治は民意を正しく反映していないし、人々の間で政治的話題はタブー視される。ほとんどすべての選挙において、本来的には公的領域に属さない「経済」が争点となる……

    もちろん、アーレントが理想としたような“純度”の高い公的領域は、現代では実現不可能だろう。しかし、「活動」が軽んじられ、個人が尊重されない現状に甘んじていれば人間の自由は侵されかねない。人間は自らの尊厳を保つために、絶対的真理など存在しないこの世界で、終わりのない「活動」に身を投じなければならない。

  • よくよく考えたら、あんたは、結局、働かずに楽して思索に耽っているだけの有閑マダム(笑)ではないですか?世の中の人はそんなにヒマではないのですよ。もう少し生きると言うことをまじめに考えましょう。
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  • 読み終えたけど、とても読んだといえる状態じゃない。
    内容が理解できていない。複文表現についていけず、断片的にしか内容が頭にはいってこない。こりゃ準備をしたうえでリターンマッチに挑むしかないな。

  • 人間の条件 ハンナ・アレント ちくま学芸文庫

    政治思想家と言う触れ込みだけれど
    哲学者と言うべきだと思う
    しかし法律書を読むように気の重い文章である
    単語がシックリとこないしクドイ
    それでも内容に惹かれて五百ページも読むことになる

    プルードンの格言に
    「財産とは盗みなり」とあるという
    しかも彼は財産をすべて人間社会から
    取り上げてしまうことで
    暴政を発生させてしまうことの方を恐れたとある
    コレこそ何とかしなければならない
    パラドキシカルで皮肉な話だ
    視野を広げた意識の成長によって邪な自らを
    管理する方法を編み出せるはずであると思う

    (私とあなたが双方に選び合うことで出合いが起こる
    個と集合の対等観の関係がつくりだす相乗効果
    生き延びる為の行為である天性による《労働》から
    物質的に豊かになるための行為である人為的な《仕事》へと発展し
    更に精神的に成長するための行為であるお互いの《関わり》へと向う
    アクションを起こして意識上の全体観へと飛躍する)

  • 人間の自発的な力による行いを労働、仕事、活動に分類する。その射程や古代ギリシアから20世紀にいたるまでを含む。私的領域、公的領域、その混ぜあわせとして成立した社会の概念を用いて人間とその生活空間を分析する。そして、人間の性質の変化と近代に対して、哲学的に問いかけていく。

  • 名著だと思う。ハイデガー・ブルトマン・ヤスパース等に薫陶をうけながらも、ナチスの台頭によって、フランスへ逃れ、ユダヤ人として収容所暮らしもしたアレントが、国を失った人間の「生存の恐怖」を感じながら、亡命先のアメリカで1958年に上梓した政治哲学の書である。テーマは「私たちが行っていること」を理解することで、文中では「どうすべきか」という主張を抑制しているが希望も語っている。全体として、西洋古典文明・キリスト教・デカルトの懐疑・ガリレオの科学革命などの分析を通し、生命観・宗教・科学などを分析し、これらの営みが深く政治に関わっていることを指摘している。人間の行動は「労働」(生存のため消費されすぐに消える物を作る行為)、「仕事」(世界のなかで比較的長く残る物を作る行為)、「活動」(演じる等の行為で人の多数性に依存する行為)の三つに分かれる。また、公共は「テーブル」であり、そこに集う人間を集めると同時に切り離す。テーブルがなくなれば、私的領域も消え、ただただ孤独な人間たちが、同じように振る舞うように強制される「社会」が台頭してくる。ギリシア・ローマの古典文明では、公共の領域は人に見られることで「自分が誰か」を示す場であり、はかない生命の人間がその中に「勇気」をもって自己を顕し「活動」することで、不死の生命(名声)を得ようとする場であった。キリスト教はこの価値観を転倒し、世界こそはかなく、「魂こそ不死」と主張した。これによって、公共で不死を得ようとする「活動する人間」の源泉を奪ったのである。しかし、キリスト教的生命観もデカルトの懐疑によって決定的痛手をうけ、「欺く神」の「不条理」のなかで、魂の不死も信じられなくなった。「仕事」は芸術作品のように「世界」にのこる物を樹立しようとする孤独な行為であるが、イデアを「世界」に写し取る行為でもある。イスを作る職人はイスのイデアをみて設計するのだ。プラトンはこの「仕事」の行為を政治に応用し、哲人王が考え、民が行動するという支配を考えた。アレントによれば支配は政治からの逃走である。政治は本来、多数の人間が「活動」することなのだが、「活動」は人の網の目の中で作用・反作用をくり返し、本来、とりかえしもつかないし、一定の範囲に閉じ込めておくこともできない。これを無理矢理、型にはめるのが支配なのである。この型が「仕事」をする人が用いるイデアである。「仕事」は近代の価値観のなかで勝利を収めるが、ガリレオによる望遠鏡の利用は人間に地球外へ離脱することを教え、デカルトの方法的懐疑によって「世界」からも離脱し、存在するものは自分の精神だけとなった。「仕事」をする人間は自分が働く場であり、物を残す場でもある「世界」を失ったのである。こうして、自然への無制限の暴力、環境破壊がおこってくる。「労働」は生存と結びつき、自然のリズムのなかで行動する喜びをともなっていたが、産業革命以降、消費社会の台頭と連動して、リズムが加速され、人間的な行動ではなくなっていく。そして、ただやみくもに消費し生存する形にゆがめられた「労働」だけが残る。ここでは「生命」が「最高善」とされる。歴史は「労働する動物」の勝利の過程であった。現代は「不死」を信じないのに「人の命は地球より重い」と考える時代で、「生きるために働く」のか「働くために生きる」のか分からない時代である。生命を維持するという目的はあるが、生きる意味を見出せないのだ。だが、「目的」ではなく「意味」を思考し、「活動」の「とりかえしのつかない」ことを「許し」、「約束」をして「活動」の意味をふたたび見いだすところに希望はあるのである。アレントは東洋の思想については述べていない。東洋思想がアレントの指摘とどう結びつくのかということは課題として残る。

  • 読み終わるのに3ヶ月ぐらいかかった。
    本書の内容は殊更に述べる必要もないだろう。人間の活動力を労働、仕事、活動(言論など人々の間で行われるもの)に分け、今日は人々が種々の利害に囚われず活動する公的領域がなく、労働だけが支配し、人々が政治に参加せず(=活動せず)ただ生産と消費に終始する虚しい社会になったよね、という話。

    僕が注目するのは、以下のようなことである。
    アレントは、ただ食っちゃ寝の「労働」の虚しさから人を救うのは永続する世界を作り出す仕事で、何のために作るんだかわからない「仕事」の虚しさから人を救うのは物語を作り出す「活動」であるという。
    そして、注目すべきは(あとがきでもスルーされているが)、何やっても思い通りにはいかない「活動」に救いを与えるのは「許し」と「約束」であるということである。
    これは目に見える人と人との関係性の中でのみ生まれ、あらゆる形で概念化され習慣化されている。しかし今までそれはよく研究されてこなかった。それは手段としてしか考えられてこなかったからだ。しかし、それはもしかしたらそれ自体として重要な……あるいは可能性としては絶対的な……価値を持つものかもしれない。

    何を言っているかわからないという人はよろしい。ともあれ、本書はあまりに示唆に富み、学ぶところ多い書である。是非根気よく取り組んでみてほしい。

  • これはいい本だと思う。広く勧めたい。
    しかし、かと言ってここでのハンナ・アレントの思想に深く共感できるわけではなく、そもそも彼女の思想は私には非常に隔絶したところから不意にやってくる「他者の声」にすぎない。それでも、この本は素晴らしく豊かな示唆に満ち、読者に沢山の思考をもたらすだろう。考えさせてくれる本である。
    ただし、論述が下手なせいもあり、また、発想があまりに独創的なせいもあって、少々わかりづらいかもしれない。たとえばアレントは「活動力」を「労働」「仕事」「活動」の3つに分けるのだが、「労働 Labor」と「仕事 work」の違いは、どうもわかるようでわからない。
    先が見えない(論旨のみとおしがたたない)文章なので、どうもわからないようであれば、繰り返して読むことをおすすめする。

    現代が「労働」(と消費)に覆い尽くされ、活動(他者とのコミュニケーションや論述)や(創造としての)「仕事」が抑圧されてゆく、というハンナ・アレントの予見は鋭い。この本は1958年のものだが、まさに現代は彼女の予想したとおりの事態に至っているのではないだろうか。

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