モードの迷宮 (ちくま学芸文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.52
  • (15)
  • (35)
  • (56)
  • (3)
  • (2)
本棚登録 : 481
レビュー : 32
  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480082442

作品紹介・あらすじ

たとえば、このドレスはわたしの身体を覆っているのだろうか。逆に晒しているとはいえないだろうか。たとえば、衣服は何をひたすら隠しているのだろうか。いやむしろ、何もないからこそ、あれほど飾りたてているのではないだろうか。ファッションは、自ら創出すると同時に裏切り、設定すると同時に瓦解させ、たえずおのれを超えてゆこうとする運動体である。そんなファッションを相反する動性に引き裂かれた状態、つまりディスプロポーションとしてとらえること、そしてそれを通じて、"わたし"の存在がまさにそれであるような、根源的ディスプロポーションのなかに分け入ってゆくこと、それが問題だ。サントリー学芸賞受賞作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 阪大(大阪大学)を昔訪れたことがあって、本好きであった私は生協の書籍部も覗いてみようという気になった。鷲田先生は当時は助教授であったと記憶しているが、生協での鷲田先生の著作の揃いっぷりにやはり人気で花形の先生なんだろうな、という思いがした。そしてその後鷲田先生は阪大の総長にまでなられます。そんな鷲田先生の出世作(?たぶん) 本を整理していたら積読になっていた本書が出てきたので最近現象学に興味あることもあって読もうと思った。

    「身体」と「衣服」についての諸考察が続く。例えばヴィクトリア朝時代の女性のコルセットについて触れ、それが命を脅かすような事態を招くことになろうとも、結局のところ周囲に蔓延する道徳観という縛りによってコルセットを付けるのをやめることができない、というような現象を引き合いにして、身体、もしくは「見る/見られる」ことについて文章が展開されていく。ロラン・バルトやメルロ=ポンティといった思想家の言葉も巧みに引用されていく。さすがに哲学とあって晦渋な表現も散見されるが、全体的に鮮やかな印象だった。

    自分としては衣服の機能性についての考察がもっと深く掘り下げられるのかなと思っていたが、そのあたりは読む前の期待とは異なり、衣服よりはそれを着る「わたし」に対する考察がより巡らされているという印象だった。さすがに「じぶん・この不思議な存在」とか「普通をだれも教えてくれない」といった著作がある鷲田先生だなと思ったりした。

    自分が知らないうちに何に縛られているのかを知ることはやはり何かから自由になるための一つの手段なんだろう。わかればあとはそこから逸脱するもよし、愉しく縛られるのもよし、なんだと思う。

  • 身につける物が我々の意識や個性を決めている(性別も含めて)という視点を学びました。
    です。「我々が衣服を決めているのではなく、衣服が我々を決めている」

  • 本書の冒頭で、著者は衣服と身体の関係について考察をおこない、両者はぴったりと適合するのではなく、むしろ根源的なディスプロポーションを孕んでいるのではないかという見通しを示しています。そして、あたかもこの問題のまわりに何重にも思索をめぐらせていくようにして、衣服と身体、禁欲とエロティシズム、自己と世界がくるくると位置を反転しつづけていく可逆的な運動を書き留めていきます。

    比較的小さな本ですが、哲学的な考察でありながら、ファッションというテーマに寄り添うようなスタイリッシュな文章でつづられており、魅了されます。

  • 「(仮称)図書館員は何を着ているか?」に向けて鷲田先生のファッション論を読んでおかねば、と思った。
    難しくって全く分からん。これが『マリ・クレール』に連載されてた、と知って、そういえば昔のあの雑誌はキレがあったよなと思い出した。

  • 箱を振って中身を確認するような、というのはとてもよくわかる
    むつかしい( '' )
    ロランバルトを読まなきゃいけない、、

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784480082442

  • [ 内容 ]
    たとえば、このドレスはわたしの身体を覆っているのだろうか。
    逆に晒しているとはいえないだろうか。
    たとえば、衣服は何をひたすら隠しているのだろうか。
    いやむしろ、何もないからこそ、あれほど飾りたてているのではないだろうか。
    ファッションは、自ら創出すると同時に裏切り、設定すると同時に瓦解させ、たえずおのれを超えてゆこうとする運動体である。
    そんなファッションを相反する動性に引き裂かれた状態、つまりディスプロポーションとしてとらえること、そしてそれを通じて、“わたし”の存在がまさにそれであるような、根源的ディスプロポーションのなかに分け入ってゆくこと、それが問題だ。
    サントリー学芸賞受賞作。

    [ 目次 ]
    1 拘束の逆説(意識の皮膚;従順な身体;シンデレラの夢;誘惑の糸口;騒がしい境界)
    2 隠蔽の照準(泡だつ表面;“肉”の回避;最後のヴェール;イマジネールな外縁;同一性の遊び)
    3 変形の規則(饒舌な可視性;身体のシミュレーション;“わたし”のもろさ;無秩序に変えられるための秩序;明るいニヒリズム?)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 「ちぐはぐな身体」を先に読んでおいて正解だった。ボードリヤールを読み直さなくては。

    時代をあげて〈私〉の解体が進んでいたときに、10代を過ごしてきたのだな、と改めて実感、しみじみしてしまった。

  • 哲学者の鷲田清一氏が1987年からファッション誌『マリ・クレール』に連載したテクストを収録した本です。ファッションと<わたし>をテーマに、R.バルトの記号論やM.ポンティの議論を差し挟みながら論じていくという内容です。

    学生時代、表紙に惹かれて買った記憶があります。当時は社会学というものに漠然とした関心がありましたので、本書には「制服萌え」みたいな現象をうまいこと説明できるおもしろい本だという印象を持っていました。(具体的にはP.43~"(…)コルセットは、同時に、まさにその存在そのものによって、それが禁じているものを逆に煽り立てるよう機能してもいた(…)≪反対の理由をもたないような理由はない≫"など)

    改めて読んでみると、なんというか、タイトルからしてそんな感じなのですが、じつに80年代っぽい雰囲気だという印象があります。自分というものの輪郭が「ざわめく」、揺らぐ自己同一性、過剰なまでに意味を充填しようとする振る舞い、などなど。都会的。

    ファッションの意味作用、モード変換のダイナミズムというテーマには、なんともいえない魅惑的な気分を掻き立てられます。いまのわたしが抱えている問題意識とどうやって接続するか、まだつかみかねているところではありますが、これからも「使える」本だという直感があります。

    ファッション誌への連載とはいえ、全体的に哲学っぽいお話ですので、そういうカタい分野に興味がないと少々読みづらい本かもしれません。どちらかというと、ファッションそのものに興味がない人のほうが、逆におもしろく読めるのではないかとおもいました。

  • 『モードの迷宮』というタイトルが的を得ている。

    論の展開としては見る・見られるの関係から自分が想像している自分として映っているかという身体論から、衣服と「自分」そして世界との関係性や、それにおける衣服の役割、意義や価値、について述べ、第三章でモードについて考察されている。

    モードの経緯を触りだけ見ても、モードは絶えず変動し、自己矛盾を孕み、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、方向を収束させようとしては膨張していったりするように否が応にもディスプロポーションがある。しかしそれこそがまた自分を自分たらしめているわけで、結局見えてくるものは文中にも頻繁に出てくるが「自分」というものがどれほど脆く危ういものなのかということであり、「わたし」という存在のディスプロポーションでしかく、モードとはその現れでしかないのではないか、それが「モードの迷宮」の終着点な気がした。

    シンデレラの靴、ジュネップの『通過儀礼』やバルトらの引用と面白い話もいっぱい。

    「モードとは、無秩序に変えられるためにある秩序である。」

    「モードを愚弄するそのような契機はモードそのもののうちにある。何よりもモード自身がモードの裏をかいてしまうのである。」

全32件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1949年生まれ。京都市立芸術大学学長。せんだいメディアテーク館長。哲学者。臨床哲学を探究する。著書に『現象学の視線』『モードの迷宮』『じぶん・この不思議な存在』『ぐずぐずの理由』『聴くことの力――臨床哲学試論』などがある。

「2018年 『大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

モードの迷宮 (ちくま学芸文庫)のその他の作品

モードの迷宮 ハードカバー モードの迷宮 鷲田清一

鷲田清一の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
フランツ・カフカ
三島 由紀夫
安部 公房
有効な右矢印 無効な右矢印

モードの迷宮 (ちくま学芸文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする