モードの迷宮 (ちくま学芸文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.54
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本棚登録 : 569
レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480082442

作品紹介・あらすじ

たとえば、このドレスはわたしの身体を覆っているのだろうか。逆に晒しているとはいえないだろうか。たとえば、衣服は何をひたすら隠しているのだろうか。いやむしろ、何もないからこそ、あれほど飾りたてているのではないだろうか。ファッションは、自ら創出すると同時に裏切り、設定すると同時に瓦解させ、たえずおのれを超えてゆこうとする運動体である。そんなファッションを相反する動性に引き裂かれた状態、つまりディスプロポーションとしてとらえること、そしてそれを通じて、"わたし"の存在がまさにそれであるような、根源的ディスプロポーションのなかに分け入ってゆくこと、それが問題だ。サントリー学芸賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • ファッションは人に見られることで初めてファッションとして成り立つ。そして、人に見られることは、その眼差しを鏡として利用して、自分を見ることと同じだと思った。
    ちぐはぐな体を読んでからの、コレは中々にハードルが高かった……文字だけ追いかけて頭に内容がまるで入ってない、、また再読したい、そのときには、理解できているようになっていたい、、
    引用が多くて、哲学をほとんど知らない人間には、リテラシー不足すぎて 本当に分からないことが多かった無知だ〜〜
    ただ、モードは、社会の空気を反映させてできるものだとわかってよかった

  • 阪大(大阪大学)を昔訪れたことがあって、本好きであった私は生協の書籍部も覗いてみようという気になった。鷲田先生は当時は助教授であったと記憶しているが、生協での鷲田先生の著作の揃いっぷりにやはり人気で花形の先生なんだろうな、という思いがした。そしてその後鷲田先生は阪大の総長にまでなられます。そんな鷲田先生の出世作(?たぶん) 本を整理していたら積読になっていた本書が出てきたので最近現象学に興味あることもあって読もうと思った。

    「身体」と「衣服」についての諸考察が続く。例えばヴィクトリア朝時代の女性のコルセットについて触れ、それが命を脅かすような事態を招くことになろうとも、結局のところ周囲に蔓延する道徳観という縛りによってコルセットを付けるのをやめることができない、というような現象を引き合いにして、身体、もしくは「見る/見られる」ことについて文章が展開されていく。ロラン・バルトやメルロ=ポンティといった思想家の言葉も巧みに引用されていく。さすがに哲学とあって晦渋な表現も散見されるが、全体的に鮮やかな印象だった。

    自分としては衣服の機能性についての考察がもっと深く掘り下げられるのかなと思っていたが、そのあたりは読む前の期待とは異なり、衣服よりはそれを着る「わたし」に対する考察がより巡らされているという印象だった。さすがに「じぶん・この不思議な存在」とか「普通をだれも教えてくれない」といった著作がある鷲田先生だなと思ったりした。

    自分が知らないうちに何に縛られているのかを知ることはやはり何かから自由になるための一つの手段なんだろう。わかればあとはそこから逸脱するもよし、愉しく縛られるのもよし、なんだと思う。

  • 鷲田さんが40歳くらいの時に出された本か。。今の僕とほぼ同い年だけど、ここまでの感性でモノを書けるかな。。鷲田さんはこの時からすごく繊細なんだなぁ。ファッション、それはエロスを隠蔽しつつしかし欲望をかきたてるもの。相反するようなベクトルが働く場。

  • かなり昔に読んで結構衝撃を受けた記憶あり。
    また読み返したい。

  • 難しかったし、読みにくい。全然理解できなかったけど、また読んでちゃんと体に染み込ませたい。ファッションというより、身体の知覚とか"わたし"の定義とかが語られている分、タイトルはなるほどという感じ。著者が哲学科の教授だったと聞いて納得。
    ずっと読んでみたいなーとAmazonのカートに入れっぱなして数年(十数年かも)の本の著者でもあることを知って、改めて挑まねばならないなと感じた。

  • これはファッション誌「マリ・クレール」に掲載されたコラムを集めた小論集だが、
    そのスタイルは襞の入り組んだ陰影に着目する彼にはちょうど良いかもしれない。

    境界は動きとともにある。
    完全に固定化された境界はただの図像であり、写真だ。
    哲学者の鷲田が境界にこだわるのはそれが自我を包んでいると確信しているからだ。

    境界は接点でもある。
    鷲田は境界の揺らめきことに誘惑の匂いを嗅ぎつける。
    誘惑とは、わたしたちの存在に対する可能性であり、
    肯定する熱量の源泉であるように思う。

    鷲田の美点はその
    人間的な肯定の源泉を信じて掘る代わりに
    人間そのものにフォーカスしないところだ。

    空虚な人間概念を弄ぶことを避けて
    衣服と視線そのものを見つめ続ける。
    セクシーでも過剰さのない文体は女性誌に求められた男の視線であったかもしれない。


    >>
    コルセットも靴も、わたしたちの身体的動作を拘束し、制限しようという共通のポリシーで貫かれている。しかし何と言っても、わたしたちはじっと動かないでいるわけにはいかない。歩かないわけにもいかない。そこで、こうした拘束を旨とする衣料品に適合した別の身のこなし方、身体の別の使用法といったものが編みだされることになる。(p.50)
    <<

    この観察から

    >>
    ファッションの構造は、<自然>の<文化>への変換、あるいは<文化>への変換、あるいは<文化>の生成そのものと関わっている。(中略)何かを禁じ、抹消してゆく運動が、そのまま、禁じられ、抹消されるはずのものを喚起し、煽りたててしまうという、ファッションのパラドクシカルな運動を切開するための切り口もまた、ここに見いだすことができるとおもわれる。(p.54)
    <<

    このような帰結が導かれてはいるが、そもそものこの話のアイデアの中核はこちらであろう。

    自由を禁じることに対する風当たりは強くなっているが、
    これが文化に対する自然の朝鮮などではないことは明らかで別個の文化が戦っている。

    ただし、基本的にはプラグマティズムによる反撃に過ぎない。
    新しい衣服にあった動きを作るときに新しい文化のひらめく瞬間があり
    そこで初めて別の現れをもたらすチャンスがあるということだ。

    ヒールを履かないキャビンアテンダントは
    しかし、制服をきちっと着ながら
    マスクをミシン縫いしている姿でニュースに現れる。

  • 現在イタリア在住なのですが、イタリアに来てから思うことは、女性のファッションセンスが違う!!ってかみんなセクシー!!(低俗な表現でごめんなさい)
    なんでこんなスタイルやモードの違いがあるのだろうか? 『モードの迷宮』は、ファッション、化粧、整形手術などにおける露出や身体の変形を、美的感覚や合理性ではなく、セクシャリティーの観点、特に、他者(異性)から眼差しを受けること、それに応えることという観点から切り込むところにその真骨頂がある。

    私は日本人で海外在住経験者が日本のファッションや化粧文化、見た目の文化に対していろいろと批判するのを聞くのが好きだ。その語りからその人それぞれのストーリーや文化的な揺らぎが見える気がするし、共感できることも多い。装い方はその人の生き方なのかもしれない。この『モードの迷宮』も様々なモードの見方や捉え方を考えさせられるという点で面白かった。

  • 「男がスカート履いたっていいじゃない、女がズボン履いたっていいじゃない」一時期は新奇さをもって受け止められたこの言説も人口に膾炙された感がある。これはこの本の中で述べられる「衣服は全て制服である」という考えが薄くなってきたことを意味しないだろうか。男は男らしくある、女は女らしくあるべき、という社会的モードを自己と一致させるため身体に刷り込むかのように履いていたズボンやスカートも、「自己の中」でのモードに合わせて着られるものとなったのだろう。

  • むずい

  • 身につける物が我々の意識や個性を決めている(性別も含めて)という視点を学びました。
    です。「我々が衣服を決めているのではなく、衣服が我々を決めている」

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著者プロフィール

1949年京都生まれ。お寺と花街の近くに生まれ、丸刈りの修行僧たちと、艶やかな身なりをした舞妓さんたちとに身近に接し、華麗と質素が反転する様を感じながら育つ。大学に入り、哲学の《二重性》や《両義性》に引き込まれ、哲学の道へ。医療や介護、教育の現場に哲学の思考をつなぐ「臨床哲学」を提唱・探求する、二枚腰で考える哲学者。2007~2011年大阪大学総長。2015~2019年京都市立芸術大学理事長・学長を歴任。せんだいメディアテーク館長、サントリー文化財団副理事長。朝日新聞「折々のことば」執筆者。
おもな著書に、『モードの迷宮』(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞)、『「聴く」ことの力』(ちくま学芸文庫、桑原武夫学芸賞)、『「ぐずぐず」の理由』(角川選書、読売文学賞)、『くじけそうな時の臨床哲学クリニック』
(ちくま学芸文庫)、『岐路の前にいる君たちに』(朝日出版社)。

「2020年 『二枚腰のすすめ 鷲田清一の人生案内』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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