東京の下層社会 (ちくま学芸文庫 キ 9-1)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480085450

感想・レビュー・書評

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  • 明治維新は我が国において「革命的」なできごととしてしばしば喧伝される。大局的には欧米列強に比肩する歴史的転換点であろう。この歴史的事実が放つ光が大きければ大きいほど、まばゆい光に隠されて見えなくなることも多いのではないだろうか。

    『東京の下層社会』はタイトル通り、革命的なできごとが放つ光に隠されて、あまり語る者の多くない場所を手燭の光を灯すようにしてかき集めた当時の社会ルポである。この分野の記録はそう多くないだけに、記録的価値は高い。著者は先人の手になる記録を参照しながら検証を進めているが、その記録が貧民窟(スラム)に暮らす人々に紛れ、実体験をもとに描かれたものだけに今読んでも臨場感はいや増すのである。歴史は一般に勝者、権力者の視点で書かれ、いわば勝ち組にスポットが当てられる。そうした人たちは実際にはごく一握りの人々であり、しかし、歴史はその陰に数多存在する市井の人々が積み重ねてきたものであろう。

    日陰に隠れ、闇に紛れ、ともすればそのまま葬り去られる運命にもある世界を描き出した価値は高い。貧民窟の剣呑な人びとのなかにわが身を投じて、そこで暮らした体験によって記録を残すという仕事がどれほど大変で生半可な者にはできないことであるかは、本書を読めばたちどころにわかる。権力者が、社会の底辺にうごめいているこれらの「貧民」を一顧だにしないのは、明治の世も令和の世もあまり変わり映えがしないが、一時の景気がしぼんで以降、日本も再び貧困層が増えたとしばしば聞こえてくるようになった。一方でその状況が改善したという話は全く聞こえない。すなわち明治の世の無策っぷりが、今もまた繰り返されていることの証左ではなかろうか。

    後半で描かれるのは当時の女工や娼婦であり、当時の女性が生きていくことがどれほど大変なことであったかが偲ばれる。さすがに当時と比較すれば、現代は男女格差は大幅に縮小されたであろうが、それは縮小であり「平等」を意味しない。「女性活躍」をスローガンのように叫び、結果として女性閣僚などといいながら都合よく使い捨てていた者がつい先ごろまで権力者だったことを思えば、男女平等というユートピアは夢の彼方に霞んでしまう。「女性活躍」も今はたちの悪いプロパガンダにしか聞こえない。

    このような今を生きる我々にとって、本書は権力者によって貧民層に蹴落とされたときの生きるバイブルとなるだろう。権力者を目指す一部の者はともかく、権力者になどなり得ない大多数の人たちにとって、『東京の下層社会』はまさに生きた教科書であり、サバイバル・マニュアルである。

  • 明治から終戦までのスラム街や娼婦達の生活についての解説書。
    前半は松原岩五郎の『最暗黒の東京』などを引用し、木賃宿や長屋で暮らすスラムの貧民たちの生活が描かれている。
    『最暗黒の東京』は、書かれている内容は興味深いのだが、いかんせん文語で書かれており、読解に手間がかかるのでこの本で解説されているのはありがたい。

    しかし、後半からは娼婦と女工の生活に移ってしまうので、雑多な社会の状況が描かれているのは前半までなのが残念なところ。

  • 当時の貧困層の様子が生々しく描かれており、如何に自分が生きるこの世が恵まれているかを再認識させられてしまった。貧困の根本にある他者に対する想像力の欠如は現代に通づる課題であり、大局観を持って世の中を見ていくことが必要だと思った。

  • ふむ

  • 貧困層の生活について。後半は娼婦について書かれていて幅広いジャンルの貧困について書かれているかと思い込んでいたため割とざっくりしているんだなと思った。

    昔はありとあらゆる概念がなく余裕もないので貧困層を切り捨てるのは当たり前のことなんだと思った。倫理観もなく人権もない。ようやく栄養学というものを知った程度。この状態から今の現代社会までよく進めたと感心するし少しづつ世の中は良くなっているんだなと思った。

    他の国ではある残飯屋も昔日本にあったのは納得できる。ただ近親相姦や強姦が日常茶飯事で親子が夫婦になることもあったと書いてあるけど本来の夫婦は離婚するということなのか戸籍がめちゃくちゃなのかそもそもないのかよく分からなかった。深掘りして知りたいところだった。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/737551

  • 日本の下層社会(横山)と並ぶ,貧困研究の必須にして原典

  • 2020年2月16日に紹介されました!

  • さすがに紀田順一郎さん
    『日本の下層社会』(横山源之助)、『最暗黒の東京』(松原岩五郎)は何度も書棚から手にとっては戻し、戻しては手に取り、を繰り返していたのですが、ようやくそれらの一端に手を触れられた気がします。
     今からほんの百数十年前の文字を持たなかった(持つことが困難であった)人々の「暮らしぶり」にはずっと興味関心を持っていので貪るように読み進めてしまいました。
     ややもすれば「明治維新」とかなんとか、といった日の当たるところばかりが喧伝されてしまう世の風潮の中で、こういう「負」の側面にちゃんと光をあてて、歴史的史実を確認していくことは本当に大事だと思ってしまう。
     権威者(権力者)にとって都合の良いところばかりを言い連ねて、書き連ねて、一方向の歴史(の一部)だけを知らしめようとする「仕組み」は昔も今も一緒だなぁと改めて思ってしまう。
    それにしても、
    松原岩五郎さんを始めとする当時の優れたジャーナリスト、ルポライターたちの熱意と想像を絶する困難さを乗り越えた、その仕事の成果に心から敬意を表します。
     

  • 職場の先輩からお借りしました。
    資料として読んでいたのですが、ついこの間まで日本はこんな感じだったのだなぁ…と驚くことしきりです。
    今も、労働力は使い捨てみたいなところもありますが、この頃はもっとひどく、寧ろ人間扱いされてないです。
    前半はまだどうにか、でしたが、もらい子殺しくらいから辛く、娼婦・私娼・女工はしんどかったです。夢に見ました。
    働いても働いても楽にならない。搾取される生。
    福祉についてはまだまだ充分でない気がしました。

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著者プロフィール

評論家・作家。書誌学、メディア論を専門とし、評論活動を行うほか、創作も手がける。
主な著書に『紀田順一郎著作集』全八巻(三一書房)、『日記の虚実』(筑摩書房)、『古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫)、『蔵書一代』(松籟社)など。荒俣宏と雑誌「幻想と怪奇」(三崎書房/歳月社)を創刊、のち叢書「世界幻想文学大系」(国書刊行会)を共同編纂した。

「2021年 『平井呈一 生涯とその作品』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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