初版金枝篇 (上) (ちくま学芸文庫 フ 18-1)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (558ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480087379

作品紹介・あらすじ

「肘掛椅子の人類学」と断じ去るのは早計だ。ただならぬ博引旁証に怖じる必要もない。典型的な「世紀の書」、「本から出来上がった本」として、あるいはD・H・ロレンス、コンラッド、そして『地獄の黙示録』に霊感を与えた書物として本書を再読することには、今なお充分なアクチュアリティがあろう。ここには、呪術・タブー・供犠・穀霊・植物神・神聖王・王殺し・スケープゴートといった、人類学の基本的な概念に関する世界中の事例が満載されているだけでなく、資料の操作にまつわるバイアスをも含めて、ヨーロッパ人の世界解釈が明瞭に看取できるのだから。巧みなプロットを隠し持った長大な物語の森に、ようこそ。

感想・レビュー・書評

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  •  古代人は呪術を駆使して自然を意のままに操ることができると信じていたし、他人の生死も意のままに操ることができると信じていた。そのような力は誰にでも備わっていると信じていたが、特に強い力を持つ者がおり、こういった者が祭司となり、やがては王となっていった。王や祭司はその強大な力ゆえに全世界の存亡をも司る者であるとみなされ恐れられた。王や祭司の一挙手一投足が世界の存亡に関わると考えられたために、厳しいタブーが彼らに課せられることになった。また彼らの魂もやはり宇宙の存亡に関わると考えられていたため、彼らが年をとって病気になり魂が弱ることは避けられねばならなかった。そんなわけで彼らは最も健康な時期に殺されたのであった。つまり魂の引き継ぎが行われていたのである。いつまでも権力の座にしがみついていてはいけないのであり、老害は絶対に許されなかった。こんな感じで古代の王と呼ばれる者たちはその過酷な運命故に後継者に悩まされたのであり、本人から近親者の殺害、動物の殺害といったようにその過酷な慣習は緩和されていったのである。また王という地位は政治的指導者、宗教的指導者へ分裂していったのである。要するに古代人はタブーや儀式というものを我々の想像もつかない程真剣に考えていたのであった。残酷な人身御供、呪術といったものに対する新たな視点を与えてくれるのが本書であると思われる。
     
     クリスマスツリーやハロウィンのかぼちゃに関する記述はないものの、本書を読んでいけば、そのルーツが樹木崇拝にいきつくことは容易に想像できる。世界各地で収穫時の農民の祝祭において樹木に飾り付けをしたり人形と見立ててダンスを踊る。樹木は古代より繁栄の象徴と考えられてきた。オシリスを太陽神とする学者の見解に対する反論もなされている。

  • 不思議な本。
    ところどころの記述は首をひねるようなものも混ざっているのに,それを全体として考察していく段階となると,「おお!」と納得させられる。まるで魔法。

    特に印象深かったのは「神」と「霊」について。
    霊の場合,行われる儀式は「宥め」ではなく「共感呪術」。確かに祝詞って言葉上ではお願いの形をとっているけど,実際は祝詞によってあるべき型を神々に思い出させている感が非常に強い気がする。

    活動領域といい,持っている力といい,フレイザーの言う霊は日本の「神」なんだろうなあと思いつつ読んだ。いわゆる「未開社会」で主に信仰されている存在。そんな霊的神が日本の現代にも実存していること自体が,日本の不思議なんだと思う。
    霊からgodへ移行しなかった日本。
    面白い。
    橋爪先生は,日本人の死後の世界だったりに関するぼんやりした考えについて「文明国にしては素朴」と言っている。
    何が日本をそうしたのかは置いといて,その結果,日本文化にどう影響を与えたのか。そっちが気になる。

    学部生のときに授業で習った内容も思い出しつつ,でした。
    元気かなあ,あの奇妙な先生。

  • From the still glassy lake that sleeps
       Beneath Aricia's trees--
    Those trees in whose dim shadow
       The ghastly priest doth reign,
    The priest who slew the slayer,
       And shall himself be slain;

    アリキアの木々の下に眠る
    鏡のように穏やかな湖
    その木々のほの暗い影の中で
    治世を司るのは恐ろしい祭司
    人殺しを殺した祭司であり
    彼もまた殺されることだろう

  • 原初宗教と呪術については昔から興味があった。
    この本はこれ以降が面白くなる。

  • この『金枝篇』は、イタリアのアリキアの町に伝わる、祭司職が、現在の祭司を殺す事により代替わりする掟の説明を提示させることを目的としている。
    1.何故、祭司は前任者を殺さなければならないのか?
    2.何故、殺す前に、『黄金の枝』を折り取らなければならないのか?

    古代の王は、一般に祭司でもあった。
    王には、また天候の恵みと豊富な穀物を期待される。
    呪術的共感。

  • 森の王、聖なる王とは。
    王殺しと再生の供儀の意味。
    大地を肥沃にするために、それを維持するために穀物霊である王をリニューアルしていく。

  • 「金枝」とはヤドリギのことで、この書を書いた発端が、イタリアのネーミにおける宿り木信仰、「祭司殺し」の謎に発していることから採られたとウィキペディアにある。世界に残る言い伝え、信仰、宗教的儀式などを広範な文献を調べまくって、まとめる。文化人類学、民族宗教学の分野に属する本だと思うが、完成までに40年を費やし、全13巻の大著である本書は、この徹底した文献調査により、他の追随を許さないほど優れた業績を見いだせる。読んでいてゾッとする風習についての記述が多々ある。フィジー諸島では、老人は生きたまま埋められた。
    ダーウィンの伝記の本では「フェゴ土人は食糧危機の際は老人をたべちゃうので、家族制度が存在しない」のを見て進化論のヒントとなったとか書いてありました

  • 膨大な世界各地の民族の風習を整理分類し、その行事や習わしの共通性を明らかにしようとした民俗学の名著は、とにかく想像力を掻き立てられる面白さに満ちていた。個々の事例も興味深く、特に2章における王とタブーの話が印象に残っている。曰く、各地で王とは神の代弁者として権力を持つものの、代弁者であるが故に少しでも身体的不具の予兆があれば殺されて新たな王を立てる習わしがあったとのこと。また神聖であることと不浄であることはタブーという点で根源的に同一であり、そこに論理的整合性が隠されているという指摘には感心させられた。

  • 下巻読了後に下巻の方でレビュー予定

  • 呪術誌というか、魔術そのものへの思考には必読。

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