エロティシズム (ちくま学芸文庫)

著者 : G・バタイユ
制作 : 酒井 健 
  • 筑摩書房 (2004年1月11日発売)
3.68
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  • レビュー :38
  • Amazon.co.jp ・本 (493ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480087997

作品紹介

労働の発生と組織化、欲望の無制限な発露に対する禁止の体系の成立、そして死をめぐる禁忌…。エロティシズムの衝動は、それらを侵犯して、至高の生へ行き着く。人間が自己の存続を欲している限り、禁止はなくならない。しかしまた人間は、生命の過剰を抑え難く内に抱えてもいる。禁止と侵犯の終りなき相克にバタイユは人間の本質を見ていった。内的体験と普遍経済論の長い思考の渦から生まれ、1957年に刊行された本書によって、エロティシズムは最初にして決定的な光を当てられる。バタイユ新世代の明快な新訳で送る、待望の文庫版バタイユの核心。

エロティシズム (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • [ 内容 ]
    労働の発生と組織化、欲望の無制限な発露に対する禁止の体系の成立、そして死をめぐる禁忌…。
    エロティシズムの衝動は、それらを侵犯して、至高の生へ行き着く。
    人間が自己の存続を欲している限り、禁止はなくならない。
    しかしまた人間は、生命の過剰を抑え難く内に抱えてもいる。
    禁止と侵犯の終りなき相克にバタイユは人間の本質を見ていった。
    内的体験と普遍経済論の長い思考の渦から生まれ、1957年に刊行された本書によって、エロティシズムは最初にして決定的な光を当てられる。
    バタイユ新世代の明快な新訳で送る、待望の文庫版バタイユの核心。

    [ 目次 ]
    第1部 禁止と侵犯(内的体験におけるエロティシズム;死に関係した禁止;生殖に関係した禁止;生殖と死の類縁性;侵犯 ほか)
    第2部 エロティシズムに関する諸論文(キンゼイ報告、悪党と労働;サドの至高者;サドと正常な人間;近親婚の謎;神秘主義と肉欲 ほか)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • ちくま学芸文庫のフェアで購入した、バタイユの代表作。
    これに限らず、バタイユを読んでいるといっつも思うのだが、カトリック的価値観から抜け出そうとひたすら足掻き続けていたように感じられてならない……う〜む。

  • バタイユは俗なる世界(秩序と理性)と聖なる世界(破壊と暴力)を対立させて論じて言う、その両方の世界が、「同時に、あるいは前後に続いて、人間の社会を作り上げているのだ。この二つの世界は、人間の社会の相補的な二つの形態なのである。」(PP.108-109.)こう論じるバタイユに、老荘や陰陽思想のような循環的な思考に通底するものを見ることは可能だろう。伝統的な西洋の思想の範疇に収まりきらず、そこからはみ出ようともがくバタイユの運動を見てとれる。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784480087997

  • 禁忌に対する侵犯をエロティシズムと定義する事ができ、それは、人間特有である。禁忌とは何か。宗教のような、後天的な規定。しかしまた、それは先天的なものをも含む。先天的なものがあり、かつ、エロティシズムを人間特有とする。さすれば、人間とは、先天的な本能にして、他の霊長類とも差違的な存在なのか。答えは否。だとすれば、次の二択になる。つまり、人間以外の霊長類にもエロティシズムが存在するか、先天的な禁忌というものは存在しないのか。

    そもそも禁忌とは何か。社会を統制し、利益を傾斜するために守らせるべき約束事。また、人民同士が住みやすい社会を構成するためのルール。宗教上のタブーとは、絶対的存在に対する秩序を保つために必要なものだ。では、それを侵犯する事が、必ずエロスか。いや、もうひと定義必要だろう。つまり、対外的に暴露されずに、行為を成立するという事が、その条件となる。

    つまり、エロティシズムとは、こそこそ、恥ずかしい事をする、という事だ。

    その事を深く考察して、何の足しになるか。そんなものは、言葉にせず、認識している言葉の世界である。

  • 「エロティシズムとは、死におけるまで生を称えることだと言える。」
    ということを説明している本です。
    エロティシズムというどちらかと言えば人間の暗部について考えぬかれた本です。バタイユさんが60歳で出版されてます。書き上がるまでにおそらく二十年以上かかっているんじゃないでしょうか?

    エロティシズムは死や暴力と関係が深いようです。しかも理性から逃れ去る性質があります。ですからエロティシズムそのものを意識化して言語化するのは不可能みたいです。そういうところをしつこく粘りに粘って書こうとされています。

    考えてみれば性衝動は大脳よりも下位の脳(視床下部とか?)が関与しているところのようですから意識化できないのは当たり前といえば当たり前のような気もします。しかも、性衝動による意識や行動は大脳皮質で処理されますから、エロティシズムの根本は不明でその表層的なものだけが意識に上るという結果になります。ですからわけわかんなくなるんです。

    だから、「わけわかんないんだ。」で終わらせることもできるのでしょうが、バタイユさんはそこを執拗に追求します。まるで、養老さんが『唯脳論』で身体にこだわり続けられたのとパラレルです。バタイユさんの前に養老さんを読んでいたのもやはり何かの思し召しなのかもしれません。

    バタイユさんは西欧のキリスト世界の方なので、宗教について語られるときに重苦しさがあります。その重苦しさを和らげるためにはこれまた養老さんの『カミとヒトの解剖学』を読まれておくと、ちょっと気が楽になると思います。

    自分はエッチのことばかり考えて変態なんじゃないか?大丈夫だろうか?と心配になっておられる方には、きっと救いになる書物です。


    Mahalo

  • 言葉で表すことの難しいエロティシズムを議論の的とした意欲作。

    エロティシズムという感情は禁止の侵犯という宗教や衝動的な暴力と同じ精神的基盤に立つという視点から至極主観的な事象を語っていく。

    この本と他の本との決定的な違いは「議論が完結していない」ということ。
    訳者あとがきでも述べられている通り、多くの問題提起と議論の余地を残したまま議論が進んでいく。

    よって、一度読んで終わりといった本ではなく、この本を契機に様々な本を読んでまたこの本に戻ってくるということを繰り替えすことで読者に考えることの楽しさを知らせてくれる。

  • バタイユの珠玉の一冊。エロティシズムの起源を生物学的に定義付け、その後にエロスと禁止、禁止と侵犯、そして宗教との関連について考察する。
    日本では高群逸枝が似たような考察を先んじて行っているが、生物学から演繹して人間の情念を論じるということは近代において避けられてきた部分もある。今日では恋愛感情は自律神経の働きによって分析されているものが最も「科学的」と思われているのだろう。心理学によって実際の行動のパターンは分析されうるものの、それの社会的機能、基盤についての考察においてはこの『エロティシズム』を超える論述は未だお目にかからない。私の勉強不足であるかもしれないが……
    情念論はデカルトあたりを発端に考えるのがよいのかもしれないが、哲学的には今日相当に未開拓の分野であるといえよう。今後の研究が——性という「宗教的」タブーを越えて——進むことが期待される。

  • エロティシズムの発生メカニズムを、人間社会における動物性や自然的直截性への嫌悪、あるいは惧れという心的な抵抗、すなはち<禁止>という現象と、それをさらに否定すること、すなはち<侵犯>という両者のダイナミズムで以って俯瞰的な説明を施した書。

  • 小説しか読んで来なかったから難しい。
    あとがきはまだ理解できるけど本文は無理だった。

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