日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.85
  • (195)
  • (242)
  • (186)
  • (32)
  • (15)
本棚登録 : 3228
感想 : 253
  • Amazon.co.jp ・本 (409ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480089298

作品紹介・あらすじ

日本が農業中心社会だったというイメージはなぜ作られたのか。商工業者や芸能民はどうして賤視されるようになっていったのか。現代社会の祖型を形づくった、文明史的大転換期・中世。そこに新しい光をあて農村を中心とした均質な日本社会像に疑義を呈してきた著者が、貨幣経済、階級と差別、権力と信仰、女性の地位、多様な民族社会にたいする文字・資料の有りようなど、日本中世の真実とその多彩な横顔をいきいきと平明に語る。ロングセラーを続編とあわせて文庫化。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 日本の歴史ついて、新しい考え方を教えてくれた良書。タイトルに「全」とあるように、本書は「日本の歴史をよみなおす」と「続・日本の歴史をよみなおす」の二本立てになっている。特に続編の内容が、驚きの連続である。網野氏の考察が色濃く出ており、なるほどそういう見方もあったのか、と開眼が止まらない。歴史をもう少し勉強してから読み直すと、さらに面白く読めそうだ。

  • いわゆる教科書に書いてある歴史とは違って、実際の人々の生活、宗教観などをテーマに日本の歴史を紐解いていて面白い。
    特に後半の百姓=農業従事者という訳ではないとのくだりが面白かった。
    貧農と言われていた人達の中には実は漁業をメインに営んでいて、実際は裕福な生活を送っていた人達もいたとか。
    日本の昔の人々をリアルに感じられた。

  • 農民=百姓
    授業ではそういうふうに習ったと思います。
    いや区別しないで習ったというべきでしょうか。
    ただ本書を読むとそうではないことがわかります。
    百姓=武士や商人でない人
    塩を作ってたり漁業や水運業をする人もみんなはいってるんですよね。
    コレは目から鱗でした。
    日本は農本主義で農業が国の基本で租税の中心と思ってました。
    でも戦国時代や幕末もそうですが交易が日本を動かしてますよね。
    楽市楽座もそうですし亀山社中や海援隊もそうですよね。

    僕の今の仕事で考えるとやりたいことをやるためにはお金が必要です。
    それは今も昔も同じですよね。
    そのお金をどう増やすか。
    やっぱり交易が大切なんですよ。
    無いところにあるところから持っていく。
    無いものを魅せる。
    それができれば消費が増えるのでお金が動きます。
    歴史に学ぶことはやっぱり多いです。

  • 刺激的な本だった。この先生の説から大いに刺激を受けている隆慶一郎の著作を読むときの様な興奮を読みながら感じる。同時期にニューズウィークに掲載されている「コロンビア大学特別講義」を読んだ事もその刺激をより強めてくれた様に感じる。歴史がいかに作られ、残されていくか。グラック教授の授業を読めば、この本で語られた、かつて当然のように認識されていた日本人や日本についての歴史が全く違った真実を埋もれさせていたという事がちっとも不思議ではない。網野史観は今でも議論があるというが、全く違う方向から光を当てたとき、「歴史」とされているものに起きてくる大転回は、歴史の教科書から士農工商が消える、といった程度のレベルではない。歴史は古代から作られ、様々な思惑から選んで遺され、また新しい発見がある。そしてこれからも作られていく。

  • あまりにおもしろいので再読したくらい。
    網野善彦さんは、日本中世が専門の歴史家だ。この本の内容も中世を舞台にしている。
    非定住の海洋民や様々な職能民たちの活躍。貨幣と商業・金融の発達。これら非農耕的な側面を軸にいままでの日本社会像を覆してくれる。
    読みながら思わず唸った。
    日本は農耕社会で海に隔てられた孤島というイメージだったが、この本を読むとその認識が間違いだったことが分かる。
    日本の歴史はこんなにもダイナミックだったのかと驚く。
    歴史好きな人はもちろんそうでない人にも是非読んで欲しい。

  • 歴史音痴の私が言うのはおこがましいですが、大変素晴らしい歴史の本です!
    お百姓さん=農民と教わってきた歴史教育の大きな間違い。
    また非人については、神仏に使え世の中の穢れを清める特殊な力を持った人々と言う位置付け。
    あー、短い時間では書ききれない…あー…うー

  •  20年前からのベスト&ロングセラー。
    常識は疑われなければならないし、学び続けなければならないということを改めて知らしめる一冊。例えば、中世・近世の日本が決して農業社会ではなかったということ。人口の90%が「百姓」であったが、「百姓」=「農民」というのは近代が解釈した間違いであったということ。もともと「百姓」は百の姓、つまり市井の一般の人々をさす言葉だった。漁民も森民も商人も工人もすべて「百姓」であった。そういうことが、ここ数十年の研究でわかってきた。そんなことがいくつもいくつもあって、こんなに鱗があるのかと思うほど、目から鱗が落ちた。
    新しい研究の成果を長い間知らずに、かつて学校で学んだことをそのまま真実だと信じて生きてきたここ数十年。すでに真実ではなくなったことをあたかも真実であるように話、発言をしてきたんだうろなーと思うと恥ずかしい。もっと早く読んでおくべきだった。

  • 網野史観の入門書として相応しい一冊。

    網野さんの歴史観の捉え方は様々だが、一般の読者には日本史への多様な視点を与えてくれることは確かだ。

    百姓と呼ばれる人々の実態、室町時代の商業発展などをつぶさに見ていくことで、非農業国家としての日本を描きだす。

    また、差別階級と認識されがちな非人は、天皇や寺社に使える聖なる存在であったことなど、マイノリティに新たな視点を提供してくれる。

    歴史に多様な視点を持つことは、皇国史観やマルクス史観など画一的カルト的歴史観に陥らないために極めて有益である。

    そして、また、多様性が尊ばれる現代にも相応しいだろう。

  • 「ちくまプリマ―ブックス」から刊行された二冊の本をまとめて収録したもので、若い読者に向けて日本の歴史の新しい見かたをわかりやすく解説しています。いわゆる「網野史学」の入門書として読むことのできる本です。

    著者は、「非人」と呼ばれて蔑視されてきた人びとについて、神の「奴婢」という見かたがあったことを掘り起こし、彼らが社会のなかで果たしてきた役割について考察をおこなっています。また、「百姓」を農民とみなす理解が、これまでの歴史研究のなかで抜きがたく存在していたことを批判し、彼らのなかに非農耕民が多く含まれていたことに注目しながら、農村を中心に置いて日本社会を均質的なものとしてとらえる常識的な見かたをくつがえす試みがなされています。

    非農耕民、賤民、女性といった、従来の歴史研究のなかでアウトサイダーに位置づけられてきた人びとの視点から、日本の社会の新しい見かたを示しており、おもしろく読みました。

  • 網野善彦氏(1928~2004年)は、日本中世史を専門とする歴史学者。文献史学を基礎として展開した独自の歴史観は「網野史観」とも呼ばれ、学術的には賛否両論があるものの、日本中世史研究に多大な影響を与えた。
    本書は、1991年刊行の『日本の歴史をよみなおす』と1996年刊行の『続・日本の歴史をよみなおす』を併せて、2005年に文庫化されたもの。
    網野中世史のポイントのひとつは「非人」である。日本の古代においては、奴隷と良民の区別と、ケガレに関わる人びととそれ以外の人びとの区別があった。「ケガレ」とは、人間と自然の均衡が崩れたときに、それによって人間社会の内部に起こる畏れや不安と結びついたもので、具体的には人の死や誕生などの際に発生するといい、京都の貴族たちの間にケガレに対する畏怖が広がってきた11世紀頃に、「非人」と呼ばれる集団がクローズアップされるようになってきたという。そうした非人たちは、ケガレをキヨメる特異な力を持っていると見られ、神仏の「奴婢」として、その中の少なくとも主だった人びとは、神人・寄人、神仏の直属民という地位を、社会の中で明確に与えられていたのである。その後時代が下るにしたがい、人びとのケガレに対する畏れの意識が消えて、これを忌避・嫌悪する意識が強まり、ケガレを清める仕事に携わる人びとに対する忌避・差別観・賤視の方向が表に現れてくるようになったのではないかという。
    また、網野史観のキーワードのひとつに「無縁」がある。古代において、モノは必ず人間と結びついていたが、中世に入り、河原、川の中州、(海と陸の境である)浜、(山と平地の境である)坂などに市場が立ち、モノの交換が行われるようになる。それは、そうした場所を、神の世界と人間の世界、聖なる世界と俗界の世界の境として、そこに入ると、モノも人も世俗の縁から切れた無縁の状態になり、モノとモノとを、モノそのものとして交換することが可能になったからだという。
    更に、日本の社会が、少なくとも江戸時代までは農業社会だったという常識が、広く日本人にゆきわたっているのは、「百姓」=「農民」という思い込みの結果に過ぎず、「百姓」とは、文字通りたくさんの姓を持った一般の人びとという意味以上でも以下でもなく、農業以外の生業を主として営む人びとを含んだ言葉であり、そうしてみると、江戸時代以前の日本社会のまったく違った実態が浮かび上がってくるという。
    そのほか、文字、貨幣、女性たち、天皇と「日本」の国号、日本列島、荘園・公領、海賊・悪党などにテーマは及び、極めて示唆に富む内容である。
    出版元の編集者を相手にした話をまとめたもので大変わかりやすく、かつ、「網野史観」のエッセンスが網羅された良書と思う。
    (2019年12月了)

全253件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1928-2004年。東京大学文学部国史学科卒業。名古屋大学助教授,神奈川大学短期大学部教授,神奈川大学特任教授を歴任。専門は日本中世史。主な著書に『蒙古襲来』,『中世東寺と東寺領荘園』,『日本中世の民衆像』,『日本中世の非農業民と天皇』,『日本の歴史をよみなおす』,『「日本」とは何か』,『網野善彦著作集』全18巻+別巻がある。

「2019年 『中世の罪と罰』 で使われていた紹介文から引用しています。」

網野善彦の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
梨木 香歩
吾妻 ひでお
有効な右矢印 無効な右矢印
ツイートする
×