ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む (ちくま学芸文庫)

著者 : 野矢茂樹
  • 筑摩書房 (2006年4月1日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480089816

作品紹介・あらすじ

二〇世紀哲学の方向性を決定づけたウィトゲンシュタイン前期の書『論理哲学論考』。この衝撃的著作を、哲学界きっての柔軟な語り口で知られる著者が分かりやすく読み解き、独自の解釈を踏まえて再構築する。ここでは単なる歴史的価値を超えて、『論考』の生き生きとした声を聴くことができるだろう。本書は、こう締めくくられる-「語りきれぬことは語り続けねばならない」。比類なき傑作読本にして、たまらなくスリリングな快著。ウィトゲンシュタイン思想全体の流れの中で『論考』を再評価する新原稿、「『哲学探究』から見た『論理哲学論考』」を付した増補決定版。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 論理哲学論考論考を読んで、そのすぐは理解度が30%くらいで。その後これ読んで、理解度が60%位にはなったと思う。
    論考読む前にこっち読んどきゃよかったなぁ…としみじみ。

  • これは解説書ではない。少なくとも「私は『論考』をウィトゲンシュタインの手から奪い取りたいのである」なんて挑発的な言葉を投げかけるような解説書なんてこれまで見たことがない。一人の論理学者が百年前の本と向き合い、考えに考え抜き、自らの言葉で語ろうとするその文章は感情が零れ出し、時には情熱的でさえある。『論考』の副読本としてもこの上なく優れているのだけど、それ以上に語りうるものを語ることで語りきれぬものを何とか指し示そうとする、本書から語られず示されている「本を読む姿勢」というものに何より胸を打たれてしまった。

  • 論理哲学論考は突然言い切りで断言するので、素人にはわけがわからない。その行間を埋める良書。かなり自信満々な文章なのでちょっと当初はイラッとするけど、それを超えれば実に丁寧に解説されていて感謝感謝です。

  • 20世紀屈指の哲学者ウィトゲンシュタインの難書『論理哲学論考』を軽快に読み解く一冊。『論考』の初めの一歩としてどうぞ。
    *図書館の所蔵状況はこちらから確認できます*
    http://opac.lib.kitami-it.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB50092655&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

  • 繰り返し繰り返し読み返している。論理空間とは何か、思考するとは言語によってのみなされるとは、論理哲学論考を読み解く野矢氏の語り口に、徐々に開かれる世界を楽しむのみだ。エンジニアにとって、この本は、分節化した事実から対象に迫ることにより世界を解明し、システムの設計(可能性)を行なうということに気づきを与えてくれる。また、それはオブジェクト指向を理論的に理解する一助になる。理解は使いこなすための基盤である以上、ITエンジニア必読の書とも言えるだろう。

  • 砕いた説明で面白いんだけど時間をかけて読み過ぎたのでまとまりをもって頭に入ってこなかった感がある。終盤、論理学が意志の話とか幸福論にまで拡がっていたのには驚かされた。世界ってなんなんだろうとか言葉ってなんなんだろうとかふと思ったときに読み返したい。

  • 「ウィトゲンシュタイン入門」より読みやすかった。命題の部分は数学が個人的に苦手だったからとても難しかったけど、それ以外の部分は概ねスーッと頭に入ってきた。
    人間はどこまで思考することができるのか、思考することと出来ないことの境界線はなんなのか、その境界線がつまるところ、世界の限界ではないのか、といった部分がとても印象に残っている。
    幸福に生きよ!

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784480089816

  • 論理哲学論考を丁寧に解説する体で、野矢氏の哲学を語る本。他の哲学書をきちんと読んだことがないので分からないが、比較的分かりやすい説明がなされていると思う。

  • 思考主体としての自分の可能的な世界
    その内側に、私を対象とした実現可能な未来があるとして
    その中のどれだけの未来が選択可能なんだろう?

    思考主体としての自分が、
    私を対象としてなにか選択する際に、
    意思が生じるけど
    その意思は私の論理空間にはないから
    その意思を私は語り得ない。

    つまり、自分の行動を分析することによって、示された自分の意思を認識することしかできない。

    でも、私は自分の意思は自分である程度コントロールできると感じて生きてきたし、自分の人生には岐路とよべるところがあったと思うんだ。

    どれほどの未来が
    私にとって選択可能なんだろう?

    私の意思は、私の正は、
    私とどう関わっているんだろう?

    そんなことをつらつらと考えました。

    幸福に生きたい!

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