わたしは花火師です: フーコーは語る (ちくま学芸文庫 フ 12-9)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480091659

作品紹介・あらすじ

『狂気の歴史』から『知の考古学』『監獄の誕生』と中期の作品を書き継いで脂ののりきったフーコーの初訳対話・講演集。自らの軌跡についてはあまり語らなかったフーコーが、学生時代、若手教授時代の雰囲気などにもふれ、率直にその仕事を語る2編の対話、カントの「啓蒙」と「批判」というテーマを正面から展開し、18世紀における知と権力の関係の画期的な転回を明らかにする白熱の講演、中世以来の施療院的医療体制が17‐19世紀初頭にかけて近代的な病院=医学的知の体制に転換する過程をていねいに解明する講義2編を収める。70年代後半のフーコー自身による、格好の著作案内である。

感想・レビュー・書評

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  • 「自分」などというものは実はキリスト教的な告解の習慣などからつくりだされた権力との関係なのではないか、狂気(精神異常者)はつくりだされた、医療などは個人をミクロのレベルで統制するような国家(権力)装置でもあるのではないか…など、従来の常識では疑問さえ抱かないような物事を転覆するフーコーの斬新な思想が、インタビューをとおして平易に語られる。

    とりわけ、自身の性的な側面、おそらく圧倒的なモチベーションにもなっていたであろうことに短く言及されている。それは彼がゲイであったという側面であり、そのことで「社会的な影の部分に」属しているのではないかという衝撃が、一生を通じて彼の原動力になっていたはずだと想像する方がおもしろい。

  • 大してフーコーの著作も読まずにいきなり自伝的著書を読んでしまったが、フーコーが何に影響を受け、どのような信念を抱いているのかを浅くながらも知ることは、今後フーコーを読む際に、より印象的にフーコーを感じることに繋がるのだろう。そういう意味で、本書のようなものを最初に読むことは戦略的にそこまで悪くない。そこまで量も多くないので読みやすいというのもあるしね。

  • 主に二つの主題から構成されている。
    前半はそれまでのフーコーの研究の総括のようなインタビュ=形式。
    もう一つは、”医療化の歴史”、”近代技術への病院の統合”という
    近代医療、福祉の歴史に関するものである。
    前半部分は、研究の成果に関するものなので
    フーコーの著作を読み込んでいないとついていけないと思う。
    後半は分かりやすいが、知れば知るほど、
    私たちの暮らしが権力者たちにより形成されていったのかを
    まざまざと見せつけられるようで、考え込んでしまった。
    福祉、医療がどういった経緯を辿って今に至るのか。
    これはみんな知っておいた方が良いのではないかと思う。

  • 「わたしは花火師です」のみ読了。フーコーが「わたしは花火師」ってどういうこと?という興味一本で手にとる。歴史家とも哲学者とも呼ばれたくない。わたしは花火師、占領と戦争と破壊に役立つもの。花火師は地質学者にして実験家。つまり、問題提起職人てことなのかなあ。どのような土地、世論、時代背景で効果的に問題提起できるか、というのを「花火師」と称したのかな、という感想。きれぎれに書くこと、書き物であることが自覚されない書き物、熱に浮かされたカオスのように書くことを望んでいるのだとか。また、書くという営みが、本に仕えることが必要だとも。◆異常者だということは、病人だということだ。ほかの人とは違っていること、正常ではないこと、病人であること、この三つのカテゴリーはきわめて異質なものでありながら、どれも同じように扱われていたのです。p.12◆

  • p.2009/2/18

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  • 「繰り返しますが、わたしは花火師なのです。わたしは自分の書物が地雷であり、爆発物の包みであると考えています……。そうであってほしいのです。」p.21

  • フーコーの小論文やエッセー、インタビュー、講演などをあつめた「思考集成」からもれた重要なインタビュー、講演を集めて翻訳したもの。

    なんだけど、全然、残り物という感じはなく、タイトルになったインタビューを始め、フーコーの問題意識のありようがストレートに伝わってくる。

    そうか、フーコーは、歴史家でもなく、哲学者でもなく、花火師だったんだー。

    文章の流れからは、花火師というより、軍事的な爆薬技術者というニュアンスのほうが強いが、要するに現在の社会を揺るがすためにそれを構築しているもののを弱い部分を見つけ、そこに爆薬をしかけて、花火のように美しく爆破する人、という感じ。

    自分のやっているのは歴史学とか科学ではないので、証拠を求めることはできない。という割切りもスゴい。

    このインタビューは、ほんとに分かりやすいというか、ストレートで、面白いな。あまりにもストレートすぎるので、「思考集成」から外されたんだろうか、と思うほど。

    残りの講演記録も、とても勢いのあるもので、70年代のフーコーの充実を改めて、実感する。

  • フーコーの視点はつねに物事の根源にむけられ歴史の起源からその系譜に向かう。
    そもそもそれはなんであってなんでそうなのか…
    本当のラディカル・シンキングである。
    それが思考の唯一の方法であり、フーコーはその徹底から手を抜くことはなかった。
    それは未決定性や不可能性を敢えて指向し、突き当たる「権力」に対峙し続けたのである。

  • ハマる人のいるのがわかる気がする。言ってることは至極まともだし。
    自分の書いた物と自分の歴史を切り離そうとしたい、という気持ちは凄くよくわかる。哲学はバイオグラフィーで語るな、と。ついつい語りたくなる経験が多いのもまた哲学者なのだけれど、そこには反抗したいと自分も思った。
    日本語訳がこれでいいのかは私には判断付かない。ディスクール?なんやっけ?みたいな。
    個人的には訳せない語を、もしくは訳すと誤解を招くような言葉をそれでも敢えて訳して欲しいかな。

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著者プロフィール

ミシェル・フーコー(Michel Foucault):1926年フランス・ポワティエ生まれ。高等師範学校で哲学を専攻、ヨーロッパ各国の病院・研究所で精神医学を研究する。1969年よりコレージュ・ド・フランス教授。1984年没。主著に『精神疾患とパーソナリティ』『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』『言葉と物』『知の考古学』『監視と処罰』『性の歴史』がある。

「2023年 『ミシェル・フーコー講義集成 2 刑罰の理論と制度』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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