明治国家の終焉 1900年体制の崩壊 (ちくま学芸文庫 ハ 32-1)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480092960

作品紹介・あらすじ

「1900年体制」とは、官僚閥の桂太郎と議会第一党・政友会の原敬によって構築された協調体制である。それは日露戦争後の金融界・産業界・都市部住民の主張を制限し、陸海軍と農村地主の利益を最優先しようとするものだった。ところが、軍部は陸軍と海軍に、官僚は大蔵と内務・鉄道院に、与党は積極財政派と行財政整理派に分裂し、野党・立憲国民党を巻き込んで政界は四分五裂に陥る。「民衆運動」もそれに共振し、統治システムの再編は迷走を続けた。「1955年体制」の崩壊を通奏低音としながら、予算問題の政治対立に焦点を当て、近代日本の臨界点となった「大正政変」の軌跡をたどる。

感想・レビュー・書評

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  • 桂園時代から第二次大隈内閣までの政治史。「予算問題をめぐる政治対立」に焦点が当てられている。原敬の政治指導が常に盤石というわけではなかった、ということが具体的に理解できた。各章の冒頭に要約がつけられているので、それを理解した上で読み進めていきたい。

  • 桂園時代を明治国家体制の象徴的な到達点として見た後に、大正期にそれが崩れていく様子を丁寧に追う。
    大変わかりやすく導入部で桂園期の政治状況が述べられる。
    年表では一見不自然に繰り返す桂・西園寺・桂・西園寺・桂……
    それは軍を中心とした藩閥や官僚閥の代表者と、有権者である農村地主の代表者が交互に政権を担う政治体制だった。
    昭和期の政党内閣期と軍閥支配の時代を思えば、確かに教科書的には安定したという形容詞が付くのだろう。
    しかし内実は日露戦から慢性的となった陸海軍の予算要求と地租の増税と財政状況の悪化が解決しない状況だった。
    その中でおこる第一護憲運動や欧州大戦などが大きく日本政治の環境とプレイヤーを入れ替えさせる。
    大隈内閣や原内閣の後に日本が大衆社会への階段を登ることとなり、さらには大正デモクラシー期を迎えることとなることを考えれば、欧州で世界大戦による近代の黄昏を迎えたことと軌を一にして、日本でも大正政変によって近代から現代への萌芽が発生していたように思う。有権者の拡大は、もはや政党を農村地主のものにさせず、桂園時代を生じさせず、果てには極端なポピュリズムを生んだ。歴史は後戻りしなかった。

  • 本著は日露戦争後の桂園時代から大正の政変を経て第二次大隈内閣までの政治の動きを著したもの。
    いわゆる、大正デモクラシー、本格的政党内閣である原内閣までの明治から大正の狭間の時期。藩閥vs政党、薩閥(海軍)vs長閥(陸軍)、対官僚、予算を巡っての権力闘争、駆け引きが詳細に描かれており、興味深い。
    ある意味で幕末時の勢力図をそのまま引きずっているともいえ、本著のタイトルである「明治国家の終焉」へ繋がってくる。

    大正デモクラシー、昭和へ向かう時代の狭間で、なかなか理解し難い時期ではあるが、本著を読むことで、その時代の閉塞感、大正維新への期待感が、新たな時代を切り開くことへの起爆剤になっていたことがよく分かる。

    因みに本著は丸の内丸善の松丸本舗で購入。

    以下引用~
    ・そのような体制の構築が官僚閥の桂太郎と政友会の原敬の手によって行われたのは、日露戦争後に予想された様々な階層の自己主張を事前に抑え込むためであった。
    ・(第二次西園寺内閣)西園寺首相は、桂太郎らの山県閥の閣外からの交渉の防波堤とするために、薩派政治家で海軍最大の実力者であった山本権兵衛に接近した。海軍の方も、桂内閣の下では一部実現したに過ぎない大建艦計画を陸軍を抑えて実現するために、西園寺を支持した。
    ・前年の予算作成の過程で山本権兵衛や西園寺首相により疎外された山県閥が、新帝(大正天皇)の即位を機に宮中と枢密院とを掌握し、その政治的発言力を回復するのに成功したからである。(桂太郎が内大臣と侍従長の両方に就任)
    ・山本内閣を打倒した時の行動は、貴族院の歴史の中でも、おそらく例外的なものであろう。
    ・大正維新期待が、永年における政治的・思想的、社会的不満の累積の噴出であることをもっとも理解していた政党指導者は、おそらく犬養毅であった。
    ・(第二次大隈内閣)現実政策の面で、総選挙までの一年余にわたって多くな破綻を見せずに済んだ最大の原因が、成立後数ヶ月で第一次大戦が勃発したことにあることは、これまでもしばしば指摘されてきたところである。

  • 日露戦争終了から第一次世界大戦勃発まで9年間の日本の議会と内閣の揺らぎの状況が、まさに昨日の記事を読むような印象を与える硬質な雰囲気で記述されていく。日露戦争に勝利した日本は、さらに軍備をはじめ、種々国家インフラを整備するために財政が膨れる傾向にあった。にもかかわらず、日露戦争の戦費を支えるために税を厳しくしていた反動で増税は政治的に極めて困難な状況だった。今までと同じような成長軌道を見出すことが困難になった日本は、藩閥政府の体制からデモクラシーの方向へ、明治から大正へと秤動していく。今、現在と何か似ているではないか。

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著者プロフィール

一九三七年神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程中退。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、現在は東京大学名誉教授。専攻は日本近代政治史。主な著書に、『明治憲法体制の確立』『日本憲政史』(以上、東京大学出版会)、『帝国と立憲』(筑摩書房)、『昭和史の決定的瞬間』『未完の明治維新』『日本近代史』(以上、ちくま新書)、『近代日本の国家構想』(岩波現代文庫)、『〈階級〉の日本近代史』(講談社選書メチエ)、講談社現代新書に『明治維新1858-1881』(共著)、『西郷隆盛と明治維新』などがある。

「2018年 『近代日本の構造 同盟と格差』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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