中世日本の内と外 増補 (ちくま学芸文庫 ム 5-2)

著者 :
  • 筑摩書房
3.62
  • (1)
  • (6)
  • (6)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 78
感想 : 4
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (305ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480095220

作品紹介・あらすじ

「国境」という概念が定着する以前から、東アジア世界にもたしかに領土・領有意識はあった。しかしそれはあくまで権力者の都合によるもので、一般の民衆には大きな意味をなさなかった。日本と新羅の国交が断絶した9世紀、朝鮮半島南西部を拠点にした海上貿易のドン・張宝高は、日本に唐物の商品を運び、貴族からも大いに喜ばれた。また中国の仏教聖地を訪れるために遣唐使船に同乗した天台僧の円仁は、新羅人の船に乗って帰ってくる。日朝間の海域では「倭人」が活発な交易を行っていた。境界を軽々とまたぎ、生活していた東アジアの人びとに焦点をあて、境界観の歴史をたどる。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 中世日本史を専門とする村井章介先生の一般向け書籍。

    東アジア諸国との関係が不安定になり市井の日本人や韓国人、中国人の相互の感情が悪化していく今において、改めて東アジアにおける日本とは何かを考えるにあたってよい材料となる本でした。

    大学生向けの入門授業のノートをもとに構成したという本書は、現代とは異なる中世日本をを素人にもわかりやすく展開しています。
    この本のテーマは日本中世の国際交流や交易について。
    元寇・日宋貿易・日明貿易といった高校の授業で出てきたキーワードについて、貴族や幕府などの中央権力だけでなく相手国の状況や実際に交易に携わっていた人々についてもその実態を明らかにすることで、中世当時の日本と東アジアの関係性に光を当てています。
    元寇を東アジアを席巻したモンゴルの遠征計画の一つとして見た場合、日本とモンゴルの関係だけではなく高麗の情勢や東南アジア遠征との関連性を見ていくことで、元寇の勝利を「日本が世界に冠たるモンゴルを食い止めた」というような「神国日本」的な思想から脱し、正しく元寇の意義をまとめようと試みている。
    中世に行われていた様々な交易についても、一般的な歴史叙述の中では日本に与えた経済的影響や貿易の権益を国内で誰が握ったかといった内向きな考え方が非常に強い。そういった考え方に対して本書では日本という国家が国際社会に出てくることへの国際的、国内的影響といった側面から考えることでやはり東アジアの中で日本がどのような立ち位置にいたのかが明らかになってくる。

    またこの本では直接に朝鮮や中国と接している西国と、東アジア諸国と距離がある京都や鎌倉といった東国の国際感覚の違いが強調されている。
    西国においては朝鮮人と日本人が盛んに交易を行い、「倭人」といわれる独特の文化を築いている。彼らは朝鮮・日本の国境にとらわれず活動をしていて、どちらの政府の思惑にも服さない。朝鮮半島と九州・西日本を股にかけて活動を行う一方で、はるか東国については及びもつかないという世界観を持っている。一方で京都では穢れを畏怖する思想が脈々と受け継がれ外国人との交流を避け、時に開明的で対外交流に積極的な政権が誕生しても時代にはすぐに揺れ戻しが起こってしまう。鎌倉では元寇の予兆となる三別抄からの国書についてその外交的な意義をしっかりと理解できずに、対モンゴルの連携構築の機会を逃してしまう。

    東アジアの中での日本や越境的活動を行なっていた人々の存在を強調することで、読者の持っている一国史的な現在の日本史を同時代のもっと大きな世界の中へ位置づけ直すことを試みている。実際の中世日本では国境のハードルは鎖国政策を実行する前に比べればはるかに低く、現代の感覚では想像できないような活発な交流が行われていたのだ。この世界観は著者が本の中でも引用した網野善彦氏の東国西国論に近いものを感じる。現在はひとつの国境でくくられている日本の中の多様性について改めて思いを馳せることになるのである。

    本書ではぜひとも最後の解説までしっかりと目を通していただきたい。村井章介氏の弟子の方が、本書の記述を2011年現在の歴史学に照らし合わせた時にどのように判断されるかを丁寧に解説している。当然、本書は村井氏の歴史認識のもとに書かれているので様々なバイアスが存在している。そういったことについて注釈を加えてくれているこの解説はとてもありがたかった。

  • 全て理解できていない。理解を進めるには、朝鮮史や中国史も知る必要がある。中世の境界に対する意識にせまるという視点が興味深い。国境や一つの国家という概念が生じたからこそ、国際化は難航しているのかもしれない。多少脇道にそれるが、外国人労働者の劣悪な労働環境や、インドネシア?などからの看護師?の受入がその例。異文化を「異」文化と感じなくなったとき、本当国際化にボーダーレス化がなされたといえるのだろう。外国に対する意識が中世日本に逆行しているという指摘が新鮮だった。江戸時代においても、知識層にとっては鎖国は鎖国でなかったことを踏まえると現在の国際化の進度は、単に本来日本は開かれたものであるという意識が知識とともにより広い層に浸透した結果を示す可能性もあるのではないかと思う。

  • 朝鮮半島に対する"蔑視”の根源を9世紀頃の貴族の思想に由来するのではないか?とか、元が世界帝国であり元寇は日本だけでなくあらゆるところで見られたとか、鎌倉幕府と高麗武人政権の違いや倭寇にみる”喰えなきゃいろいろと上手く行かない”とか色々と面白い。

    もともとが大学の講義だったために、興味をひく内容が結構ある。しかし、少し古い内容らしく村井先生のお弟子さんの榎本先生が解説を書いている。史実の解釈の正確性よりも、歴史の流れの解釈に重きをおくべき本かな。

    少なくとも倭寇はいまどきの帝国化するグローバル企業みたいな感じに捉えた。

  • 中世史概観、特に孤立主義と国際化を試みたリーダーという構図や、9世紀から16(17?)世紀までの長い中世像は一種の古典的価値か。
     ただ、足利義満に関する評価が今では異なっている、など、統一感を優先して議論をアップデートしなかったのはどうなんだろう。お弟子さんによる解題も必読というのは古典ならでは、か。

全4件中 1 - 4件を表示

著者プロフィール

1949年、大阪市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(文学)。
同大学史料編纂所、同文学部・人文社会系研究科、立正大学文学部を経て、現在東京大学名誉教授、公益財団法人東洋文庫研究員。
専門は日本の対外関係史。国家の枠組みを超えて人々が活動し、「地域」を形成していく動きに関心をもち、あわせてかれらの行動を理解するのに不可欠な船、航路、港町などを研究している。
おもな著書に、『中世倭人伝』(岩波新書、1993年)、『東アジア往還─漢詩と外交─』(朝日新聞社、1995年)、『世界史のなかの戦国日本』(ちくま学芸文庫、2012年)、『日本中世境界史論』(岩波書店、2013年)、『日本中世の異文化接触』(東京大学出版会、2013年)、『古琉球─海洋アジアの輝ける王国─』(角川選書、2019年)ほかがある。

「2021年 『東アジアのなかの日本文化』 で使われていた紹介文から引用しています。」

村井章介の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×