憲法で読むアメリカ史(全) (学芸文庫)

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  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (476ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480095794

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  • アメリカ合衆国の歴史を憲法とその解釈(判例)を中心にして紐解く。
    国家の生い立ちからも、アメリカという国を知るためには憲法の内容、背景、その判例を知ることが極めて重要であることを改めて感じた。
    時に判断に迷う時には建国の精神まで遡る、即ち憲法の精神に立ち返る、ということは今現在でも活発に行われている。
    一方で時代の要請に応じて、その解釈を柔軟に変えている事実も興味深い。
    ユニークともいえる三権分立の仕組み、その実態等も学ぶことができる。
    何れにしても、アメリカの国家の仕組みを理解するのに一読すべき一冊。

  • 本書を読むきっかけは、米連邦最高裁が06/24に1973年の「ロー対ウェード判決」を覆した背景を知りたいと思ったから。

    トランプが中絶禁止、同性婚禁止をすべく保守派の判事を最高裁に送り込んでいたのは知っていたが、日経の以下の記事を読んで、アメリカの司法制度について学ぶ必要があると考えた。

    ーーーー
    オバマ政権下で民主党は2013年、上院(定数100)で第二審にあたる控訴裁の判事承認に必要な賛成票を60票から51票に引き下げた。共和党からの賛成が得られず、判事の承認が滞ったからだ。60票が必要な従来の手続きは承認に超党派の合意がいるため、判事に大きな偏りが出ない制度として機能してきた。賛成票の引き下げは禁じ手とされていた。
    ーーーー

    本書を読んで自分がいかにモノを知らないかを痛感した。知っているようで知らないアメリカを知るために必読の一冊と言える。アメリカという国がいかにして形作られてきたのかを憲法解釈(憲法制定後の連邦政府と州政府の権限と両社の関係を含む)の推移を通じて知ることができる。

    「モノを知らない」一例を挙げれば、私は、リンカーン大統領は奴隷を開放した偉大な人物と認識していたが(ほとんどの人がそうではないだろうか?)、南北戦争の目的は連邦統一の維持にあって、リンカーンは南部が連邦にとどまるのであれば、憲法を改正して南部における奴隷制度の不可侵を保証しても良いとさえ考えていた、という(しかし、戦争開始後1年で現実的な理由から奴隷解放を錦の御旗とした)。

    本書で学んだこと:最高裁判事の構成や判決が政治状況に左右されるのはリンカーン登場前からあった:①奴隷制度にかかる国論の分裂を深めた「スコット事件判決」(1857年)はブキャナン大統領と首席判事の間に密約があった、と疑われた。②ローズヴェルト大統領はニューディール立法に違憲判決を出されても無視、最高裁対策として「判事押しこみ計画(court packing)」を進めたが失敗に終わった(多くの国民がニューディール政策を支持し、最高裁の判決に対しては各方面から批判を浴びていたが、いざ大統領が最高裁を意のままにしようとすると、独立した司法権の存在を大切にした)。③ウォレン・コートのウォレン首席判事はニクソンが大統領になると確実に保守的な判事を指名することを踏まえて、民主党大統領在任中に辞任して、自分と同じく進歩的な人物に後を託そうとしたが上手くいかなかった(経緯はかなり複雑)。ニクソン・フォード時代に最高裁判事は保守派が5人となり、進歩派が優勢であったウォレン・コートは様変わりした。しかし、保守派が優勢なバーガー・コートはニクソン大統領の思惑とは逆に進歩的な判決(大胆な憲法解釈)を出して世を驚かせた。バーガー・コートが下した判決の中で最大の議論を呼んだのが、現在話題になっている「ロー対ウェード事件判決」(1973年)で、妊娠中絶を犯罪として取り締まっていたテキサス州の制定法を女性のプライバシーに関する憲法上の権利を侵害するものとして違憲と判断した(7対2)。中絶に関する関心は、判決以前よりかえって高まり、「ブラウン事件判決」(1954年、公立学校における人種別学は違憲)の後、南部が黒人の隔離についてむしろ態度を硬化させたのと似ている、と阿川氏は指摘する。そして、スコット判決の時と同様に、共和党は「ロー対ウェード事件判決」を覆すことを政治目標として掲げ、そのため大統領選で勝ち、新しい判事を最高裁に送り込む。最高裁判事を巡る政治闘争はこうして始まった。

    トランプ大統領によって米国の『分断』が深まったと言われるが、本書を読んで、根深い『分断』は「スコット事件判決」以来の長い歴史を持ち、今アメリカを揺るがしている中絶に関する『分断』の芽は半世紀も前にはらんでいたのである。

    阿川氏は本書をこう締めくくっている。
    最高裁判事の人事が全国民の関心を呼ぶ政治的事件となりうるなどとは、誰も思わなかった。しかし現在でもフィラデルフィアで起草したのと基本的には同じ憲法の規定に従い、大統領の指名による最高裁判事を承認するかどうかを上院議員が投票で決定する。その手続きは一つも変わっていない。そのこと自体、この憲法の長い命と有用性を示しているように思われる。

    ローズヴェルト大統領の「判事押しこみ計画(court packing)」が廃案に追い込まれたように、現在のアメリカは独立した司法権の存在を守ることができるのだろうか。

  • アメリカ合衆国の歴史を、その建国から1980年頃(レーガン政権誕生まで)の約200年にわたり、合衆国憲法とその解釈の変遷を辿りながら描いた本。

    文庫本になる前の原著を読んだときに感じたのが、アメリカという国の歴史は憲法とそれを巡る国のあり方の議論を軸に振り返るとよく分かるということだ。

    まず何よりも、13の州が集まって共和国として建国され、その後も西部の広大な地域を順次その国土に加える形で拡大していくという歴史の中で、その国の形自体を歴史や自然の地形などの外生的な要因で自然に決められるのではなく、アメリカの国民が自ら定義することを迫られることが多かった。

    さらに、民族、人種、産業構造といった様々な面で多様性を抱え、世界の中でも社会や経済の制度変化の最前線を進み続けることになったことから、この国の歴史は、国家の役割、人権といった様々な領域で、世界に先駆けて新たな問いに直面し続けた歴史であった。

    そして、それらの多くの課題に対して、アメリカ合衆国という国家が何をどこまで行うべきなのか、自由や平等はどのように保たれ、どこまで規制をされるべきなのか、国と州の関係性はどうあるべきなのかといったことが議論された。その多くは「この国の形」を表した最高法規である合衆国憲法に照らして論じられ、その結論が連邦最高裁の判決の形で積み重ねられていった。

    今回文庫版を再読してみて、その国を語るのに憲法とその解釈を司る連邦最高裁の歴史がこれほどまでに大きな比重を占めている国は、アメリカ合衆国を置いて他にはないのではないかと感じた。そういった意味で、アメリカ史を「憲法で読む」という観点は、すぐれて重要なものである。

    建国当初の大きな議論は、そもそも憲法の解釈を行うのはだれなのか、その解釈の範囲や適用の権限は、どこまでの広がりを持つのかといった点である。これは言い換えると、連邦と州の関係、また議会や政府と司法との関係の問題と位置付けられる。

    合衆国の建国当初は憲法ではなく「連合規約」という一種の独立国家である州の間の連携協定がこの国のあり方を定めていたが、外交交渉、産業政策など様々な面で不備を来したことから、合衆国憲法を定め、より統一的な国家としての形が整えられた。

    合衆国という連邦の形はこれによって整えられたが、強力な中央政府に対する各州や国民の懸念は非常に強く、政府の権限だけでなく、連邦裁判所の役割も消極的、あるいは保守的な司法観に基づくものだったという。初代連邦最高裁主席判事のマーシャルも、合衆国の立法に対する司法審査を厳格な基準で運用することで、この方向性を確立した。一方で、このような厳格な司法審査が憲法の解釈を司る連邦最高裁の信頼を確立し、立法府に対する牽制役としての立法府の立場を確立したともいえる。

    また、連邦と州の関係性においては、マーシャル判事は合衆国銀行(中央銀行)の設立を合憲と見なす判決によって、連邦の州への優越を法的に確立させることに大きく寄与した。連邦政府とは「人民の政府であり、人民によって権限を与えられた政府であり、人民のために権限を直接行使する政府」であるとし、憲法に明示的ないし黙示的に示された権限を執行するのに「必要かつ適切な法律」を制定される権限があるとして、連邦政府の地位と役割の基礎を明確化した。

    アメリカ合衆国はこのようにしてスタートを切ったが、建国から50年も経たない19世紀前半から、アメリカは奴隷制度を巡って大きな分断と、最終的には南北戦争という内戦を経験することになる。

    建国当初から1830年代まで、アメリカ合衆国は自由州と奴隷州という2つの制度が併存し、北部も南部も合衆国の一体性を重視して、そのような状態を容認してきた。しかし1830年代以降、北部での奴隷解放運動の高まり、南部における黒人の人口の増加、そして西部への国土の拡大に伴う、州の設立前の地域(合衆国領土)での奴隷の扱いの問題といった要因により、この問題は次第に国の形を巡る大きな論点となる。

    北部においては産業の工業化に従い、奴隷の解放と工場などへの就労が進んでいった。一方、南部においては綿花工業に従事する奴隷の人数が多く、もともと黒人は北部より圧倒的に多かったが、綿花工業の機械化に伴って自由になった黒人との社会的な統合が進まず、差別やそれに対抗する暴動が多く発生していた。

    この問題の構造をさらに複雑にしていたのが、西部に拡大した合衆国領土において奴隷を認めるのか否かという問題である。州として合衆国に加盟する前の領土において奴隷制度を認めるのか否か、またそれをだれがどのようにして決めるのかということが、連邦政府における北部と南部の主導権争いも絡んで、政治的に大きな問題となる。

    奴隷州と自由州という2つの制度が併存する国において、両者の間を行き来する黒人の地位や人権を定めるのは連邦の立法か州の立法か。この問題に大きな判断を下したのが、連邦最高裁でのドレッド・スコット事件の判決である。この判決は、黒人は合衆国憲法上市民と認められておらず、従って州間での地位の相違について連邦裁判所に訴訟を提起することはできないとした。

    またこの訴訟は、州として連邦に加盟する前の合衆国領土における黒人の地位に関する問題というもう1つの側面も持っていた。この裁判の原告であるドレッド・スコットが、自由州であるイリノイ州で2年、また合衆国加盟前のウィスコンシン領土で4年暮らし、そのことにより自由の地位を得たと主張していたからである。

    この問題に対して、ドレッド・スコット判決は、「合衆国領土は既存の各州と人民の共有に属するものであり、連邦政府には合衆国領土における奴隷制度の是非と判断する権限はない」とする「共有財産理論」と呼ばれる考えを基本的に採用し、連邦裁判所は合衆国領土への奴隷の持ち込みやそこにおける奴隷に対する財産権を制限することはできないとして、原告の訴えを退ける判断の根拠の1つとした。

    この判決は憲法解釈の問題の枠を超えて政治問題化し、北部と南部の対立は深まった。その議論の中で奴隷制度を巡る民主党の南北分裂があり、1860年の共和党リンカーン大統領当選という流れを経て、南部が独立を宣言し、南北戦争へとつながる。

    南北戦争は北軍の勝利に終わり、戦争中にリンカーン大統領によって行われた奴隷解放宣言も相まって、アメリカにおける奴隷制廃止の流れは決定的なものになった。結果として、憲法は政治と戦争という法廷の外の大きな動きによって、その解釈を固めていったということになる。奴隷制度の廃止は、戦後に合衆国憲法修正第13条という形で、明文化される。

    また、南北戦争は、州による連邦の離脱を認めないことや、戦時における大統領の強大な権限の行使など、その後の連邦制度の強化につながる大きな影響をも残した。特に、ドレッド・スコット判決を否定し、合衆国市民の定義を明確化した修正第14条の制定は、後段に含まれたデュー・プロセスに関する規定と共に、その後のアメリカ合衆国の形に関する議論に大きな影響を与えることになった。

    南北戦争後のアメリカ合衆国は急速な経済発展を遂げ、連邦に加盟する州の増加、大陸横断鉄道などのインフラ整備、大量の移民などによって、アメリカの社会は大きく変化していった。

    その中で、今度は私有財産や経済活動に対する様々な規制について、憲法上の連邦政府の権限が大きな争点になっていった。

    この論点は、主に修正第5条と修正第14条に定められたデュー・プロセスの解釈を通じて争われた。修正第5条は連邦政府の市民に対する行為の制限を、修正14条は連邦政府の州に対する行為の制限を定めている。

    デュー・プロセスの解釈には、大きく手続き的デュー・プロセスと実体的デュー・プロセスの2つに分けられる。前者は政府が個人の財産や自由に対して制限を設ける時には、法に定められた手続きを経なければならないというものである。後者は、デュー・プロセス条項をより広く解釈し、どのような手続きを経ても奪ってはならない個人の権利があり、この条項はそのような権利自体を守るためのものであるという考え方である。

    連邦最高裁は当初、デュー・プロセスの適用については非常に抑制的な態度をとっていた。産業構造の変化や複雑化に応じて設けられていく様々な経済立法や規制に対して、その是非自体を判断するのは議会の役割であり、裁判所は手続き上の瑕疵がない限りその立法行為自体を差し止めることはしないという姿勢である。

    しかし、20世紀の初めには、連邦最高裁はデュー・プロセスの適用についてより踏み込んだ判断を行うようになる。ニューヨーク州議会が可決したパン職人の労働時間の制限に関する法律を違憲と判断したロックナー対ニューヨーク事件の判決では、憲法に定められた契約の自由と、州政府が州民の健康や安全を守るためにポリスパワーに基づいて規制を行うことの関係を、ポリスパワーの行使が公正かつ合理的で適正なものかという観点から判断した。

    このような連邦最高裁の変化と並行して連邦政府の側に起こったのが、連邦政府の権限の史上例を見ない拡大である。これは、1929年に発生した大恐慌とそれを脱出するためにローズヴェルト大統領が打ち出したニューディール政策が大きな契機となった。この政策は連邦政府とその長である大統領に強大な権限を与え、計画経済的な政策、価格統制などの経済行為に対する規制など、様々な政策を可能にした。

    当初、連邦最高裁はニューディール政策に対して、全国産業復興法を違憲とするなど、否定的な判決を数多く下した。立法府の行政府に対する無制限とも思える権限の委譲や、連邦政府が憲法上与えられている州際通商の枠を超えて、州内の経済行為にも規制をかけることを、抑止するという立場を明確にしたのである。

    これに対して、ローズヴェルト政権は判事の定員の拡大によって最高裁を協力的に変えることを目論む。結果として、政権の司法府に対する介入の試みは立法府により食い止められたが、1930年代後半には最高裁は実体的デュー・プロセスの適用やそれに基づくニューディール政策の違憲判決を控えるようになり、連邦政府の権限は経済活動の幅広い領域に及ぶようになる。司法の独立は守られたが、一方で行政府の拡大という方向性も決定的になるという、両面を持った結果になったと言える。

    この傾向は第二次世界大戦によりさらに促進され、大統領と連邦政府の権限は非常に強力なものになる。現在に通じるアメリカ合衆国連邦政府の形はこの時期に形づくられたと言えるだろう。

    第二次世界大戦後も、経済立法や大統領の政策に関する権限は大きいまま残った。しかし、この時代から新たな憲法問題が大きく取り上げられるようになった。それは、政府と個人の関係、そして自由と平等の問題である。戦後の憲法問題の中心はこれら問題に移ったと言ってもよいであろう。

    具体的には、言論の自由、人種差別の問題、プライバシーの権利、女性の権利といった問題である。

    中でも戦後のアメリカ合衆国の社会において長い間大きな争点となり、現在も重要な問題となっているのは、人種差別の問題であろう。奴隷制度は撤廃されたものの、社会の様々な場面で人種を隔離する制限は、南部の諸州に広く残っていた。これに対して、多くの訴訟が提起された。

    特に教育分野における平等を求める訴訟が多く取り上げられ、そのうちの一つであるブラウン対トペカ教育委員会事件の判決は、非常に有名である。小学校における人種別学の規制の合憲性を巡って争われた裁判において、連邦最高裁のウォレン主席判事はこれらの規制が違憲であるとの判断を下す。

    この裁判は修正第14条のデュー・プロセス違反を争点として争われたが、判決においてウォレン判事は修正第14条の意図に黒人の隔離を禁止することが含まれていたかどうかは分からないと述べる。しかし、現代社会における教育の重要性と人種別学がもたらす負の影響を鑑みると、「隔離すれども平等」という考え方は憲法に合致するとはいえないと結論付けた。

    このブラン判決に見られるように、ウォレン判事を主席判事とするウォレン・コートは、人権や平等に関する多くの争点で非常に進歩的な司法判断を下し、戦後のアメリカ社会の方向性に大きな影響を与えた。一方で、その判決は憲法の厳密な解釈という点では疑問を呈されることも多く、連邦最高裁のあり方についてさまざまな議論を呼び起こしたという側面も持っている。

    投票の権利の平等に関するベーカー対カー事件、刑事手続における被疑者・被告人の権利の拡大を実現したミランダ対アリゾナ事件、幅広い表現の自由を認めたニューヨークタイムズ対サリヴァン事件、公教育の場における政教分離や信教の自由を肯定したエンジェル対ヴィタレ事件やアビントン学区対シェンプ事件など、いずれもウォレン・コートにおける進歩的な司法判断が下された判決である。

    そして、夫婦が避妊具を用いることを禁止したコネティカット州法をプライバシーの権利に対する侵害であるとして違憲と判断したグリズウォルド対コネティカット事件の判決は、その後、妊娠中絶を巡って現在まで大きな議論を呼んでいるロー対ウェード事件の判決へとつながる大きな影響をもたらした。

    ウォレン・コートに続くバーガー・コートにおいても、ウォレン・コートほどではないにしても、女性の権利やアファーマティブ・アクションといった社会問題に対して、信奉的な判決が続いた。

    リード対リード事件では、子どもの残した財産の管理権に対する夫婦間の訴訟において、女性差別を違憲と明確に論じる判決を下した。アファーマティブ・アクションの是非が問われたカリフォルニア大学理事会対バッキー事件では、事件の対象となったデーヴィス校の人種に基づく優遇策は違憲であるものの、大学教育における多様性の確保の観点から、入学選考において人種を考慮に入れること自体は合憲であるという判断を下し、アファーマティブ・アクションの存続は認められた。

    この他にもバーガー・コートでは、現時点ではアメリカ合衆国で最も大きな論争を呼んでいる判決と言える、ロー対ウェード判決が下されている。避妊の権利をプライバシーの権利の一部として位置付け、それゆえに修正第14条のデュー・プロセスにより保護されるべきであるとしたこの判決は、その法的な構成を巡る論争以上にアメリカ社会を分断し、連邦最高裁に対する社会の注目を集めた。

    バーガー・コートが社会の注目を集めたもう一つの大きな事件は、ウォーターゲート事件であろう。ホワイトハウスによる大規模な盗聴という行為に対して大統領弾劾の審議が始まる。ニューディール政策以降、行政府の拡大に対しては強い抑止を行ってこなかった連邦最高裁であるが、この手続きにおいて大統領側がホワイトハウス内での会話を録音したテープの下院司法委員会への提出を拒否すると、連邦最高裁は全会一致でこの提出を命じる判決を下す。大統領側が主張した高度の機密性を根拠とする行政特権に対して、一定の制約があることを明確にする判決であった。

    最終的には大統領の辞任につながったこの判決は、アメリカ合衆国が憲法を軸に立法、行政、司法の3つの権力が抑制しあう形で成り立っているということを、改めて明確に示すものであった。

    本書で主に取り上げられているのはこの時代までである。全体を通じて感じたことは、アメリカ合衆国憲法も、それを解釈する連邦裁判所の立場も、この約200年間の歴史を通じて何度も大きな変化を経験してきたということである。

    連邦政府の役割、基本的人権などの概念は時代と共に変化を続けており、連邦最高裁の判断も、先行する判決を時に否定しながら大きく変化をしていったという点は、とても印象的であった。

    逆に、憲法がこのような動的な性格を持っていることは、アメリカ合衆国という国の特徴をもよく反映しているように思える。

    13州でイギリスからの独立を果たした時代から世界最大の強国になるまで、非常に大きな変化を経験した歴史の中で、国家の形もその中で起こる社会的な出来事も、様々な課題を提起してきた。そしてそれらの課題に一つひとつ解を出し、憲法やその解釈という形に結実させていったことで、今のアメリカ合衆国という国ができあがっているのだということを、深く理解することができた。

  • いろいろ書いていたのに消えてしまったから、短くだけ。

    南北戦争でのリンカーンの黒人奴隷の処遇に関しては本音ではどちらでも良く、分裂したアメリカを元に戻すことの一点のみにゴールを置いていたことがとても印象的だった。
    黒人にとったら大問題なのに、リンカーンにとっては優先順位は低い。人によって大事なことの優先順位が違うから、争いは絶えないのだろう。

    また外国との関係性で内部がまとまっていく流れも、共通の敵がいれば結束が強まる典型で、リバイアサン的存在が必要なのかもしれない。

  • 長さを感じさせない。飽きさせない。分かりやすいが、読者に媚びている訳でもない。著者は非常に頭が良いんだろうなと思う。
    アメリカ史ということで、世界史にどっぷりだった高校生のころに読んでも面白かったろうし、憲法を学び始めた法学部生として読んでも面白かったろう。
    読後の清々しさは星五つとしてしまいたいところであるが、この人誰だっけと思ったりさせられるところだけが、やや難点、、

  • 『憲法で読むアメリカ史(全)』(ちくま学芸文庫 2013//2004)

    【版元】
    建国から二百数十年、自由と民主主義の理念を体現し、唯一の超大国として世界に関与しつづけるアメリカ合衆国。その歴史をひもとくと、各時代の危機を常に「憲法問題」として乗り越えてきた、この国の特異性が見て取れる。憲法という視点を抜きに、アメリカの真の姿を理解するのは難しい。建国当初の連邦と州の権限争い、南北戦争と奴隷解放、二度の世界大戦、大恐慌とニューディール、冷戦と言論の自由、公民権運動―。アメリカは、最高裁の判決を通じて、こうした困難にどう対峙してきたのか。その歩みを、憲法を糸口にしてあざやかに物語る。第6回読売・吉野作造賞受賞作の完全版!
    http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480095794/


    【簡易目次】
    目次 [003-005]
    アメリカ合衆国各州の誕生年月日 [006-007]
    タイトル [009]

    まえがき 011

    第1章 アメリカ合衆国憲法の誕生 015
     新しい国
     フィラデルフィアへの道
     憲法は違法?
     この国のかたち
     よりよき連邦をつくるため

    第2章 憲法批准と「ザ・フェデラリスト」 034
     憲法草案への反対
     フェデラリストの反撃
     『ザ・フェデラリスト』の筆者たち
     大きな共和国の思想
     憲法の発効と連邦政府の発足

    第3章 憲法を解釈するのはだれか 052
     合衆国最高裁判所の誕生
     一八〇〇年の革命
     マーベリー対マディソン事件
     マーシャル首席判事の判決
     マーベリー対マディソン事件判決の意味

    第4章 マーシャル判事と連邦の優越 069
     ジョン・マーシャルの経歴
     合衆国銀行の設立とその合憲性
     マカラック対メリーランド事件判決の内容
     マカラック対メリーランド事件判決の意義

    第5章 チェロキー事件と涙の道 一 085
     変わりゆくアメリカ
     土地はだれのもの
     チェロキー族の文明開化
     ジョージア州との法廷闘争
     ジョージア州対タッスルズ事件

    第6章 チェロキー事件と涙の道 二 098
     チェロキー族対ジョージア州事件
     ウースター対ジョージア州事件
     ジョージア州、最高裁判決を無視する
     チェロキー族の敗北と涙の道

    第7章 黒人奴隷とアメリカ憲法 111
     憲法制定と奴隷制度
     奴隷をめぐる南北の共存

    第8章 奴隷問題の変質と南北対立 124
     奴隷解放運動の高まり
     ブリッグ対ペンシルヴァニア事件
     北部の反発
     南部の態度の変化

    第9章 合衆国の拡大と奴隷問題 140
     合衆国領土と奴隷制度
     合衆国の西方拡大
     ミズーリの妥協
     一八五〇年の妥協
     流血のカンザス・ネブラスカ

    第10章 ドレッド・スコット事件 158
     ドレッド・スコット北へ行く
     ドレッド・スコット対エマーソン事件
     ドレッド・スコット対サンドフォード事件
     ドレッド・スコットはなぜ敗れたか

    第11章 南北戦争への序曲 175
     ドレッド・スコット事件判決に対する反応
     ルコンプトン州憲法問題
     リンカーン・ダグラス討論

    第12章 連邦分裂と南北開戦 189
     一八五八年の選挙結果と南部の態度硬化
     ハーパーズ・フェリー襲撃事件
     一八六〇年の大統領選挙
     連邦分裂を回避するために
     連邦脱退の合憲性

    第13章 南北戦争と憲法 203
     開戦とリンカーンの対応
     南部港湾の封鎖と戦争の定義
     プライズ事件判決と司法による戦争の認定
     治安維持と人身保護令状の停止
     真の統一国家へ

    第14章 南北戦争の終結と南部再建の始まり 218
     南北戦争の終結
     奴隷解放と修正第一三条
     南部再建計画
     修正第一四条と南部の批准拒否

    第15章 南部占領と改革の終了 234
     南部改革の試みと挫折
     軍事再建法の成立と南部占領
     ジョンソン大統領の弾劾裁判
     修正第一五条と一八七六年の大統領選挙

    第16章 南北戦争後の最高裁 250
     最高裁の弱体化
     ミリガン事件と南部再建策
     忠誠宣誓に関する判例と南部再建策
     マクカードル事件と議会の干渉
     南北戦争後の連邦制度

    第17章 最高裁と新しい憲法修正条項 265
     スローターハウス(食肉解体処理場)事件
     公民権事件
     人種差別の変遷
     プレッシー対ファーガソン事件

    第18章 アメリカの発展と憲法問題 281
     南北戦争後のめざましい発展
     契約条項と初期のアメリカ経済
     州際通商条項と共通市場の確立
     新しい経済規制と司法判断

    第19章 経済活動の規制とデュープロセス 294
     手続的デュープロセスと実体的デュープロセス
     実体的デュープロセス理論への抵抗
     保守的司法の台頭

    第20章 レッセフェールと新しい司法観 308
     実体的デュープロセスの伸張
     ロックナー対ニューヨーク事件
     ぺカムとホームズ
     ブランダイズの積極的司法観
     レッセフェール生き残る

    第21章 行政国家の誕生と憲法 325
     行政府の拡大
     三つの憲法修正と政治改革
     第一次世界大戦と憲法
     平時への復帰と行政府の役割

    第22章 ニューディールと憲法革命 一 339
     大恐慌の始まり
     ニューディール立法
     二つの合憲判決

    第23章 ニューディールと憲法革命 二 353
     ニューディール違憲判決
     連邦司法改造計画
     最高裁立場を変える
     憲法革命

    第24章 第二次世界大戦と大統領の権限 369
     大統領の外交権限
     カーティス・ライト事件の判決
     大統領の戦争権限
     コレマツ事件の判決
     山下戦犯裁判と戦争権限
     戦争の終わりと冷戦の始まり

    第25章 自由と平等――新しい司法審査 383
     新しい司法審査
     個人の自由と憲法
     言論の自由と「明白かつ現在の危険」
     権利章典と修正第一四条
     進歩派の判決

    第26章 冷戦と基本的人権の保護 400
     冷戦の始まり
     冷戦と言論・思想の自由
     冷戦と人種差別
     ブラウン対トペカ教育委員会事件

    第27章 ウォレン・コートと進歩的憲法解釈 416
     ウォレン・コートの誕生
     ブラウン事件判決と南部の抵抗
     ベーカー対カー事件と「一人一票」の原則
     ミランダ事件と被疑者・被告人の権利
     ニューヨークタイムズ対サリヴァン事件と表現の自由
     政教分離・信教の自由
     グリズウォルド事件とプライバシーの権利

    第28章 アメリカの今へ――憲法論争は続く 441
     ウォレン首席判事の引退とバーガー・コートの誕生
     バーガー・コートと女性の権利
     アファーマティブ・アクション
     カリフォルニア大学理事会対バッキー事件
     ロー対ウェード事件判決
     ウォーターゲート事件と憲政の危機
     アメリカ合衆国憲法のその後

    あとがき(二〇〇四年九月二〇日 ワシントンにて 阿川尚之) [465-470]
    文庫版あとがき(二〇一三年一〇四日 阿川尚之) [471-473]
    参考文献 [474-476]

  • アメリカ史を憲法の兼ね合いでみていくと最高裁との関連でどのような時代背景で判決が下され、憲法上の解釈とアメリカという国が進むべき方向性、国として抱える差別問題の経緯などが分かる。特に奴隷制度と黒人差別、そして近代の女性の差別問題に対して国がどのように向き合ってきたのかが分かる。アメリカの連邦政府と州政府との関係性などがアメリカ独立から南北戦争を経てどのように向き合ったのか、これを知りたければ手に取って読むべき本。

  • 米国憲法の成立から現在までの米国史を、連邦最高裁の有名どころの判例と共にたどる。ある時は政権をサポートし、ある時は国を導こうとする最高裁だが、素人目には、憲法条文に捕らわれなさ過ぎというか、結論に都合の良い条文をピックアップしているというか、違憲/合憲の判断がその時々で恣意的にされてるようにも見える。

  • 最高裁の判決は純粋に技術的で、政治などからの影響はなくて、無味乾燥なものだと思っていました。
    でも、実際にはその時代ごとの価値観、世論、議会の多数派や大統領の考え、戦争や恐慌などの世情からも影響を受けていて、迷い揺れ動いていました。建国から続くこの物語は人間味のあるとても魅力的なものでした。
    この物語の続きが楽しみだし、この物語が少しでも長く続いてほしいと思いました。

    "司法の場では憲法の文言と原意を厳密に解釈する司法消極主義と、望ましい政策実現のためには憲法の拡大解釈を許す司法積極主義との争いであるが、同時にこの国が取るべき政策についての政治的経済的な論争でもある。p495"

  • 法律の解釈というものは、政治的なものであることが、よくわかる。自分に都合のいいように解釈して良いのであれば、結局、政治経済力が無ければ、法律は人を守らないということか。

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著者プロフィール

2021年5月現在
慶應義塾大学名誉教授,同志社大学法学部前特別客員教授

「2021年 『どのアメリカ? 矛盾と均衡の大国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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