増補 教育の世紀: 大衆教育社会の源流 (ちくま学芸文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 66
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (361ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480095992

感想・レビュー・書評

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  • 東2法経図・6F開架 372.5A/Ka67k//K

  • 興味深い内容で良書だと思う。自分には少し難解な書き方だったので、機会があればゆっくり再読したい。
    一昔前、教育は一部の上流階級のもので、それ故に社会が固定化されていたのに対し、全ての人に教育の機会を与える事で社会そのものが向上する事を目的に学校教育が普及した。
    そして現代、それまでの様々な反省から教育はNo.1でなくOnly1だという個性重視にシフトしてきているが、個性、つまり才能の揺らぎを認めるという事は格差も認める事になり、当初の機会の平等とは両立しなくなってくる。
    そういった教育の歴史と課題の指摘を与えてくれる本でした。

  • 購入。途中で停止中

  • レスター・F・ウォードの研究を手がかりに、アメリカの教育の「機会の平等」の歴史をわかりやすく説明しています。ウォードも知らないし、アメリカはあまり興味なかったので、読むのを辞めようかと思いました。けれども、読んでみてよかったです。著書でいうアメリカの「機会の平等」がどのように実践されてきて、その集大成といえるハイスクールの問題を具体的に取り上げています。
    エピローグや補論で、それにたいる問題を日本の現状に置き換えて、考察しています。ああ、やはり日本の教育に見切りをつけたのねと言いたいけど、批判の標的になっているヨーロッパに著者はいます。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:372.53//Ka67

  • 学校教育の背景がとてもよく書かれていて,今の教育制度の問題にもつながった。

  • 教育という問題は本当に難しい。
    この本では、19世紀後半以降のアメリカ合衆国の教育史がおおまかに紹介されている。
    資本主義の強者たちがスペンサー流の「適者生存」「社会淘汰」といった概念を振りかざしていた頃、レスター・フランク・ウォードらが、「教育の機会均等」をスローガンに、公立学校をつくりはじめる。機会が平等に与えられることによって、労働者の能力も底上げされるから、最終的には資本主義に利する。結局はそんな、いかにもアメリカンな功利主義に基づいているように思える。
    とはいえ、階級差の壁をぶちやぶるような「機会均等」の教育システムは、当時のイギリスなどのヨーロッパ人を驚かせたようだ。
    しかし「機会の平等」は結局、別の不平等をあたらしく生み出し続けることになってしまう。
    日本はおそらく大戦前はイギリスやドイツあたりに教育制度の模範を見ていたのだろう。戦後は急速に「アメリカ式」を吸収することになる。
    「ナンバー1」にならずとも、「世界にひとつのオンリーワン」で良い、という一昔前に日本人を喜ばせた<思想>は、実際には、そのような「オンリーワン」は、何らかの価値として社会が認めない限り、結局は貧窮と孤独に陥らせてしまうだけだ。極端な個性主義の先には、どうも現実の<幸福>は見つかりそうにない。
    公的制度としての「教育」はやはり、子どもたちをその「社会」に適合した人間に仕立て上げるために稼働する装置であり、そこにはどうしても、「洗脳」的な要素が潜伏しているとしか思えない。最近の自民政権ほど露骨ではないとしても。
    たとえば日本の学校も社会も、「校則」のようなルールに執着し、生徒は制服を着用し、髪型なども厳しくチェックされる。これは日本的な「同一性への依存」という病理なのだが、アメリカを見れば、「制服」などというものは学校にはほとんど無いように見えるし、いくら日本の先生がもっともらしい理屈をこねようとも、「制服主義=同一主義」は日本人のための、日本人による、日本だけの狭い制度の内部にとどまっているだけなのだ。世界をもっと幅広く見れば、日本流の「道徳」は、日本でしか通用しない、非常に特殊なものなのである。
    従って「教育」は、その「社会」が権力を用いて規定する支配の形態にほかならない。
    「教育」を問うならば、その前提としての「社会」を問わなければならない。社会とはなにか。いつから社会は権力=暴力を備えるようになったのか。社会が目指しているように見えるものは、ほんとうに人々の幸福と合致するのか。

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著者プロフィール

東京大学大学院教育学研究科教授

「2010年 『大卒就職の社会学 データからみる変化』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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