中島敦 (ちくま日本文学全集)

著者 :
  • 筑摩書房
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レビュー : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (471ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480102362

感想・レビュー・書評

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  • ちくま日本文学全集036 中島敦。

    中島敦の作品を最初に読んだのは、高校の国語の教科書に載っていた「名人伝」だったと思います。
    以来、これまで何回読んだでしょうか。

    今回読んでみて思ったのは、「名人伝」は、「少林サッカー」とか「カンフーハッスル」とかいった中国製娯楽映画の味わいがありますね。誇張の仕方やギャグの感覚がですね。

    たとえば、主人公紀昌の修行の最初の頃の逸話。

    二月の後、たまたま家に帰って妻といさかいをした紀昌がこれを威そうとて烏号の弓に綦衛の矢をつがえきりりと引絞って妻の目を射た。矢は妻の睫毛三本を射切ってかなたへ飛び去ったが、射られた本人は一向に気づかず、まばたきもしないで亭主を罵り続けた。けだし、彼の至芸による矢の速度と狙いの精妙さとは、実にこの域にまで達していたのである。(p12-13)

    この「名人伝」の有名な、そして不思議な結末は、なにか道徳的な教訓が込められているようでもあり、単なる手の込んだ冗談のようでもあり、いまだに意図がわかりませんが、たぶん、そういう宙ぶらりんの状態も含めて楽しむのがこの作品なんではないでしょうか。
    でもやっぱり、作者にからかわれているような気がするなあ。

    「山月記」
    冒頭の2ページは名文中の名文。
    あんまりカッコいいんで、同級生の間でこの文章を暗記するのが流行ったことを思い出します。

    隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴はようやく焦躁に駆られて来た。この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、かつて進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。かつての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。(p22-23)


    後半、ちょっと中だるみもあるけど、「山月記」は読み始めたら止まらない。
    「名人伝」も「山月記」も傑作中の傑作です。

    中島敦は33歳で病死しますが、この2つの作品は、32-3歳の頃の作品。
    つまり遺作に近い。
    これだけのクオリティの作品を生み出しはじめた矢先に亡くなったのは、まったく惜しい話です。

    ただ、同じく有名な「弟子」とか「李陵」とかは、昔読んだんですが、あまり記憶に残っていません。今回もあまり関心は惹かれず、それよりも、「悟浄出世」とか「沙悟浄歎異」の方がよっぽど面白いと思いました。

    晩年の作品しか知らなかったので、中国の話ばかり書く人かと思っていたら、ごく一部なんですね。
    若い頃の作品、たとえば「かめれおん日記」なんかを読むと、非常に現代的な感受性の作家だと思います。

    池澤夏樹の解説もとてもいい。
    解説者の中でも、カッコつけて自分の方が目立とうとする人をよく見かけますが、この全集の中でもそういう人が散見されるけど、池澤夏樹の解説は一歩引いていて、中島敦の熱心なファンであることが伝わってきてとても好ましいです。

    中島敦については書くことがたくさんあるような気がするけれども、私なんかがウダウダいってても時間のムダですね。
    彼の素晴らしい作品群を、とにかく読んでみて! そういうしかない作家です。

  • 名人伝

  • 2013/4/15購入

  • 三蔵法師に会う前の悟浄の生活を書いた『悟浄出世』、三蔵法師一行それぞれへの評価を悟浄が一人ごちる『悟浄嘆異』がお気に入り。

  • 全集も持ってるけど読み用にこの一冊を。

  • とても好き。独自の視点から人間の心の中を見据え、それが歴史物語などの形をとって描かれている。

  • 「李陵」が読みたくて購入。
    あれこれ入ってて、お得な感じ。

  • あえてこの版を推すのは同じ筑摩でも装丁が違うから。
    中島敦の小説を読みたいと思うなら、全集以外ではこれが一番いいと思っている。
    彼の本領たる古代中国ものから、西遊記、南洋もの、古代エジプトなど、教科書では見られないバラエティに富んだ作家の姿を知ることができる。特に短歌は注目。『山月記』しか知らない人ならきっとびっくりできるはず。
    これで『斗南先生』が入ってたらパーフェクトなんだが。それでも☆五つで。

  • 中島 敦といえば、高校の教科書で読んだ「山月記」です。
    それ以外は、知らない。

    多分、この頃、平井 和正の「ウルフガイ」とか、夢枕 獏の「キマイラ・吼」とかを読んでいたのだと思います。
    で、わたしの中では、この「山月記」は、それらの物語の同列の物語として記憶に残っております。

    人が、獣に変わっていく。そういうお話。
    ウルフガイとか、キマイラ・吼と同じ透明さが、山月記にはあるなあと感じました。
    まあ、山月記の影響を、ウルフガイやキマイラ・吼は、うけているのかもしれません。

    で、ものすごく、悲惨なお話だったような印象が残っています。

    今回、この本で読み直してみて、でも、中島 敦は、この人が虎になる話を、重いテーマをのせながら、それでも、けっこうおもしろがって書いていたんじゃないかと感じました。

    それは、「山月記」の前に「名人伝」が載っていて、こっちを先に読んだからかもしれませんが。

    あと、漠然と、この人は、芥川 龍之介の王朝物みたいな感じで、中国古典に取材したお話ばかりを書いているのかと思っていたのですが、けっこう、いろいろなお話を書いていたのですね。

    そして、どのお話も、メチャクチャわたしにしっくりくる話ばっかりで、ビックリしました。
    おもしろいです。

    日本文学、侮れない。

  • 中島敦は鬼才だ!芥川を彷彿とさせられます。「山月記」「名人伝」「木乃伊」がお気に入り。心臓を鷲掴みにされるかんじ。悲しい/哀しい/愛しい。でも一番は「文字禍」。活字に殺されるなら本望です。尊敬する現代文の先生は「牛人」」が好きらしい。いやだよあんな薄暗いお話!笑

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著者プロフィール

中島敦

一九〇九年(明治四二)、東京・四谷に生まれる。三〇年、東京大学国文学科入学。三三年に卒業し、横浜高等女学校に国語科教師として就職。職の傍ら執筆活動に取り組み、「中央公論」の公募に応じた『虎狩』(一九三四)で作家としての地位を確立。四一年七月、パラオ南洋庁国語編修書記として赴任。持病の喘息と闘いつつ『山月記』『文字禍』『光と風と夢』等の傑作を書き上げる。四二年(昭和十七)、職を辞して作家生活に入ろうとしたが、喘息が重篤となり、同年十二月に夭折。

「2019年 『南洋通信 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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