誠実な詐欺師 (ちくま文庫)

  • 筑摩書房
4.04
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本棚登録 : 505
感想 : 67
  • Amazon.co.jp ・本 (211ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480422484

作品紹介・あらすじ

雪に埋もれた海辺に佇む「兎屋敷」と、そこに住む、ヤンソン自身を思わせる老女性画家。彼女に対し、従順な犬をつれた風変わりなひとりの娘がめぐらす長いたくらみ。しかし、その「誠実な詐欺」は、思惑とは違う結果を生み…。ポスト・ムーミンの作品の中でもNo.1の傑作として名高い長編が、徹底的な改訳により、あざやかに新登場。

感想・レビュー・書評

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  • いるだろうか、誠実な詐欺師なんて。いるんだ、それが。舞台は北欧のとある雪景色の村。知性と洞察力はあるが、愛想がなく、にこりともしないカトリと、カトリの弟で心が繊細なマット。村での二人の評判は、愛想のない姉と役立たずな弟。さらに村の人々と目の色もちがう二人は、村の連帯からはじき出されている。お世辞も言わず、人にみじんも期待を持たせないカトリを思慮深く、誠実な人物だと思っていたわたしは、とんでもなく欺かれることになる。カトリは、目的を達成するために人の懐へ入り込み、虎視眈々とチャンスを狙う。そして欲しいものを一つ、また一つと奪っていく。その様子は、誠実な詐欺師そのもの。おお......。

    p49
    アンナ・アエメリンは、自分の領域を画すべくカトリがひいた境界の外側からでは、手のとどかない存在なのだった。

    p55
    「気を悪くしないでくださいね、クリングさん。ただ、人が期待することはぜったいに口にしないあなたの対応のしかたが、なんだか気にいってしまって。いわゆる-そのう-礼儀正しさの片鱗すらなくて......。礼儀正しさはときに欺瞞だったりする、そうでしょう?わかっていただける?」
    「ええ」とカトリは答える。「わかります」

    そして自分に命じる。平静と熟考、いまはこれが肝心だ。賭けをつづけよう。これからは自分の武器で闘える。その武器は穢れていない。カトリはそう信じた。

    p58
    「重要なのは誠実であること、そして騙されないことです、たとえ一ペンニであっても。他人のお金を奪うことがゆるされるのは、そのお金を増やして、正当な分け前をさしもどす場合に限られるんです」

    p76
    「注意力を」とアンナは口を開いた。「まったき注意力をほかの人に注ぐ、これはめったにみられない現象よ。そうね、ごく稀にしかない......。じっさいらたいへんな直感と思考の力が必要だわ。相手が口にせずとも心から焦がれているものを知ること、といえるかしらね。けっこう本人すら気づかずにいる。自分に必要なのは孤独だ、または逆に、だれかといっしょにいることだと思って......。人間ってわからない......。」

    「(前略)いいたかったのはね、じっくり時間をかけて相手を理解し、話に耳を傾け、その生にかかわろうとする人間は、めったにいないということよ。(後略)」

    「(前略)たんなる観察の問題です。なにかの習慣や行動様式を観察して、欠けたものや足りないものをみぬき、手当てをする。ただの定石。そして力をつくして改善する。あとはようすをみるだけです」
    「なにをみるというの?」とアンナはいう。逆なでされた気分だ。
    「その後のなりゆきを」とカトリは答え、アンナをまっすぐみた。

    p77
    「アエメリンさん、人が互いに相手にすることなんて、行為としてみれば、たいした意味はありません。意味を決めるのは行為の目的、なにをめざしているのか、どこに至ろうとしているか、ですから」

    p107
    「(前略)いかなる人間も、いいですか、いかなる人間も、例外なく、身体のサイズとは関係なく、なにかを手に入れようと虎視眈々なんです。とにかく手に入れたい。彼らには当然の希いです。年とともに知恵がついて、心なごませる無垢は失われますが、意図そのものは変わりません。(後略)」

    p133
    いつも待っている。記憶にあるかぎり、わたしはただ待つ以外のことをしたことがない。知性と洞察と胆力のすべてを賭けて、行動できる状況になるのを、じっとひたすら待ってきた。いっさいを決定し、いっさいを正しく配置しなおす大いなる変革を待って。

  • 飯能市にあるトーベヤンソン あけぼの子どもの森に行った。キノコの家、鱗のある家など、川と森の佇まいがいい。そのことから、トーベヤンソンの本を読みはじめた。フィンランドのムーミン物語の作者として有名である。フィンランドのイメージは、サンタクロース、オーロラ、サウナなどである。フィンランドは3年連続で、2020年幸福度1位である。日本はなんと62位。
    老いた女性画家アンナ、従順な犬を従えた姉カトリ、寡黙な弟マッツの物語。
    海が近くにある雪深い寒村。ウサギの顔のような表情をしたウサギ屋敷に住む老いた独り身の画家アンナ。人付き合いもあまりせず、ファンレターがたくさん届く画家で、精密に森の土を描き、その中にウサギの絵を書き込む。食べるものや郵便を届けてくれる人たちがいるので、あまり外に出ない。
    カトリは、飼っている犬の目が黄色で、彼女の目の色も黄色だった。野生に生きる力を持っている。数字に強く、純文学を読み知性的である。交渉力もあり、村の人の困った時に相談に乗っている。誠実な人間として評価されているが、村の人たちとは距離感がある。弟マッツは、寡黙な少年で、姉カトリは、なんとかボートを贈ってやりたいと思っている。カトリは、老画家のアンナに手伝いをして、泥棒の真似をして、ひとりであることを怖がらせる。アンナは周りの人からは、独り住まいはよくない、カトリと住みなさいと忠告を受け、カトリ姉弟といっしょに住むことを決める。
    カトリは、家の中を片付け、冷蔵庫を片付け、整理整頓をして、次第にお金の管理もするようになる。アンナの収入を増やす中で、その増えた中から、マッツにボートを買うお金を確保することを始めた。アンナは、ひとりであることに慣れているので、カトリの足音や整理しすぎることに不満を募らせていく。そして、アンナは、弟マッツに冒険小説を進めたり、カトリの犬を調教する。
    アンナ、カトリ、マッツの3人の関係がくづれていく。犬がカトリとアンナの主人を持つことで、変化し野生を取り戻して、吠え続ける。そして、ボートがやっと手に入るが。
    アンナは多分老いたトーベヤンソン自身であり、またカトリは若い頃のトーベヤンソンなのだろう。
    二人の私が同居することで、化学的な変化が少しづつ起こっている。厳しい自然の中で、孤独でありながら、自立して生きていこうとする姿勢が屹立した人間を描き出す。
    誠実であろうとして誠実とみなされない「私」を描き出そうとする。厳しい自然の中でたくましく生きている。

  • 私、「ムーミン」って、実はほとんど読んだことがないのだ。
    途中で挫折。
    アニメのキャラは好きだったのだけれど……
    ま、ヘルシンキに行くなら、ヤンソンの1冊くらい、読んどかなきゃねってことで読み始める。
    しかも帰りの飛行機で……(行きは寝ちまった 爆)

    ……良かった。
    ……ムーミンも深いとは聞いていたが、ヤンソン、すごい。

    ほとんど改訳だそうだが、文体が良い。
    余分なものがない感じ。

    それが小説の世界と響き合う。

    25歳のカトリは数字に長けた、明晰な女性。
    兎屋敷に住む、ヤンソンをモデルにしたらしき老画家アンナは裕福で、穏やかな女性……
    大雪に閉ざされたその冬、カトリは最愛の弟マッツのために、或る計略を以てアンナに近づく……
    春の始まる頃、アンナとカトリに、思いがけない展開が……

    これが不穏な、張り詰めた空気に満ち満ちていて、実に怖い。

    孤独。
    人と人との関係。
    欺瞞と潔さ。
    自分の大事にするもの。

    そういったものが真っ白な村を舞台に、冷徹な観察眼であぶりだされていく。

    読んでいくうちに、胸がしんとするのは、私にとって、良い本の証拠。
    フィンランドの冬も、かくやあらん……と思えるほど、胸がしんとした。

  •  カトリとアンナの両者ともに、自分の内面に近いものを感じて、2人に自分を重ねながら物語を読んだ。アンナは本来の自分に近くて、カトリは大人になるにつれて飼い始めた自分に近い。物語では、2人のエゴは相容れない性質であるが故に互いに悪影響を及ぼし合うが、実際に自分の中ある2つの性質も互いに反発し合っていて、似ているなと思った。だからこそ、読んでいて他人事とは思えなくて、2人から目が離せなかった。

     この訳者さんが『誠実な詐欺師』を読んだときに、「人と人が近づきすぎると必ず傷つくのだけれど、逆に言えば、傷つかない人間関係には意味がない。」ということを伝えたい本だと思ったと言っていた。
     私は、傷ついてもなにかしらの意味があるとは思える。エゴの衝突で、強い絆が生まれることもあれば、最悪の関係性に終わることもある。ただ、エゴとエゴが衝突したからこそ分かることが確かにあると思う。でも、傷つかない人間関係には意味がないとまでは、まだ思えないな。だからこれからも私は、傷つかない人間関係に留まらせることは幾度もあると思う。それでも、人と近づくことに前向きな気持ちにさせてくれた、この訳者さんの一言にはとても感謝している。

     多様性を受け入れることや、異質なものに対して寛容であることが、美徳とされつつあるように思う。でも、他者のエゴへの寛容って、あるんだと認めることと、行動で反発しないことくらいが限界だと思う。変に納得や共感を目指すと、似たような性質をもつ人間ばかりになって、かえって多様性を失う気がする。
     自分のエゴがある以上、それと反発するエゴがあることは仕方のないこと。エゴには正しさはないし、人によって違うのは当たり前。自分とは異質なエゴについては、存在は認められても、感覚的に納得できないし、共感もできない。自分が自分を見失わないような範囲でしか、受け入れることはできないって割り切ることも必要なのかな。
     
     自分の抱いていた誠実に対するイメージと照らし合わせるなら「正しくて、媚びへつらわない」カトリは誠実じゃない。逆に、人の心を思えるアンナはかつて誠実だったように思う。タイトルでカトリが誠実であることになってるから、カトリは誠実なんだろうけど。
     なんか、「誠実」っていう言葉に対して抱いていたイメージと、実際の意味は違ったのかもしれない。正しさと正直さは、私のイメージしていた「誠実」の、高潔で優しいイメージとは必ずしもリンクしないって教えてくれた本だった。カトリに捉われ続ける必要はなくて、もっと柔軟に生きていいんだなって思えた。

  • 図書館で。
    なんというのか陰鬱な本。人間に日光って大事なんだなあってぼんやり思いました。
    特にこれといった問題が起きるわけではないのですがいつこの薄氷を踏むような感じが決壊するのかドキドキします。そしてまるで次元が違う世界に生きている人間同士は同じ言葉を使ってもいつまでたっても相互理解はなく平行線なんだなあなんて思いました。
    面白くはないですがなんとなくさみしくて不安になるお話でした。

  • 前々から、何度かこの文庫を借りてみるも、話にうまく入れないかんじで、ちょろっと読んだだけで返したり、積んだまま返したりで、読みきることがなかった。文庫の裏表紙には「ポスト・ムーミンの作品の中でもNo.1の傑作として名高い長編」と書いてあるが、やはり名作でもノれるときとノれないときがある。

    それでも『少女ソフィアの夏』、『彫刻家の娘』と読んだヤンソンの自伝ぽい物語がおもしろかったので、これもまた借りてみた。

    こないだちょっと遠方へ出かけるときに、この文庫本を入れて出て(軽いし)、それで乗り換えの待ち時間のときなどに読みはじめてみた。最初の数ページは、どれが人名でどれが地名なのか分からないところがあって、しばらくページを行きつ戻りつしていたが、カトリ・クリング25歳と、弟のマッツ15歳が、海辺の村ヴェステルビィで暮らしている、というのがまず分かってきた。

    カトリは、「数字と弟のことしか頭にない」。「彼女の大きな犬には名前がない」。父親は材木を買いに行ったきり帰ってこず、母親が死んでからは「雑貨店の仕事をひきつぎ、店の帳簿もつけるようになった」。とても利口な娘だが、近寄りがたいところがあり、雑貨店の勤めもやめることになった(店主は屋根裏部屋からカトリを追い出したい)。

    カトリは、夜中にベッドのなかで考えごとをする。
    ▼とくにお金、たくさんのお金のことを考える。すみやかに手に入れたい。賢明に、誠実に、蓄える。お金のことなんか考えずにすむように。ありあまるお金がほしい。あとで返せばいい。なによりもまずマッツにボートを与えたい。船室[キャビン]と船内モーターつきのよく走る大きなボート、ほかになんの取柄もないこの村で造られる最高のボートを。(p.8)

    名前のない犬をつれて、カトリは灯台のある岬へ向かう。岬の近くには、画家アンナ・アエメリンが「たったひとりで、お金に埋もれて」住んでいるお屋敷がある。彼女の両親は長生きをして、亡くなるころには魔法使い[トロール]のように裕福だった。アンナの絵本はほぼ1年おきに出版され、印税やキャラクター収入がある。お金の心配がないから、無頓着でいられるアンナ。

    お屋敷を見ながら、カトリは思う。
    ▼あそこに彼女が住んでいる。あそこにマッツとわたしも住むようになる。でも待たなくては。あのアンナ・アエメリンに、わたしの人生のなかで重要な場を与えるには、まだじっくりと考えなければいけない。(p.12)

    カトリは、誠実に、「あそこ」に近づいていく。愛想や追従が言えないカトリは、ただ「誠実に」事実を述べる。アンナのところに食料品などを届けてくれる雑貨屋は値段をごまかしているとか、この人に払う手間賃は相場からすると高すぎるとか、絵本の印税契約がかなり安いものになっているとか、いかにアンナが周囲からお金をむしりとられているかを数字で明らかにしていく。

    周囲の人間から好かれなくなるのではと不安をうったえるアンナに、カトリはこう言うのだ。「人間というのは、自分がやすやすと騙せる相手を好きになりはしないものです」(p.57)と。

    それでも、お金がそれほど重要だとはかぎらないと言い張るアンナに、カトリは言って聞かせる。
    ▼「マルッカやペンニはさほど重要でない、それはそうかもしれません」「重要なのは誠実であること、そして騙されないことです、たとえ1ペンニであっても。他人のお金を奪うことがゆるされるのは、そのお金を増やして、正当な分け前をさしもどす場合に限られるんです」(p.58)

    そして、カトリは、まさにこの「誠実な」やり方で、これまでアンナが"騙されていた"お金関係のことを一つひとつ仕切って、それで増えた分のお金を自分とマッツに分け前として与えていく。アンナの家事を週に1度手伝っていたスンドブロム夫人に代わって、カトリがその仕事をするようになり、ある泥棒事件をきっかけに、カトリとマッツは、アンナの屋敷に引っ越した。

    アンナとカトリは、年齢の違いもあるのだろうが、対照的な人物として描かれている。犬に名などいらないと言い、犬は私に服従しているのだというカトリ。屋敷の一角を占めるようになった犬を勝手に「テディ」と呼び、カトリによる犬のしつけを覆すように、エサを食べさせようとし、棒を投げて取ってこさせようとするアンナ。

    それぞれ我が道を行くようだった二人が、いやおうなく互いに関わり、自分のそれまでの習慣さえ変わったりする。「正しい」数字をカトリに見せられ、周囲の偽善を聞かされながら、アンナはこれまでのように素直に周囲の善意を信じることができなくなっていく。カトリもまた、あまりに素朴に相手を信頼するアンナに、自分は数字、数字、お金、お金というだけでいいのかと思ったりする。

    そんな女二人のあいだで、マッツは穏やかに自分の世界を守り続けているように見える。とくにマッツとアンナとの間の「本を介した友情」が印象的だった。アンナの本を借りて、マッツが読む。姉のカトリがすすめる本を読んでいた頃には、感想を聞かれたら「すごくよかったよ」と言うだけだったマッツが、アンナと本の話をし、好きな本を貸しさえする。アンナとマッツは二人とも冒険の物語が好きなのだ。

    ▼いつも同じ主人公たちが登場する物語では、特定しなくてもジャックやトムやジェーンに言及し、彼らがその後どうしたこうしたと語りあえる。共通の知人について罪のない噂話に花を咲かせるようなものだ。文句をつけたり、誉めちぎったり、ぞっとしたりしながら、遺産の公平な分配、恋人たちの結婚、悪者の因果応報の末路といったハッピーエンドを存分に味わう。アンナは昔の本をあらためて読みなおし、いちどきに友だちの大きな輪をみいだした気がする。そこではだれもが多少なりとも冒険を生きている。アンナはしあわせだった。夕方にマッツが来ると、台所でコーヒーを飲み、それぞれの本を読み、お喋りをする。カトリが入ってくると、ふたりは口をつぐみ、カトリがでていくまで黙っている。(p.63)

    物語の最後には、わけがわからなくなった。カトリが、自分はアンナに嘘をついたと、自分はアンナに誠実ではなかったと言うのだ。「最初から嘘をついた。ほかの人たちについて正しくないことをいった。わたしが誤っていた。あなたにいっておくべきだと思う。だからどうってわけじゃない。でもいわなくては」(p.195)とカトリはアンナに早口でしゃべった。

    アンナはそのカトリに向かって、「すばらしい」「みごとなものね」と応じる。
    ▼「あなたには驚かされる。世界一くそまじめな石頭だと思うこともある。ほかの人はお喋りをするのに、あなたは自分の意見を述べる。あなたの愉快なところはただひとつ、人が夢にも思わないことを急にいいだすこと。いま、愉しい?」(p.196)

    「あなたってすごい人ね」「あなたは数字を弾いて証明する。ひとりひとりの欠点をあばき、納得させる。そのあとでおめおめという、あの人たちに罪はないと。なぜなの?」(p.197) アンナはカトリに問いかける。

    カトリはマッツにボートを与えることができて燃え尽きたようにも見えるし、自由に目覚めた犬を見送ってわが身を振り返っているようにも見える。物語のなかで、終始カトリに脅かされているかのように思えたアンナが、最後には堂々と見える。これは年の功なのか、あるいは春の近づきを感じるなかで森の土壌を再び描けるという喜びなのか。

    フシギな、そしてずっと読めずにいたのに、読み終わってみると、みょうに心に残る話だった。

    (7/21了)

    *表記の不揃い
    p.53 作中でずっと「スンドブロム夫人」と出てくる人が、1箇所だけ「スンドブルロム夫人」と「ル」が入って出てくる。これは全面改訳をほどこした結果なのか、単なる余り字か?

  • 誠実ということに対して考え方が変わった。
    当たり前に交わしていたあいさつや何気ない日常会話が嘘に満ちていることに気がついて、自分が汚く思えた。
    自分にだけは正直でありたい。

  • 個人、である事の孤独と自由の、面白さ。

  • 淡々として不穏な感じが好き。ところで、解説でムーミンの著者だと知って、ものすごくびっくりした。そのあと、納得した。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「そのあと、納得した。」
      ムーミン=ヤンソンと結びついていないコトに少々驚きましたが(スミマセン熱烈なるファンなので)、納得されるところが...
      「そのあと、納得した。」
      ムーミン=ヤンソンと結びついていないコトに少々驚きましたが(スミマセン熱烈なるファンなので)、納得されるところが素晴しいです!
      2014/03/04
  • 「ムーミン」シリーズのヤンソンの大人向け長編。北欧の冬の凍てついた空気そのもののような雰囲気をまとった作品で、痛いほど冷たいのに美しく思わずにはいられない明澄さが、胸に迫る。他人と、自分と、ごまかしなく向き合うことは何をもたらすのか?それは必要なことなのか?張り詰めた“意思”がもたらす緊張感が凄い。

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著者プロフィール

1914年、フィンランドのヘルシンキ生まれ。1945年にムーミンシリーズ第1作目『小さなトロールと大きな洪水』を出版。以降書きつづけられたムーミンの童話、絵本、コミックスは世界中で評判となり、いまも愛されるロングセラーとなっている。2001年6月逝去。

「2021年 『ムーミン ぬりえダイアリー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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