ちくま日本文学004 尾崎翠 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480425041

作品紹介・あらすじ

透明なエロティシズムで読者を誘惑する。

感想・レビュー・書評

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  • 第七感界…は昔読んだのに、だいぶ忘れていた。
    登場人物の皆が、こだわる、というか倦むポイントが変で、おもしろい。かわいらしい。
    きれいな文章。夢の話のような。

  • 「第七官界彷徨」を読む.
    奥付きは1991年.その当時も読んだはずだが,記憶はかすか.
    今読んでみると,ドタバタな設定の初恋小説という感じで,どうも私が読むためのものではないようだった.

  • 「第七官界彷徨」や、「アップルパイの午後」など、尾崎翠の代表作を納めた一冊。

    おそらく私は、この作者の魅力を楽しめない、浸れないタイプの読者だと思った。
    一言で言ってしまえば、あまりに少女的なのである。読んでいてむずむずしてくる。うら若い乙女ならではの、砂糖菓子のように甘くてもろい夢と高慢が、とても正視できない。恥ずかしいのだ。
    現実世界がちょっと力を入れさえすれば、とたんにぐしゃりと音を立ててぺしゃんこになってしまいそうなこれら虚構の世界を愛しているだなんて、私にはとても人に言えないし、言わない。むしろ私は、そんなものを後生大事に抱えている自分に「わーっ」と声を上げて目を塞ぎたくなる人間なのだ。
    自分がそんなに脆くて壊れやすいものを大切に大切にしていることに、耐えられなくなってしまうのである。そんな繊細なものがいつ壊れるかとびくびくするよりは、もっと強靭なものを探して茨の道をかき分けるほうがマシだ、と言いたくなってしまう人間なのである。

    だから、尾崎翠の透明な自負心に、私は辟易すると同時におどおどしてしまった。
    彼女の心はあまりに少女である。かたくなで、澄んでいて、しかも夢に縁取られている。朝露がいっぱいついた、みずみずしい若葉みたい。ちょっと触れれば、たちまちその身を震わせて、ぽたぽたと水滴を落としそう。
    そんな女の子に勝てる人間なんて、いるわけないではないか。ああ、いやだいやだ。傷つきやすい女の子なんて、潔癖な女の子なんて、私は嫌いだよ・・・。

    というわけで、非常に複雑な気持ちになった本であった。「アップルパイの午後」なんて、読んでいて「うわぁ、無理だ」と思った。
    しかし、それでもやっぱり、どこかでそのような透明で壊れやすい気持ちを無碍に出来ないのは、私のそういう女の子に対する嫉妬があるからなのかなぁ。

  • 「こおろぎ嬢」「地下室アントンの一夜」「第七官界彷徨」「詩人の靴」が好きだ。

    以下引用。

     それから私たちは、その粉薬の副作用について、一握の風説をきいた。この粉は、人間の小脳の組織とか、毛細血管とかに作用して、太陽をまぶしがったり、人ごみを厭ったりする性癖を起させるということである。その果てに、この薬の常用者は、しだいに昼間の外出を厭いはじめる。まぶしい太陽が地上にいなくなる時刻になって初めて人間らしい心をとり戻し、そして二階の仮部屋を出る。(こんな薬の常用者は、えて二階の仮部屋などに住んでいるものだと私たちは聞いた)それから彼等が仮部屋を出てからの行先について、私たちは悪徳に満ちたことがらを聞いた。こんな薬の中毒人種は、何でも、手を出せば掴み当てれるような空気を掴もうとはしないで、どこか遠いはるかな空気を掴もうと願望したり、身のまわりに在るところの生きて動いている世界をば彼等の身勝手な意味づけから恐れたり、煙たがったり、はては軽蔑したり、ついに、映画館の幕の上や図書館の机の上の世界の方が住み心地が宜しいと考えはじめるということだ。薬品のせいとはいえ、これは何という悪い副作用であろう。この噂をはじめて耳にしたとき、私たちは、つくづくと溜息を一つ吐いて、そして呟いたことであった。この粉薬は、どう考えても、悪魔の発明した品にちがいない。人の世に生れて人の世を軽蔑したり煙たがるとは、何という冒瀆、何という僭上の沙汰であろう。彼等常用者どもがいつまでも悪魔の発明品をよさないならば、いまに地球のまんなかから大きい鞭が生えて、彼等の心臓を引っぱたくにちがいない。何はともあれ、私たちは、せめてこのものがたりの女主人公ひとりだけでも、この粉薬の溺愛から救いださなければならない。
     けれどそのような願いにもかかわらず、私たちはその後彼女に逢うこともなくて過ぎた。すると彼女は、このごろ、よほど大きい目的でもある様子で、せっせと図書館通いを始めてしまったのである。(「こおろぎ嬢」p.12~13)

     そのころ、僕は、おたまじゃくしの詩を一篇書きたいと願望していました。切に願望していました。梅雨空から夏、夏から秋にかけて、僕は、二回の借部屋で、おたまじゃくしのことばかし考え込んでしまいました。(略)
     木犀の花は秋に咲いて、人間を涼しい厭世に引き入れます。咽喉の奥が涼しくなる厭世です。おたまじゃくしの詩を書かしてくれそうな風が吹きます。火葬場の煙は、むろん北風に吹きとばされて南に飛びます。このような一夜、ちょうど僕がおたまじゃくしの詩を書こうとしていた時、松木氏から人工孵化のおたまじゃくしが届いたんです。使者は、おばあさんの家の孫娘小野町子でした。
     松木氏、この一夜にあなたのされたことは、ことごとく失敗に終わりました。おたまじゃくしの詩を書こうとするとき実物のおたまじゃくしを見ると、詩なんか書けなくなってしまうんです。小野町子が季節はずれの動物を僕の机の上に置くと同時に、僕はもう、おたまじゃくしの詩が書けなくなってしまいました。僕は大きい声で告白しなければなりません。僕は実験派ってやつではないのです。僕はほかのものです。僕は、恋をしているとき恋の詩が書けないで、恋をしていないときに、かえってすばらしい恋の詩が書けるんです。僕を独りの抒情詩人にしようと思われたら、僕の住いに女の子の使者なんかよこさないで下さい。それにもかかわらず、松木氏は、僕の住いにひどく鬱(ふさ)ぎこんだ一人の女の子をよこしてしまわれました。そこで僕はおたまじゃくしの詩作を断念し、かえって恋に打つかってしまったんです。(「地下室アントンの一夜」p.41~43)


       おもかげをわすれかねつつ
       こころかなしきときは
       ひとりあゆみて
       おもひを野に捨てよ

       おもかげをわすれかねつつ
       こころくるしきときは
       風とともにあゆみて
       おもかげを風にあたへよ (「歩行」p.60)


     私のバスケットは、私が炊事係の旅だつ時私の祖母が買ってきたもので、祖母がこのバスケットに詰めた最初の品は、びなんかずらと桑の根をきざんだ薬であった。私の祖母はこの二つの薬品を赤毛ちぢれ毛の特効品だと深く信じていたのである。
     特効薬を詰め終わってまだ蓋をしないバスケットに、私の祖母は深い吐息をひとつ吹きこみ、そして私にいった。
    「びなんかずら七分に桑白皮(そうはくひ)三分。分量を忘れなさるな。土鍋で根気よく煎じてな。半分につまったところを手ぬぐいに浸して――いつもおばあさんがしてあげるとおりじゃ。固くしぼった熱いところでちぢれを伸ばすのじゃ。毎朝わすれぬように癖をなおしてな。念を入れて幾度も手ぬぐいをしぼりなおしてな」
     祖母の声がしめっぽくなるにつれて私は口笛を大きくしなければならなかった。(「第七官界彷徨」p.84~85)

     さて夏が来て、三郎の象牙の塔を牢獄のように息苦しくしてしまった。三郎はやむを得ず窓と反対側の鼠色のドアを開けておかなければならなかった。(略)
     こんな風で、午後になると三郎は螺旋形の溜息(これは三郎の詩句を借りたものである。多分癇癪と悲哀の象徴であろう)を吐(つ)いて、憂鬱に陥った。人間嫌いで歩くことの嫌いな彼は、眠ることによって日中の呪われた時間を殺すより他の方法を持たなかった。それで彼は常人の昼と夜とが半分ぐらい喰い違った日々を送って、ようやく螺旋形の溜息と憂鬱から逃れることが出来た。(「詩人の靴」p.230~231)

     シルレルというのは夫人の愛犬で、一ヶ月ごとに改名させられる犬だった。佐々木夫人は文学が好きで、殊に外国文学が好きで、殊に戯曲全集を愛読していた。夫人の崇拝作家は一ヶ月ごとに変った。戯曲全集が月刊だからである。そして夫人は月々に崇拝する作家の名をそのまま愛犬に付けることにしていた。だから愛犬はチェホフ、ゲエテなどの過去名を持ち、イプセン、ストリンドベルクなどの未来名を約束されていた。(「詩人の靴」p.237)

     記憶を辿って、時々追憶の溜息を吐(つ)く事は、好い事だとお思いになりませんか。私に取っては、追憶は人生の清涼剤です。追憶の溜息は、この清涼剤によって外へ洩らされる物です。私には、穏やかな顔をして現在の自分に委任していられない気持が始終ありました。何事に限らず、日常の細かい事にでも、私は自分が今何かをし残しているような、また何かに残されているような不安が私にはありました。(略)
     こんな傾向を持つ私は、よく過去の私に遁れました。そして過ぎ去った私は、いつも、今の私よりどこか幸福だった気がします。……人間の幸福は過去にばかりある物ですね。追憶を通して生れてくる昔の私ばかりが、いつも穏かな、些(すこ)しの不安もない顔をしているのです。今の私でも、何年かの後、追憶の濾過に逢ったら、やはりどこか幸福の影を帯びて来るかも知れません。
     追憶によって生れた昔の幸福は、今の自分を降伏にしてくれるほど著しい力を持ったものではありません、けれどそこから幾分の慰めは来るようです。その慰めは溜息を吐かせる慰めです。昔思えばなつかしゅござる、の追憶の溜息を。追憶は人間を幾分でも慰めるために、あの消極的な一種なつかしい慰めを置いて行くために、時々やって来るのだ。追憶という心のはたらきは、人生の避難所の一つとして人間に与えられた宝玉だ。――私はいつとなくそう考えるようになりました。(「花束」p.293~295)

       佐藤春夫氏

     あなたの螺旋形の頭と多角形な心臓を瞶(みつ)めていましたら、こんな詩のようなものが出来てしまいました。夜のことでした。

       象牙の塔と地の上を往きつ戻りつ、
       薔薇に恋するかと思えばひとりさんまをくらう。
       ロオドバイロンの煙にお京が消え、その明後日は女誡扇綺譚。
       縷説の舌が長いと思ったらいきなり諧謔のつばきが飛んだ。
       感傷と嘲感傷、
       お伽ばなしと愛慾篇、
       遠い幻想と近い恋情。
       東洋人の胸に仏蘭西風な鼻をつけ、
       蒼白い夢かと見れば血の色のうつつ。(「捧ぐる言葉」p.435~436)


     一九七一(昭和四十六)年 七十五歳

    五月、薔薇十字社より作品集出版の連絡があるも、翠は高血圧と老衰による全身不随で病床にあった。六月、鳥取駅に近い生協病院に入院。七月、病状次第にわるく、上旬、肺炎を併発し、「このまま死ぬのならむごいものだねえ」と大粒の涙を流して、七月八日、病院で息を引きとった。(後略)(「年譜」稲垣真美・日出山陽子編、p.477)

  • 妙な、兄妹関係。日本語がとても美しい。
    映画化もされているようですね、ぜひ観たいものです。

  • 摩訶不思議。スターシステムみたいに同じ名前の登場人物が違う作品に登場する。連作なのかな。。。
    収録作品中、「第七官界彷徨」が一番長い。
    確か映画になっていたと思うが、このなんとも不思議な世界をどう映像化してるのか興味がある。
    ちよぅとつげ義春の「ねじ式」に似たテイストもある、古色蒼然な学芸会?の様な台詞回しとか(笑)
    想像力の色合いや色彩感覚はなんか萩尾望都以降の少女漫画の感性に違い気がする。確かに明治、大正期の他の作家にはない今風の感覚。「無風帯から」がなんとも言えない味わい深さがある。
    デビュー当時は林芙美子や宮本百合子などとも交流が、37歳頃には生き死にもわからなくなり文壇からも遠ざかり、故郷鳥取で細々と生活していた。
    学生だった花田清輝が第七官界彷徨を絶賛、持ち上げ、再評価の流れ。最近では群ようこや山尾悠子などが愛着を口にする人気ぶり。

  • やはり「第七官界彷徨」がすごい。これが大正時代の作品というアバンギャルドさや自由さに驚嘆してしまうな。この作品に登場するアイテムで重要なのは「くびまき」だと思う。他の作品とも微妙に登場人物がかぶっていて、いろんな視点で書かれた実は一つの作品のような気がしてくる。それにしてもちくま文庫のこの本は、作品の並べかたに何か意図があるのか知りたい。発表年順にしたほうが読みやすいんじゃないかというのが個人的な感想。

  •  「第七官界彷徨」の一風変わった登場人物達が織り成す一幕に惹きつけられました。蘚の恋愛や分裂病により、各々の恋愛観を表しているところが変わっていて、面白く読み進められました。

     「無風帯から」は手紙から妹の光子が詳らかになっていく度に、世間一般とは違っている兄妹の間にある、愛と呼ぶべきものを感じました。それと同時に、兄としてしてやるべき事が出来なかったという後悔が聞こえてくる様でした。

  • 彼女は存じ上げなかったが、心理ドラマのような作品でした。

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著者プロフィール

1896年鳥取生。女学校時代投稿を始め、故郷で代用教員の後上京。日本女子大在学中「無風帯から」、中退後「第七官界彷徨」等を発表。32年、病のため帰郷し音信を絶つ。のちに再発見されたが執筆を固辞。71年死去

「2013年 『琉璃玉の耳輪』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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