中島敦 (ちくま日本文学 12)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 353
レビュー : 45
  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480425126

感想・レビュー・書評

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  • ある方のねとらじ放送を聞いて興味が。
    非常に若くして夭折された作家であるため、残されている作品が少なく、これまで手にとって読もうとは思わなかったジャンルの本である。
    昔むかしに読んだ「名人伝」や、人間の内面を掘り下げた「山月記」、西遊記であまりスポットライトを浴びる機会のない沙悟浄を主役に据えた「悟浄歎異」など。
    きっと若い頃に読んだら途中で放り出していただろうが、今になって出会えた事でその面白さを感じる事が出来る。
    やはり本には出会うべき年令があるんだなと感じた1冊である。

  • 始めの4編以外は初読。特にすきなのは『木乃伊』と『文字禍』の2編。『木乃伊』は入れ子構造がすごい。『文字禍』はソシュールを思い起こされた。あと『かめれおん日記』は共感というか、漠然と頭の中にあったことを言語化された感じ。『和歌でない歌』はこれだけの作家や哲学を30前に網羅しているのがすごいと思った。『河馬』は駱駝、再び山椒魚について、象の歌が特にすき。

  • 全部名作。
    かめれおん日記に自分がだぶる。山月記よりも、焦る。

  • 私が高校の頃耽読し、我が身と重ね合わせた文学は、太宰治でもサリンジャーでもなく、中島敦だった。
    『山月記』の孤独、『李陵』の孤高、『名人伝』のユーモア…。どの話も面白いが私にとってのベストは『悟浄出世』『悟浄歎異』二部作である。一人の人間がその身を捧げるに足るイデオロギー、あるいは生き方は存在するのか?考えさせる内容である。
    漢文学者の家系でありながら英語の教師になり、南洋という異文化にも接した中島敦。彼は世界のどの文化にも共通する普遍的な「生きる道」を追求し、作品を紡いでいった。彼のような人こそ、現代日本は必要としている。

  • 中島敦の代表作をまとめ、注釈も入った良書。『妖氛録』以外の中島敦の中国物は全部読める。個人的には私小説のような『かめれおん日記』が一番面白かった。作品のイメージと違い、病弱な中島敦は「優しいパパ・明るい性格」だったという。「漢字が多い中島敦は苦手」という人にもお勧め。

  • ビブリオバトル首都決戦 北大予選

  • 『弟子』が、ほんとうにほんとうにだいすき。この作品に出逢えただけでも、幸福な一冊。
    漢文をもっとちゃんと勉強しておけば、もっともっと味わえたのに、と自分の勉強不足が恨めしくなりました。
    『山月記』のイメージが強かった中島敦の、違った一面も窺える、充実した一冊でした。

  • 中学生の頃だったか教科書に載っていた『山月記』が大好きでした。山月記その他中国ものの短編はわりと馴染み深く『弟子』なんかは今読んでも泣いてしまうのですが、意外と知らなかったのは南国もの。中島敦ってパラオに赴任していたことがあったんですね。新しい一面を知りました。早世されたので寡作ですが、文章が端正で、どれもとても好き。山月記と同じく、自分の才能を信じながらも行動を起こせないタイプのモラトリアムな主人公が多いのですが、なかでも印象的だったのが、西遊記の沙悟浄を主役にした2作。西遊記という元ネタがあるという意味では、一種の二次創作なわけですが、悟浄から見た悟空の眩しさ、観察者である悟浄と行動者である悟空の対比が、なんとも切ないというか切実というか、胸苦しいまでに描写されていて、もはや一種の萌えでした(笑)。

    名人伝/山月記/弟子/李陵/狐憑/木乃伊/文字禍/幸福/夫婦/鶏/マリヤン/盈虚/牛人/巡査の居る風景/かめれおん日記/悟浄出世/悟浄歎異/和歌でない歌/河馬

  • 「草子ブックガイド」つながりで。「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし。」「既に、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる。」”その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は瑟の絃を断ち、工匠は規矩を手にするのを恥じたということである。”『名人伝』より。”理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。”,”己は、己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。”,"己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。","事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。"『山月記』より。名人伝についていえば、最後の、その後当分〜の一節は、手放しの賞賛ではなく、皮肉な目線もこもっていたのではないだろうか。道具を使わないことこそ、至高の技という本質をつかない型にはまった見方を多くの人がしたことへの皮肉。また、用としては、ほんとはすごいぞと思わせて畏怖させていたとはいえ、それは名人の家一個が守られていただけで、何の役に立ったというのだろう、との思いを禁じ得なかった。山月記についていえば、何もなさずに、何事を為したかのように扱われたいという心持ちのやっかいさを感じる。楽な道などないという、戒めを感じながら。

  • 天才。顔は中村に似てる。
    『牛人』『盈虚』など、マイナー作品も収録されてて良い。

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著者プロフィール

中島敦

一九〇九年(明治四二)、東京・四谷に生まれる。三〇年、東京大学国文学科入学。三三年に卒業し、横浜高等女学校に国語科教師として就職。職の傍ら執筆活動に取り組み、「中央公論」の公募に応じた『虎狩』(一九三四)で作家としての地位を確立。四一年七月、パラオ南洋庁国語編修書記として赴任。持病の喘息と闘いつつ『山月記』『文字禍』『光と風と夢』等の傑作を書き上げる。四二年(昭和十七)、職を辞して作家生活に入ろうとしたが、喘息が重篤となり、同年十二月に夭折。

「2019年 『南洋通信 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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