ライフワークの思想 (ちくま文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480426239

感想・レビュー・書評

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  • ”みなとみらいのブックファーストで店頭にならんでいたのをみて購入
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    ★どんなに貧しく、つつましい花であっても自分の育てた根から出たものには、流行の切り花とは違った存在価値がある。それが本当の意味での“ライフワーク”である。(p.12)
    ・カクテルと地酒の比喩(p.14)
     酒でないものから酒をつくった時、初めて酒をつくったといえる。ただし、その過程で失敗すれば、甘酒になってしまうかもしれない。酢ができてしまうこともあるだろう。必ず酒になる保証はないが、もし、うまく発酵してかりにドブロクでもいい、地酒ができれば、それが本当の意味で人を酔わせる酒をつくったことになる。(中略)
    ★われわれは、地酒をつくることを忘れて、カクテル式勉強に熱中し、カクテル文化に身をやつして、齢をとってきた。(中略)もちろん、すばらしいカクテルをつくってくれる人も必要だが、それで、酒をつくったように錯覚してはならないのである。
    ・根のあるものは一時、葉の散ることもあろうし、枝の折れることがあるかもしれない。けれども、めぐり来て春になれば、再び芽ぶき、花をつけ、そして実をつける。(p.23)
    ・そろそろこの辺で、できてもできなくても、酒をつくってみるべきだ。(p.26)
    ★人生の酒に必要なのは経験である。この経験を本などを読んで代用したのでは、カクテルになってしまう。やはり、その人が毎日生きて積んだ経験と言うものを土台にしなければならない。そして、それに加えるに、経験を超越した形而上の考え方、つまり、アイデア、思いつきをもってする。経験と思いつきとを一緒にし、これに時間を加える。この時間なしには酒はできない。時間は酒を“ねかせる”ため、経験とアイデアをねかせて作用させるのだ。頭のなかにねかせておいてもよいが、この二つのことを何かに書きとめておくのが便利である。そして、時々これを取り出して、のぞいてみる。のぞいてみて、何も匂ってこなければ、まだ発酵していない。何となく胸をつかれる思いをしたり、何か新しい思いつきに向かって頭が動き出す。(p.27)
    ★たしかに前へ走ることは進歩だ。だが、折り返し点ではそれまでの価値観をひっくり返して、反対側に走ることがすなわち前へ進むことになる。(中略)人生のマラソンにおいては、折り返し点を過ぎたら、今までとは逆の方向に走るということが、プラスなのだという発想の転換に達するのは生やさしいことではない。
     エリートが齢をとるとだんだんつまらない人になってくるのは、彼らが一筋の道を折り返しなしに走っているからだろう。(p.30)
    ・小出しに与えられた断片的知識を、小刻みに習得する。学習の方法はどうしても分析的にならざるを得ない。(中略)しかし、いったん習得した知識はバラバラなものではなくて、まとまりのあるものにしたい。この二つの立場を調和させるにはどうしたらよいのか。それに成功したとき、「知識は力なり」(ベーコン)と言うことのできる知識になる。(p.50-51)
    ・目のまわるような忙しい生活の中で、何かのはずみに見出されるしばしの間の仕事からの解放、それがヒマである。(p.74)
    ・入って来るインプレッションの方が出て行くエクスプレッションよりも圧倒的に多い。この両者のバランスをとる役割を果たすのが忘却である。隠れた表現行為であり創造活動であるということにもなる。
     #忘却は「創造活動」である!?
    ・三科・四学(文法・修辞学・論理学・数学・音楽・幾何・天文)のいわゆる自由七科 (p.93)
     #イギリスのパブリック・スクールに関して。
    ・泥縄式=muddling through
    ★感情は理性に比べて慣性に支配されやすい。(p.127)
     理性はしばしばその慣性から脱出する力を示す。同じ感情にしても、その内面の豊かなものはより強力な慣性を生ずる。しかし、慣性が必要とする十分な精神的エネルギーを伴わなくなると、惰性が起り、保守の弊害が表面化する。その惰性を克服する方法がすくなくとも二つあるように思われる。
     一つは、慣性の力を理性で意識的に削減するのである。(中略)
     もう一つは、惰性をそれからすこし離れた立場から見る態度である。慣性の勢いをちょっとかわしておいて、別の価値から批判する方法である。この方法から生まれるのが風刺やヒューマーである。(p.127:コンサバティヴ)
    ・どうもわれわれには交換という考えが乏しいように思われる。(中略)
     精神文化の交易となると、事情はまさに逆で、一方的輸入である。何でもかんでも外国のものを借りる。(中略)入れたらお返しに何かを出そうという考えがない。(p.154-155:島国考)
    ・陸つづきの外国をもっていない地理条件は、国民の純粋、潔癖、孤立などの特性を助長するが、何よりの特色は外国、ならびに外国人に対する過敏さであろう。(p.157)
    ★役に立つ教育といったケチな目標でなされることが、子供の魂に火をつけるわけがない。(p.176)
    ・ただ、男性的性格を忘れてしまうと教育は骨格を見失いかねない。目先きの細かいことをやかましく言っても、長い目で人間の教育は何をなすべきかというようなことが欠落しては泰山鳴動してねずみ一匹出ないかもしれない。教育熱が高まって教育はいよいよ荒れ乱れるというおそれもある。(p.178)
    ・ある人間をダメにしようと思ったら、やんわり、繰り返して、「あなたはダメになります」と言っていればいい。本当にダメになってしまう。ご亭主にそういうことを口ぐせのように言っている奥さんもすくなくない。結果は奥さんの予言のとおりになってくれる。(p.224)
     #ひょえ?、こわっ!!
    ・生活の条件がないときに若さを保つにはどうしたらいいか。いちばん簡単なのは、新しいことばを毎日すこしずつ覚えることだろう。(p.231)”

  • 自己啓発
    思索

  • ライフワークとはバラバラになっていた断片につながりを与えてある有機的統一をもたらす一つの奇跡、個人の奇跡を行うこと。
    一旦習得した知識をバラバラなものではなく、まとまりのあるものにする。

    自分のプライベートな利益のために、パブリックなものを利用する考えは卑劣である。これは実業界が教育界に役立つことをやれと注文したときのくだり。

    新しい言葉を少しずつ覚えるのが若さを保つコツ。たは著者の談。

    1978年の著書を改題した本。考えること。ただ知識を増やせばよいのではなくまとまりのあるものにすることは意識する。

  • 図書館

  • 1982年に出版された文庫を、再び発行した外山さんの本。当時の社会情勢についてふれながら説明している文書もあるので、今読むと「あれ?」という感じのところもないわけではない。とはいえ、示唆に富んだエッセイであることに代わりはない。

  • 2009年7月が初版

    ということなのだが、新装版に近い。もとは1978年に出版された「中年閑居して・・・」という本らしい。

    はじめ全くそれを意識してなかったので為替の話がでてきて驚いた。かなり時代がずれているのだが、でも現代にも通じるところは結構ある。

    30年以上時代は過ぎてもそこに暮らす人々の意識というのはあまり変わっていないのかも知れない。

    さて、内容は「ライフワーク」についてとその他エッセイ。

  • ベストセラー「思考の整理学」を書いた外山滋比古さんの40年前の書籍(エッセイ集)を文庫化した本です。

    もともと、「中年閉居して・・・」というタイトルを「ライフワークの思想」と改題して出した本なので、ライフワークについて書かれているのは第一章だけ。

    第二章は学び、第三章は島国論、第四章は教育とことばについて書かれていて、二章、三章は難しかったので、パラ読みした。

    ただ、40年前に書かれた本が、今にも通ずる内容になっており、驚愕しました。とくに第一章のライフワークについては40年前から日本の社会がほとんど変わってないことが分かりました。脱帽です。

    <メモ>
    ・人生80歳として、45歳が折り返し地点。前ではなく反対に走る。ゴールに戻る。
    ・週に一度は家族からも離れる一人の時間を(無為の時間)
    ・経験と思いつきを混ぜ合わせ、これに時間を加え、ねかせる。発酵させる。
    ・生活にすこしゆとりが生じると人間は幸福とは何かを考える
    →カネや物が豊かであればあるほど幸福だと信じる
    →やがて、経済力と幸福とは正比例しないことを知り、改めて、幸福とは何ぞやと

  • 20150323読了。
    咲いた花を切り取ってきて飾る。その花は散ってしまえば終わりだ。その花の咲かせ方を知らなければ、ライフワークとは言えない。
    ずしんと響いた。球根から花を咲かせる方法を知らなければならない。何年か後にもう一度読みたい。

  • 外山氏の本は二冊目。思考の整理術を読んで以来。
    この本は、タイトルと若干のズレがあるように思うのと、構成がイマイチわかりづらいのが難点ではあるものの、平易な言葉で深い深い考察が書かれているので、戦前生まれの知性に触れるにはとてもよい本だと思います。外山氏が一貫して主張することがこの本にも書かれている。
    あと、同じ島国の大国であるイギリスについての考察が、突如として現れるのも面白い。
    東浩紀さんが動物化するポストモダンで書いてた、大きな物語から、データベースの切り売りへ、という考え方のベースがこの本にも意外にも語られているので、触れてみてもよいかも。

  • 人生の折り返しは定年とかで決められた事ではなく出家のように自ら決めること
    折り返し後は今までとは逆方向に向かって走る

  • 『ライフワークの思想』
    外山滋比古

    ……自分で考えるより、こっそり教えてもらった方が手っ取り早い。どこかに書いてあるのではないかというので、本を読む。それを知的生活のように錯覚しているとしたら滑稽である。(p35)

    ★つまり自分で考えて、行動に移さなければならない。考えるとは、読むことではなくそこからもう一歩すすんだ場所にあるのではないだろうか。

    よく、落ちついてじっくり勉強がしたい、という述懐を耳にする。ソロの世界をあこがれ現実を逃避しようとしているのであろう。雑然とした多様の中においても、コンダクターがしっかりしていれば、すばらしい創造が可能である。
     人生を芸術にする——これぞ最高の知的生活である。(p45)

    ★現実の慌ただしい生活の合間に、音楽や本を読む。機会を伺っているだけでは、日々は過ぎ去るのみである。

  • 一度では足らんな。日をあけて再読要。

  • 外山滋比古さんの本は『思考の整理学』につづいて2冊目でした。書名の内容は概ね1~2章で終わり、3章以降はちょっと別のテーマで書かれているような感じでした。文化・言葉・教育・・・そこから派生したいろいろ。
    いつもこういう文体なんでしょうか。とても親近感のある読みやすいタッチです。
    底本が書かれたのが、1980年代、だったかな?扱われている事件や流行には時代を感じるものが多いですが、主張は色褪せないものですね。

    ただ、もう少し年齢を重ねてから読んでもよかったのかな。と思います。

  • 人生80年~90年。年々平均寿命は延びています。作者は、人生の折り返し点後の生き方に考えを巡らせます。昔の人は出家することで、それに区切りをつけていたそうです。
    人生をマラソンに例えれば、うっかり折り返し地点を過ぎてしまうと、頑張って前に走れば走るほどゴールから遠ざかってしまう。人生のフィナーレは定年を迎えたときではありません。われわれは最後の最後まで、レースを捨てずに走ろう、と作者は呼びかけます。

    定年より前にじっくり読み返して欲しい、そんな一冊ですね。

    詳しくはこちら http://d.hatena.ne.jp/ha3kaijohon/20120326/1332724138

  • 外山滋比古、知的生活について再考すると、知と体との手を握らせることである。よく、落ちついてじっくり勉強したいという述懐を耳にする。人生を芸術にする−これぞ最高の知的生活である。

  • 外山滋比古のエッセィ集。外山先生の著書は「思考の整理学」など日常生活の出来事を鮮やかに切って見せる独創的な中味で随分多くの人に読まれてきました。この文庫本も最近出版されたばかりですが、書き下ろしではなく、元は30年余りも前に書かれた内容に削除や加筆して出版したというからその色褪せない新鮮さに驚くばかり。
    30年も前に出された本(特にエッセィ集など)は大抵の場合絶版となっているのが常です。
    本のテーマとなっているライフワークの花という章はところどころにポストイットを張り付けていくほど、重要な語句がちりばめられています。
    曰くライフワークは文字通り生涯の仕事であって晩年になって初めて結実する。切り花ではいけない根のついた花である。自由時間とは週休2日の時間のことよりも定年後のいつまでも暮れない薄暮のような時間のこと。・・・いままでは、充電したバッテリーを使い切るまで突っ走るという形で仕事をしてきた。しかし、これからの社会では、絶えずバッテリーに充電するか、他日に備えてスペアを持っていないと危険である。・・・それは単に保険の意味ではない。自分の生きがいとして、人生の豊かさにつながるところで、能力の備蓄、可能性のゆとりを持つことである等など。 
    外山先生はいつも思うのですが、比喩がとても巧みです。人生を酒作りやマラソンや囲碁に例えて話すなど随所に見られます。発見する、新しいものを考える源泉には比喩、類推というような広義の比喩作用がとても大切だということをおっしゃっています。そして、知識を入れるだけでなく、むしろ活発に忘れることも大切と強調している。忘れることで心はいつも新しいものを迎えるゆとりを持つことができるという。この考え方、都合良く解釈し、忘れっぽい私などには大いに味方しているようで嬉しいものです。
    それにしても、1923年生まれということは・・先生おいくつですか~!?(多分この事実が一番びっくりです)
    是非とも気軽に皆さんに読んでいただきたいお勧めの本です。

  • 刊行は1978年と古いが、著者の考え方は現在にも通ずる所がある。現在我々はgoogleなどの「検索」を駆使して、いわば切花のおいしい部分だけを他人の力を利用して簡単に知ったつもりになっているが、球根的な自分で考え出したアイデアではない。これは愚かなことかもしれない。根がなければ花は咲かないというのだ。

  • 知的生産のヒントになる本。

    ・日常生活の改造なくして知的生活はあり得ない。一日一日の生きかたにすべての文化の根源がある。
    ・子供にとって、遊ぶのに劣らず、こわすことが大きな創造的意義をもっている。
    ・その分解のプロセスが子供にとって、きわめて鋭い喜びを与えるだろう。
    ・「わかる」は「わける」「わかつ」ことによって、複雑な全体をときほぐして理解することを言葉の上でもあらわしている。
    ・いまの学校教育は、(中略)切れ切れの知識がいたずらに集積している“もの知り”でしかないものを育てることが多い。
    ・発見の方法→比喩(アナロジー)
    ・目のまわるような忙しい生活の中で、何かのはずみに見出されるしばしの間の仕事からの解放、それがヒマである。
    ・陸つづきの外国をもっていない地理条件は、国民の純粋、潔癖、孤立などの特性を助長するが、何よりの特色は外国、ならびに外国人に対する過敏さであろう。
    ・島国には鎖国への傾斜がある。
    ・われわれにとってのドラマは、義理と人情の板ばさみになって苦悩する人間の心の哀歌であり、賛歌である。
    ・われわれは似たよったりということを好まない。すこしでもほかの人たちと違ったことがしたい。賢くなりたい、美しくありたい、ひとより多くの収入がほしいと思う。これがまさしく“常民”である証拠だ。常民は大体においてどんぐりの背比べである。似たりよったりである。だからこそ、すこしでも違うところを見せたがる。逆にそれだけ一般的価値観につよく支配されていることになるのだ。団地に住んでいる人たちがきわめて均質的な生活環境に暮らしているから、何とか個性化しようとして、変わったことをする人が現れると、またたくまに模倣者が続出して、流行をつくる。“常民”の原型的存在は団地住民であるかもしれない。
    ・山本五十六元師のことば
     ヤッテミセテ
     イッテキカセテ
     サセテミテ
     ホメテヤラネバヒトハウゴカジ

  • 「思考の整理学」の外山滋比古氏が同著以前の
    1978年に記述した本。

    タイトルの「ライフワークの思想」の他、
    複数のテーマについて著者なりの理論が展開されている。

    内容は「思考の整理学」の同様にやや難解。
    複数回読み込まないと理解しにく上、
    30年以上前という初稿の古さから納得感に欠ける点も多い。

    しかし、
    ライフワークは新たなるスタートではなくフィナーレに向かうもの。
    忘却は恐れる必要がない。
    等、考え方としては一般的でないものもあり、
    新しい気づきも多かった。

  • >どんなに貧しく、つつましい花であっても自分の育てた根から出たものには、流行の切り花とは違った存在価値がある。それが本当の意味での“ライフワーク”である。
    ――
     幸せに生きるためには、他人が持っていて自分が持っていないものを妬んだりせず、自分が持っているものを大切にすることが大切なのかもしれませんね・・・

  • 「ライフワークの思想」5

    著者 外山滋比古
    出版 ちくま文庫

    p62より引用
    “この世にまったく新しいものは決してなく、
    どんなに新しいものでも、何らかの意味で、
    これまでのものとかならず何らかの関係をもっている。”

    英文学者である著者による、
    生き方や言葉に関する事柄を取り上げ、
    著者独自の視点で分析・解説した一冊。
    創造の為には忘却によって調和をとる等、
    少し驚きを覚えるような考え方が目白押しです。

    上記の引用は、
    発見についての章の中の一文。
    どんなに風変わりで奇妙な物や作品であっても、
    材料がまずなければ出来上がらないと言う事でしょうか。
    この本にある通り、
    ライフワークを花咲かせる為にも、
    今はひたすら材料をたくさん仕込んでおこうと思います。
    多くの材料を用意し時々忘れ、
    いつかこれが自分のライフワークだと、
    家族達に胸をはれる物を作り上げたい物です。
    考え方の方法のひとつとして。

    ーーーーー

  • ライフワークの花を咲かせることはあらゆる人に可能である。この花は晩年になって始めて結実する。そのためには自由時間の使い方を考えなくてはならない。自分の生きがいとなり、人生の豊かさにつながる、能力の備蓄をすることが必要だ。バッテリーは使い切るまえに絶えず充電しなくてはならない。輝かしい、円熟したフィナーレを迎えられるよう、一日一日の生き方を考えてみよう。

  • 外山先生らしい本です。
    読みやすい部分と読みにくい部分があり,読みにくい部分は飛ばして読んでいます。でも,非常に勉強になるところもあります。
    日本人の面食い文化の章(第4章)に私は共感しました。

  • 読んでる途中で気付いたけど30年以上も前の本だったようだ。
    満足度6

  • 最初は、本書の題でもあるライフワークについて論述されているが、次第に脱線してしまっている感が否めない。しかし、これは起承転結の転であり、最終的には収束するかもしれない。もし収束しなかったとしても、それはそれでおもしろいような気がする。なぜなら、まったく関係がない内容と思われても、よく咀嚼するとやはり深く関係しているような気がしてくる。転の論述を本書の主題と照らし合わせながら読むことで、文章の裏側に隠された意味を汲み取れる。これは深い読書方法ではないかと、著者の著書である「読みの整理学」を思い出した。

    最後の章「ことばと心」はとても良い。病は気からってまじだと思う。あらゆる認識が言語を基礎としている人間はほんとに言葉に弱い。子供をダメな人間にさせたければ「おまえはダメな人間だ」といっていればおのずとダメな人間になる。その逆も然り。言葉には言霊が宿るのだと古人が考えたのもうなずける。昔の人って、現代人より「人間」とか「自然」とかを肌身に感じて理解していたのだろうな。

  • 南井所有
    →10/06/27 小松崎さんレンタル→10/07/04返却
    →10/07/11 片野さんレンタル→10/08/08返却
    →10/08/08 影山さんレンタル

  • 最初にちょっと余計なことを書くと、『ライフワークの思想』では幾つものエッセイが集まっていて、全体としてライフワークについて考えることになると思う人もいるかもしれないが、僕はその中でも「フィナーレの思想」という第1章が関心の強い部分で、何度か読み直してみたいと思った。

    印象的な考え方は、ライフワークを考えるのに人生の折り返し点について思いを巡らしてみる、その人生の折り返し点は定年時では遅くないですか?、という部分だ。

    人生80年と考え、最初の10年はまあ助走期間だとすると、45歳がマラソンで言うところの折り返し点になる。前半の走りと、後半の走りをどう組み立てるか。

    もっとも、折り返し地点のないマラソンもあるだろう。しかし、僕らはキャリア(経験)を積むとか、会社生活の中でより成功したいといった中で前を向くことを余儀なくされる。最初の前半はそれで良いのかもしれない。しかし、定年後、いや定年の数年前から、そうした考えだけでは到達できないゴールがあるのだと思う。

    そこで、折り返し地点、これももしかすると、その少し前からか、後半の走り方を考えるべきか。これは、趣味や交友関係を作るということで語っても良いのかもしれないけれど、より広く仕事に対する自分のあり方とか、仕事そのものに対する価値観や関わり方という面も含むのだと僕は考えている。

    ボクのブログより:http://d.hatena.ne.jp/ninja_hattorikun/20090806

  • 集中力が前半部分で尽きてしまった。

    ==
    ■「切り花」の知識ではなく、自分の育てた「根」からでたものを。
    「カクテル」ではなく、「地酒」を。

    □どちらも、青々とした葉を出しきれいな花を咲かすための時間、また、口当たりのいいまろやかさを出すためのねかす期間が必要不可欠。

    別著にも使われていたが、外山さんの分かりやすい比喩。

    ==
    ■『人間すべてがエディターなり』。独自のパターンで「編集」し、”雑誌”を創ることが、創造

    人は忘れる。覚えるという作業は、今日一日あったことを自分なりに(著者のいうそれぞれの「モデル」に合った)編集をすること。

    インプットとアウトプット。どちらも大切ということ。

    ==
    後半は、イギリスと日本の教育制度の比較から、日本人の考え方の「モデル」を考察しているが、途中で飽きてしまった。

    また別の機会に。

  • 表題作ともいえる「ライフワークの花」「フィナーレの思想」は心に響くものがあったがそれ以外はどちらかといえばオーソドックス。(著者が文庫化にあたって頻りにエクスキューズを入れている通り)初出とのタイムラグがあることは割引いても最近の《外山滋比古再評価》のムードは個人的には理解しがたい面あり。むしろそのムードを生み出すものを分析すると面白いかも。

  • 人間というのは、いくつになっても学ぶ生き物なんだなぁと実感。

    知ること、学ぶことの喜びを表現するのがうまい人だな、と思います。

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著者プロフィール

お茶の水女子大学名誉教授

「2019年 『やわらかく、考える。』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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