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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480426963
みんなの感想まとめ
物語は、エディパ・マースという28歳の女性が、かつての恋人の遺産管理執行人として不思議な旅に出る様子を描いています。彼女はモーテルに滞在し、遺言の共同管理人メッガーとのドタバタ劇を繰り広げる中で、奇妙...
感想・レビュー・書評
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ちくまフェアを地元の本屋がやっていて見つけた本。暫く前に「V.」を読んだので、手を伸ばす。
エディパ・マース、28歳の女性がかつての恋人で大富豪の遺産管理執行人になり、乗り込んでいく物語。モーテルに逗留し、遺言の共同管理人メッガー(美形)とドタバタの会話に奇妙なロックグループが登場し、ロードムービーというか珍道中になる。マジカルミステリーツアーかな。
3章の冒頭に<トライステロシステム>または<ザ・トライステロ>との遭遇が予言されているが、これが判りづらい。P71に、このようにして<ザ・トライステロ>はゆっくりと不吉に花ひらきはじめた、とあるがこの段階でも正直ナンのコッチャだ。
この後に、酷く判りづらい芝居の週末にトライステロの言葉が出てくるが、こんなもので遺産管理に陰謀説が絡むだろうか。消音付き喇叭の記号もチラチラするが、主人公が勝手に陰謀説の網に引っかかったように感じた。
終盤、主人公自身も疑問を持ち始めるが、さて非合法組織は姿を現すのか。
まあ、「V.」ほどの衝撃を受けなかったのと、やっぱり主人公の行動の理由に納得がいかなかったので、☆3つ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
不思議な読後の感覚。
内容云々ということではなくて、自分の中の手ごたえというか、手触りというか。
非常に面白く読み終えた。
非常に面白い作品なんだけど、果して本当にその面白さを堪能できたのかどうか。
100%理解できたうえで「面白かった」と言えているのかどうか。
物語の大筋は理解出来ていると思うし、どんどんと追い詰められ、損なわれていくエディパの心理や、あばかれていく謎の数々も概ね理解出来ていると思う。
どちらに転んだとしても決して明るい兆しはないラストにしても、好きな終わり方だ(白黒はっきり付けられないと落ち着かない、という人にとっては、この謎を残したままの終わらせ方は最悪だろう)。
それでも、自問自答してしまう……本当に理解した上で面白いと言っているのかと。
併録されている短編「殺すも活かすもウィーンでは」よりもページ数が多い注釈(解注と名付けられている)は結局は煩わしくて読まなかったのだが、いずれこの「解注」をきちんと読んだうえで再読してみたいと思う。
またこの短編「殺すも活かすもウィーンでは」もとても面白かった。
なんとも言えない終わらせ方にゾゾッ。 -
探す物語。
世の中には記号論なるものまで存在しているらしいのだが、まさに、この小説には記号が横溢している。なんのためかと問えば、おそらく小説に豊穣をもたらすためだ。私たちはある言葉に対してあるイメージをいだく。文章が意味を伝えることができるのは、言葉に公認されたイメージ、誰もが合意した意味が含まれているからだ。ところが、小説となると言葉に辞書的な意味以上のものを求めることがある。主人公がオイディプスを名乗っているとしたら、いったいオイディプス王を想像しない人がいるだろうか。それは単なる名前ではない。誰もが答えを与えることのできなかった、なぞを解き、誰よりも有能と思われていた人物でありながら、自分の素性すら知らなかった男の名前、それがオイディプスだ。主人公がエディパ(Oedipa)=オイディプス(Oedipus)を名乗っていたら、私たちはそこからオイディプス王の物語、ギリシア悲劇のイメージをいだくことになる。
そして、やはり当然のようにエディパは探し物を始める。伝説にいろどられたなぞの組織、トライステロを追いかけ始めるのだ。彼女は何を探しているのだろうか。くどいようだがオイディプスを名乗る主人公である。そうなると、探し物は、自分ということになるだろう。トライステロのなぞをめぐり、あちらこちらをさまよう主人公の冒険は、自分探しの旅ということになる。エディパという名前と探し物という文脈から、読み手が物語のイメージを勝手に膨らましていくことができてしまう。(もちろん、書き手がそれを意図的に行っているとしてもだ。オイディプスと探し物という組み合わせを使わずして、これほど説得力を持って自分探しの物語のイメージを読み手にうえつけることができるだろうか。)これこそピンチョンが小説の中に記号を溢れさせる理由だろう。そうして意図的に記号が埋め込まれていると知った読み手は、やがて彼が意図せずに使った単語にすら記号を見つけ出すだろう。なんてあくどい、いやいや上等な方法でイメージを膨らませる小説だろう。
こういうやり口は、コードを使った小説のコード化とでもいうのだろうか。コードと記号論っていうのは、切っても離せない関係にあるらしいのだけど、そういえば小説の中では切手がひとつの鍵を握っていた。消印付きの切手が収集されているくらいだから、切手は貼ってもはがせるのだろう。ところが記号とコードははがせない。ここでいうコードは、ドレスコードのコードでいわば暗黙の了解みたいなものだろうか。一方でコードには、暗号くらいの意味もあるから、まさにピンチョンのもちいる記号っていうのは、ある種のコードだろう。この言葉は、もちろん、この意味、このイメージを暗示してますよ、暗黙の了解ですってやっておきながら、わざとらしいものから、それこそ暗号のようなものまで、いろいろと埋め込んでおく。そうすると、書き手と読み手の間に、暗黙の了解が出来上がっていく。私の書いてる言葉はコードなんです、だから注意して読んでね、というわけだ。まさに小説のコード化だ。
ただ、そこまでを読み手に求められると、どうしても読んでいてくたびれてしまう部分もある。当たり前だけれど、彼の書いた言葉すべてに反応しきることは不可能だ。何しろ国も違えば言葉も違うし、時代も違う。だから、ほどほどに楽しめばよい。きっと、そういう小説だ。 -
謎の組織とか陰謀論的なストーリーとか設定は好みなんだけど、なにせ読みにくかった。もう一回最初から読めばもっと話もわかるんだろうけど、しばらくはいいかなと思ってしまう。解注がなかったらさらに理解できないだろうな。何回も何回も読むべき小説なのかもしれない。
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表題作。
単純ではない。
そもそも遺産管理執行人とは。郵便制度とは。アメリカとは。それぞれの象徴性について考えながら読んだ。主人公はなぜ女性なのか。エディパに絡む男性のそれぞれの意味とは。
この世の確かさの掴めなさ、という意味ではポストモダン的か。真理把握でなく、疑問追求が人生。切実な期待に開かれた人生。
一読目は無意味さを冒頭感じて、辛かったが、もう一度読んでみるとスルスルと入ってきた。全てが緊密に意味合いをなしているのだ。
「殺すも生かすもウィーンでは」
豚の胎児とは?「野蛮」から「文明」への反撃?撹乱?キリスト的聴解への揶揄。ただしシーゲルはユダヤ教。女の子をモノにしたい欲望とカッコつけのための失敗。 -
第41回OBPビブリオバトル「陰謀」で発表された本です。
2019.9.25 -
初ピンチョンだったが見事にKO。変態的なまでの引用と文学・科学・芸術その他からの隠喩で全くあらすじが追えなかった。ただ文章のシュルレアリスム的エネルギーが凄まじかった。これで一番わかりやすい短編だとは…
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難しかった〜。再読します。でも付録の『殺すも生かすもウィーンでは』は楽しく読めました。
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何か前衛的な詩を読んでいる気分 もしかしてこれも演出の一つか? 少なくとも20代で書ける話とは到底思えない
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ドアーズの曲がBGMに流れるホックニーの絵のカリフォルニアを舞台とした奇妙な物語。バークリー、サンフランシスコ、ギルロイやフレズノのあたりが舞台。
翻訳者の志村正雄による注釈が充実。独立した読み物になっている。
志村によれば、本作はピンチョスのノベルの中で最も簡略とのことだが、かなり複雑な構造を持った話だった。
突然、身寄りのない富豪から遺産管理人に指名される主人公。次々と見つかる暗号。連邦制度とは別の「裏」の郵便制度の存在。裏郵便システムのための偽造切手。関係者が全て自分をハメていて、それは富豪によって生前にセットアップされのではないかという疑心暗鬼。これらの話がカリフォルニアの乾いた快晴の気候なかで進んでいく。
偽造切手コレクションが競売にかかるシーンで物語は終了。中途半端なようで、映画のラストシーンのような終わり方だった。 -
トマスピンチョン 「 競売ナンバー49の叫び 」
かなり難しい。
60年代のアメリカを描いた時代小説だと思う。反体制、カウンターカルチャーの時代とは 別の世界を見てきた主人公の逃げ場のなさを描写しているように読める。
競売ナンバー49の叫び=アメリカの反体制の叫び。この叫びをどう受け止めるか が小説のテーマのように感じた。エントロピーとマックスウェルの悪魔が どう受け止めるかのヒントだと思う。
*エントロピーの熱量の方向性、元に戻らない不可逆性
*マックスウェルの悪魔の選り分け、無から有を生む構造
を この小説のヒントと捉えると
反体制時代の人々の熱量の社会への影響力の大きさ、元の栄華の時代へ戻らないアメリカ、情報やコミュニケーションの選り分けを イメージした。
主人公の宗教的な啓示(死から再生へ)が何を意味するのか わからなかった
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再読。60年代米西海岸のパラノイアはどこか陽気で華やかに感じる。
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文学
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2010-04-00
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トマス・ピンチョンはこれで2作目。「LAヴァイス」が気に入ったので、興味を魅かれ、読計変更して他の作品を読もうとする。
たまたま「LAヴァイス」は難解ではなかったが、他の作品は難解との感想が多し。比較的難解ではなくピンチョンの入門本との感想を見、この作品を読むことにした。
遥か昔にはサンリオSF文庫から発刊されていた様だ。ってSF?なら必読だ。でも粗筋はそうでもない。28歳女性の独り素人探偵物語。主人公エディバは既婚者。夫はローカルラジオ局のDJをやっている。
あるとき、以前の恋人で実は大富豪であったピアス・インヴェラリティの遺言執行人に指名される。この関係、「LAヴァイス」のシャスタと不動産王のミッキー・ウルフマンの関係を思い出す。これが「LAヴァイス」の原型であったか?
遺品を調査するうち、郵便喇叭マーク、地下郵便組織トライストロ、偽造切手などに出くわす。この偽造切手が現在では希少価値があり競売にかけられることになり、この作品の題名となる。
トライストロは遥か昔から存在したのか?現実に今でも存在しているのか?この探偵劇は初めから仕組まれた悪戯なのか?エディバと一緒に読者も迷宮。何 何?
登場人物のキャラとその会話はウィットに富んで、案外コメディタッチ。お色気場面もあり、ドラマの中にまたドラマ、得意のピンチョン節を堪能しつつ、素人探偵モドキドラマに単純に惹き込まれました。 -
内容を深く理解できたとはとても思えないので、星4つである。ピンチョンの作品では最も短く最も読みやすいとのことだが、私にはかなり難しかった。解注といいう大変丁寧な注釈がついているが、それでも理解できたとは云い難い。
とはいえ、読みにくい、というものではなく、どちらかというと楽しく読めた。1966年の作品であるが、全く古さは感じなかった。というよりむしろ近未来小説のような味わいさえあったと思う。 -
初めてのピンチョン。これは入門編として比較的わかりやすいストーリーだったかも。訳者の解注もあって理解の手助けになったし。ついでに家にある1999年のレメディオス・バロ展(伊勢丹美術館)の図録を久しぶりに引っ張り出してみたのだけど、残念ながら「大地のマント~」は載ってなかった(喇叭持った女の子の絵はあった!)。しかし改めてバロの絵を眺めていたらなんだか怖くなった。
ラジオDJの夫と暮らしている女性エディパのもとに、元カレが死んでその遺産管理執行人に指名されているという手紙が届く。(原作未読ながら映画「インヒアレント・ヴァイス」は見たのだけれど、元カレだの元カノだのが厄介ごとを持ち込むのがピンチョンの定番なんでしょうか?笑)元カレはひとつの町ごと支配してるほどの大富豪で、切手収集家。もうひとりの執行人に会いに出かけたその町で、エディパは次々と奇妙な符号に行き当たる。ミュートした喇叭のマーク、WASTEという文字、奇妙な芝居、偽造切手、そして「トライステロ」という謎の裏郵便事業組織。
関係者が次々死んでいったり、探偵ものともミステリーとも受け取れるけど、事件はすっきり解決するわけではなくて、ただただエディパが、その身に起こったことがただの偶然の一致なのか、自身がパラノイアなのか、あるいは死んだ元カレが仕掛けた大それた悪ふざけなのか、確証のないまま、巻き込まれて逃れられなくなってゆく、疑惑に始まり疑惑に終わる。
自分以外の人間が全員グルになって自分を騙しているのではないか、自分は常に監視され、ひとつの方向に誘導されているのではないか、日常生活の中でふとそんな妄想に取りつかれて不安になることは誰にでも起こり得ることで、それが思春期なら自意識過剰の中二病、ある程度大人になってからならパラノイアだと自覚しているけれど、心のどこかで、でもほんの1パーセントでも、もしこれが本当に何かの啓示だったら?と考えてしまう。エディパもきっとそんな心境だったのだろうと思う。
初期短編「殺すも生かすもウィーンでは」も併録。 -
ピンチョンの世界観にどっぷり浸かったら、戻ってこれないのかもしれない
感動、狂気、恐怖、パラノイア患者にされてしまいそう -
結局エディパはピアスという塔の中で、アメリカの裏世界というマントを刺繍し続けていたのだろうか
絵の前で彼女が感じた絶望と、線路を歩き続けた彼女が感じた絶望は、同じものなのか?
トマス・ピンチョンの作品
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