- Amazon.co.jp ・本 (745ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480427700
作品紹介・あらすじ
虚弱体質で内気な少女ファニーは准男爵家に引き取られ、伯母のいじめにあいながらもひたすら耐える日々を送っていた。いつしか感受性豊かな女性へと成長した彼女に、いとこのエドマンドへの秘めたる恋心が芽生えたが-。恋愛小説の達人で、皮肉とユーモアを愛するオースティンが、あえて道徳心の大切さを訴えた円熟期の作品。わかりやすい新訳で好評のオースティン長篇6作品個人全訳完結。
感想・レビュー・書評
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ジェイン・オースティンの作品を読むのは「高慢と偏見」「エマ」に続き3作目です。
(「分別と多感」は映画で見たので、原作は未読ですが内容は知っています)
普段、翻訳本はほとんど読まないのですが、このちくま文庫版・中野康司さんの訳は本当に読みやすくて素晴らしいです。
見開きに余白を探す方が難しいオースティンの作品ですら、するすると読ませてくれるのですから…!
今回の「マンスフィールド・パーク」は、もんのすごす分厚く、1日2〜3時間、1週間読んでやっと読み終わりました。
しかも、冒頭〜7合目くらいまで全然話が進まず、半ば意地になって読んでいた感じです。
というのも今回の主人公・ファニーは内気で虚弱体質のため、物事に自分からつっこんでいくことはなく、むしろ10歩くらいひいてオロオロしている感じなのです。
そのため物語自体はファニーのまわりのアクティブな方々、もっと言えばお金が大好きな方、品にかけるジョークを飛ばす方々、えこひいきがすごすぎる親戚…などなどによって繰り広げられていきます。
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ファニーは品のない両親のもとに長女として生まれます。
しかし貧乏で子だくさんの家庭だったため、ファニーは母親の姉の嫁ぎ先であるバートラム家にひきとられ、4人のいとこたちと一緒に暮らすことになります。
いとこたちは美しいのですが、そのうち3人はお金持ちの子どもという感じで考え方や情緒面ではちょっと難あり…そのため、さまざまなトラブルを起こしていきます。
ファニーの唯一の理解者は、将来牧師につく予定の従兄・エドマンドだけ。
ファニーはエドマンドに恋い焦がれますが、その恋愛も終盤の終盤まで動きがかなりにぶく、ドキドキ感からは程遠い展開です。
ラストのあたりも、早足であっという間に都合のいい展開に持っていかれ、しかもそこにファニーたち自身のセリフがほとんどなく、ナレーションで「こうなりました」「ああなりました」と語られます。
それまではページの大部分を登場人物のセリフがしめてきたため、これはかなりの違和感でした。
そのためファニーやエドマンド、他の人物たちの気持ちが当人たちから納得いくかたちで語られずに終わってしまい、おいてけぼり感がとても強い結果になりました。
訳者あとがきにあるあらすじは、とてもわかりやすくまとめられていますので、むしろそこを読んでラストあたりだけ読んでもいいかもしれません苦笑
訳者あとがきでも「マンスフィールド・パーク」は好みが分かれる作品とあるのですが、全くそのとおりであり、今まで他のオースティン作品で快活なヒロインに慣れていた方(わたし含む)には、「これは…どうしたもんだが…苦笑」となってしまうとおいます。
しかし、この作品からオースティン作品を読まれた方が、「オースティン作品は今ひとつだなあ、、」となり、他の作品に流れないことだけはさけたい…
「マンスフィールド・パーク」で挫折してしまいそうな方はぜひ、「高慢と偏見」や「エマ」を読んでみてほしいなとおもいます。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読んでいる間、主人公・ファニーの待遇ゆえの謙虚さ、忍耐強さにはとても同情したが、しかしそれを手放しで褒めることもできず、どうしたものか、とちょっと困ってしまった。
評価が大きく分かれる作品だというのもわかる。オースティンならではの皮肉とユーモアは相変わらずだったものの(と言っても私はこの本以外に2冊しか読んでいないのだが)、全体的に少々長すぎる作品に思えてしまったというのが正直なところだ。
とはいえ、ファニーが経験する幻滅や戸惑い、そして失望の書かれ方には「わかるわ……」と言いたくなること請け合い。理屈じゃないことを理屈で書いてくれる人がいるということの、この心強さ!
特に私は、ファニーが今までお世話になったサー・トマスの期待を裏切る(裏切らざるをえない)時に彼女が感じる悲しみに胸が痛んだ。
作中、ファニーはたえずこの悲しみにさいなまれているように思う。好きなことを好きと言えない、嫌いなことを嫌いと言えない。言ったとしても、それは時と相手、そして道徳を常にわきまえたものである。彼女は常に弱い立場であり、善意を施されている人間として育ってしまったのだ。
それでも自分の意思を貫こうとするのだから、ファニーは実際、相当な頑固者だと思う(笑)。ま、そこがこの主人公の主人公たる由縁かもしれない。 -
呪われろ、ノリス夫人!
という気持ちで読んでいましたが、理性によって感情を律することの大切さを説いた作品でこんな感想を抱いてはいけない…。
それまでに自分が読んだオースティンのヒロインたちは皆なにかしらの欠点を持ち(『ノーサンガー・アビー』のヒロインの欠点は可愛らしいものでしたが)、それを認め、自己を見つめなおすことで精神的な成長を遂げていました。
今作のヒロイン・ファニーはそういった道徳的欠点がとくになく、彼女の導き手となるエドマンドですら感情に左右され一時的な盲目におちいることを考えると、彼女はこの作品内での唯一公平な観察者といえます。それゆえ変化にとぼしく面白みのすくないヒロインという見方もありますが、わたしはファニーがすごく好き。誰に言うでもない内心の好悪や、受けた仕打ちに対する当然の反発すら、自分の根っこの道徳観に照らし合わせて自然と反省するなんてもう聖女かと。
そういった意味では、ファニーよりもむしろミス・クロフォードのほうがオースティンのヒロイン像に近いように思いました。が、47章でのエドマンドとの対話で引き起こされる彼女の一瞬の逡巡と葛藤のシーンは必見。ここでの選択の差が彼女とオースティンの描くヒロインとの決定的な違いなんだろうな。
道徳的な側面が多い作品でしたが「みずからを省みる人間がさいごには報われる」という文法は変わらず、それを怠った人びとのたどる手痛い結末を見るに、「自分がどういう人間かを認識しない」ということは、作者にとって、道徳的堕落とおなじか、あるいはそれ以上の罪なのかもしれない、と思ってしまいました。 -
面白かったー!相変わらず最後の最後までどうオチるのかわからない。ちゃんと不快感と嫌悪感を爽快感と満足感へと昇華してくれる完成度だった。価値観を行動によって示すことの結果とか、人は見たいものしか見ないということを示したこと、虚栄心の愚かさや、分別と道徳心の重要性など、説教臭くなく、社会に生きる上での重要なことを虚構で体感させてくれる。一見ご都合主義的にも見えるけどそんな浅い見方を一蹴する多角的な見方を楽しめる作品
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オースティンの小説の主人公の中で、もっとも好きな人物です。彼女は、控えめで、道徳心に溢れていて、欲にまみれておらず、ひたむきにエドマンドを思い続けます。
エドマンドも、また素敵。
華やかさや美しさを持った主人公たちのロマンスよりも、実直で優しさに溢れたファニーやエドマンドの方が、好感が持てて応援したくなります。
オースティンの描く人物像は、現代でも色褪せず、読むと思わず身近な人が浮かんできます。こういう人いるよね、こういうふうに思う時あるよね、と共感させられますね。 -
長い割にメインキャラクターがお行儀よすぎで、オースティンにしては珍しく、今一歩迫力に欠ける小説ではある。とにかくファニーもエドマンドも常識人ぶっていて、高慢と偏見のリジーのようにあっと言わされるようなところが全然ない。脇役たちのほうがずっとキャラも立っているし人間らしくてハラハラさせられる。オースティン作品中でも一番人気がないというのはまあ仕方のないところか。しかし、大したことも起こらないし、メインキャラクターの造詣もそんなに面白みがない割に読ませる、読ませる。この読ませるというところがオースティンのすごみか。口直しに高慢と偏見を読みたくなるというおまけ付きだった。
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長かった…。
ネットで買ったからこんなに分厚いとはびっくり!
最初読むの辛かったな〜全然話が進まないんだもん。
後半から急におもしろくなってきて!
ファニー!本当に良い子!天使の様ね!
って褒め称えずにはいられなかった。
だが長い、エドマンドも気付くまで長すぎだろう。 -
やっぱり一気に読んじゃうなー、主人公にあまり興味が持てなくても読んじゃうなー、物語作りが上手い。
自称「善良」なノリス夫人を描く筆が乗りに乗ってて、それが一番面白かった。
エドマンドが最後まで一部盲目なところがリアル。