游侠奇談 (ちくま文庫 し 36-1)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (364ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480429063

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  • ・子母沢寛「游俠奇 談」(ちくま文庫)の游侠といふ語は死語であ らうか。辞書にはかうある、「仁義を重んじ、強きをくじき、弱きを助けること。男だて。また、その気風の人。侠客。」(デジタル 大辞泉)この最後にある「侠客」ならばまだ使ふ語であらう。巻頭の最初の一文は端的に「侠客の話、」(3頁)である。この「侠 客」なる語、「侠気のある人,おとこ気のある人を意味するが,日本では〈弱きを助けて強きをくじく〉と称して義侠・任侠を建前 に,喧嘩賭博(とばく)を渡世とし,親分・子分の関係で結ばれていた遊び人をこの名で呼んだ。 」(百科事典マイペディア)といふ。より具体的には町奴、博徒等を指す。私の感覚からすれば、やはり侠客は博徒である。だから、「游侠奇談」といふ書名は 博徒にまつはる奇談を意味すると考へて良い。章立てされてゐる人物名を記せば、飯岡の助五郎、笹川の繁蔵、佐原の喜三郎、国定忠 治、相模屋政五郎、清水の次郎長の5人である。この後に補遺として「遊侠譚」4篇があり、ここでは会津の小鉄、黒駒の勝蔵等が出 てくる。私の知らない人物の方が多いのだが、いづれも基本的には博徒である。
    ・これらの人々がよく知られてゐるのは講談、浪曲によると ころが大きい。例へば国定忠治、この人は武闘派と言はれる。縄張りのためには殺しも辞さぬからである。本書からもそれは分かる。 賭場荒らしや殺しは何度も、その度に追はれて関所破りをする。そこでまた追はれる。こんな繰り返しで、赤城山に籠もることにもな る。これだけなら講談や浪曲のネタにはなれなかつたはずである。忠治の口癖は、「てめえ達は僅かのカスリ(テラ銭)を取って飯に してるんだ、贅沢の出来る身分じゃアねえぞ」(195頁)といふもので、忠治は「一寸の往来にも素足に草鞋をはき、ふだんは木綿 の着物より着なかった。」(同前)といふ。だから、天保7年の飢饉の時には、「忠治は赤木を降り、故郷国定村に入って、ここに猛 然として起」(206頁)ち、私財をなげうつて「米三升と銭二百文」(同前)の施しをした。これ以外にも善行は多く、田部井村磯 沼の浚渫(208頁)などといふのもあり、これも莫大な費用を要する事業であつた。かういふことがあつたから、国定忠治は有名に なつた。いや、ヒーローになつた。講談、浪曲だけでなく、新国劇の代表作にもなつた。博徒の親分は多くとも、ここまでいつたのは 忠治一人ではあるまいか。さうして、これに迫るのが清水の次郎長であらう。こちらも子分ともども有名である。講談、浪曲では博徒 としてであるが、この人もまた明治に入つてからは、「全く渡世を離れて思い切って苦しみもし、思い切って町のためにも尽くしもし た。」(270頁)といふ。渡船を廃して橋を架けたり、英語教師を招いたりしたのである。博徒渡世で一生を終へても、それは所詮 博徒でしかない。このやうに善行を施してこそヒーローたりうる。その根本には、大前田栄五郎の「ゆうきょうは所詮はお上のお目こ ぼし、堅気の方の厄介ものである」(311~312頁)といふ考へが、たぶん、ある。この人も忠治同様上野国の人だが、武闘派忠 治とほとんど対極にある。「渡世人の間に『和合人』といわれて喧嘩仲裁の氏神とされ」(287頁)た。正に、堅気に迷惑をかけな いといふ信条の人であらう。博打をやつてゐれば博徒かもしれないが、本書にはそれ以外のことが多い。その意味で、本書は侠客の奇 談集であらう。しかし、根本は「侠客の話は、語って面白く、聴いて面白ければそれでよろしい」(3頁)といふ点に尽きる。つま り、こんなことを書いてゐずに、講談、浪曲で楽しめば良いのである。

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著者プロフィール

子母澤寛

明治二十五年(一八九二)、北海道生れ。本名、梅谷松太郎。明治大学法学部卒。新聞記者を経て文筆業に。昭和三年の『新選組始末記』に始まる新選組三部作の実録や時代小説を多数手がけ、戦後は『勝海舟』『父子鷹』『おとこ鷹』『逃げ水』など徳川遺臣と江戸への挽歌ともいうべき諸作品を発表。昭和三十七年に菊池寛賞受賞。随筆の名手としても知られ、『味覚極楽』『ふところ手帖』(正続)など。昭和四十三年(一九六八)没。

「2021年 『愛猿記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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