生き延びるためのラカン (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.70
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本棚登録 : 481
レビュー : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480429117

作品紹介・あらすじ

ストーカー、リストカット、ひきこもり、PTSD、おたくと腐女子、フェティシズム…「現代の社会は、なんだかラカンの言ったことが、それこそベタな感じで現実になってきている気がする」。電車内の携帯電話の不快なわけは?精神病とはどういう事態か?こうした問いにラカンはどう答えてくれているのか。幻想と現実がどんどん接近しているこの世界で、できるだけリアルに生き延びるためのラカン解説書にして精神分析入門。

感想・レビュー・書評

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  • 「なんですかねえ、この『許されてる』感は」
    葉月はため息混じりにそんなことを言った。
    「それは『女性は存在しない』っていうところかな?」
    彼のその言葉は、問いかけというよりは確認のようだった。
    「ああ、それかも。お見通しですね」
    葉月は、あっさり認めた。
    彼は頷く。
    「既存の価値観の脆弱さに安堵するのかもしれない。だってそうだろ、欲望なんて他人に与えられるものだと言われたら、そして誰も本当に求めるものに触れることができないと言われたら、あるいは生殖とヘテロセクシャルであることとは無関係だと言われたら、他者への共感など自己イメージでしかないと言われたら―――そうやって、自分を取り巻くあらゆる『当たり前』を疑われたら、心地よいだろ」
    彼は意地の悪い笑みを浮かべていたが、それは嫌味というよりは、暗にそれらを肯定しているという合図のようだった。
    葉月はそれを受けて、思いつくままを言葉にする。
    「この世界は、本当の現実とは違う。結局のところ、人は言葉がつくり上げた世界でしか生きていない。その中でしか関われない。完全で満たされた世界を失って、他者と自己という概念を手に入れて、失ったものを他者に求めて」
    それはなんて孤独だろうと、葉月は言う。
    孤独で、素敵じゃないかと。
    「他者への共感など、所詮は思い込みでしょう? 結局は、自分ならこう感じるというものを、他人に押しつけているだけでしょう?」
    彼は、恐らくは自らに向けられたわけではないであろう問いかけに、静かに口を開く。
    「そうかもしれない。でもそれを忘れないとコミュニケーションは成立しないのかもしれない。相手も同じ、満たされないものを抱えていて、同じように感じているのだと思わなければ―――イデオロギーってそういうものだろう。共同体が共同体であるためには、皆が好き勝手のことを考えていては困るだろうしね」
    「統合失調症の患者に対する恐怖感や嫌悪感はそこですか」
    「俺は別に、恐怖感も嫌悪感も覚えないけどね。ただ、理解できないということを、受け入れるしかないだけで」
    「まあ、私もですけどね」
    それから少し、沈黙があった。
    葉月は言う。
    「段々、何の話か分からなくなってきましたが」
    「言葉は空虚なものだから、かもしれないね」
    彼は冗談めかして、そんなことを言った。

  • 「日本一わかりやすいラカン入門書」との謳い文句だが、ラカンに関係なく精神分析の読み物として面白い。著者はひきこもりやおたく論関係の執筆も多いけど、自ら「精神分析は科学ではないし、治療のツールでは忘れられつつある」と言ってしまう様に精神分析の限界を認めた上であくまでツールとして出来ることを提示していて、その態度にはとても好感を持ててしまう。統合失調症で損なわれているのは「文脈」であるという言葉の通り精神分析と文学というのは相性が良く、精神分析とは人や社会を1冊の書物として読み解く行為と言えるのかもしれない。

  • 最近面白い本に良く出会う。
    幸運。

    斎藤環さんの著書が好きで、最近立て続けに読んでいる。

    彼は、精神分析における、池上彰だと私は思っている。
    精神分析というカテゴリーを、我々素人に分かりやすく説明してくれる。

    本書もそういった本のひとつで、ラカンとその思想について、語りかける口調で説明している。

    私が一番印象に残ったのは、以下の箇所

    「ラカンの言った言葉でいちばんよく引用されるのが、『欲望は他人の欲望である』というものだろう。そう、ラカンは欲望が僕たちの内面にあらかじめ備わっているわけじゃなく、常に他人から与えられるものだ、ということを強調したんだ。」(p.25)

    私自身は旅行に行くのが趣味であるが、よく考えると、自分が楽しむことも面白みのひとつであるが、それを自慢して、周囲の反応をみるのも面白い。そういうことなのだろうか。

    余談ですが、表紙を荒木飛呂彦先生が描いています。
    パッと見、全然荒木先生らしくないのですが、よく見ると、ラカンの締めるネクタイの柄が「キラークイーン」…

    にくいっ!!

  • 20世紀最高の知性、ジャック・ラカンの理論の解説本。日本一分かりやすいラカン入門書と著者が言っているとおり、分かりやすい言葉でラカンの理論が紹介されていました。世界に対する認識が一気に深まったような気になる本でした。面白かった。

  • ラカンは難解、とは思っていたけれど、わかりやすく読めました。
    これがどこまで自分の身になったかは、わかりませんが・・・。

    p.14
    いうまでもないことだけど、言葉に実体がない。つまり、言葉は空虚だ。その空虚な言葉でできあがっている僕たちの心も、本当は空虚だ。僕たちが互いに語り合えるのは、言葉を共有しているから。言い換えるなら、おなじ空虚さを共有しているからなんだ。

  • すごく面白かった。ラカンの概念が初めてすっと頭に入ってきた気がする。
    言葉の世界としての象徴界。イメージ(それがかなり身近である)の想像界。不可触な現実界。
    鏡像段階と想像界の優越。ファルスとしての象徴界。
    欲望の原因としての、不在の対象a。享楽と快感原則。

    ここらへんの概念の理解をより厳密に、深めるために別の本に進みたいところ。
    あと、己の欲望を自覚せよ、というメタメッセージを受信した。

  • 精神分析は、やっぱりよく分からない!

    で、どのへんが「生き延びるため」なの?

  • 当然、斉藤先生の理解するラカン像。実際的で妥当な気もする。ラカンに取り組むきっかけにはいいんじゃないかな。

  •  私は、ラカンを少しも知らないくせに「欲望は他人の欲望である」を引用しまくっていました。改めて、ラカンという大海の岸で貝殻を拾ってみると、その大きさと深さに唖然とします。

     内田樹先生の本を読んで、ジャックラカンに「人間の欲望は他者の欲望である」という言葉があることを知りました。ある意味、私も、人が欲しがるモノやコトを求めて生きてきましたが、定年を1年4ヵ月後に迎える今になって、遅ればせながら「人の欲望する成功、競争に勝つこと、求めているものを手に入れる」ということが難しいことに気づき、満たされない夢から覚めるために、この本を読み始めました。

     並行して読んでいる、佐藤優さんの『嫉妬と自己愛』には、佐藤さんと斎藤環先生の対談が掲載されているのですが、今まで齋藤環先生を知らなかったことが悔やまれます。私の人生を変えてくれた精神分析、心理学、哲学などの先生方の中に、斎藤環さんも加わっていただこうと思います。まるでドローンが見せてくれる視界のような俯瞰した視野が新鮮です。

     曖昧な記憶と照し合せる限り『生き延びるためのラカン』は、20代の頃、伊丹十三さんと岸田秀先生との対談『哺育器の中の大人』を読んだこと以来の衝撃だった。「シニフィアン」「シニフィエ」なんて言葉が出てくるもんだから、丸山圭三郎さんの『言葉とは何か』と『ソシュールを読む』の事項索引を引きながら読み進めた。私に最も恩恵をもたらしてくれたLectureは、10「対象a(タイショウアー)をつかまえろ!」だ。「対象a」とは「欲望の源泉」のこと…決して確かめることは出来ないが、求めてやまない「恋人の心」のようなものだ…

     この本を理解する妨げになっているのは、先ず「現実界」「象徴界」「想像界」を説明するための「シニフィアン」「シニフィエ」という、あれ『生き延びるためのソシュール』でしたっけ(・・? という部分で、次に「エディプス・コンプレックス」「去勢」という、あれ、『生き延びるためのフロイト』でしたっけ(?_?) という部分がたたみかけてきます。そして、実は、この辺が私にとっての難関でした。

     精神分析という世界を知っていて良かった…と思わせてくれる本でした。思わず岸田秀先生の『ものぐさ精神分析』と『続・ものぐさ精神分析』を引っ張り出してきてきてしまいました。そして、いまさらですが、丸山圭三郎先生の『言葉とは何か』と『ソシュールを読む』に術語解説(事項索引)や人物紹介(索引)が付いていることに気がつきました(なぜか“言葉とは何か”の人物紹介にラカンの文字がありませんが…)。

     ラカンの考えをもう少し知りたい。何か良い本が無いかな?と思っていたところ、講談社現代新書『ラカンの精神分析』新宮一成 著に出会いました。これは、これで、ラカンへの理解、ヒトへの理解を深めるための世界を見せてくれそうな本です。読み進めるのが楽しみです。 

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著者プロフィール

1961年岩手県生まれ。医学博士。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学など。

「2016年 『ひとはなぜ戦争をするのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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