映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 339
レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480429407

作品紹介・あらすじ

映画には見方がある。"通過儀礼"という宗教学の概念で映画を分析することで、隠されたメッセージを読み取ることができる。日本とアメリカの青春映画の比較、宮崎映画の批判、アメリカ映画が繰り返し描く父と息子との関係、黒沢映画と小津映画の新しい見方、寅さんと漱石の意外な共通点を明らかにする。映画は、人生の意味を解釈する枠組みを示してくれる。

感想・レビュー・書評

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  • 以前から映画を観ていて、特にアメリカ映画の場合、「父殺し」がひとつの大きな話の類型になっていることに気づく。
    いや、どちらが先かわからないが、この本の存在を数年前に知ってから意識するようになったのかもしれない。

    スターウォーズももちろんそうだけれど、最近観たものだと『ヒッチャー』なんかはズバリそのもの。古い西部劇だと『赤い河』もそうだった。

    自分の話だけれど、僕自身もこの「父殺し」をできず、通過儀礼を通れずに年齢だけを重ねてしまった。
    また、数年前から読書を始めて、「村上春樹」を意識しなかったことはなかった。彼こそが自分の父世代だったからだ。

    この本は映画評論だけれど、それにとどまらず、人生の指標や自分に足りないものを教えてくれる本だ。
    アメリカ映画の父殺し=通過儀礼と、日本映画を比較し、日本にはなぜそういう映画が少ないのかを語っている(はっきりとした結論は出てないように思う)。
    半分以上は観てない映画なので、さらに映画を観たくなった。

    ※追記で。
    本書が最初に刊行されたのは1995年3月。ちょうど地下鉄サリン事件があった頃だ。
    著者は宗教学者で、オウムや新興宗教も研究してたが、「イニシエーション」という言葉が一般的に知られたのはオウムがきっかけであったのかなとも思います。少なくとも、中高生であった僕はそうでした。
    そのあたりの経緯を知った上で読むと、また面白いかもしれません。

    ※再追記。
    宮崎作品においてはジブリ以前と以降、ラピュタまでとそのあと、主人公が飛ぶか飛ばないかがひとつの区切りであるとも言われています。時代背景で言うとベルリンの壁やソ連崩壊以前か以後か。
    寅さん=山田洋次監督がある意味では小津安二郎の後継者、影響を受けているというのもわりとよく見かける言説です。

    それ以上に、延々と「デンキブラシ」と誤植され続けているのには笑った。

  • まずタイトルがいい。僕は映画をほとんど観ないのでジブリ作品しか分からなかったけれど、それでも面白かったし、『ローマの休日』は観たいと思った。実写映画よりもアニメ映画のほうが(わざわざ書き込まなければいけないから)映像に意味が帯びやすいと思う。旧エヴァは通過儀礼のという側面で見る事はできそうですね(けど今の劇場版はちょっと違う気がする)。島田さんが村上春樹について書いてる本があればぜひ読みたい。

  • 名作や名著には「触れる前と後で違う人間になった気にさせる」という共通点がある。本書もその例に漏れない。読む前と後で、映画の見方が変わる。今までとはちがう視点で、より深く映画を見れそうな気がする。この本自体が一種の通過儀礼なのかもしれない。

  • 学者が映画評論するとこうなるのか?
    自分の好きな映画には無理矢理にでも通過儀礼を持ち込み、なんとかして通過儀礼として解釈させ、よくわからん映画は通過儀礼が描けてないという

    通過儀礼が描けてないとダメか?

    通過儀礼が描けてないことと、良し悪しとは別だろうに

    あと、魔女の宅急便がまさにそれ、というのは、的外れだよね

    アホくさ

    ところどころ面白い、良い視点があるんだけど、総じての印象は、バカ丸出し

    しばしば、自分の長年の努力によって見出した真実によって、かえって自由を失う、ということはよくあるものですが、まさにそれってことですよ

    映画は通過儀礼も描くけど、それだけのものじゃない

    関係ないけど、例えばゴダールは、通過儀礼なんか描いてないけど、ゴダールの映画を見ること自体が通過儀礼になる、というところが凄いよね

  • <blockquote>映画に現実が反映されているということは、映画がたんに娯楽ではなく、社会の中で一定の機能を果たしているということの証である。(P.155)</blockquote>

    思うに"通過儀礼"=大人への階段を上るの=成長するのって1〜2時間もあれば充分っていうか、それくらいの時間の中で起こることなのよね。

    でも、その1〜2時間のために何百時間、何千時間もの積み重ねが必要なわけで、さ。

    ホント、映画って良く出来てるなぁ。


    町山さんの解説が素晴らしい。ちょっと、泣いた。

  • "映画の中で語られるイニシエーション。著者の視点から映画を見つめることで、また違った味わいになる。
    子供から大人へと成長する段階で、必ず乗り越えなければならない試練がある。それを表現しているのが映画であり、多くの宗教や神話で語られていること。
    この本を起点に、神話や宗教について学びたくなった。"

  • センセーショナルなタイトルで、イニシエーションに注目する点や、スリリングな考察は面白かったが、イニシエーション有無で映画の面白みを分別するのは違う。宗教学の先生なので、そこだけに特化した分析を行うのは理解できるが。

  • 映画の見方を書いた本がなかったので、書く。という宣言で始まっているが。
    見方=通過儀礼ということ。
    他にもいろいろな見方があるだろうと思ったが、首尾一貫して、通過儀礼目線で鑑賞するのはそれはそれでよいと思った。
    映画評論というよりは文芸評論的な面が強い(ストーリーに対する見解が多い)と感じた。
    魔女の宅急便が通過儀礼を乗り越えていない(ジジと話が通じなくなることが、復活しないことの矛盾。原作とアニメの違い)という話が面白かった。

  •  宗教学者の著者が通過儀礼という考え方を映画に適用してみた本。映画そんなにたくさん見たわけじゃないから知らん映画ばっかだろうと思ったら8割方見たことあるものが取り上げられていてびっくりした。確かに青年の成熟をテーマに取り扱ったものが好きだから自然と共通性があるものを選んでいたのかもしれない。
     厳しい訓練は成し遂げても父殺しはできていない登場人物が出てきたが、今の社会は厳しい受験や就職活動には勝ち残れても父殺しできていない学生や社会人だらけだ。通過儀礼における試練がすり替えられてしまっていると思う。だから成熟できていない人間がめっちゃ量産されるんだろう。

  • 読み途中だけど書く。
    魔女宅についての項目、全ての考察に違和感が拭えない。あれは通過儀礼を描いているのではなく、地方から出て来た都会の働く女性を描いている。それを通過儀礼だなんて。違う観点から作品を切ろうとしたんだろうけど、的外れもいいところだなあ、と。

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著者プロフィール

島田裕巳 宗教学者、作家。1953年生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。おもな著書に『仏像鑑賞入門』(新潮新書)、『教養として学んでおきたい仏教』( マイナビ新書)、『親鸞と聖徳太子』( 角川新書)などがある。

「2019年 『仏像ドリル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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