子は親を救うために「心の病」になる (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480431585

作品紹介・あらすじ

親の生き方が、子を苦しめている――
精神科医が解き明かす「親と子」の真実。
子は親が好きだからこそ「心の病」になり、親を救おうとしている。精神科医である著者が説く、親子という「生きづらさ」の原点とその解決。

著者は「引きこもり」や「拒食症」で悩む多くの子どもたちに向き合い、心の声に耳を傾けてきた。どの子も親が大好きで、「自分が役に立っているだろうか」「必要とされているだろうか」と考えている。しかし思春期になり、親から逃れようとする心と、従おうとする心の葛藤に悩み「心の病」になってしまう。真の解決は、親が子を救い出すのではなく、子に親が救われるのだと分かった時に訪れる。

感想・レビュー・書評

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  • 非常にダイレクトなタイトル。このタイトルを見て本書を手に取る人は、このタイトルにピンとくる何かがある人がほとんどだろう。

    それは自分や自分の身近に「心の病」になった子どもがいるか、あるいは職業としてセラピーやカウンセリングに携わっているようなケースが多いのではないだろうか。

    本書の著者は精神科医であり、現在クリニックを開業し、カウンセリングを自ら行い、カウンセラーのスーパービジョンにも取り組まれている。その真剣な取り組みの中から得られた確信(真実)を本書で体系的に述べられている。

    5章構成で各章に臨床事例が紹介されているが、読者から「この1章は我が家と同じ」とか、「2章は自分と同じ」とかのコメントを寄せられるようで、それは内容の正しさを裏付けるものであると思う。

    著者は生まれた時から赤ちゃんに備わっている体の機能(食べる、寝る、泣くなど)を「生命システム」と呼び、これから地球に適応するために学んでいくであろう心の機能を「心理システム」と呼び、その「心理システム」がうまく構築されなかった場合に、「心の病」になると分析された。

    その「心理システム」の構築過程を①乳幼児期(0~3、4歳)、②学童期(3、4歳~12歳頃)、③思春期(12~20歳頃)、④成人期(20歳頃~)とし、そのプロセスがうまく行かなかった場合に子どもが「心の病」となることを説明している。著者の説が特徴的なのは、その後に⑤「宇宙期」を設けている点だ。

    これらのプロセスがうまく行かないのは「親」のかかわり方による。両親が不和であったり、親が自らの人生で行ってきた我慢をそのまま子どもに強いたり、親が自分の人生でできなかったことを子どもの人生に押し付けたりすると、このプロセスで歪が生じ、登校拒否や引きこもり、摂食障害となるケースが多い。

    このような症状を発生する子どもたちは、その親の歪を正すために「心の病」になるのだという。従って子どもの病を治すためには、親は自らの歪みに一分一秒でも早く気付き、自らの歪みを治していく決意をし実行していかねばならない。

    最近TVで事件として報道されるケースが多くなってきた「虐待」のケースについても分析されている。「虐待」として著者は、①身体的虐待、②性的虐待、③心理的虐待、④ネグレクト(育児放棄)を挙げている。これは世代間で連鎖する。

    虐待をすることはいけないと意識していても、その場面になると虐待をしてしまう。なぜそうなってしまうのかが示されている。それは善悪が逆転してしまうからだそうだ。

    虐待されると、「悪に耐えるのが善」「善を求めることが悪」となってしまうという。この気付きと補正は難しけれども、治療により補正されることが必要である。

    「心の病」になって親を助けようとしている子どもを苦しみから解放するためには、親が自らの歪に本当に気付き正さねばならない。更に言うなら子どもが「心の病」とならないように親が自らの歪を未然に防がねばならない。それには親からの連鎖に気付く必要がある。

    そういう意味で、本書は予備軍かもしれない親、すなわち全ての親が読んでおく必要のある本であると思う。

  • 全五章。タイトル通り、人間関係の基礎は親子関係に基づくことを前提としている。著者のカウンセリング経験を交えながら、子の「心の病」が親自身の問題といかに密接に関わっているかを明らかにする。四章までは親の心理的な問題の軽重と傾向から分類して、大きく4つのパターンを紹介する形で進行する。そして第四章では、人が人生に求めるものは第一レベルとして「安心」、第二レベルでは「愛情」「お金」「賞賛」であり、基本的にこの四つに尽きると明言している。

    最終の第五章だけはそれまでと毛色が異なる。人は「乳幼児期」「学童期」「思春期」「成人期」の四つの発達段階を経て完成されるのが一般的な理解だとしたうえで、著者はこの後に第五の「宇宙期」の存在を提唱する。この「宇宙期」では善悪の価値が相対化される。例えとして宇宙期を迎えた人間は、「頑張ること=全」というふうに価値観が固定化されるのではなく、頑張っても頑張らなくてもいいと考えるようになる。具体的なモデルとしてはムーミンのスナフキンが挙げられている。

    「宇宙期」は一般的には「中年クライシス」を期に迎えることが多い。しかし、心の病を含めてアウトサイダーとして普通の成長過程を経ることができなかった人間は、スムーズに「宇宙期」へと移行できるとしている点が興味深い。「宇宙期」を迎えた人間は、第四章で記された人が人生に求める第二レベルへの執着も希薄ではないだろうか。そして、「宇宙期」と無縁のまま死を迎える人生も、けっして珍しくはなさそうである。

  • 『「母と子」という病』を読んだときは、号泣したが、この著書は、後半で嘔吐してしまった。
    辛い現実を受け止めたら、身体の奥底に閉じ込めていた我慢やわだかまりが外に一気に吐き出されたような、そんな嘔吐だった。

    人の気持ちを理解できない軽度発達障害(アスペルガー)の母親に育てられ、私自身も母親と同じアルペルガーであり、人とのコミュニケーションが上手に取れず、ずっと生き辛さを感じて生きてきた。

    幼い頃から、自分が「生きている」ことに違和感を感じていた。学校にいても、家にいても、世界のどこにいても、「自分の居場所はない」と感じて辛かったこと。
    常に生きることに絶望して、「死にたい」「助けて」と思って生きてきたし、「長生きしてね」「長生きしたい」と当然のように発する人の気持ちが全く理解できなかった。

    それらの原因が、母親にあって、母親と心が通じ合えなかったから「安心」を感じれず、「私はここにいていい」という「無条件の存在感(自己肯定)」が私の中で備わらなかったことが分かった。

    人間は生まれた時すでに「生命システム」が備わっている。生きる基本の「食べる」「寝る」「泣く」だ。
    美味しく食べて、ぐっすりと寝ることで、起きれば活動したくなる、という身体本来の機能。
    そして、母親から「心理システム」を学ぶ。
    人との付き合い方、人生観や、善悪を判断する倫理観など生き方の機能。そこから毎日の「生きる意欲」が湧いてくる。

    お腹が空き、大声で泣くと、美味しいおっぱいがもらえる。母親に抱かれ、安心して眠りにつく。いっぱい甘えて、どれだけ迷惑かけても、母親に赦されるその「安心感」が自分の「存在価値」になり「自己肯定」へと繋がる。

    この一連のやりとりが繰り返され、子どもは、親との付き合い方、人との付き合い方、社会のルール、善悪の判断、価値観を貪欲に学び、取り込んでいく。この時期に母親から学んだことは、その子の一生を方向付ける。

    地球は安全なのか危険が多いのか、人は怖いのか優しいのか、「この世界」は楽しんでいいのか、それとも我慢が大切なのか、人とどうやって付き合うのか、そして、「どうやって人生を頑張り、生きていくか」これら全てを母親から教わる。

    母親に認めてもらう「頑張り」が、生きるための「頑張り」になる。
    母親のために抑え込んだ「我慢」が病を引き起こす。
    その「頑張り」や「我慢」や「気持ち」を母親に「わかってもらいたいのに、わかってもらえない」ことが様々な問題を引き起こす。

    普通の家庭では、母親に甘えて「欲求を満たすこと」で自分の存在を確認し、「存在感(安心ベース)」を獲得する。
    虐待をされた家庭では、親に耐え「欲求を我慢すること」で自分の存在を確認し、「存在感(不安ベース)」を獲得する。

    「お腹空いたよ」「眠いよ」「あれが欲しいな」という自己主張を母親に受け止めてもらえると「自分はここにいてもいいのだ。歓迎されている」と思える。その積み重ねの上に、この世界に生きる「実感」「存在感」を作り上げていく。人と関わることで獲得できる「存在感」。

    虐待を受けて育つと、自己主張を封じ込められてしまうため、自分の存在を確認できなくなる。周りの誰も自分を認めてくれないから、自分がいるのか、いないのか、分からない。
    何か問題が起きると、「私はここにいない」「私が生き続けている意味ってなに?」といきなり存在の基盤を問う「自己否定」の言葉がでる。それほど「生きている感覚」が不安定になる。

    また、虐待を受けた人は、自分を抑えることで、自分の存在を確認するようになる。
    自分は「我慢できているか」我慢できていれば○、「自分はいる」。我慢できていなければ×、「自分はダメ、いてはいけない、いない」となる。
    わざと困難やDV男を選んで、それに耐えることが善となり、そこから逃げることが悪となる。善悪が逆転し、正しい判断ができなくなる。

    我慢だけが「いる」ことの「手応え」であれば、そこに「生きる喜び」は生まれない。
    喜びは自分の欲求を認めてもらい、満足させてもらって初めて感じるものだから。

    自分が獲得できなかった「安心ベースの存在感」と「喜び」の感覚は、自分が親となり自分の子供を通じて、「甘えること」をやり直すことで、手に入れることが可能。

    では、私のように、子どもにも恵まれなかった場合、どうしたら、「安心ベースの存在感」を手に入れられるのだろう。

    人が人生に求めているもの、それは心理システムの土台を作っているものであり、生きることの源にあるもの。
    第一レベルは、「安心」
    第二レベルは、「愛情(家族・恋人)」
           「お金(欲求を満たす)」
           「賞賛(人の役に立つ)」
    この4つを求めて人生を楽しみ、得られて満足し、失って落胆し、手に取れずに苦しみ、手に入れて喜び、失って悲しみ。もう一度頑張ろうと思い、もうダメだと断念し、やっぱり満足して安堵し、しかし、期待と違ってがっかりして、人は生きていく。

    母親と繋がりをもてなかった人は、それらを普通に求める気持ちが希薄であり、常に人と違う「孤立感」を味わう。
    「美味しいね」「楽しいね」「嬉しいね」「悲しいね」「苦しいね」という気持ちの共有が母親と確認し合えなかったため、自分のそれが「美味しい」のか「楽しい」のか「悲しい」のか確信が持てないまま大人になる。

    私は、今でも、母親に分かってもらいたいし、いつかは分かり合える日がくるのではないかと、期待してしまっているけれど、間違いなく、母は「軽度発達障害」で、私の気持ちを理解してもらうことは一生不可能。
    他人が何を考えているかを推測できないので、子どもの気持ちが見えない。だから親の立場に立てない。子どもと一緒に共感したり、喜んだり、落ち込んだりができない。残念ながら、永久に諦めるしか方法はない。

    人と関わることで得られる「社会的な存在感」を得られなかった人でも、自分だけで感じる究極の「存在感(喜び)」を得ることはできる。
    独自に、それ自身として深いレベルで満たされる「安心」。心がそこに到ると、人の心は、動かず、振り回されず、安全に安定する。それは「社会的な存在」として生きて「いる」を超えた、ただ「ある」だけの存在。
    ただ「ある」だけの存在は、社会を超えて、人々とも、物事とも、自然とも、宇宙レベルの全てと繋がって調和が取れている。

    自分の存在が「いる」から、ただの「ある」に変わるレベル、これを「宇宙期」としている。
    心理発達レベルの四段階「乳幼児期、学童期、反抗期、成人期」の更に先にある「宇宙期」は、成人期では見えない世界がある。
    「生死」や「善悪」などの二極にとらわれない、自由な世界。「頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい」生も死も善も悪も、全てがオーケーと思える世界。
    虚空は見えないが「有」が見え、虚空が推測できる。

    読んでいて、ヨガでいう瞑想の上にあるサマーディー「悟り」の世界だなぁって思った。
    ヨガは、自分の身一つだけで存在感と「ある」を感じ、宇宙の調和と生きている喜びを感じる。
    ヨガを通じて自身の存在感や「ある」を確認している私は、図らずしもすでに宇宙期に踏み入れているようだ。

    身一つでもポカポカとした安定した穏やかさと幸せを感じることができるし、「ここにいていいんだ」と思える。
    でも、やはり母親に満たされなかった寂しさも、ずっと心にある。
    高橋和巳先生のカウンセリングを、私も受けたい。

    人に聞いてもらえることで、我慢は消化・浄化できる。
    助言や理論は必要ない。
    ただ聞いてもらうだけで、心は緩んでいく。
    何を口にしても否定されない安心感を得る。
    勿論、苦しみや不幸や心の傷は一生消えない。
    消えないけれど、聞いてもらうことで癒される。

    きっと、小さい頃から、母親がその「聞いてくれる」役割を果たしてくれていたら、人生に起きた些細なことも大きなことも上手に消化・浄化していけたのだと思う。
    私は、自分が「母親と子ども」一人二役になって、今までのことを自分に語り、それに耳を傾けて、消化・浄化していこうと思う。

    話を聞いてもらうこと、妄想でもなんでもいいからちゃんと耳を傾けること。
    それだけで、人は大きく救われる。

  • 衝撃的なタイトル
    子育てを終えた私は、書評に目をとめ、反省も含めて読んだ

    親とのつながりかたが子どもを決定づけてしまう
    こわいなあ
    不登校・引きこもり
    摂食障害
    虐待
    などなど

    だけど十分理解できたとは思えない

    難しかった

    ≪ 分かってよ 心の叫び 声に出ず ≫

  • 親の心の葛藤を表面化するため子供が心の病気になる。
    引きこもり、摂食障害など。
    それを実際のカウンセリングの実例を元にひもとき解説している本。

    さらに、心の発達として、
    乳幼児期、学童期、思春期、成人期があるが、その先の宇宙期というのがあるとこの本独自の設定で説いている。
    その宇宙期というのは「この世界」から抜け出す時期であり、それは親との関係で社会との関わりを絶望した人の方が入りやすいとある。
    だが、「普通の」人も人生においてあるきっかけによりその成長期に入ることがある現象であるとも。

    個人的な感情からここに書いてある事が受け取りにくかった。
    まず作者からカウンセリングを受けようと訪れる親を見ると、そんな風に親子問題に問題意識をもっていたり、このままじゃいけない、と思う時点で救いがあるよなと思ったり、社会とのつながりをあきらめ、人に理解されるのをあきらめたという女性が社会的には普通に仕事もしているし、一生つきあっていこうと思える友達がいるのを見て、それならまだいいじゃないかと思ったり・・・。
    つまり、個人的な嫉妬と妬みで素直に内容が受け取れなかった。

    この本の趣旨とは違うけど、私が今回この本を読んで心に残ったのは幼い子供と母親とのやりとりの場面。
    子供がわがままを言うと自分が子供の頃にできなかった事をする我が子に腹が立つ。
    それは子供でなく他の人にも当てはまるな・・・と思った。
    自分ができない事をしている人・・・非常識な事をしたり、平気でワガママを言ったり、いい歳して甘えたり・・・そんな人を見るとつい苛立ってしまう。
    自分ができてない事をしているーそれに対する理不尽な誰にも言えない怒りがずっと自分の中に蓄積していってるな・・・と思った。
    そして、時に感情的に子供を扱う母親を子供が気遣っているというのを見て、この母親はこの女性の母親のような人でないし、それを子供は純粋な心で感じ取ってるとのだなと思うと、この本のタイトルの子供は大人を救うというのが心から理解できた。

  • 正面切って、こういうテーマで書いてくれるところがすごい。親子関係からくる心の病を、事例と共に紹介している。タイトルから結論ついちゃってるから、読んでて変化がないが退屈しない。

  • 子の苦しみは親から受け継いだ苦しみである。だから、親の苦しみでもある。

    この言葉は目から鱗だった。
    なんとなく、母親と娘の複雑で歪な関係性は、業のような、輪廻していく連続性があると肌感覚で感じていた。そしてそれは生育環境による価値観に由来するものだと思っていた。けれども、この本を読んで、育児の過程に抱えられた親自身の人間としての矛盾が子供に影響していたということがわかり、納得した。とても良い本だと思う。

    ただ、親子の複雑性は主に問題を抱えた母親と子供の関係の中で形成されているように書かれているが、母親の状態をつくった“父親”にもメンションするべきだという視点の必要性は投げかけておきたい。


    どなたかが感想に書いていた通り、この本を手にとる人は、なんらかの形で親と子の関係に諦めや辛さを感じている人がほとんどだと思う。そしてその全体像が自分で掴めず、困っている人も多いのではと思う。
    今の自分は一体どんな状況にいるのか。「読むカウンセリング」を通して、自身の状態を教えてくれる本。悩んでる人にはおすすめできる。




  • 書店で見つけて、どうしても読みたくなって購入。

  • 大小問わず、なんらかの生きづらさを感じるすべての人に読んでほしい。この本に救われる人はたくさんいると思います。

  •  ブックカフェで読んだ。前々から目をつけていて、今日は雨だったけれどわざわざ読みに出かけた。それにもかかわらず本屋とブックカフェは盛況で、好きな席に座れなかったのが少し嫌だった。どうせ雨のなか歩いてきたのなら、広い机にソファでのびのび本を読みたかった。帰る時間になったらほとんど雨が止んでいたこともあり尚更悔しい。
     この本では子供の精神病を親子関係から考察していておもしろかった。自分が中学生のころ学校に行けなくなったときに行った内科で、父と母を後ろに座らせてお医者さんと話さなければいけないことがあったのだが、そのときなぜか一言も自分の体調を説明することができなくて、親子関係に問題があると精神科を紹介されたのを思い出した。

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著者プロフィール

1931年生まれ。1971年に39歳で早逝。短期間に膨大な名作を遺した天才的小説家。中国文学者。『悲の器』で第1回文藝賞受賞。著書に『憂鬱なる党派』『邪宗門』『日本の悪霊』『わが解体』ほか多数。

「2017年 『我が心は石にあらず』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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