氷 (ちくま文庫)

  • 筑摩書房
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感想 : 76
  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480432506

感想・レビュー・書評

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  • 氷が世界を終末に導こうとしている世界。
    そこで曾て冷淡な母親の元から、彼に託された少女を追う男。そして、男と同じように少女に執着して彼から少女を奪う男である長官。

    何度も繰り返される、追跡と逃亡。

    彼女は時に逃れ、時に奪われ、時に男を拒絶する。

    まるで混乱を極める世界そのもののように。

    彼女が傷ましくて悲しい。

    少女と男を通して、かくも世界は冷たく哀しいと、カヴァンは訴えたかったのだろうか。
    わからない。

  • 『氷』というタイトル名の本は同時期に、これとソローキンのものが出ている。アナーキーなぶっ飛びかたではソローキンのほうが上を行くとは思うけれど、「『氷』、復刊するってよ!」と読書好きの間で情報が駆けめぐり、今の時点では『氷』というとこちらのアンナ・カヴァンの作品を指すことになっている。私もどちらにしようか迷ったが、流行りというか、「これだけ復刊が話題になるってどういうことだろう」とこちらを手にとってみた。直球勝負の表紙と邦題。

    大きな戦争で使われた(らしい)兵器のとばっちりで、氷に急速に覆われていく世界と、以前会ったある少女を追い求める男性の話。甘いボーイ・ミーツ・ガールの物語かと思いながら読み進めていくが、男性が少女に抱く思いというのは、愛情というよりは何らかの執着なのではないだろうかと思うくらい、理由に乏しい。フランス語でいうところの「クー・ド・フードル(雷の一撃=一目ぼれ)」なのかとも思わないこともないが、同じく少女に執着する「長官」を利用しようとして近づくにつれてシンパシーを感じ、少女に対して彼と同じ力をふるいたいと感じる局面が肥大したりと、生やさしいものではない。か弱い乙女を苦界より救いたいというよりも、手があと少しのところで届かないから追うということが目的になり、誰にも安息が与えられずに話が進む。しかも、荒れた世界を氷が飲み込みながら支配範囲を広げていく荒々しさが、冷え冷えと描かれて強烈なインパクトがある。特に、水辺の波が一瞬にして氷結していく土地のさまは、凶暴ですらある。

    少女を追う男性の視点がはさまれていつつも第三者の視点で描写されているように思うが、時系列が前後していたり、目撃したものの真偽がはっきりしないなど、これは小説世界の中の「事実」を男性の目線から描いたものではなく、男性の意識が作り上げた妄想世界なのではないかと思う箇所が多々あった。

    すっかり氷におおわれてしまった辺境の地や地方武装勢力の支配地域、まだ氷に覆われるには時間がある世界と、読み終わると意外にロードノベル感が印象に残った小説だった。ラストシーンもハッピーなのかそうでないのかは抜きにして、そこまでの緊迫感とは異なり、すうっと「遠くへ」という抜け感のある作品だったように思う。

    序文のクリストファー・プリーストによる「スリップストリーム文学」というカテゴライズと論も「ほうほう」と面白く読んだ。プリーストが挙げる作家はいずれも、その作品の飛ばしっぷりから、「これがスリップストリームというやつか」と納得できるものがほとんどなんだけれど、オースターと村上春樹が挙げられているのが「えっ、そこですか?」と、ちょっと不思議なような気もした。

  • 氷に覆われた世界で少女を探す主人公の私。
    私の行く手を阻む、某国の長官。氷に覆われ終末へ向かう世界を舞台に、それぞれの行動と記憶が綴られた小説。

    最後まで読んだが、これがよく分からない。描かれた時代や場所は?いつどこなのか。現在か過去なのか。主人公の私や少女はそもそも何者なのか。この物語自体、主人公が見ている夢ではないのか。全てが曖昧なまま、文明と人が氷に征服され、世界は荒廃し崩壊していく。
    ただ、分からないからつまらないのかというと、全く違う。むしろ頁をめくる手が止まらなかった。

    魅了された理由は何か。それは「氷」です。
    迫り来る氷。寒波を逃れるため、食料を求めて人々は争う。暴動が生まれ、殺戮が起きる。人心が荒廃する。氷によって生物は死に絶え、文明も人間も堕ちる。駄目になる。破壊される。世界と人間が破滅してゆく。
    氷によって朽ちていく世界。その過程を描写した文章があまりに美しい。なぜか読んでいてとても心地いい。
    破壊の享楽性と言い得るかもしれない。
    崩壊を描くことが逆に創造的であるという稀有な小説。そこに魅かれ、訳が分からないまま、最後まで読んでしまった。

  • この『氷』という小説を一言で言い表すなら、「暴力的な美しさ」だろう。
    暴力的であり、かつ美しいのではない。
    美しさが暴力的なのである。

    この小説は私たちに楽しみ余裕など与えてはくれない。
    私たちはまず物語を追うのに必死になるだろう。
    情景を思い浮かべることに苦労するだろう。
    何故なら、
    世界は壊れかけていて、
    主人公は壊れかけていて、
    主人公視点で展開する文もまた、壊れかけているからだ。
    壊れゆく世界の中で今更自分を取り繕う必要はなく、
    今更体裁を保つ必要もないからだ。

    世界の混乱と「私」の混乱はそのまま文章化され、私たちもまた混乱を余儀なくされる。
    「私」が氷と少女のイメージに溺れ迷子になっている時、
    私たちもまた活字の上で迷子になっている。
    この奇妙な一体感は「私」が「長官」に対して感じたそれに酷似している。
    何が現実で何が夢なのかも分からなくなる。
    しかしそんな混乱した世界の中で、世界を覆い尽くす氷の圧倒的なイメージと、アルビノの少女だけが確かな存在感を持ってそこに存在している。
    きっと、それだけでもう著者の思惑通りなのだと思う。

    正直、読んでいるときは面白いとは思わなかった。
    しかしラストシーンを追体験し、本を閉じた時、
    温かな冷たさに満たされているのを感じた。
    きっとそれだけが「私」と少女にとって、真実だったのだと思う。

  • アンナ・カヴァンが『氷』を描いた当時(1967)、気候変動と言えば専ら寒冷化を意味していた。氷の壁が迫り来る情景は、半世紀を経て温暖化が人類存亡の危機とまで評される現代からみると中々イメージしづらいが、当時はリアルな恐怖だったのであろう。
    文章の途中で何度も視点が切り替わるため極めて読みづらく、通読してもあまり自分の解釈が合っているのか自信がない。
    初め主人公はインドリの研究員だと思っていたら読み進めると軍人になったり、少女は北欧神話に擬えた氷の侵略を阻むための竜への生贄だと思っていたら長官の娼婦になったり。回収されない伏線が多すぎて文章が非常に混乱している。
    ただ、カミュの『ペスト』やサラマーゴの『白の闇』のように、危機的な閉鎖空間に於ける集団心理を描いているというよりも寧ろ、主人公が抱く少女への執念、焦燥、愛憎といった感情が壁の接近と共に湧き上がる、そうしたレトリックとして氷は使われている気がした。

  • 冬だから雰囲気的に読めるっしょと思ったけどガチャガチャとうるさいようで、静かに切り変えられる変視点がきつい。まあ、分からんところは分からんままでいいかと途中で割りきってサクサク読むのが正しいのかもしれない。
    全体としてはこなごなに砕けちって、すでになにも映さなくなった鏡の世界とでもいうのか。いずれにせよ凡人にはまったく理解できない文学の世界だわ。
    アンナ・カヴァンは長年にわたってヘロイン漬けだったらしいが、彼女は何を見て、何を聞いてこれを書いたのだろう。やはり迫り来る氷の壁だろうか。

  • 素晴らしい。永遠に古くならない小説とはこういうものではないかな。

    インドリという動物に安らぎを見出し破滅しつつある人類の有様をやり過ごしながら、ガラスのような少女を探し続ける私。

    地球という外の世界と個人的な心の内の世界とが幻想となり一つに溶けていく。権力者の暴力と自己のそれとが重なっていく。

    迫りくる氷は、飲み込まれる恐怖と同時に恍惚とするような美しさとある種の歓びを秘めている。

    世界の終りは止められなくても、自己を支配から救い出すことはできる。少女との部屋、優しい気持ちとぬくもりが消えないようにと心から願う。

  • んーぜんぜんわたし向きじゃなかった。語り手がDV野郎のロジックにはまり込んでいるし、良くも悪くも、何もかもが語り手に都合がいいように展開する。ぜんぶ「わたし」の妄想でいいコンテンツ、という感じだった。まあ長官と「わたし」の関係は少しは気になったけど、何らかの関係があったとしても少女を関係性の糊に使うしね、ほんとモノ扱いなので。「あなたあの子に嫌われてるから、努力したとかしなかったとかの問題じゃないから、以上」と感じる話だった。数年に一回ある、ぜんぜん良さを受け取れない本。好きなひとは好きなので、読んで好きだったらそういうひとのレビューを読んで余韻を味わってくださいね...。

  • 迫り来る恐ろしい程の寒気と圧倒的な凍結作用。世界が極寒の純白に呑まれ、あらゆる生命が悉く死んでゆく。何処に逃げようとも追いかけてくる強烈な寒波。最早、安息の地はなく、残されたのは逃亡を続けるための車両だけ。それもいずれ、氷の世界に取り込まれていく。地球規模の破滅と終焉を描いた「氷」。主人公の「私」は少女を追って各国を点々とする。襲い来る異常気象である氷に、あらゆる国で混乱を来たし、やがてそれは略奪と殺戮、戦争へと人々を突き落とし、駆り立てる。アンナ・カヴァンが描く世界が終わっていく壮絶な光景は恐ろしくも美しい。「私」が追い続けた少女は「私」にとって愛しく、最後の希望、安息、生きる目的だった。氷に閉ざされていく世界で終わりの瞬間、「私」と少女は互いの中に安らぎを見い出せたのだろうか。

  • 「どんなカバン? アンナ・カヴァン」というどうしようもないギャグを聞かされて以来、アンナ・カヴァンというとついそれを思い出してしまい、なんとなく敬遠していましたが『ヒロインズ』関連として読んでみました。
    
    冒頭の解説にこれが「通常の小説とはかけ離れた」ものであることが説明されていて多少の覚悟をもって読み始めることができたものの、いや、ほんと、さっぱりわからない。
    
    氷が迫り、世界が滅亡に向かうなか、「少女」を追いかける「私」、強い権力を持ち、もうひとりの「私」であり、敵でもある「長官」。
    
    カフカのような不条理さをもったSF小説だと思えばよいかもしれません。
    
    「少女」の造形がアルビノの銀髪に細く白い手首、虐待された子供時代ゆえに男性に逆らうことも愛することもできない、とくればほとんどメンヘラ、ヤンデレキャラです。
    (1967年の作品なのでむしろこっちが元祖? 著者は女性ですが、こういう少女に欲望する男性がすでに描かれてることが興味深い。)
    
    「私」の妄想の中で「少女」は何度も死にます。ときには凍りつき、ときには炎の中で、ときにはゴミのような死体となって。「私」の「少女」に対する想いも、愛というよりは欲望、執着心に近い。
    
    この小説をどう読むか説明することはあまり意味がなく、めちゃくちゃになってしまいそうな物語がそれでもなぜかリアリティがあり、滅亡していく世界に惹かれるものがあります。
    
    以下、引用。
    
    少女は強烈な寒さに耐えられず、ずっと震えつづけて、ヴェネチアンガラスのように砕けていった。その崩壊の過程は実際に見て取ることができた。少女は次第にやせ細り、さらに白く、さらに透明に、亡霊のようになっていった。
    少女は完全にエッセンスだけの存在となり、動くことすらなくなった。
    季節は存在することをやめ、永遠の寒気にその場を譲った。
    

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著者プロフィール

1901年フランス生まれ。不安と幻想に満ちた作品を数多く遺した英語作家。邦訳に、『氷』(ちくま文庫)、『アサイラム・ピース』(国書刊行会)などがある。

「2015年 『居心地の悪い部屋』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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