地図と領土 (ちくま文庫 う 26-2)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480433084

感想・レビュー・書評

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  • ウエルベック2冊目は、芸術家(美術家)を主人公としたこの『地図と領土』。
    最初写真家として個展デビューし名声を博した後しばらく沈黙し、今度は古典的な油彩に戻って有名な職業家の肖像を手がける。すると2度目の個展で大ブレークする。
    やはり、芸術家小説というものは、このように成功談がいい。努力をしても最初から最後まで誰にも認められずに淋しく死んでいく芸術家のストーリーは、リアル(世界中で大多数)ではあるが、話としては退屈だし悲しすぎるのだろう。
    肖像画もまた止めて、主人公は晩年は動画作品を作るようになる。
    急激に変転する技法を通して、芸術家の世界観が徐々に成長していくことは読み取れるから、全編が芸術家物語として、成功していると言って良いだろう。
    この美術家ジェドが出会い、徐々に親しくなっていくのが、何と実名で登場する作家ミシェル・ウエルベック本人だ。そして、この小説の最大のスキャンダルは、そのウエルベックが何者かによって突如惨殺されるという小説内-出来事である。
    しかも、その殺害現場が凄まじく、スプラッタ・ホラー顔負けのおどろおどろしさなのである。
    芸術家小説としてのプロットはいきなりここで切断されるわけで、その効果は凄まじい。
    なかなか興味深い構成であり、最後は再び芸術家ジェドの視点に戻って長いエピローグに至るから、突然襲撃してきたノイズがやがて静まって、人生の続きが再び再開されたかのような印象がある。
    とにかく面白い小説で、やはりウエルベックはかなり実力の高い小説家なのだろう。
    次は彼の作品から何を読むか、楽しみになってきている。

  • ミシェル・ウェルベック「地図と領土」

    今何かと話題のミシェル・ウェルベック、ついに手に取ってみた。結論、猛烈に面白い。以下、微妙にネタバレを含む。

    母親を自殺で亡くした内向的な青年が写真、さらには絵に打ち込む。その才能を見出すのは手練れの「芸術のプロフェッショナル」たち。ミシュランの広報という絵にかいたような業界エリートである美女との恋をきっかけに作品にはいつのまにかすさまじい高額がオファーされ、主人公は目もくらむような高みに導かれていく。

    テーマはずばり「芸術に値段をつけられるか」。著者のビジネス視点がいかにも正確で、通俗的な「金儲け悪徳論」とは一線を画す。そしてそれ故になおさら個人の感性がマーケティングされていくことへの違和感も同時にあぶりだされる。文章のあちこちに「当然知っているよね」的な小ネタ(実在の芸術家やらフランスの有名なニュースキャスターやら)が飛び出す中、作者本人(「超有名作家のウェルベック氏」)が登場してきてからのミステリーも強烈。

    「親の愛を知らない内向的な青年が精密で写実的なものに引かれ黙々と筆写するうちいつのまにかビジネスとして成功し、理想の女性と出会う。そして最後にもっと孤独になる」というプロットについて、村上春樹の「トニー滝谷」を思い出す人もいるだろう。
    偶然なのか、作家の間で何らかのインスパイアがあったのか(発表は村上が先)、そもそもある種古典的なモチーフなのかは分からない。

    割と寡作な作家だが、少なくとも数冊和訳が出版されている。ウェルベック、全部読むぞ確定。

  • 「ある島の可能性」に引き続きウェルベック2冊目。本作も孤独な成金の一生が描かれている。そうはいっても、「ある島の可能性」と違うのは、人生の後半は自ら進んで隠者になっていったというところだろうか。一応殺人事件もあってミステリー的な要素もあるがそれほど苦労することもなく解決する。やはり、主題は芸術論である。

  • 今まで読んだウエルベックの中で一番読み易かった。最近の作品になるほど読み易くなっている気がする。なにより驚いたのは、本作には性的な描写がほとんどなかったこと(笑)今まで読んだウエルベック作品(素粒子、プラットフォーム、ある島の可能性)では、たいがい通勤電車で読んでるとちょっと周囲の目を憚ってしまうような性的描写が延々続いたり、登場人物(おもに主人公)は性欲にふりまわされて四苦八苦だった印象が強かったので、こんな淡泊な主人公は初めてでした(笑)

    主人公ジェドは成功したアーティスト(写真家→画家)で、作品に高値がつくのでお金持ちで、とくに不潔そうではなく身ぎれいで、とくに超絶イケメンってことはないけど痩せ形で小柄でメガネで、いわゆる草食系っぽい外見で圧迫感を与えないため第一印象でまんべんなく好感をもたれるタイプ。それでいて天才芸術家なのだから、そら絶世の美女にも好かれる。というわけで、中盤まではまるでミルハウザーの小説によくある、架空の芸術家の作品の傾向まで詳細に作り上げられた伝記みたいな展開だった。少年期に母親が自殺、父親は仕事人間、という家族関係における孤独感をのぞけば、おおむね順調、いやむしろ世間的には羨まれる大成功な人生。しかしジェドはお金持ちになってもはしゃがないし、有名人と知り合っても浮かれないし、ただただ、いつもちょっと寂しい。

    第三部で突然大きな転換があり、というのも、なぜか序盤からずっと登場していた作者自身=作家のミシェル・ウエルベックが突然、世にもむごたらしい惨殺死体でみつかるというサスペンス展開に。そして捜査する刑事さんたちにスポットが当てられる。参考人として呼び出されるジェド。まさか犯人ではあるまいし、あまりの唐突さに読者ポカーン。スティーヴ・エリクソンも『Xのアーチ』に自分自身を登場させて、しかもやっぱり殺されていたけれど、自分の作品の中で自身を殺す小説家の心理とはこれいかに。

    最後には何も残らない、というか誰も残らない。当然、人間なんだからみんないつかは死ぬ。大成功した芸術家のジェドもただただ一人で孤独に死ぬ。絶世の美女な上に有能だった元恋人のオルガもたぶん孤独のまま死ぬ。これは作家の諦観なのだろうか。第三者からの妨害や大きな障壁があるわけでもないのに他者と情熱的に結びつくことができないジェドがひたすら寂しい。

  • 時々読み返したくなりそう。ウエルベックの好きなところてんこ盛りな作品で、設定とあらすじから判断した予想通りウエルベックの私的ベストだった。「素粒子」のインパクトは未だに強烈に残ってるが、これは強烈というより主人公ジェドさながらに穏やかな作品だった。芸術に対する客観的な解釈を芸術家の孤独な半生と共に描き出すドラマ展開がいい。じんわりくる。芸術性と合理性とか芸術と金(資本主義)とかも興味深い。芸術作品を文章で表現する面白さもあった。特にジェドの遺作とか。どんな感じなのかなと想像して楽しい。
    ウエルベック3冊読んで、どれも前半はじっくりと読まされ後半へ行くに連れ読む手を止められなくなるくらい吸引力が増していく。実在の人物を出してフィクションと繋げながら時代毎の空気や社会を語る面白さは実在部分の背景知識があればこそなんだけど、全くわからないなりにも面白いから凄い。装飾レベルなときもあるが、核心部分は引用の場合も含め文章にされてるしフィクションのキャラクターが動いて語ってくれるからかな。
    知らない土地の話でも丁寧に描写する。固有名詞をバンバン出しながら丁寧に描写する文体も、見知った場所でありながらキャラクターの目を通した世界は読者にとって初めての新鮮なものであろうみたいな姿勢なのだろうか。
    ウエルベックは「素粒子」→「ある島の可能性」→「地図と領土」と読んできた。あとは「セロトニン」に興味が湧く。他は苦手なセクシャル描写が多そうだったりあまり惹かれない題材だったりで今の所読む気はない。

  • ウェルベックはスキャンダラスなイメージだけが先行していて買わず嫌いだったけど、名声に負けない傑作!読んで良かった。

  • "(TVのニュースで株式市場を揺るがしている危機について報じられ、専門家がコメントを述べたあと)「一週間もたてば、いまの予測が全部外れだったことがわかると思うわ。そこでまた別のエキスパートが呼ばれる。あるいは同じ人物かもしれない。そしてまた別の予測を、同じように自信たっぷりにしてみせるのよ……」彼女はいかにも残念そうに、ほとんど憤慨した様子で首を振った。「検証に耐えるだけの予測もできないような学問が、どうして<科学>として認められるのかしら」" ISBN978-4-480-83206-1 P.303

    出会い頭にヘッドロックされて、何も対応できないままそのまま歩き回られる。それが常態となった頃、きちんと立たされ、両肩に手を置かれ、さあ、これから君はひとりでもだいじょうぶと送り出される。そんな印象の物語。『素粒子』と同じく、タイトルと内容がリンクしない。かといってつまらないとか、わけがわからないというわけではない。ただ、どう評価してよいものかわからない。ユニークな読感。

    『素粒子』とあわせて通底しているのは、決して幸福とはいいかねる、しかし普通の人間の一生を描いているということ。それだけで意外に多くの読み手の共感を得るのではないかということ。

  • 「素粒子」に比べて政治的主張の色彩が薄い点で、より純粋かつ大衆に受け入れやすい小説。現代の商業的芸術に異議を唱えるべく、作家自ら死体となって現れるあたりは衝撃的でもある一方、心から美術を愛する人たちにとってはある種の救いになる作品でもあると思いました。

  • 架空の芸術作品の描写が精緻すぎて、驚きながら面白く読みました。
    ジェフ・クーンズとダミアン・ハーストからはじまり、コルビュジエやウィリアム・モリスの話、ジャクソン・ポロックの絵画のような惨殺現場(えぐい)などなど… 実際の芸術家も多数登場し、アート好きとしては嬉しい限りです。

    ウエルベック本人も登場し、これでもかというくらい酷い殺され方をするというのは、作家のサービス精神が成せる業?強烈な皮肉のようにも感じます。

    地図も領土も人の手で線引きされ、利権に左右され、時代とともに移り変わり、書き替えられていくもの。人の営みの儚さをシニカルに描いた作品なのかなと思いました。

  • 22.9.14〜29

    ウエルベックの作品を読むと、毎回中盤でほだされるのはどうしてだろう。主人公が語る建前の中からその奥にある感情を読み取れるようになるからなのかな。特に、この作品だと父との会話でうおーと感動して、そのままぐいぐいと読んだ。書き出しからある種のこっち側への宣言みたいに見て取れる/作家ウエルベック自身がこちらに見せかけている言葉たちも好き。カラックスのポーラXみたいだと思った。ウエルベックのなかだと一番好きかも。

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著者プロフィール

1958年フランス生まれ。ヨーロッパを代表する作家。98年『素粒子』がベストセラー。2010年『地図と領土』でゴンクール賞。15年には『服従』が世界中で大きな話題を呼んだ。他に『ある島の可能性』など。

「2023年 『滅ぼす 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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