つぎはぎ仏教入門 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480433299

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  • ・仏教が、小乗と大乗に分裂したのも、密教が生まれたのも、仏教が存続しなければならない、という宿命の中で起こったことだと思いました。原典にこだわるよりも、どう解釈すれば役立つのか、それが一番大事。

     著者の呉智英さんは《仏教の専門家ではない私が書いたものであるからには「つぎはぎ仏教」にならざるをえない。》と仰っていますが、釈尊が開いた仏教の教えや歴史は、どんなに立派な研究者が可能な限り体系的に書こうとしたとしても、少ながらず「つぎはぎ仏教」にならざるをえないわけです。

     むしろ私は、この本が、仏教を他の宗教と比較したり、他の研究者が参照していない資料から得た情報を提示したり、著者が自分の信念を述べることで、実に面白い読み物になっていることに魅力を感じます。

     仏教が、小乗と大乗に分裂したのも、密教が生まれて変遷したのも、仏教そのものが存続しなければならない、という宿命の中で起こったことだと思いました。原典にこだわるよりも、どう解釈すれば役立つのか、それが一番大事。

     釈尊が覚ったこと、龍樹がまとめたこと、どのように伝えたとしても、完璧に伝えることは無理ですし、解釈もまちまちになってしまいますよね。でも、その中から、資本主義の成長志向とは馴染まない、仏教の中枢を抽出して、帳尻を合わせてゆくことが、生きてゆくということなのかもしれない、と思い始めているのです。

  • やっぱりこの人、いつも通りの目から鱗の1冊。通俗を排した根源的な仏教概観ですばらしい。メインは、日本に伝来した北伝仏教=大乗仏教が釈迦の教えと異なるものという大乗非仏説論による批判。知らなかった。以前浄土真宗の僧侶が阿弥陀仏の説教をするのを聞く機会があり「あれ?キリスト教に似てる」と思ったが、そのこともしっかり書かれている。儒教の良さはいまいち解らないが、初期仏教の良さは解ってきた。

    ・釈迦入滅後何百年もして成立した経典は、ありていに言って、偽経である。p187

    ・日本のすべての仏教徒は、まず、大乗非仏説論を認めるところから始めなければならない。p188

    ・浄土教の特徴は、「覚りの宗教」である仏教を一神教の構造を持つ「救いの宗教」に変容させたことである。~これはキリスト教によく似ている。p146

    ・曼陀羅や真言による世界との拮抗、世界の獲得は、どう考えても釈迦の教えとは無縁のものである。p137

    ・小乗-釈迦の本心を受け継ぐ仏教
     大乗-釈迦の決断を受け継ぐ仏教  p189

    ・欧米で注目される仏教とは、阿含経を中心とする初期仏教と支那において荘子思想の影響下で出現した禅、実質的にこの二つだけである。 p224

    ・梵天勧請の中に人類史上の永遠のテーマである「知識人と大衆」論が既に原形として現れていることが興味深い。p113

  • サーマー尼の話。松本俊彦氏によれば性的な危険行動は故意に自分の健康を外する自傷行為の可能性があるという。差別は悪だと著者は説くが、その部分は少し悪意を感じてしまった。年間数万人の自殺者への言及は有りそうで無し。私はマンガもここ数年で急激的に衰退傾向にあるよう感じているが、どうなのだろう。

  • 阿弥陀仏のような神はインドの土着的なヒンドゥー教には出てこない。大乗仏教での広義の「仏様」とされているものの中には、はっきりインドの土着神とし前進が分かるものが多い。弁天、帝釈天など「天」が付く仏様はことごとくそうである。 P 134


    要は、この悪人正機論は、社会に必要悪はあるのだから、それをみんなで平等に負担するのか、それができないのなら然るべき待遇改善をしよう、と言っているに過ぎない。 P 138

  • 読み助2017年10月24日(火)を参照のこと。http://yomisuke.tea-nifty.com/yomisuke/2017/10/2-64e6.html 読んだのは単行本だが、リンク先は文庫本にした。

  • 仏教徒はどんな宗教か。
    現代における仏教の価値とは何か。

    「仏教を信じているわけでもなく、哲学として仏教を専門的に学んだわけでもない」著者の、外の視点からみた仏教論。


    「勇気を持って仏教における愛の否定を果敢に説くべきである。現在、文明論的に見て愛一元支配とも言うべき時代になっている。これが人間の思考を単純化し硬直させている」(p.197)

  • ブッダ以前に仏教はなく、イエス以前にキリスト教はない。言葉の限界性を思えば、悟りから発せられた言葉であったとしても、言葉そのものは悟りではない。念仏を発明した人は南無阿弥陀仏と唱えて悟ったわけでもないし、題目を編み出した人が南無妙法蓮華経と唱えて悟ったわけでもない。
    https://sessendo.blogspot.jp/2016/07/blog-post_10.html

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著者プロフィール

呉智英(くれ・ともふさ、ごちえい)1946年生まれ。評論家・マンガ評論家。近著に「吉本隆明という共同幻想」「つぎはぎ仏教入門」など。

「2014年 『愚民文明の暴走』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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